posted at 10:25:01 @yukimibighappy 1981年にはその橋が冠水するくらいの洪水になっています.そこは裏山の土砂災害にも要注意ですよ. posted at 10:25:44
posted at 17:30:58 ありがとうございます.「あずらいしばし」なら「あつらいしばし」ですね.わかりました. @yukimibighappy posted at 17:33:07
posted at 21:16:15 「津波予報(若干の海面変動)」という呼称の情報で,「若干の海面変動が予想されますが、被害の心配はありません」という意味です.言い換えると,ごくわずかな津波が観測されるかもしれないけど被害を及ぼすようなものにはならない可能性が高い,というところ.@yukimibighappy posted at 21:17:51
posted at 21:28:48 なるほど,「若干の海面変動が予想されますが、被害の心配はありません」の文だけが使われると,それだけ聞いた人には主語不明ですね.そういえば,たった今NHKがまさにこの文だけを読み上げていた.参考になりました. @yukimibighappy posted at 21:31:18
@yukimibighappy おめでとうございます. posted at 17:00:35
posted at 22:19:24
朝日新聞デジタルに掲載された陸前高田市気仙中学校脇からの津波の動画と画像 http://goo.gl/Opsdj 写真の方は先日あるところで見せていただいたのですが,動画もあったとは. @yukimibighappy @pointhide posted at 16:43:13
posted at 17:37:35 当然のことと思います.私も無理に探り出したいとは思いません. @yukimibighappy @pointhide posted at 17:38:25
posted at 12:38:10
posted at 14:49:35 @yukimibighappy ホテル三陽は「津波が絶対に来ない高台にある」という理由で,震災前に私も何回か泊まったことがあるのです. posted at 14:52:07
posted at 10:01:07
@yukimibighappy @HAMANASU_RX @Osiziga_ni @ssktks 皆様よろしければご教示ください.陸前高田市内では,津波災害当日の様子について尋ねるアンケートが各家庭に既に何回か届き,たびたび回答してもううんざり,といったことはあるでしょうか? posted at 18:10:31 @yukimibighappy @HAMANASU_RX @Osiziga_ni @ssktks ご教示感謝します.そうですか.もういろいろと行われているのだと思っていたのですが・・・ posted at 18:44:07 @Osiziga_ni @yukimibighappy @HAMANASU_RX @ssktks 元の居住地から大きく移動しているケースが多く,なかなかつかめないのかも知れませんね.ゆきみ大福さん情報だと,災害前住所で郵便物が届くそうだから郵便局が一番実情を把握しているのか. posted at 19:35:00 @Osiziga_ni @yukimibighappy @HAMANASU_RX @ssktks 実は私が今気になっているのは,被災時の状況についての基礎的な情報が,陸前高田では意外に集められていないのでは?,です.あまり行われていないのならば,色々考えたいと思います. posted at 20:03:59
@nied_inok @yukimibighappy つぶやきを使わせていただきました。問題ありましたら対応しますのでご連絡ください。 http://togetter.com/li/200345 posted at 10:18:13
@ssktks @yukimibighappy ご笑覧ください. posted at 00:41:31
posted at 22:16:47
posted at 22:45:49 @yukimibighappy テレビは1県1波なので,市町村単位の情報が伝えにくいという問題があります.ケーブルテレビならできそうですが. posted at 22:46:42
posted at 22:53:54
posted at 09:56:32 @yukimibighappy この本の原典が山奈宗真「岩手県沿岸大海嘯取調書」というものなのですが,これを参照しますと,明治三陸の時には高田町の被害が少なかったため,長砂の被害のみが収録されているとあります.被害前戸数14戸,人口111人というのは字長砂だけの値のようです. posted at 10:01:59 @yukimibighappy 大正初期の地図で見ると,長砂の集落は今で言う高田高校南側の高田街道に沿ってほんの少し家屋が点在しているだけで,これが14戸というのはまあそんなものだろうと読み取れます. posted at 10:06:27
posted at 10:34:26
posted at 10:34:43 @Osiziga_ni @yukimibighappy 大正期の高田街道は,今の地名で言うと長砂-寒風-川原-荒町-馬場-大石の経路の,一番山際を通っており,この周辺にのみ集落が見られます.当時まだ大船渡線はありませんが,線路より500m程北側にしか家屋はなかったようです. posted at 10:47:15 @Osiziga_ni @yukimibighappy 明治三陸津波では高田町にはほとんど津波が到達しなかったようです.岩手県津波浸水予測図にも,高田町付近には明治三陸津波の浸水実績が記載されていません.不明ではなく,ほぼ無しという読み取り方で差し支えありません. posted at 10:50:20
posted at 10:50:50 @yukimibighappy @Osiziga_ni 地形図だけで見れば,昭和初期頃でも陸前高田駅付近にはほとんど家屋がありません.昭和40年代でも館の沖の市役所付近には至る所に水田記号で,大船渡線より南には家屋ほぼ無しです. posted at 10:53:38
posted at 10:54:15
posted at 10:54:27
posted at 10:54:51 @Osiziga_ni @yukimibighappy 正確な位置が読み取れませんが,明治から大正期の高田町役場は,荒町~洞の沢あたりのかなり山側にあったようです.街全体が海側に近づいていった傾向はありそうです. posted at 11:01:28
posted at 11:01:46
posted at 11:37:35 @Osiziga_ni @yukimibighappy このあたりなのでしょうか. http://g.co/maps/9fddx posted at 11:38:14
posted at 11:38:30
posted at 11:45:29 @yukimibighappy @Osiziga_ni ありがとうございます.よくわかりました.そうですか,ここが役場だったのですか.ううむなんとも. posted at 11:46:23
posted at 11:53:44
posted at 11:53:47
posted at 11:58:41 @Osiziga_ni @yukimibighappy 昭和35年より後ならば,「災害不安」は津波を意識しそうですが,どうでしょうね.地形的には水害の危険性も高いところですが.昭和初期の地形図には付近に病院の記号は見えないので,ここに立地したのは戦後のようですね. posted at 12:00:52
posted at 12:01:57
posted at 12:32:37 @Osiziga_ni @yukimibighappy ありがとうございます.なるほど,昭和11年に建物ができたくらいであれば,昭和8年の地形図に掲載されていないのも納得できます(地形図の情報は発行年よりかなり前であることが普通なので11年発行だとしても載りませんが). posted at 12:35:13
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last update 05/30 15:12
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