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» @Ichy_Numa
» 2011年12月
世界人権宣言23条(3)勤労する者は、すべて、自己及び家族に対して人間の尊厳にふさわしい生活を保障する公正かつ有利な報酬を受け、かつ、必要な場合には、他の社会的保護手段によって補充を受けることができる。←現代日本社会で、この人権がどれだけ侵害されているか? posted at 22:13:32 まだ先のことになるだろうが、「かなりの津波対策をしていた」三陸沿岸の今回の被害と、「ほとんど津波対策のなかった」インド洋津波被害と、どこがどのように違ったのか、詳細な検討が行われなければならないだろう。 posted at 22:01:10 「できたはずなのに、できていなかった」ことを検証し、修正するのは重要なことです。そして、東電さまは、その点で重大な過失があったことは、おそらく確かでしょう。しかし、同時に、「できたはずのこと」の限界を見極めることも、大切なことではないでしょうか。 posted at 21:55:29 石巻市の人口の半数が避難民となっても、仙台が無事だったら、なんとか救援できたかもしれない。しかし、そのとき、仙台も都市機能がほぼ完全にマヒし、100万人の人口のうち10万人が避難所におしかける事態が発生していたのです。 posted at 21:51:12 さらに、「想定」しても対応は無理という事態もありうる。人口20万規模の都市で、その半数が避難民化し、都市機能が完全にマヒする事態を「想定」して、どんな準備ができますか? これ、石巻市で現実に起きたことです。 posted at 21:49:19 もちろん、「想定」できることには対処を準備しなければいけないが、それでも「想定外」の事態が起きるのであり、そのときの被害を最小限にするにはどうしたらよいかを考えなければいけない。 posted at 21:47:11 「想定して対処する」というのは、多くの方々の大嫌いな官僚の典型的な発想なのですよ。予算を取るために、いろいろな「想定」をするのが、官僚の仕事なんですから。 posted at 21:45:10 「想定できない」ことを「想定」しようとしてもムダである。想定力に限界があることを自覚して、「想定できない」ならどうするかを考えなければ。 posted at 21:43:57 地震を自信と打ってしまったorz。 posted at 21:42:38 今回の震災の教訓は、「想定には限界がある」ということであって、だから全てを想定しろという不可能を要求するのではなく、「想定外」の災害が起きることを「想定」し、どんな「想定外」の事態でも慌てない体制を作ることが必要なのではないのか? posted at 21:40:56 「次」の自信と津波ばかりに注目が集まるが、その前に、きっとまた「想定外」の異質な災害に襲われるのではないか? それは何かは想像もできないけれど。 posted at 21:38:51 国民が自国政府による自分達の人権侵害に気付かないことほど、政府にとって都合のよいことはない。 posted at 20:46:14 いつから、人類学は、こうも「弁解がましい書き方」をしなければいけなくなったのだろう? 人類学が面白いと思ったのは、トンデモナイことを平気でズバズバ書くからだったのにw。 posted at 20:38:13 News and Commentsは、「論文」じゃないでしょ。Articles and Lettersはそうだけど。 posted at 07:02:41 たった一人の尊厳と権利に、全世界が責任を持つ。その一人が、どこの誰であろうと、一切の差別無しに。それが「普遍的人権」の思想。 posted at 06:43:39 さて、少し寝るか。 posted at 06:23:01 次に読む本:Surrendering to Utoia: An Anthropology of Human Rights (Stanford U Press, 2009) posted at 06:21:12 世界人権宣言は、1948年生まれ。産みの親は、決して西欧白人ばかりではない。その出自は、実は、多文化、多言語、多宗教なのだ。 posted at 06:17:45 世界人権宣言の総体を、有機的に捉えつつ、文化相対主義的に読むことはできるし、文化相対主義的に読むべきだし、文化相対主義的に読んでみせる必要があるのだな。やらねば。 posted at 06:12:17 A World Made New: Eleanor Roosevelt And The Universal Declaration of Human Rights (Random House, 2001) ようやく読了。勉強になった。 posted at 06:06:04 弱いけど、嫌な揺れだったな。 posted at 03:05:36 やっぱり地震だ。 posted at 03:04:29 地震じゃなかったのかな? posted at 03:01:29 久し振りに、ミシッと揺れたぞ。 posted at 02:57:46
さて、読書。 posted at 23:20:07 ああ、国際的変人でしたかw!よく見ます。 RT @yukilundeberg: 私外資系勤務だから日本語話す機会全然なくてどんどん変人なてるあるよ(<殴 posted at 23:17:40
posted at 23:12:33 @md_tanaka なんで、インド人は、あんなによく喋るんですかねw? posted at 23:09:46 いいんです。どこでも普通人w。 RT @yukilundeberg: けーはくな日英中トリリンガルでゴメンナサイorz posted at 23:06:50 それはスゴイ! RT @md_tanaka: インド人と英語で交渉ができれば点数関係ないでしょ。 posted at 23:05:53 軽薄なモノリンガル同様、軽薄なバイリンガルは、いくらでもいる。 posted at 23:02:05 それは、バイリンガルかモノリンガルかの問題ではなく、単に日本語の教養と常識の有無の問題でしょう。 RT @Bungabunga1024: 仕事していた時に、バイリンガルが売りだけど、日本語能力と常識が怪しい人に何人も会っている… posted at 23:00:03 問題なのは、TOEFLやTOEICの 点数がよくても、試験勉強だけの成果の場合は、実力は?ってこと。 posted at 22:57:25 今時、英語が「できる」というのは、最低、TOEFL550点以上、TOEIC900点以上のことだろうね。あるいは、英語圏の「まとも」な大学の学位を取ってるか。 posted at 22:54:53 しかし、イランに一年留学し、ペルシア語ができますというなら、それは価値がある。 posted at 22:49:07 アメリカに一年行って来ました程度の経験では、もはや「留学」とは認めてもらえない時代であることだけは確かだよ。 posted at 22:46:34 むしろ、一般企業の就職に際して、他の条件が同等な時に、留学経験が役に立つことがある。語学力と、異文化適応力の証明になるから。 posted at 22:37:24 幸か不幸か、研究職で問われるのは、アカデミックな業績であって、留学経験などというつまらないものではない。どこの国で学位を取ろうが、そのこと自体には何の意味もない。論文も、何語で書こうが構わない。 posted at 22:34:38 グローバル時代の多言語力というのは、そういう低レベルの争いではないのですよ。複数の言語が高レベルで使いこなせることです。低レベルは、グーグル翻訳の担当で、人間は不要なのです。 RT @Bungabunga1024: 日本語の読み書き能力が落ちないようにと願うばかり。 posted at 22:27:56 フィリピン人とわかりあえる、インドでの暮らしに困らないといったことです。 RT @sibukixxx: イメージできないのですが、具体的に一つ上げるとすればどのようなものでしょうか? posted at 22:23:16 英語留学するなら、フィリピンやインドじゃないかな。英語以外の「売り」が身に付くよ、きちんと文化を学べば。 posted at 21:27:53 こと英語と中国語に関しては、ちょっとできる程度では、特技にもならない。 posted at 21:25:14 留学するなら、人の行かない国。アメリカや中国では、競争相手が多すぎる。 posted at 21:22:50 うちの研究室に限って言えば、留学して就職で損したという学生はいない。あいつが採用されたなんて留学経験が買われたとしか思えん、というのは何人もいるがw。 posted at 21:21:23 ほおぅ! RT @Kawade_shobo: 河出ブックスのスマッシュヒット、長谷部恭男著『法とは何か』について盛り上がっています。そもそも何で法律に従わないといけないの? という根本的な問いをイチから考えた本。 #このカワ2011 posted at 21:15:55 だいたい、中教審あたりで英語英語と騒いでるお偉方の何人が、英語フルーエントなんだろうか? posted at 21:13:06 「英語力」の定義にもよるが、要するに、企業であれ大学であれ官庁であれ、英語力は出世に必須ではなく、できれば避けたいコストだというシステムになっているんだから、英語のできる人が増えるわけがない。そして繰り返すが、それは日本語人に便利で有利なシステムなのだから、変わらなくて当然。 posted at 21:10:50 入試が理科や社会まで英語化されたり、入社試験や面接が英語化されれば、たちどころに英語のできる日本人は増えるだろう。ただし、格差は一層拡大するだろうが。 posted at 21:03:42 一昨日読み始めた本が、まだ読み終わらない。スピード落ちたなあ…。 posted at 20:53:09 もちろん、いい食材が、近くで安く手に入るからこそ、手間を厭わないわけだが。 posted at 20:44:25 美食には、手間を厭わず。 posted at 20:41:40 コンビニへ買い出しに! RT @daihiko: もういいや、ホテルのバーだとカクテルとおつまみ頼むだけで3000円か4000円くらいはかかるもんね。贅沢だからやめようー。 posted at 20:35:49 美味しいごはんが食べたければ、腕を磨いて、自分で作るべし! posted at 20:32:17 美味しくなければ、ごはんではない(キリッ。 RT @SANNGATUUSAGINO: 先生の夕ごはん、いつも美味しそうですね。 posted at 20:30:45 日本で英語教育の実が上がらないのは、ひとえに、受験以外には英語が全く必要ないから。それは、日本語人にとっては幸せなことで、必ずしも非難されることではない。ただ、そのために企業や大学のグローバル化には不利というだけ。 @junsaito0529 posted at 20:24:18 家人がいないので、独り、鯛しゃぶで一杯なう。牡蠣の酢の物と、ホッキガイの刺身も。酒は、浦霞からくち本醸造を熱燗で。 posted at 20:18:31 素人が読める「新書」レベルの民族誌が、もっと書かれるべきだ。昔はそうだったのだから。 posted at 06:11:23 アメリカの人類学にしても、全米の大学に拡大し、学生・院生マーケットが形成された時点で、素人では読めないものばかり書き始めたのではないか? posted at 06:09:10 「自文化の素人」が読んでも分からないものを書き始めた時点で、文化人類学は大いなる困難に陥ったと思う。素人でも分かる異文化理解こそ、文化人類学の「売り」だったのだから。しかしそれはまた、人類学者が集団としてマーケットを形成したということでもあった。困ったことだ。 posted at 06:07:45 だから、「異文化の素人」の「職業化」を、大学院教育と学位認定によって「制度化」したわけですw。 RT @naokimed: そこで、「職業的人類学者」とは何かという問題が生じてきますね。 posted at 06:03:02 さて、と。 posted at 03:11:37 素人が新しい環境に入った時の「学習法」を、意図的に使うのが文化人類学のフィールドワーク。それだけのことで、特殊技能は不要。 posted at 03:09:22 素人が、見たり聞いたりという素人の手法で、異なる素人を「知ろうと」務めるのが、文化人類学。 posted at 03:06:46 わ、ちゃんとギャグになってるじゃない! 素人が「知ろうと」する学問が文化人類学…なんて! posted at 03:04:25 異なる文化を生きる素人について、素人なりに最大限「知ろうと」するのが、文化人類学のフィールドワーク。 posted at 03:03:41 人類学者は、「異文化の素人」である。素人なりに、異文化を学ぼうとはするし、少し…いや…もしかしたら「かなり」学ぶが、決して玄人にはならない。なぜなら、人類学者の研究する文化とは、そもそも「素人の生き方の体系」だから。 posted at 03:02:36 否定の対象を提供することも、社会貢献の一部として認められるのだろうかwww? posted at 02:55:42 @takamasa_net 無理せず、きばんねで、頑張ってけさい。 posted at 02:49:36
posted at 02:48:58 しかし、学生や院生が、少しずつでも頑張ってくれている。せいぜい支えなければ。 posted at 02:45:40 やらなければいけないことはたくさんあるのに、力不足だなあ。 posted at 02:44:04 蓄積はあるんだ。我々が学ぶかどうかなんだ。そして、そのうえに何を積み上げられるか? posted at 02:39:46 @makisagami 新しい水産社会学が至急求められます。「水産特区」に関して! posted at 02:38:25 禿同! RT @makisagami: 少々ずれるかもしれませんが、鈴木・竹内・有賀・中村吉治が戦前に農村研究に意味を見出したことの意味、戦後に田辺寿利が水産社会学を構想した意味を再検討することは、現代的課題であるようにも思います。 posted at 02:37:38 ああ、咀嚼を租借と間違えたあ。けど、ある意味、咀嚼したつもりが、租借だったのかもしれないと思うと、事態は深刻だあ。 posted at 02:35:55 農村研究に限らず、輸入物の「理論」の租借と、日本の現状の「調査研究」とに、一定の乖離があったということは、日本の社会科学の「本質的な問題」であり、現代でも解消されてはいない。それゆえに、なぜ、そうなのか、もっと本気で考えなければいけないと思う。 posted at 02:34:52 @kuins @han_org むしろ、私の連れ合いを何と呼ぶかでうろたえる「老フェミニスト女性学者」が多くて、その現象のほうがおもしろいです。私の世代以下では、私相手なら、気にせず「なんとでも」呼びますからw。 posted at 02:31:43 「農村」そのものが存亡の危機に瀕する今、かつての農村研究の批判的総括は、とても重要な課題。今後の発展的研究のためにも。 @makisagami posted at 02:29:27 相手次第で無節操に変えます。「奥様」も使う。究極の臨機応変w。 RT @han_org: 「連れ合い」は他称としては使いにくいんですよね。「あなたのお連れ合いさん」とはよーいわんな。ぼくは他称としては、ほぼ「パートナー」。 ← 自分の配偶者を呼ぶときでなければ気軽に使えます。 posted at 02:27:26 その一方で、近年の「理論過多」症候群にも危機感を持つ。昔風のザッハリッヒな調査の価値を再評価すべきだとも思うのだ。そうなのだが、仮にも「理論」を学んでいる以上、それが自身の視点をどう規定しているのかいなのかについての反省的言及が、現代では求められる。 @makisagami posted at 02:25:17 つまり、考えなければいけないことは、これまでの農村研究が、総体として、どのような知的貢献をしてきたのかということではないのか?また、その知的貢献が、社会科学的に「普遍的」な側面を持つのかどうかということでは? こう問うことさえも「禁欲」すべきなのか? @makisagami posted at 02:14:14 そのような「禁欲」は可能なのか、可能だとして、「禁欲」の理論的な意味は何か、問われていいし、問うべきだろう。 RT @makisagami: 菅野・田原・細谷の諸先生方の研究にそれらが前面に出てくるわけではない。むしろ、それらとの関係を表に出すことに対して禁欲的にさえ見える。 posted at 02:12:29
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posted at 02:09:56 行政には行政の「責任」がある。それを、立法や国民に転嫁してはならない。 posted at 01:54:19 選挙は、国民の意見を「集約」する方法であり、また、立法権を議員に「委譲」する行為である。立法権を「委譲」された議員は、独自に立法に責任を負う。それを選挙民に転嫁することは許されない。 posted at 01:53:04 こういう議論を究極の責任転嫁と言う。 RT @CAPPAYA: その政府を選んだのは?@Ichy_Numa @noboshin posted at 01:50:19 「烏の行水」という日本語を覚えなさい。 RT @Zhaoqiujin: 先生、もう出て来たんですか?ちゃんと体を洗いましたか? posted at 01:49:01 それこそ「専門家」と政府の責任であって、事故があったら被害を受ける庶民が反対するのは正当な行為。 RT @noboshin: @CAPPAYA: 脱原発が答えではない。解決策を提示してこそ、脱原発が進むのだ。そこを考える人がいなければ、ただの無責任な反対運動だ。 posted at 01:48:05
posted at 01:41:53 自宅で、好きな時に温かい風呂に入れる。それがどれだけ幸せなことか、思い知らされた今年。 posted at 01:41:18 お風呂いく。 posted at 01:27:47
posted at 01:26:46 @youyou_ziteki いえいえ、どういたしまして。そういう意味も含めての「軍縮」です。特に、武士が鉄砲を捨てたのが大きい。 posted at 01:25:17 @simonkeijilee いや「自衛の自由」ですね。個人としても、州としても。 posted at 01:24:10 @Yamato_551 自制心ほど、あてにならないものもありませんw。 posted at 01:22:40 もっと根の深いものがあります。良くも悪くも。庶民の銃で独立した(と信じている)国だし。 RT @simonkeijilee: アメリカの場合、ハロウィンの日に庭に入ってきた少年を撃ち殺しても正当防衛が成立するくらい銃に対して甘いからではないでせうか。 posted at 01:21:51 「銃の文化」も、また多様。 posted at 01:19:04 実際、人口当たりの銃の数だけ見ると、フィンランドやカナダも多いらしいのだが、アメリカほど銃による殺人事件は起きていないそうですね。 posted at 01:18:30 @youyou_ziteki どうも。この本は知ってます。 posted at 01:16:57 @Yamato_551 誰かと争っている時に、あるいは誰かに対する怒りに燃えている時に、目の前に銃があったら? posted at 01:11:47 江戸時代、武士も農民も「軍縮」したんです。世界史的に珍しい例。 RT @youyou_ziteki: その点、火縄銃を「武器」から「道具」として受容していった日本って何とも不思議な国だと思います。江戸時代以降、一揆にも犯罪にも殆ど使わずに posted at 01:05:53 銃は命令しなくても「誘惑」しますよ、目の前にあれば。 RT @Yamato_551: @Ichy_Numa 銃は人に命令しませんよ。一生w人を殺さない銃もありますし。 posted at 01:02:49 @naokimed ご本人たちが溝を感じていたかどうかは、また感じていたとしてもどれくらい感じていたかは、聞いてみないと分かりません。脳村長はザッハリッヒに、学生し研究は学説に内在的にという態度が両立したのかどうか、私には?なんですね、昔から。 posted at 01:00:51 @naokimed おそらく、日本の農村研究では、社会学よりも、農学部の農業経済学系の調査研究のほうが、エスノグラフィっくにも、理論的にも、はるかに重要と思います。 posted at 00:54:57 @naokimed 田原と細谷は個人的に知っています。細谷先生は、大学一年生の時の担任だったw。彼らの問題は、農村調査と、デュルケーム/マルクス学節史研究との距離が、永遠に縮まらなかったことだと思います。 posted at 00:53:51 キャンパスで無差別銃撃が起きると、銃所持を禁止しようではなく、学生にも護身用に銃所持を認めようという話が出るのが、アメリカ。 posted at 00:48:35 @nubinubinubi 日本では、秀吉の時代に刀狩りが終わってますからw。 posted at 00:47:20 「普通の」アメリカ人の発想は、銃が人を殺すのではなく、人が銃を殺しに使うのだから、そういう奴がいるなら、自分も銃を持って身を守ろうというものです。この論理を打ち破るのは、とても難しい。 RT @nubinubinubi: アメリカの政治家に言ってやって下さい、マジで。 posted at 00:43:31 @naokimed 具体的な名前は今出てきませんが、私がいたミシガン州立大学のような、田舎のランドグラント大学では、周囲の農村と農村問題の研究は、社会学科の一角を占めていましたよ。 posted at 00:41:53 @naokimed 英は知らないけれど、米の都市社会学の核心は、「人種」多様性と社会統合の問題でしょう。仏は知らないけれど、日本の農村社会学は、古いマルクス主義の農民層解体論が、1970年代まで続いていたと思う。 posted at 00:40:07 リンカーンは、決して人種平等主義者でなかったし、人種の共存も信じなかったが、奴隷解放と奴隷制を禁止する憲法改正をなしとげた。 posted at 00:37:19 もはや「歴史」ですかw? RT @nubinubinubi: 田中角栄のはなしとかですね posted at 00:35:06 銃も自動車も食えません。 RT @MITSUKIoosaka: 食い物が無ければ、食中毒も無いと考えちゃダメっすか? @Yamato_551 posted at 00:31:56 ちなみに、清水紫琴は、明治時代に夫婦別姓を唱えていた。男女対等の結婚なら、それが当然だと。明治民法のできる前のこと。 posted at 00:29:27 明治の女権運動を描くなら、清水紫琴の活躍と挫折なんてのも、素晴らしい大河ドラマになるであろう。 posted at 00:26:26 アホな男たちの殺し合いの歴史ではなく、自由と民主主義の日本史を描く大河ドラマが見たい。 posted at 00:23:56 銃が殺すのではなく、人が殺すのだというのは正しいが、銃を持たせない限り、人は銃を殺しには使えない。 posted at 00:23:07 銃が、持つ人に殺させます。 RT @Yamato_551: 銃が殺すのではなく人が殺すのではないですか posted at 00:21:52 東北人としては、アテルイの正義と、大和朝廷の悪を描く大河ドラマが見たい。 posted at 00:21:01 ナショナリストが欲しかったら、柳田国男の大河ドラマを作れ。 posted at 00:17:43 吉野作造の一生を大河ドラマにしてもいいぞ。 posted at 00:17:13 それなら、植木枝盛だね。あるいは、日本のルソー、中江兆民。板垣退助のアホなどいらない。RT @r_hashimoto: いやそれなら自由民権運動を。 posted at 00:13:10 大杉栄と伊藤野枝の大河ドラマでもいいぞ。 posted at 00:11:45 三木清の生涯なんて大河ドラマも、見てみたいものだが。 posted at 00:10:16 原敬と政党政治の大河ドラマとか、作れないかね? posted at 00:09:30 大河ドラマで男たちの戦いを描いているうちは、日本社会に進歩はないな。 posted at 00:07:54
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