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» 2012年02月
【写真 20120229】 北海道立文学館 http://t.co/NUzjEbtc posted at 23:33:49 .。oO( 国の政治が変えたいなら、大阪府知事や大阪市長になるより、北海道知事になったほうが、話が早いんじゃないの、とふと思う。 ) posted at 17:16:16 【サッカー 日本代表】W杯アジア3次予選対ウズベク戦、今夜です。両チームとも最終予選進出を決めているのでまあ消化試合、ゆったり見られます(TV観戦ですが)。怪我の本田と定位置争い中のFW以外は、現状のベストメンバーが登場しそう。GK川島DF内田吉田今野長友MF長谷部遠藤岡崎香川。 posted at 09:18:17
【写真 20120228】 VERANDSCAPE 20120228 8:18 http://t.co/cKv3vOiu posted at 22:14:34 メモ連ツイ、終了します。お付き合い、ありがとうございました。北海道は、明日、雪、どっと融けそうですね! posted at 20:22:49 【コンドル三大弟子】ある程度、建築(史)について知っている人にとっては、今自分がメモったようなことは、常識なんだろうなあ。もっと勉強したいので、詳しい方、どうぞ色々教えてくださいまし。コンドル三大弟子建築作品見学ツアー、小樽・関西・東京各篇、したいもんだなあ。お仕事頑張ろうっと。 posted at 20:21:32 【コンドル三大弟子】北海道にも、辰野と曽禰の作品があるんだね。辰野:日本銀行小樽支店(1912 現・日本銀行旧小樽支店金融資料館)。曽禰:旧三井銀行小樽支店(1927)。札幌市制施行が1922(大正11)年。小樽の方が、北海道経済の中心地だったということか。 posted at 20:16:50 【コンドル三大弟子】余談。京博は今、森田慶一設計・1966年竣工の平常展示館を解体し、同機能の百年記念館(仮称)が谷口吉生設計で2013年竣工予定。来年かあ。行きたい。 posted at 20:09:11 【コンドル三大弟子】について読んで、自分が一番最初に接したのが、片山東熊の京都国立博物館だったと初めて知った。高二で札幌から修学旅行で京都に行って、自由行動の時間に京博を訪れたのだった。1895年竣工。ひょえー。田原が行ったのは1975年10月。で、その十年後に関西に移住、再訪。 posted at 20:05:10 【コンドル三大弟子】『安野光雅対談 ロジックの詩人だち』中、安野さんと建築史家長谷川堯氏の対談テーマ人物が、片山東熊。こちらのパトロンは、宮内省。長州閥・山県有朋の庇護を受けた「宮廷建築家」。奈良・京都・東京(表慶館)の各帝国博物館や旧東宮御所 (赤坂離宮、現・迎賓館)等、設計。 posted at 19:57:02 【コンドル三大弟子】『建築探偵の冒険 東京篇』最終章「東京を私造したかった人の伝-兜町と田園調布」、その人は渋沢栄一、彼がパトロネージしたのが、辰野金吾。東京駅と日本銀行がその設計。対抗したのが、三菱岩崎家が援助する、曽禰達蔵。三菱は丸の内一帯を押さえ、曽禰が関わる建築物が並ぶ。 posted at 19:48:58 【コンドル三大弟子】『建築探偵の冒険 東京篇』藤森照信・『安野光雅対談 ロジックの詩人だち』(どちらも安野光雅さんの装丁・挿画)を読んでたら、明治のお雇い外国人建築家コンドルの弟子三人「辰野金吾・曽禰達蔵・片山東熊」が相次いで登場。彼らに関して、メモ連ツイします。 posted at 19:37:12 こちら札幌 藻岩山南麓、よい天気です。ベランダに立てば、クラス一丸無欠席でなにかと話題の東海第四高の校舎も、よく見えてます(珍獣扱い・大人の飯の種にされてる、生徒の皆さんにはご同情申し上げます)。田原も自宅勤務員で頑張っております。十年以上、無遅刻無欠勤です。記事にしてくださいw posted at 09:11:17
【写真 20120227】 冬の木 http://t.co/oiLIed9j posted at 23:30:46 .。oO( 関西に住んでいた頃、春先、何かの折に、利尻島から出て来た今は亡き父が、「雪なくてあずましいなあ」と言っていたのを、北海道に戻ってきて、ふと思い出す。その気持ち、よくわかる。一方で、関西に十二年暮らしながら、結局雪のない冬に慣れなかった、自分の気持ちも、よくわかる。 ) posted at 22:32:55 【シャチ】昨夜放映のNHK『ダーウィンが来た!』「海の王者シャチ」ガン見しました。全世界(おそらく人間の生活圏より広い)に分布、「狩り」の文化を伝承し、音声コミュニケーションも巧み(「方言=各地域言語」さえある)。ぼくらシャチの人たちだもんねえ、とわかって生きてると思う。素敵だ。 posted at 08:35:45
【写真 20120226】 信号待ち写 @国道230号線×五輪通 交差点 http://t.co/ZsuJUNea posted at 23:59:34 南シベリア・トゥバ共和国近辺で地震。昨年末12月29日にもM6.9のがあった。どうなってんだ? "Magnitude 6.7 - SOUTHWESTERN SIBERIA, RUSSIA (via @usgs) http://t.co/GJdsVrLE " posted at 17:30:07 大洋ホエールズのファンだった田原です。DeNAベイスターズ、ホエールズに比べると名前に一貫性・美しさがありません。「横浜DeNAミトコンドリア」でお願いします(ミトコンドリアは複数形、単数形はミトコンドリオン)。虎も竜も鯉も燕も人も、ミトコンドリア抜きで生きて行けると思うなよっ! posted at 10:35:57
【写真 20120225】 Makrokosmos 20120225 岡本太郎ピンバッチ http://t.co/1uLRgQMt posted at 23:18:54 メモ連ツイ、終了します。お付き合い、ありがとうございました。よい日曜日を! posted at 21:36:44 【葉山の小田良治邸】神奈川県葉山町に1937(昭和12)竣工の旧小田良治別邸が現存とのこと。現・鹿島建設研修センター。しかし、Googleマップで見てみても、それらしき建物は確認できないのだが。センター敷地内にひっそり建っていたりするのかも。問合せてみよう。鹿島建設さんよろしく。 posted at 21:25:37 【六本木の小田良治邸】札幌の「五番館」は、1988年西武百貨店と業務提携し「五番館西武」、1997年吸収合併され「札幌西武」に。「五番館」の名前が消える。その「札幌西武」も2009年10月30日閉鎖。小川から小田が引き継いでからちょうど100年。 posted at 21:04:58 【六本木の小田良治邸】今の住所でいえば、港区六本木5丁目15。跡地に建つのはいわゆる億ションとフィリピン大使館(旧小田邸より広い建物に越したものか)。そのマンションの竣工は1999年。J.M.ガーディナー設計、六本木の小田良治邸は、写真と映画作品の中にだけ残ることに。 posted at 20:58:40 【六本木の小田良治邸】「六本木の廃墟」監督・撮影関根博之という8ミリ・55分の映画がまさしく、廃墟化した東京・小田邸を撮ったものらしい。1992年作。空き家化後、焼失前か。幻の映画作品らしい。観てみたい。 posted at 20:52:03 【六本木の小田良治邸】1979(昭和54)時点では、旧小田邸はフィリピン大使館として使用。『建築探偵の冒険 東京篇』では、大使館秘書室からの問合わせが紹介される。それ以降に空き家化→焼失→解体、という運命。 posted at 20:45:53 【六本木の小田良治邸】「東京」小田良治邸は1924(大正13)竣工。札幌東京ともに、J・M・ガーディナー(1857-1925)設計。ガーディナーは米人、建築家で教育者。立教大学校を建設・校長を務める。東京小田邸には、屋上に望遠鏡ドームを備えた私設天文台まであった。小田、絶好調だ。 posted at 20:39:33 【六本木の小田良治邸】小田は1872(明治5)大分県生れ。米欧の留学を経、1899(明治32)三井物産社員として札幌に着任。独立後、実業家として成功、1909(明治42)小川二郎より「五番館興農園」を引継ぎ、デパート「五番館」誕生。「札幌」の小田良治邸は、1913(大正2)竣工。 posted at 20:27:47 『建築探偵の冒険 東京篇』藤森照信(筑摩書房 1986)を、田上義也記述確認のため、約四半世紀ぶりに再読。88pに小田良治(1872‐1943)の名前を発見。「デパートメントストア 五番館」@札幌の人。読了後ちょっと調べたものを、メモ連ツイします。 posted at 20:16:19
【写真 20120224】 深泥 http://t.co/jTo9ilow posted at 22:32:23 .。oO( アイスランドといえば、鈴木さえ子さんの『Visinda og Leyndardomur 科学と神秘』思い出すなあ。いいアルバム。1991年発、もう二十年か。タイトルのアイスランド語、読めないままだ。ヴィシンダ・オグ・レインダルドムール? ) posted at 20:28:33 こちら札幌 藻岩山南麓。久々、マンションの駐車場に、除雪の重機が入りました。斜面の熊笹三兄弟も、長男がかろうじて見えるだけ、下二人は雪の中。こうして、降ったり解けたりしながら、春に近づいていきます。 posted at 08:30:00 【写真 20120223】 Makrokosmos 20120223 『民藝四十年』柳宗悦(宝文館 1958)奥付頁 http://t.co/ROrSKhTD posted at 00:25:47
「爆問学問」、今日が最終回。なくなっちゃうの!と思ったら、5月から新番組「探検バクモン」が始まるんだと。「学問」、学者さんの話だからこその面白さが魅力だったと思う。「探検」、どうなんだろ。最終回、東京・神田神保町から中野三敏先生&爆笑問題、「大江戸ブックレビュー!」。楽しみです。 posted at 17:54:19 .。oO( そうか、バーレーンも予選敗退が決まってたわけではなかったんだ。3月14日の結果次第では、日本・シリア・バーレーンが勝点12で並ぶ可能性もあるわけね。昨日4点取っておいてよかったあ。もちろん、すっきり勝っての五輪出場決定を願っています。 ) posted at 08:41:44 【写真 20120221】 北海道神宮頓宮 http://t.co/hnbjB34d posted at 00:29:02
【田原書店】@札幌古書組合交換会、『能』金子桂三・増田正造(毎日新聞社)・『古沢岩美画集』(美術出版社)・『画集 東郷青児』(毎日新聞社)・『漱石書画集』(岩波書店)・『賀川豊彦写真集』賀川豊彦写真集刊行会(東京堂出版)・『HK2001』(ヒロココシノデザインオフィス)、等落手。 posted at 17:23:18 【田原書店】@札幌古書組合交換会、『北海道の建築 1863‐1974』日本建築学会北海道支部(丸善)・『書物の道』寿岳文章(書物展望社)・『民藝四十年』柳宗悦(宝文館)・『鎌倉室町の美術』(大日本インキ化学工業)・『画家 大月源二の世界』・『荻須高徳画集』(毎日新聞社) 等落手→ posted at 17:12:26 こちら札幌 今日は、午前中は札幌古書組合の交換会、夜はサッカー五輪予選U23対マレーシア戦TV観戦です。どちらも、どんな結果が出るのか楽しみ。では行ってまいります。北海道神宮頓宮へ向います。 posted at 07:59:16
【写真 20120221】 VERANDSCAPE 20120221 08:52 http://t.co/ImC7ruMr posted at 22:03:45 【北海道の鳥取】 伊福部家、小谷義雄と橋浦泰雄兄弟、麒麟獅子舞、これからも機会があれば調べていきたいです。「麒麟の王国>麒麟獅子のご紹介」 http://t.co/d3iOy57L posted at 21:04:26 【北海道の鳥取】 釧路の鳥取地区は、1940(昭和15)年「皇紀二六〇〇年」を記念し、その年鳥取から麒麟獅子舞を移入。以後、毎年九月、鳥取神社に奉納。昨2011年にはついに、利尻島で鳥取・釧路・利尻の「麒麟」関係者が集いフォーラム開催、それぞれの麒麟獅子舞を舞ったという。イイネ! posted at 20:57:16 【北海道の鳥取】 明治末、鳥取市秋里から利尻島仙法志長浜に渡った県人は、故郷の麒麟獅子も持ち込んだ。固有の郷土芸能「因幡の麒麟獅子舞」。明治末途絶えた利尻での舞いが、地元有志により約百年ぶりに復活。2004年6月長浜稲荷神社祭礼で奉納。秋里の人たちとの交流、その指導があって実現。 posted at 20:50:58 【北海道の鳥取】 移住形態は様々。士族授産として・屯田兵として・元藩主は農場主として・鰊漁従事者として・開拓農民として、等々。場所も様々。釧路・岩見沢(士族)・江別・室蘭・根室・美唄(屯田兵)・池田(旧藩主池田家)・利尻・宗谷(漁業)・足寄(農業)。釧路・足寄には地名「鳥取」も。 posted at 20:38:19 【北海道の鳥取】 鳥取県立公文書館・平成9年度公文書展「近代 鳥取県人の北海道移住」図録によれば、「明治一〇年代末から大正時代にかけて、鳥取県からもおよそ二万五千もの人々が移住しています。」鳥取から利尻島へは、鰊漁従事者が多数、「大正七年の統計によれば、移住者のうちおよそ一割」。 posted at 20:29:33 【北海道の鳥取】 伊福部昭(1914‐2006)は、因幡の古代豪族の家系。昭で67代目!旧国府町(現鳥取市)の出。なぜ北海道に渡ったのか?橋浦泰雄の兄・義雄(1884‐1972 現岩美町の出)は、札幌で肉屋を営む元鳥取藩士の小谷家の婿養子に。小谷家の人々もなぜ北海道に渡ったのか? posted at 20:22:44 【北海道の鳥取】 鶴見太郎『橋浦泰雄伝 柳田学の大いなる伴走者』閲覧中。橋浦泰雄は、北海道にも縁の深かった鳥取県人。で、北海道に移住してきた鳥取県人の事が気になったので、手持ち資料とネットで調べてみました。メモ連ツイします。 posted at 20:12:11 こちら札幌 藻岩山南麓、穏やかです。各地で大雪の被害が出てますが、札幌中心部から南は例年より雪少ないみたいです。この辺は春先に多く降る傾向があるみたいなので、まだ油断なりませんが。でももう二月末か、もうすぐ春ですね。ちなみに今日も日本海側は暴風雪。利尻-稚内航路も欠航。波高6m! posted at 09:33:42
【写真 20120220】 2012年2月19日の清華亭@札幌。木の幹の横、ぶら下がっているのは、高臣大介さんのガラス作品。 http://t.co/KlKNtMG6 posted at 23:44:20 【清華亭と黒百合会】清華亭の庭には、黒百合ならぬ、オオウバユリが、実をつけたまま立ち枯れして、雪の中に立っていた。花の季節に再訪したいな。 posted at 21:02:05 【清華亭と黒百合会】実は三十年以上前、受験生の頃、清華亭のごく近く(北6西9)に一年間住んだ。「勝手にシンドバッド」が世に出た年。銭湯の行き帰りその前を通りながら、なんか古臭い建物だなあ程度に横目に見てた。気がつけば、こっちの方が古臭くなってるし。年取って初めて見えるものもある。 posted at 20:57:00 【清華亭と黒百合会】その黒百合会、今も存在し、活動も盛んなようだ。 http://t.co/RLG9vDJs 知らなかった・・・。 posted at 20:40:38 【清華亭と黒百合会】東京から失意のうちに故郷岩内に帰ろうとしていた木田金次郎少年17歳が、途上一ヵ月ほどの札幌滞在中、第3回黒百合会展で有島武郎の絵に魅入られることになる。偶然見つけた上白石の有島邸(「開拓の村」に移築現存)を訪ね、その経緯が「生れ出づる悩み」に再現されることに。 posted at 20:38:10 【清華亭と黒百合会】清華亭(札幌市北区北7西7)は昨日が初訪問。明治の和洋折衷建築。洋間展示パネルに有島武郎と黒百合会の記述。1908(明治41)年、有島は東北帝国大学農科大学(現北海道大学)予科の英語教師に。その年学内に美術愛好家団体「黒百合会」発足、第一回会展を清華亭で開催。 posted at 20:30:50 【清華亭の創建は1880年】昨日のツイートでは、1888年と誤記してしまいました。訂正します。清華亭 Wikipedia : http://t.co/oFF299Rn posted at 17:54:55 .。oO( 昨晩のETV特集「見狼記~神獣ニホンオオカミ」、オオカミ(信仰)そのものより、オオカミに憑かれたような人たちの姿と日本の深山幽谷の自然の豊かさに、心打たれた。 ) posted at 09:28:25
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last update 05/29 15:11
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