まとめ2:政治家をみんなで選ぶ代表民主制には限界がある。それはわかった。でも、ただ政治家「のような」ある種の固有名を持った(責任を問いかけられる)対象は確保しておかないといけないかも。じゃないと別の世界のありようが想像しがたくなってしまう可能性があるから。 #asanama posted at 01:32:38 まとめ1:「ネットによって、直接民主制2.0(討議/公共圏モデルじゃなくて市場/生態系モデル)」の可能性がでてきた。これはもっと突き詰めることができるんじゃね? #asanama posted at 01:31:42 それは面白い論点。 RT @tokada: ised的な議論にgithubやcodereposのような統合しつつ分散するリポジトリの話を絡めてみたい。Wikipediaも履歴情報を持ったリポジトリだけど、その理念上forkやmergeができない。 #asanama posted at 00:47:29 あつすぎるw 朝生でised復活!! RT @hazuma: この流れで朝生に行こう!w RT @masanork: 久々にisedに絡んだ面々で政権交代・Open Government・民主主義あたりを題材にしたシンポジウムみたいのをやりたいなあ #asanama posted at 00:31:30 ・・つまりここで議論されているのは、代理-表象モデルには限界があり、代表民主制は構想しなおすことができるかもしれないが、帰責性=訂正可能性=再定義可能性はどこに宿るのか問題。ここに設計研と倫理研の論点が鋭く絡み合うポイントがあった。 #asanama posted at 00:28:32 引用続き:そうやってシステムを洗練させてば、あらゆる国民が、それぞれの関心領域や専門性に応じて立法と行政に関われる“Democracy 2.0”の世界を作れるかもしれない。しかし、そのとき帰責性はどうなるのか。 #asanama posted at 00:24:28 引用続き:設計研の議論は「民主主義 2.0」とでも言うべき世界に踏み込んでいます。私たちがいま持っている民主主義はヴァージョン1.0であって、階層的な行政組織とセットで初めて機能する民主主義でしかない。 #asanama posted at 00:23:53 引用:「責任を問うためには固有名が必要なのです。「社会がこうなっているのは小泉が悪いからだ」というように、私たちは固有名を立てないと異議申し立てができない。」http://bit.ly/2IUECS #asanama posted at 00:21:07 いまちょうど@hazuma @masanork @takashiiba の三氏で議論になっているけど、このあたりの議論はisedですでにぐっと深くやられていたのだった。ここで取り上げたいのは次のページでの東さんの指摘:http://bit.ly/2IUECS #asanama posted at 00:19:27 ここで手元のメモが尽きたのでいったん休止。実はここから考えてみたいのは、一方で「ネットによる"間接"民主制」の可能性というか、いってみれば「直接と間接のカップリング」みたいな話。 #asanama posted at 00:14:43 いいかえれば、世論なり合意形成を「代理-表象」モデルで捉えるのではなく、(これはほとんど「Emergent Democracy」とおんなじことだが)「生態系」のように立ち上げることはできないか。(おおげさにいえば、公共圏から公共生態系へ?) #asanama posted at 00:10:47 スティグマジカルな民主制、すなわちなんらかのログ(あるいはタグ?まさにTwitterのように)を通じて市民が「間接的に」コミュニケートしあうことで可能になる直接民主制。そこではもはや人ではなくてログが「直接的に」会話しあう。 #asanama posted at 00:09:39 あとちょっと妄想っぽいことも書いてみる。それじゃあ、どういう新しい「議論」のイメージが必要なんだろうか? 先日の10+1論考では、(アナロジーに過ぎないという批判は覚悟のうえで)「スティグマジー」を取り上げてみた。http://bit.ly/2fQiAF #asanama posted at 00:08:24 だからSNSやTwitterで「議論する」といっても、普通の意味での「議論」とは違うイメージをつくらないといけない。裁判でもいいし、選挙でもいいし、学校のホームルームでもいいのだけれど、近代社会が生んだ「議論」のフォーマットは全部同じ「代理-表象モデル」だから。 #asanama posted at 00:05:13 おお、isedがTwitter上で復活している・・あつい・・ RT @takashiiba: 僕の感覚では、「政治」の機能は、現状の解決不可能な利害対立を「意思決定」という名の不連続装置によって解決したことにすることだと思う。そこには連続的ではない飛躍があって、 #asanama posted at 00:04:36 東さんが「ネット直接民主制」の可能性を論じるとき、それは電子公共圏的なもの(コミュニケーション的理性)ではなくて、ルソーの「一般意志」がベースになっている。それが最近ずっとツイッタ上でも議論になってきた代理-表象-演劇モデルはもう限界だという話。 #asanama posted at 00:03:44 直接民主制というと、どうしてもハーバーマス流の「公共圏(みんなで理性的に議論すればちゃんとした合意に至れるよね)」のイメージを想定しちゃうけれど、その理論的な困難については北田暁大さんがised倫理研で論じたとおり。http://bit.ly/2BXi5d #asanama posted at 00:02:25 どもです、まだまだ続きますw RT @hazuma: .@hamano_satoshi ぼくの考えるネット直接民主制は「市民ひとりひとりが自覚的に参加する政治」の対極にあるのだが、その意味を人々に理解してもらうのはあと数年かかるだろう。しばらくは誤解も引き受ける #asanama posted at 00:01:44
2000年代以降に限ってみても、ブログが登場したときはむしろ「ブログ直接民主制」の議論こそがホットだった。たとえば「スマートモブズ」「Emergent Democracy」(伊藤穣一)とか。後者はGLOCOMで和訳あり。http://bit.ly/3br68r #asanama posted at 23:58:30 「ネットで直接民主制なんて昔からいわれてるよ」みたいなコメントがちらほら。確かに、インターネットによる直接民主制の議論はいままでも(むしろこんなにウェブが一般に普及する前のほうが)盛んに行われてきたのは事実。#asanama posted at 23:56:51 J-CASTの「東浩紀「SNS直接民主制」提案」の記事に対するはてブを読んで思ったこと。どうも「直接民主制」という言葉がちょっと一人歩きしやすいように見えたので。http://bit.ly/2BCrxx #asanama posted at 23:55:28
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last update 05/31 13:42
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