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TANI_Ro^hei@哲学道場

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2010年10月06日(水) 1 tweets

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2010年06月21日(月) 1 tweets

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ブログ更新しました。 「神学論争あるいは梯子の話」 http://ka-jo.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-b6cc.html @necratallo #nagaihitoshi

posted at 02:51:35

2010年06月10日(木) 1 tweets

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そうかー、『マンガは哲学する』そんなにいい本かー。永井先生の本も、ぽろぽろ読み抜けているのがあるけど、『転ブラ』と一緒に購入するかなあ。 #nagaihitoshi

posted at 19:09:48

2010年06月01日(火) 1 tweets

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自分用メモとして、31日の自分の呟きと TL を Togetter でまとめました。 「正しい日本語的な何か、あと永井哲学とか」 http://togetter.com/li/25764 #nagaihitoshi

posted at 02:23:36

2010年05月31日(月) 10 tweets

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今度は哲学的な「言語」の話をするが、言語の恣意性・示差性・共時性は差延・脱構築によって破られる(『構造と力』)とすれば、言語が〈私〉や〈今〉を回収可能である(頽落)というのは、実は事後的に回収しているに過ぎないことになる。 #nagaihitoshi

posted at 20:15:52

言語が変化するものである以上、言語の回収可能性は常に事後的に発見されるものでしかありえない。すなわち、言語は常に事後的に語る。だから〈私〉や〈今〉を語れないのは当たり前の話で、それは事後性の相の下には語ることのできないものだからだ。 #nagaihitoshi

posted at 20:19:20

それ! そこポイントですね! 結論からいえば、微妙です、よく分かりませんw RT @necratallo .@Taroupho それは事後性の相のもとじゃなければ言えているということになるのですか? #nagaihitoshi

posted at 20:29:10

〈比喩〉は、語られた瞬間には比喩ではなく事実であるのだが、それが文脈(歴史性)のなかで捉え返されたとき、もはや事実ではなく比喩であるしかない。共時性は常に破れているが、その破れは常に隠蔽される。だから共時性の破れを語ることはできる。 #nagaihitoshi

posted at 20:33:16

だが、〈私〉を語るというのは、さらに梯子を登った地点の営為であるという気はする。破れを語ることは簡単だが、破れた先を語ることは簡単ではない。「示す」とは、一体誰に示していることになるのだろうか? #nagaihitoshi

posted at 20:36:29

.@necratallo ただ、永井先生の「言語」って、変化しないのではないですか? だって、そもそも〈私〉に時間は流れないわけですから。逆に〈今〉の運動性の下で「言語」を把握し直すことができれば、新しい言語観に到達できるかも知れません。 #nagaihitoshi

posted at 20:40:40

「〈私〉を語ることはできない」という問題は、言語の問題ではなく〈私〉の問題であるという気はするな。言語論はあまり有効でない気はする。「〈私〉を語る」という状況がどんな状況なのか、実は理解不能だということが一番の問題なんだよなー。 #nagaihitoshi

posted at 20:45:44

そうですね。ただ、〈私〉の前にきわめて面倒な言語論的問題が山積みされているせいで、ある程度混同して語られることもやむをえないという感じでしょうか。 @necratallo @tnaba #nagaihitoshi

posted at 20:55:15

.@necratallo ですが答えは出ていなかったと思います。五分前世界創造仮説が有効であるような理論的領域で、記憶の「過去」と独今論的な〈今〉との連続性を語るというのは大変弱い。何かある部分で永井哲学を根柢から作り換えなければ難しいと思います。 #nagaihitoshi

posted at 21:02:24

.@necratallo よろしくお願いします。時間論は大変興味のある分野ですので。進んでいるのか進んでいないのか分からないような速度で遅々として考えてゆくことしかできませんが、何か新しい知見を手に入れてゆきたいです。 #nagaihitoshi

posted at 21:10:19

2010年05月25日(火) 1 tweets

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.@necratallo 正確に言えば、言語的に有意味だからこそその真の意味が隠蔽されてしまうのですよね(私的言語は可能的な意味で)。逆転クオリアが可能なためにはすでに一般的概念としてのクオリアが成立していることが必要で、その時点で頽落してますね。 #nagaihitoshi

posted at 19:55:19

2010年05月22日(土) 4 tweets

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.@necratallo なるほど、永井さんの言葉でいえば「超脱的当為」の審級とその隠蔽のお話ですね。それはおっしゃる通りだと思います。ある水準では、道徳に従うことが超えられざるをえない(不道徳というより超道徳?)ということですね。 #nagaihitoshi

posted at 01:16:53

.@necratallo 「規範の基礎」『〈魂〉に対する態度』です。逆方向に考えればおっしゃる通りですが、その最初の段階(現に行為をなす段階)における「まさに~すべし」は、もはや従ったり従わなかったりできるような「道徳」ではありえないということです。 #nagaihitoshi

posted at 01:27:29

.@necratallo その水準における究極的利己主義が乗り越えられ隠蔽された段階で一般的道徳が成立するわけですよね。あとの累進構造はその内部における累進ですから、言語が〈私〉を隠蔽する構造と相同だと。仮に最上段に名前をつけるなら「超道徳」かな、と。 #nagaihitoshi

posted at 01:30:06

.@necratallo 「不道徳装置」ってないんですか? それは初耳、というか、それだけですとよく分からないのですが、ちょっとおもしろそうなお話。 #nagaihitoshi

posted at 01:50:18

2010年05月15日(土) 4 tweets

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ああ時間論がやりたい! 昔から「時間」ときくと大変うずうずする。それはそうとして、ハッシュタグ使ってみません?>永井均クラスタのみなさん #nagaihitoshi

posted at 03:27:03

.@necratallo 永井信者かどうかの判定がしたいわけではもとよりなく、永井哲学に関係する議論が分散せず読めたり相互に繋がったりすると、いいなと思ったのです。 #nagaihitoshi

posted at 03:35:49

.@necratallo さて、トートロジーかと言われると、そんな側面もある。ただ、時空に囚われない思考で対応関係を求めてゆくことで、逆に「時空の対称性の破れ」を炙り出すこともできるのではないかな、と思ったのです。おお、何か物理学者みたいだw #nagaihitoshi

posted at 03:38:38

.@necratallo 高尚なのではなく、混乱しているだけです。特に時空を超えたいとも思いません。ただ、対称性が破れているのなら、そこが肯綮点でしょう。時間論と言語論を引き剥がすための。そして言語を可能にする条件も明白化する筈です。 #nagaihitoshi

posted at 03:51:32

last update 05/28 14:09

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