徳川宗春の蟄居に代表されるように、表上の理由と本当の理由が乖離している場合が少なくありません。大きな改革路線は既成権力者にとって都合が悪いから別の理由をつけ排斥し情報操作するのです。今の日本の永田町は、まさにこの裏と表が大きく乖離しているような気がします。 #muneharu posted at 01:41:08 大嘗会の翌年、尾張藩主宗春は突然蟄居謹慎を言い渡されます。理由は藩内不行き届き。決して経済政策の失敗ではありませんでした。この蟄居謹慎の日に、吉宗は一条兼香等朝廷にお祝いの使者を出しています。これは朝廷問題と宗春蟄居が関わっている証拠ではないでしょうか?(続 #muneharu posted at 01:34:17 1738年に一条兼香と桜町天皇により大嘗会が50年ぶりに復活。これは朝廷の権威を高めることが狙い。50年前は幕府の反対を押し切ったもので、大嘗会は反幕府の象徴的な儀式でした。「大日本史」で泥を塗られた一条兼香等による巻き返しでした。 (続 #muneharu posted at 01:30:46 江戸中期、将軍吉宗は水戸藩献上の「大日本史」出版の許可を朝廷に尋ねますが、十年かかって吟味し、不許可になります。しかし不許可の三年後に、幕閣は「大日本史」を朝廷の意向に逆らい出版。吟味した一条兼香は、将軍吉宗に顔に泥を塗られてしまいます。 (続 #muneharu posted at 01:27:08 徳川宗春の政策は、どれもが成功しており、名古屋は空前絶後の繁栄を見せ大人気でした。将軍吉宗はその頃は政策から一歩引いており全てを幕閣が運営していました。ところが幕閣の政策は庶民を苦しめるものばかりで不人気。宗春は幕閣にとって目の上のたん瘤でした。 (続 #muneharu posted at 01:24:22 宗春が1737年に、町在に借上金を仰せ付けたのは財政赤字を抱えていたからと言われるが、幕府がその年にデフレ対策で蓄銭禁止令を出し、その法令から町民たちを守るために町人たちに成り代わり尾張藩がお金を預かるための方策。明らかに幕府政策の問題に先手を打つもの (続 #muneharu posted at 01:20:55
徳川宗春「温知政要」99-02 人々に常に座右に置いてもらい詳しく私の本心を知ってもらい皆がこの心がけを忘れることなく熟読吟味してもらえれば自らの心も正しくなり身も修まり政の助けになるであろうと望んでいる。重ねてわずかな言葉を用いてこれを最後につけくわえた。 #muneharu posted at 19:30:02 徳川宗春「温知政要」21-07 天の道理の大本から生まれるものである。自分自身がこのとおりであるならば子孫たちもまたそのような平等な深い愛情の心を受け継いで自然と、天地と等しく長く久しくあるであろう。 #muneharu posted at 19:21:00 徳川宗春「温知政要」21-06 ただただ親しいとか疎遠であるとかいうのではなく平等に愛情を示さずにはいられないことは第一に人を大切に思うことの誠である。 #muneharu posted at 19:18:01 徳川宗春「温知政要」21-05 部屋住みの頃に考えが成熟もせず心はあちこちと巡ってしまい自分への扱いが疎かだと考え違いをし、ありもしないことを長年の恨みとし仕返しをしようとするような者はこれは全く道理を分け前ない者の考えであり言葉にならないほど下劣な心持ちだ。 #muneharu posted at 19:15:02 徳川宗春「温知政要」21-04 上に立つ者の心に分け隔てなくても、すべての理解を間違えて身を引き思いもよらず不忠不義のようになった者達は自分自身の身から出たことであってやむを得ないことである。ただし上に立つ者の考えが未塾な場合もこうしたことがないわけではない。 #muneharu posted at 19:12:01 徳川宗春「温知政要」21-03 だからこそ代々仕えてきた者達を恵み養うのは言うまでもなく各代に取り立てられて恩顧を受けた人達へも男女の別なく皆を同じように恵み養わなければならない。 #muneharu posted at 19:09:02 徳川宗春「温知政要」21-02 中でも身分の高い者がひたすらに気をつけなばならないことがある。国や郡など数多の領地を治め数万人の人を召し使うということは先祖代々のこの上もない厚い恩である。 #muneharu posted at 19:06:07 徳川宗春「温知政要」21-01 身分の高い者から低い者まで私欲を捨て天の道理にかなうように朝晩忘れることがないように工夫すべきである。少しでも怠けると邪念がたちまちに生まれやすい。 #muneharu posted at 19:03:00 徳川宗春「温知政要」20-03 百姓や町人などのようなものでも善き子どもがいるか, よき手代を持っている者たちは あらゆることにうまく行くということを 知るべきである。 #muneharu posted at 07:09:02 徳川宗春「温知政要」20-02 とにかく自分ひとりの考えや分別だけでは危ないことなので諸々の人の知恵を用い事の正しい間違いを判断するための良い補佐がなくてはならない。 #muneharu posted at 07:06:00
徳川宗春「温知政要」19-06 以前に井戸の中に踏み外し、はまってしまった人があった時、近所の人達が井戸の周りに集まってきて色々と相談し、過去の例などを考えているうちに、その人は水で膨れ上がって死んでしまい後々までの笑い話となったと聞き及んでいる。 #muneharu posted at 18:48:01 徳川宗春「温知政要」19-05 人の痛みや難儀がある場合は速やかに改め直し、公務、取決め、願い、訴訟、並びに普段に取り扱う事は食事を摂る間でさえ遅くならないように心がけなくてはならない。差し支えるばかりでなく人への迷惑も甚だしく無益な出費にもなるからだ。 #muneharu posted at 18:45:00 徳川宗春「温知政要」19-04 ゆっくりゆっくりと年数をかけて念を入れて成熟させていけば隅から隅まで滞りなく自然と世間の事情まで良くなっていきいつまでも続いて後々には法令に頼ることをしなくてもことが済むようになるであろう。 #muneharu posted at 18:42:01 徳川宗春「温知政要」19-03 今日、国を治める者が、人のため、国のために役立つことでも急に作り上げたものは人々の心が騒いで心服できず思うようにはならない。 #muneharu posted at 18:39:00 徳川宗春「温知政要」19-01 人間は身分の貴賎に限らず長生きでなくては何事も出来上がらない。聖人や賢人の教えや訓戒は千万年の後まで尊び用いられ、文武の名君が国や天下を平和に保ち長く久しくするための基礎を作られたのも皆、寿命が長かったからできたのである。 #muneharu posted at 18:33:02 徳川宗春「温知政要」18-09 これらは本来、深い愛情もなく私欲が激しく自分の奢りが極まった邪念より起こるもので深い慈愛の本心から出ていないからである。 #muneharu posted at 07:48:01 徳川宗春「温知政要」18-08 気をつけなければこのようなことは絶えない。しかし世間の事情に通じて物の値段まで知るようになっては、かえって世間に痛みや苦しみがある場合もある。 #muneharu posted at 07:46:01 徳川宗春「温知政要」18-07 具体的には、北条氏政が野陣したときに百姓が麦を刈って持っていくのを見て「あの麦で、すみやかに麦飯を作らせて差し出せ」と言われた一言であり大いに他者から軽蔑され、しまいには国さえも失ってしまった。 #muneharu posted at 07:44:03 徳川宗春「温知政要」18-06 だからこそ、よく世間の事情を知らなければいかに慈悲の心があっても推測ばかりで、なかなか届くものではない。あらゆる方法を知らなければ物の言い方まで異なってしまう。 #muneharu posted at 07:42:06 徳川宗春「温知政要」18-05 身分の低い者たちは衣服食物を始め、言葉にならないほどの不便をしてばかりいる。斉の管仲が「衣服足て礼節を知る」と言ったのは昔にも今にも名言である。 #muneharu posted at 07:40:01 徳川宗春「温知政要」18-04 身分が中位以下の人は、その内容は少しは充足はしているけれども常々には残念にも義理を欠かざるを得なく一日中苦心ばかりして暮らしている。 #muneharu posted at 07:38:01 徳川宗春「温知政要」18-02 地位の高い人は、暑い季節には広くて涼しいところに住み食べ物も清潔で口に合うものを食べ寒い時には衣服を暖かく着た上に炬燵にあたり、火鉢を置いて、寝具を何重にも重ね合わせ 美味しくて温かな物を満足するまで食べている。 #muneharu posted at 07:34:02
徳川宗春「温知政要」17-09 たとえ千金をのべて作ったとしても身分の低い者であっても人間一人の生命には変えることはできない。これらのようなことは皆が皆、上に立つものが考えることもなく決断することもないために起きることだ。 #muneharu posted at 18:27:03 徳川宗春「温知政要」17-08 多く無い人数をあちこちに振り分けて火も防がせ、道具の管理もさせるなどいろいろなことに使ってはどの方向も間に合わなくなり死傷者が多く出てしまうことになってしまう。 #muneharu posted at 18:24:01 徳川宗春「温知政要」17-07 風が非常に強い日は特別に用心をしっかりとし土蔵など普段から丈夫にしておいて慌て騒がないように心得てその場に居る人達は火の前に立てて防ぐようにありたいものだ。 #muneharu posted at 18:21:02 徳川宗春「温知政要」17-06 だからといって、そのために人数を余分にしておくのも日頃は無益のように思われるので常々の心構えをしっかりとしておかねばならない。 #muneharu posted at 18:18:01 徳川宗春「温知政要」17-05 常日頃から何千何百という人数を用意しておいても病人が多数いるとかまたは私用でどこかに行っている人もいて思いのほかに二十人三十人いると思っている所にわずかに五人十人しか送ることができないことも必ずと言って良いほどあるものだ。 #muneharu posted at 18:15:02 徳川宗春「温知政要」17-04 ただし火事のような急な場合、思い考える時間もないときには、人の数が少なくてはどれほど働いたとしてもなかなか処理できない。 #muneharu posted at 18:12:01 徳川宗春「温知政要」17-03 その中でも吉事や凶事の大饗応のような人もたくさん必要である時に他の役目の人達をそれぞれに補い穴埋めしあれこれとやりくりすれば大方ほとんどが間にあうものだ。 #muneharu posted at 18:09:01 徳川宗春「温知政要」17-01 禄高が多く身分の高い人でも身分が低く禄高が低い人であっても人数が不足していてはあらゆることに間に合わず。気の毒なことである。 #muneharu posted at 18:03:01 徳川宗春「温知政要」16-04 いつまでもぼんやりして何の趣もなく改めることもせずに一生を取り失ってしまう者は才能もなく知恵もない者で悪いこと強いことを能力だと勘違いする大馬鹿者であり、これらは少し人を見る眼のある者ならばすぐに見破られてしまうものだ。 #muneharu posted at 07:12:01 徳川宗春「温知政要」16-03 その上、心細やかで諸々の事に心配りをよくし、どのような表立っての公の振る舞いでも、どんな役目や用事でも、それぞれに程良くこなして、とても重宝される人であり、結局は改めさえすればそれまでの過ちは皆が皆学問となっているものだ。 #muneharu posted at 07:09:01 徳川宗春「温知政要」16-02 中でも度量が大きく生まれつき高い才能がある者は尚更のことである。これらのような者は心に滞りがなく自分自身の才能のない分野をよく知っており他者からの異なる意見も聞き、すぐに本来の心に立ち戻り優れた上等な人物になる。 #muneharu posted at 07:06:01
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last update 05/27 19:52
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