#ACIM テキスト後半から特別な関係、愛の代替としての特別性、偶像について徹底講義される目的はこれだよ。RT @krishnamurtibot: 私たち個人の中に根本的革命を引き起こすためには、私たちと他のものとの関係の中で、私の思考や感情の動きの全体を理解しなければならない… posted at 20:26:35
像と像とのかまいあい。鏡地獄。RT @krishnamurtibot: もし私があなたについてあるイメージを抱き、あなたもまた私についてあるイメージを抱いたとすれば、我々が互いにそのあるがままの姿を見ることができないのは当然である。 posted at 07:34:25
耳が痛いなう。RT @krishnamurtibot: 快楽が苦痛に変わるのは、快楽を反復して味わい永続させようと努めるからである。 posted at 18:43:47
ははは、まさに『神話が考える』だな。RT @krishnamurtibot: 我々が悟らねばならないのは、自分が環境によって条件づけられているだけではなく、我々が他でもないその環境だということ、自分がそれと分離したものではないということだ。我々の思考と反応は… posted at 23:19:05
おつとめですね。わかります。RT @krishnamurtibot: あなたが自分自身について学び…見つめ、自分自身がどんなふうに歩き…食べ…語るかを見つめ、ゴシップや憎しみや嫉妬を見守る時に、そうした事をすべて自分自身の内部で自覚すれば、それは瞑想の一部となるのである。 posted at 06:59:40
わざわざ言わないけど自覚はしてるお。RT @krishnamurtibot: なぜあなたは、「セックスの場合でも、人を助ける場合でも、あるいは偉大な聖者や科学者や政治家になる場合でも、私が一番何よりも欲しているのは満足することだ」といおうとしないのか posted at 21:44:08
戯論寂滅ですがな。RT @krishnamurtibot: 宗教的な心は力強い愛の奔流に他ならない。そして分離の壁を知らないのはそのような愛なのである。そのような愛の心にとっては、遠近は消え去り、一と多の区別もなく、その中では一切の区別に終止符が打たれるのである。 posted at 16:33:59 RT @krishnamurtibot: 自分を実現したいという欲望があるときにだけ、死への恐怖があるのです。なぜなら、自分を実現するには時間が、長寿が、継続がなければならないからです。しかし、もし瞬間ごとに自分を実現することができるなら、あなたは死を恐れないのです。 posted at 10:24:02 わざわざ言わないけど、自覚はしてます。RT @krishnamurtibot: なぜあなたは、「セックスの場合でも、人を助ける場合でも、あるいは偉大な聖者や科学者や政治家になる場合でも、私が一番何よりも欲しているのは満足することだ」といおうとしないのか posted at 08:56:45 個人のキャラ化とか典型ね。RT @krishnamurtibot: 人間同士の間の関係は、イメージ形成という一つの防衛機構に基づいている。我々は…いつも他人に関するイメージを作り上げる。こうしてお互いに作り上げたイメージが関係しあうのであって、人間そのものが関係しあうのではない。 posted at 00:07:36
RT @krishnamurtibot: あなたが自分自身について学び、自分自身を見つめ、自分自身がどんなふうに歩き、どんなふうに食べ、どんなふうり語るかを見つめ、ゴシップや憎しみや嫉妬を見守る時に、そうした事をすべて自分自身の内部で自覚すれば、それは瞑想の一部となるのである。 posted at 21:19:15
かっこいいことゆうね。詩人の跳躍だな。RT @krishnamurtibot: あなたが何も知らない向こう岸、理知にたけた思考によっては補足できない別の次元から歩き始めてみたまえ。 posted at 22:21:49 最後に「注意力」と訳された語のもとはawarenessだと思います。RT @krishnamurtibot: 思考が自らの危険性にはっきりと気づき、それによって自ら行なう深い自己放棄から、精神はその全構造もろとも静かになる。それは純粋に注意力だけになった状態である。 posted at 21:41:00
解脱ですね。わかります。RT @krishnamurtibot: 我々の問題はどのようにして生と出会うかではなく、どうすれば心が、条件づけと教条、信念でいっぱいになったその心が、自らを自由にすることができるかということです。生と出会えるのは自由な心だけです。 posted at 07:19:05
ついった…たんぶら…RT @krishnamurtibot: 教会…アルコールや薬物…文章や語りかけによる刺激…すべて刺激というものは必然的に依存心をもたらし、その依存心が妨げとなって、我々は物事を正確に見ることも活気に満ちたエネルギーを得ることもできなくなる。 posted at 21:09:52 RT @krishnamurtibot: 人間同士の間の関係は、イメージ形成という一つの防衛機構に基づいている。我々はあらゆる関係において、いつも他人に関するイメージを作り上げる。こうしてお互いに作り上げたイメージが関係しあうのであって、人間そのものが関係しあうのではない。 posted at 20:43:30
天真爛漫ってinnocenceの訳語ですかね。RT @krishnamurtibot: 肝要なことは何かを成就することでも、あるいは目指す何者かになることでもなく、天真らんまんでしなやかな精神のあり方である。 posted at 17:11:39
せんせい…RT @krishnamurtibot: 人は善であろうとして努力するが、その善の中にその対立物たる悪が存するのだ。断言的なことはすべてその対立物を有しており、何かを克服しようとする努力はそれが求めているものとは逆のものを強くさせてしまうのである。 posted at 23:50:00 TLにもカオスを持ち込んでしまうのです。RT @krishnamurtibot: 社会は私たちの関係の産物であり、もし私たちが持つ関係が、混乱した、自己中心的な、狭い、限定された、国家的なものなら、私たちはそれを投影して、世界にカオスを持ち込んでしまうのです。 posted at 18:50:03 RT @krishnamurtibot: 自由―すなわち社会道徳とその諸々の価値を全的に否定すること―こそは瞑想のはじめのものである。それは多数が参集して祈りをあげるといった公の事柄ではなく、ただひとり常に社会的行動様式の枠を超越して立っていることである。 posted at 12:42:12 まったくだ。像=イメージを見てるだけなんだよな。RT @krishnamurtibot: もし私があなたについてあるイメージを抱き、あなたもまた私についてあるイメージを抱いたとすれば、我々が互いにそのあるがままの姿を見ることができないのは当然である。 posted at 07:30:09 戯論寂滅キボンヌ。RT @krishnamurtibot: 思考自体が永続しないものであり、絶えず変化するものであって、それゆえ思考が不滅なものとして捻出するものは、それ自体と同様に、永続性がない。 posted at 07:23:49
Remove the blocks to the awareness of love's presence #ACIM T-in.1:7 RT @krishnamurtibot: 思考や善行によっては愛は生まれない。思考の全過程を否定することから行為の美が広がり、それがすなわち愛 posted at 21:23:23 #ACIM でも快楽と苦痛は一緒って教えてるしなあ。RT @krishnamurtibot: 考える人間は、快楽を苦痛と分離する。だが彼は、快楽に対する要求そのものが苦痛と恐怖を生むことをしらないのである。 posted at 21:08:17
RT @krishnamurtibot: 愛は無名であり、それゆえ暴力を生まない。快楽においては願望と意志がその動因であり、それゆえに快楽は暴力を生むのである。 posted at 12:46:43 RT @nadera202: RT @krishnamurtibot 私たちは私たちの中の空虚を知識で、儀式で、噂話で、会合で…無数のやり方の逃避で充たそうとする。 posted at 12:45:13
もしかしてawarenessを注意力と訳してるのだろうか?RT @krishnamurtibot: 思考が自らの危険性にはっきりと気づき、それによって自ら行なう深い自己放棄から、精神はその全構造もろとも静かになる。それは純粋に注意力だけになった状態である。 posted at 21:19:12
クリスマスにむけて早くもTLに悲しみのつぶやきがちらほら見え始めてますなあ。RT @krishnamurtibot: 自己憐憫とは孤独から生まれる心の痛みであり、そのような苦痛が悲しみと呼ばれているのである。 posted at 22:03:48
詩人…RT @krishnamurtibot: 両者をともに持つことはできない。愛か、しからずんば所有の悲しみかのいずれかである。愛の不在からは冷笑と苦い思いという多くの人間に共通の唯一の果実が姿を現す。それに対して、愛は所有とは無縁であり、すべての悲しみの森と丘のかなたにある。 posted at 10:17:55
永遠なるイノセンスに目覚めるには、自我的思考体系の脱学習(unlearning)が必須。そこに至る道としてクリシュナムルティは瞑想を示し #ACIM は「ゆるし」を強調する。RT @krishnamurtibot: 精神は経験によっては決して天真らんまんたりえない。 posted at 23:25:45 #ACIM 流に言えば自我のspecialnessを満たすこと。RT @krishnamurtibot: なぜあなたは、「セックスの場合でも、人を助ける場合でも、あるいは偉大な聖者や科学者や政治家になる場合でも、私が一番何よりも欲しているのは満足することだ」といおうとしないのか posted at 20:46:18 そのざわめきを絶やさないために、つねに刺激を求めてやまない。これこそ自我の防衛策なんだよね…RT @krishnamurtibot: われわれが沈黙に耳を傾けないのは、われわれの耳が精神のざわめきでいっぱいになっているからである。 posted at 19:30:35 RT @krishnamurtibot: 安定はかえって秩序を危うくする。関係や信念や行為のどこにも安定などはない。そしてそのありもしないものを追い求めるがゆえに、われわれはかえって周囲に無秩序をもたらしてしまう。安定志向こそは実際には無秩序の原因なのである。 posted at 16:53:41 RT @krishnamurtibot: 思考や善行によっては愛は生まれない。思考の全過程を否定することから行為の美が広がり、それがすなわち愛なのである。それがなければ真理の祝福はない posted at 15:31:04 RT @krishnamurtibot: 信仰や国籍や伝統によって自らを他と切り離してしまうところに、暴力が育つ母胎が生まれる。 posted at 13:35:27
ほんと重宝してます。ついったでこんなひとは稀有ですから。RT @krishnamurtibot: 私が語る言葉は、あなた自身を映して観察してみるための鏡のようなものにすぎない。 posted at 23:21:06 RT @krishnamurtibot: 意見を養い、それを鋭利で堅固なものにしていくことはできる。そしてわれわれのほとんどの行為はこの好悪原理に基づいている。経験と知識は堅固にされ、それは行為に現れる。けれども、そのような行為は人と人を互いに分かつものとなる。 posted at 19:22:45 RT @krishnamurtibot: 思考は常に分離的なものであり、見るものと見られるものの間を時間と空間で分けてしまう。 posted at 19:22:05 RT @krishnamurtibot: やってみるとか、最善を尽くすといったことは、まったく無意味なのだ。問題は、実行するか、実行しないか、どちらか一つである。 posted at 19:21:32 RT @krishnamurtibot: 昨日を幾千集めても、新しい一日は生まれないのである。 posted at 19:21:05
いっしゅんACIMかと思った。RT @krishnamurtibot: 有限なるものが終焉してはじめて無限なるものが現れる。 posted at 23:27:35 RT @krishnamurtibot: その周りに空間を作り出す中心がある限り、愛も美もそこには存在しない。中心もなく周辺もない場合に、愛が存在するのである。そしてあなたが愛するとき、あなたは美である。 posted at 21:49:24 いやまったく…RT @krishnamurtibot: 快楽と苦痛を生むのは個別性である。憎悪と戦争を引き起こし、人と人を分かつ壁、各人のまわり、家族、集団のまわりに壁を築くのは個別性なのである。 posted at 18:55:11 RT @krishnamurtibot: すべての注意力を集中して条件づけられた自分を直視すれば、あなたは一切の過去から完全に解放され、あなたを縛り付けていた条件も自然と消え去ってゆくのである。 posted at 18:53:02 RT @krishnamurtibot: 我々人間は皆、夢中になれる何らかの玩具を持っている。その玩具がある時は我々は平静でいられると考えている。だが、学問や文学その他の知的活動に専念する時には、その玩具はただ心を夢中にさせるだけであって、心を真に平静にすることはできない。 posted at 18:50:12 RT @krishnamurtibot: 信仰や国籍や伝統によって自らを他と切り離してしまうところに、暴力が育つ母胎が生まれる。 posted at 18:46:34
洞窟の外に出ないとね。RT @krishnamurtibot: 真理は決して過去にはない。〜真理は現に生きたものであって、時間の領域にはない。 posted at 12:43:15
RT @krishnamurtibot: もし人が恐怖から自由になりたいのなら、人は時間から自由にならねばなりません。もし時間がなかったら、人は何の恐怖も抱かないでしょう。それがお分かりでしょうか? もしも明日がなく、今だけしかなかったら、思考の運動としての恐怖は終わるのです。 posted at 20:46:09 この天真なる状態を #ACIM ではpeace of Godと呼んでいる。この達成が、教程(コース)の目標。RT @krishnamurtibot: 経験を否定することによってはじめて、思考によっては生み出すことのできない天真なる状態が現れる。思考は決して天真たりえない。 posted at 20:09:37 そりゃうんざりして解脱したくもなるさ。RT @krishnamurtibot: 人間共通の貪欲、憎悪、支配欲というようなものにおいてわれわれは結びついており、そうした暴力性がわれわれの生活を取り巻いている文化や社会を築きあげている。 posted at 19:57:34 #ACIM ではこのプロセスをforgivenessとかmiracleとか呼んでいる。RT @krishnamurtibot: 何が真実かを問うかわりに、虚偽の中の見せかけの真実を否定し、虚偽として否定し去ること、これこそは思考から自由な精神のとる即時的な行為なのである。 posted at 12:55:40 沁みますね…RT @krishnamurtibot: 人は善であろうとして努力するが、その善の中にその対立物たる悪が存するのだ。断言的なことはすべてその対立物を有しており、何かを克服しようとする努力はそれが求めているものとは逆のものを強くさせてしまうのである。 posted at 12:50:27
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