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» @Taroupho
» 2011年03月16日
余震の続く東日本各地の方々にはお見舞い申し上げます。正直、TL 見てると、こちらで生きた心地がしないんだよね。 posted at 22:44:52
posted at 22:37:41 ネット民相手に科学リテラシー連呼してる奴らは、もう科学リテラシーある人専用のインターネッツを作っちまえよ。100兆シーベルトを超えるお前らの科学力なら造作も無かろう。 posted at 22:36:08 心理的疲労から、そろそろ精神年齢が五歳ほど落ちます。 posted at 22:30:50
posted at 22:30:48 「8シューベルト!? グレート!」 posted at 22:14:15 2ch情報を確認して来たが、特に状況は変わらないのか。 posted at 22:12:09
posted at 22:05:54 「危険厨」として、粛々と原発を煽る作業に戻るか。自分を信じて行動するしかないよこれは。尤も、煽りとかじゃなくて、普通になんかパニクった状況みたいだけど。 posted at 22:04:44 @necratallo まあ、そうですね。正直、どこまで関係があるのかの判断が大変難しいので、適当に集めて時系列に直しただけです。消した方がよろしければ消しますので。 posted at 22:02:45
posted at 22:00:40
posted at 22:00:37 議論してる間にも、原発問題は刻一刻と進行していたらしいのだが、何故か余り不安にならない。これが哲学を服用する効用ですか。 posted at 21:58:01
posted at 21:57:13 備忘用まとめ。一回しかツイートしません。関係各位で問題のある方がおられましたら呟き削除 or 非公開にします。 RT 【議論】第三者‐当事者;平時‐非常時;合理‐不合理 http://togetter.com/li/112342 posted at 21:52:53
posted at 21:13:07 @necratallo あ、そりゃどうもw posted at 21:12:46 .@ceno_sougou 了解致しました。当方のもともとの呟きは、逆の意味で「その違いを何時の間にか乗り越えてしまう」人が余りにも多いので、注意喚起しただけのものです。では、この件は一応終わりということで。 posted at 21:02:34 .@ceno_sougou 追い討ちを掛けるようで申しわけないが、(∃x)Fx の否定は (∃x)¬Fx ではありませんよね。当方は話を全称量化する気はさらさらなく、仰る通り人それぞれなので、人それぞれであること位は認めないと何も始まらない、ということに尽きます。 posted at 20:55:45 今回の件の東浩紀の対応は、一貫して見事なものだったと思っている。 posted at 20:50:51
posted at 20:49:23
posted at 20:48:48 当方は、悪いですが、論点(対立項)のブレた議論は、それがいかに哲学的に興味深いものであっても、基本的には好みません。 posted at 20:46:06 .@ceno_sougou いえ、書き間違えられたことは了解済みの上での返信ですよ。最初に書きましたが、ぼくは権利問題ではなく事実問題の話をしています。「自分を当事者だと見做す必要があるかどうか」ではなく、「現に一定数の人々が見做している」という話です。 posted at 20:44:54 .@ceno_sougou それは当方の主張ではありませんね(どちらかと言えば寝言の方です)。当方の主張は、自分を「当事者」だと見做した人々においては今は「非常時」なので、それを「第三者目線」で批判することは不可能だ(従って、危険ならば環境管理しろ)、というものです。 posted at 20:38:35 .@ceno_sougou 申しわけないが、当方の主張は何でしたか? セノさんが何に対して反論されているのか分かりませんが、当方は「科学サイド」なる仮想敵と戦っていた覚えはないのですが。。。 ぼくは具体的な話しかした記憶がないです(議論になるまでは)。 posted at 20:28:36 .@ceno_sougou 同様に、「自分がいままで知っていた科学」は常に、「自分がいま知っている科学」の内部における「自分がいままで知っていた科学」であり、それは「自分がいままで知っていた科学そのもの」ではありません。その質的相違を、科学は常に完璧に回収するのです。 posted at 20:26:01 ちかれた。 posted at 20:23:09 .@ceno_sougou 「現実的」と言えばいいですか。これは客観的時空間上で計測された「目の前」「一瞬」の話ではありません。それら全体を可能にするものとしての「現実性」に対する気付きの話です。ラカン的には「狂気」の話です。 posted at 20:16:54 .@ceno_sougou 本当は常にそうなんですけどね。ただ「死」が差し迫っている場合にしか、普通の人はそのことに気付かない、というだけです。ですから普通は、逸脱があっても人は科学に従います。「非常時」というのは、その「信憑」が広範囲に渡って機能不全に陥ることです。 posted at 20:13:49 なお、いま会話している内容の基本的構図は、すでに「馬券科学の哲学的基礎づけ」というタイトルの下、第34回京都哲学道場(2009年4月4日開催)で発表済みのものです。ご関心のある方はどうぞ。 http://tinyurl.com/49fhmer posted at 20:09:00 .@ceno_sougou 科学は「間主観的」で「通時的」な出来事しか説明出来ません。しかし、自分に差し迫っているのは「主観的」で「瞬間的」な現実の出来事です。重ねて言いますが、「生きるか死ぬか」とは、そういうことです。 posted at 20:03:56 .@ceno_sougou 残念ですが、個別の判断は必ず公共性の側に回収されます。科学で説明出来なければ、それを説明出来るものが科学と呼ばれるまでです。逆に、個別の判断は必ず(一瞬だけ)科学を逸脱します。なぜなら、目の前の出来事は個別的だからです。 posted at 20:01:26 うわー、哲学やばいわー、不謹慎だわー。 posted at 19:53:16 ではここでクエスチョン。「いまこの瞬間科学が超えられているかどうか」を判断するための基準として、「科学」を使うことが出来ますか? RT @ceno_sougou @Taroupho 科学が超えられる瞬間、というのならば、少なくとも僕の中では、原発問題に関しては科学はまだ超えられて posted at 19:51:08 あ、一日当たりの最高呟き数を更新してしまった(RTを含んでるけど)。 posted at 19:41:04 いかん、地震と原発の話をしていたのに、何故ぼくはこんな浮世離れした話をする羽目になっているのだw posted at 19:37:48 .@ceno_sougou 端的に言えば、ぼくの言う「平時」とは、「科学」に従っておけば(確率論的)安心が得られる場合のことで、「非常時」とは、「科学」が超えられる瞬間です。「世界の終わり」とは、そのような異常事態です。 posted at 19:36:49 .@ceno_sougou そうです。事後的に、必ず判断は公共化されます。しかし「当事者」においては、それは公共化されないのです(後から第三者目線を使うことで、初めて公共化出来ます)。それは「科学」と呼ばれます。 posted at 19:35:17 .@ceno_sougou 以前、根暗さんとも問答になりましたが、ぼくは基本的に、世界はぼくの見ている夢だと思っていますから、これは寝言です。そんなに真剣に相手していただかなくても、ぼくは構いませんよ? (関係ないですが、セノさんも結構、議論好きの方ですねw) posted at 19:31:06 .@ceno_sougou 従って、「公共的基準」からの距離で「判断力がある/ない」という言葉遣いをすることが出来ません。すると、「判断力」とはどういう意味ですか? 情報の見極め程度のことは、どんな人でも実行しているのではないですか? posted at 19:28:30 .@ceno_sougou 「判断力」という言葉遣いはですね、ある「正しい判断」乃至「公共的判断」を基準に出来る場合のものです。現在は非常時(と見做す人がいる)とぼくは思いますが、非常時には判断を公共化することが出来ません。 posted at 19:25:30 「自分が人類の滅亡に巡り合えるのかも知れない可能性」に、少しだけリアリティを感じている。無論、この程度の原発事故で人類滅亡が可能とは思わないが、かなり想像力が働きやすくなった。 posted at 19:18:41 .@ceno_sougou 断言しますが、言葉に力はありません。基本的には、呟くだけ時間の無駄だと思っていますよ(そして、いまは非常時なので、その不合理な判断に従っています)。「言葉の力」であるかのように見えるものは、実際は「偶然の力」あるいは「運の力」に過ぎません。 posted at 19:10:24 .@ceno_sougou 別に個々の判断を合理的と呼んでも構いませんが、何を以て合理的なのですかね。それを合理的と呼ぶなら、先ほどセノさんが挙げられた「デマに流された二次災害」など、同様に個々の判断として合理的ということになるのでは? posted at 19:06:51 .@ceno_sougou 当方は逆に、現在は非常時なので、言葉の力で全体の合理的判断を棄却して、各自が生き延びるために自己の利益を図って貰いたいと思っていますよ。尤も、言葉に力なんかありませんから、これはただの戯言に過ぎませんが。 posted at 18:53:15 .@ceno_sougou 平時というのは、全体の合理的判断と個人の利益が一致する場合のことです。非常時というのは、個人の利益が全体の合理的判断に一致しない(全体を最適化すると自分が死ぬ可能性がある)場合のことです。そして、非常時における個人の判断は、もはや合理的ではありません。 posted at 18:51:35
posted at 18:34:23 .@ceno_sougou 当方は、合理的判断がマイナスに働く状況にある、と申し上げているのではなく、何が合理的判断なのかを判断できる状況にない、と申しておるのです。無論、全部終わってから、セノさんが結果的に合理的判断をしていた可能性はあります。 posted at 17:18:12 被曝手帖=BIとしてBIが導入される日が来るのかも知れん。 posted at 17:13:38
posted at 17:04:52
posted at 17:04:12
posted at 16:59:15 陛下でした。 posted at 16:56:23
posted at 16:41:06 .@ceno_sougou 誰が哲学的懐疑論の話などしたのですか。当方は、現実にその状況にあるという、極めて具体的な話しかした覚えはないのですが。そして、当方は現在進行形の話しかしておりませんので、「どうしたらいいの?」「全部終わってから考察します」という応答は失当しています。 posted at 16:39:46 .@ceno_sougou いまが世界の終わりである(その差し迫った可能性がある)ことを、「誰」が判断できるのですか? そして、ある人が合理的判断に基いて「いまは世界の終わりでない」ことを判断できたとして、その人の判断が正しいことを「誰」が確認できるのですか? posted at 16:01:52
posted at 15:56:45 @ceno_sougou よく分からない反論ですね。当方は、「いまが世界の終わりである」と主張したことはない筈ですよ。 posted at 15:55:40 .@ceno_sougou 世の中には、天秤の片方にそれが掛けられた場合、「合理的判断」という言葉が無意味になる地点があるのですよ。それは、大袈裟に言えば「世界の終わり」です。ラカン風に「現実界」と言い換えてもいいですね。 posted at 15:10:28
posted at 15:00:29
posted at 14:09:24 従って、混乱を避ける必要があるならば、「買い溜め」に対しては商品の値上げで対処するなど、必要な外的措置を取ってゆくしかない。これが当方の結論です。しかし、さらにこれを「便乗値上げ」などと批判する人々が出て来るのだから、無責任としか言いようがない。批判するのはタダだからね。 posted at 13:50:32 しかし、自分たちも「当事者」だと考える人々に対して「買い溜め」やら「東京脱出」やらを批判するのは、結局それと同じことを言っていることになる。少なくとも、その言葉は、自分を「当事者」だと見做す人々に対しては何の〈リアリティ〉も持ちえない。これは事実の問題。 posted at 13:50:19 「当事者」と「第三者」に関して。例えば、いま被災地の人々に「貴方は日本でのうのうと暮らして来て、世界中の紛争に無関心だった」とか「どこどこの難民は貴方の何倍も苦しい生活を強いられている」とか言う人がいたら、どんな反応が返って来ると思うか。 posted at 13:50:07
posted at 13:45:14 こういう説明は余り好きではないが、「不謹慎」という言葉を分析してみると、要するに「謹慎(物忌み)」していなければ「災い(ケガレ)」がこちらに飛び火して来るので、しばらく「謹慎」して何とかそれを遣りすごしたい、という心理が働いている気がするね。その意味で第三者目線的。 posted at 13:16:18 @ceno_sougou 通常、可能性を考慮するのは政府の仕事です。しかし、それは「生きるか死ぬか」に関係して来ない場合だけの話で、「生きるか死ぬか」が現実的なものとして想像されるとき、可能性を判断するのは実際に生きたり死んだりする人間です。これは権利問題ではなく事実問題です。 posted at 12:47:27 「不謹慎」というのも、明らかに第三者目線の言葉遣いなのよね。被災地の当事者が不謹慎ジョークを飛ばしている一方で。 posted at 12:43:37 少なくとも現状は「生き延びろ」以上は何も言えない状態。「当事者(あちら)」と「第三者(こちら)」を分けて考えたい人は好きにすればいいが、例えば買い溜めしている人たちが自分たちのことを「第三者」だとは見做していない、ということには想像力を働かせる必要がある。 posted at 12:41:32 今回の原発事故の場合、「被災地」がどこ(どの範囲)になるのかは、まだ確定していないのよね。この点は明確にしておきたい。地震に関しても、この地震国に安全な場所などどこにもない。だから戦々兢々としている。「煽り」や「買い溜め」は、「第三者」ではなく「当事者」の話なのよ。 posted at 12:34:14 というわけで、数日間は「危険厨」の一人として頑張ります。「安全厨」の方も頑張って下さい。 posted at 12:01:59 原発に関して「安全厨」「危険厨」という厨房が新たに追加されたそうな。 posted at 12:00:01
posted at 11:57:25
posted at 11:29:52 単位がとうとう接頭辞なしのシーベルトに突入ですか。。。 posted at 11:20:26 何、1000ミリ? マイクロじゃなくて? 正門で? posted at 11:19:36 完全に同意。 RT @Boyakimasse Twitterはオルタナティブ・メディアであるから、大手メディアや政府発表に対するカウンター・インフォメーションを積極的に流すべき。その信憑性については受け手ひとりひとりが厳しく判断すればよい。 posted at 11:10:07
posted at 10:58:22
posted at 10:58:01
posted at 10:56:29 しかし、これでもまだ「テレヴィ等のメディアは煽りすぎだ!」と言う人は、何なのかねえ。あれを見てそう思えるとは。理解に苦しむ。本当に理解に苦しむ。 posted at 10:47:03
posted at 10:44:14
posted at 10:41:02
posted at 10:40:22
posted at 10:39:35 そろそろ投げ遣りな気分になって来た。 posted at 10:24:39 単に検知された放射線の量に関して安全だ安全だと繰りかえすだけで、毎時それだけの被曝を続けてゆくことや、放射性物質の体内蓄積の可能性、土壌汚染の可能性などが一切考慮されていない。安心させて何がしたいんだ。いまは「パニックを起こすべきとき」だろう。 posted at 09:33:48 テレヴィ等のメディアは、いいかげん「安全です」などという流言蜚語を垂れ流すのを止していただきたい。 posted at 09:28:53
posted at 09:28:32 別に政府や東電の責任やら体質やら云々したいとは思わないが、情報開示の破滅的な遅さに関してだけは徹底的に批判する必要がある。 posted at 09:23:37 原発が落ち着くまでは、今後も容赦なく危機感を煽り続けますので、気に入らない方はリムーブして下さい。 posted at 08:31:30
posted at 08:26:28 状況は悪化の一途を辿っている。 posted at 07:49:23 おいおいおいおい! 「福島第1原発4号機から炎=東京電力」 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110316-00000028-jij-soc... posted at 06:57:01 情緒不安定が亢進している。 posted at 06:44:26 悪夢を見て目覚めた。家のなかに原発があり、危機的状況に陥っている。それが爆発して、白い閃光が辺りを充たしたので、タオルを引ッ被って逃げ出すのだが、矢庭に空が暗くなり、見上げると赤黒い月が出ていて、人々は月蝕だ月蝕だと口々に叫んでいた。相当神経をやられて来てる。 posted at 06:31:05 わざわざ京都御所までw お疲れ様ですw RT @Boyakimasse 天皇が京都に来ているか否かは、明日私が御所まで行って様子を報告致します。今のところ、東京におられるのか京都におられるのかは断言できません。 posted at 00:02:03
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last update 05/28 14:09
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