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@heero108

朝守飛阿弥@heero108

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2017年05月28日(日)2 tweetssource

11時間前

@heero108

nasastar@nasastar

部会に出られないので『第4次 現代歴史学の成果と課題』読んでるが、面白い。つうか皆さん、この無茶振りに応えて、よくまとめてるなぁ…

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 13:53:30

14時間前

@heero108

朝守飛阿弥@heero108

歴研現代史部会「都市の「開発」と戦後政治空間の変容」に参加中。本岡報告における「戦後直後においては、「不法占拠」であろうとも、ある意味バラックを建てるという行為自体は自助努力の結果であり、それが問題視されるよりも、むしろ行政に認められた行為だった」という指摘が非常に面白かった。

posted at 11:18:01

2017年05月27日(土)8 tweetssource

5月27日

@heero108

nasastar@nasastar

お上が作って強制力働かされるよりも先に、自律的に作った方がいいとも思っている。もちろん他の地域とも摺り合わせた上でね。ただ、誰が作るの?という話は… やりたくはないね、槍玉に挙げられるの確定だからさ。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 05:38:18

5月27日

@heero108

nasastar@nasastar

僕はこれはしょうがない流れだと思っている。だって研究対象とされる人達の営みは研究されるために存在しているわけではない。別個のもので、それを対象化する以上、ルールで縛る必要はあるよね。そのルールもまだまだ不完全なのだから、個別事例踏まえて適切なルールつくるしかないんじゃない?

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 05:38:12

5月27日

@heero108

nasastar@nasastar

そうすると皆さんが大好きなFDとか教育プログラム化して受講せい、という話になるでしょう。そんな遠くない未来の話よね。実際、研究倫理については受講義務が生じている。これに付け加えるようになる形じゃないかな。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 05:38:04

5月27日

@heero108

nasastar@nasastar

たぶんその辺を他の領域を参照しながら構築していく必要はあると考えているし、当然これは教育や研修とセットでなければ、実行性は担保できない。倫理規程があって科研の申請の段階でそれに言及すればOKという話ではないからね。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 05:37:55

5月27日

@heero108

nasastar@nasastar

それに対応できていない大学・研究科、学会は多数ある。歴史学なんて学会単位で倫理規定ある方が珍しいんじゃないの?プライバシーやらなんやら土足で踏み込みかねない研究手法なんだけどね。ちょっと古い時代を扱っていたり、日本以外のことを扱っていることも多いので、問題化されてこなかった

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 05:37:52

5月27日

@heero108

nasastar@nasastar

学際的といっていいのか良くわからないけど、これまで対象としてこなかった研究対象を不用意に扱ったために生じた事例だと思うので、これをケーススタディーに「人を対象とする研究倫理」をもう少し練っていく必要はあるんだと思うよ。僕の理解ではこれが機能してはじめて「学問の自由」は守られる

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 05:37:47

2017年05月26日(金)9 tweetssource

5月26日

@heero108

朝守飛阿弥@heero108

西洋史学会終了後の飲み会にて、T氏から「くだらねえことばっかつぶやいてんじゃねぇよ」と罵られ、S氏から「いや、でもTsudaってるときはときどき神がかってる」とフォローされ、Y氏から「でもTweetの半分くらいはラブライブ関係でしょ」と核心を突かれたアカウントがこちらになります。

posted at 00:11:28

5月26日

@heero108

書肆心水@SHOSHISHINSUI

なお本書には附録として、安倍政権時代におけるノモス主権論のアクチュアリティを示し、ハンス・ケルゼン、カール・シュミット、フリードリヒ・ヘルダーリンとノモス主権論の関係を論じる寄稿論文「ノモスとアジール」(藤崎剛人著)を掲載しました。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 00:01:40

5月26日

@heero108

書肆心水@SHOSHISHINSUI

ポピュリズムが広まり、行政国家化が深まり、象徴天皇制が再定義されつつある今、民主主義はなぜ選挙が終点であってはならないのかという問いを中心に据えて、これら喫緊の諸課題を考えるために時を超えてよび出されるべきものがこの「ノモス主権への法哲学」です。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 00:01:34

5月26日

@heero108

書肆心水@SHOSHISHINSUI

新刊『ノモス主権への法哲学』(尾高朝雄著)ができました。実力概念から責任概念へと改鋳された主権を提唱する「ノモス主権論」へと至る、尾高法哲学の理路を示す三つの著作を合冊にしたものです。
www.shoshi-shinsui.com/book-odaka2.htm
www.amazon.co.jp/%E3%83%8E%E3%8 pic.twitter.com/0MZlS986uf

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 00:01:31

2017年05月25日(木)2 tweetssource

5月25日

@heero108

朝守飛阿弥@heero108

@hokusyu82 民衆がナチによる「非社会的分子」や外国人の排除を知りつつ、それを歓迎・黙認した点、自分の気に食わない人間を陥れるため、さかんに体制への「密告」をおこなった点、ヒトラー自身もプロパガンダや情報操作だけでなく、こうした世論の動向をうかがいながら、着実に排除を推し進めていった点など。

posted at 23:49:49

2017年05月24日(水)2 tweetssource

2017年05月22日(月)28 tweetssource

5月22日

@heero108

BANNO, Tetsuya@t_banno

最後に、史料保存という点で言えば、まさに小野寺の研究を可能にしたのは、戦時郵便という非常にプライベイトなものが史料として遺されたことによって可能となったのであり、そうした「私的文書」の収集と保存という論点は松井コメントによって十二分に示されたと思う。(了)

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 13:05:10

5月22日

@heero108

BANNO, Tetsuya@t_banno

他方、それは単に抗うというだけでなく、自らの正当性を主張したり、主体性を構築するものにもなる。それは、書くことによる、生命の維持にとどまらないsurviveのための行為にでもある。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 13:05:03

5月22日

@heero108

BANNO, Tetsuya@t_banno

→それは安村報告にも指摘されたように、「正史」として容易に回収されてしまうようなものである。そうした「Master Narrativeに抗う行為」として、エゴ・ドキュメンツはやはり位置付けられるのではなかろうか。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 13:04:58

5月22日

@heero108

BANNO, Tetsuya@t_banno

もう一つ、「歴史を書くことの占有性」がエゴ・ドキュメンツ理論が提起した論点ではないのか。松井コメントにも関連するが、歴史を書くという行為は通常、専門的な訓練を受けた歴史家による「科学的な行為」としておこなわれるわけだが、→

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 13:04:50

5月22日

@heero108

BANNO, Tetsuya@t_banno

エゴ・ドキュメンツには、長谷川まゆ帆コメントにもあったようにやはり、「エクリ」、書かれたものであることが条件になるのでなかろうか、大黒報告がリテラシーを問題にしていたが、エクリを考えたときに初めて、エゴ・ドキュメンツという理論が有意になるのではなかろうか。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 13:04:43

5月22日

@heero108

BANNO, Tetsuya@t_banno

そうであるとすれば、拙稿もそれにあたることになる。訴訟文書に現れたインディオの証言をもとにヤナコナの社会における位置を再構成したのである。もしそれまでもが、エゴ・ドキュメンツであるとするならば、ギンズブルグの仕事ですでに終わっていることになる。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 13:04:35

5月22日

@heero108

BANNO, Tetsuya@t_banno

しかし、安村報告ではそこからさらに突っ込んで、たとえば、裁判における証言をもエゴ・ドキュメンツに含めるようなことを述べた。つまり、本人の署名の付された公証人作成文書もそうだ、というのである。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 13:04:29

5月22日

@heero108

BANNO, Tetsuya@t_banno

安村報告にあったように、ラテンアメリカ史研究者は従来からエゴ・ドキュメンツを史料として使ってきた。その典型がクロニカである。そして、それこそが独立後のラテンアメリカ諸国における歴史記述の始まりをもたらしたことも報告にあったとおりである。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 13:04:15

5月22日

@heero108

BANNO, Tetsuya@t_banno

まず、基本的な疑問として、なぜ、エゴ・ドキュメンツという複数形を使わず、エゴ・ドキュメントという単数形で表すのか、という点がある。アーカイブとアーカイブズとの差があるように、やはり集合としての史料群を対象とする理論である以上、複数形に拘った方がよいのではないか。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 13:04:09

5月22日

@heero108

朝守飛阿弥@heero108

その道では「共通了解」でも、少し専門がずれると全然そうでないことはよくあり、そこをどう「開いて」いくかは本当に難しいことだと思う。それは突き詰めると、「AのアプローチでBの閉塞状況が突破されたのだ」という研究上の文脈を、実感まで含めて共有できるか否かにかかわっているのかもしれず。

posted at 05:41:18

5月22日

@heero108

朝守飛阿弥@heero108

でも今日のシンポで、壇上とフロアのあいだに生じた微妙な溝というか、温度差を感じながら、「あ、これまだ全然共有されてないかも」と。自分は立場上、限りなく登壇者に近いフロア側の人間だったのだが、それに気づいてから、拙著でももっと本書の意義を強調すべきだったと反省した。

posted at 02:08:58

5月22日

@heero108

nasastar@nasastar

SNSなんてエゴドキュメントの塊で、それをビックデータではなく、それぞれの語りの意味を考えるなんて作業を、歴史的に考える必要は近い将来にあるわけで、その時の方法論として、もうちょっと考えなきゃダメなんじゃないかと思った。

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retweeted at 01:41:20

5月22日

@heero108

nasastar@nasastar

なんのためにエゴドキュメントを使うのか。なぜあえてエゴドキュメントと呼ぶのか。安村報告あたりだとかなり意識されていたと思うけど、それはアイデンティティの話に関わる問題だと思う。そこをもう少し「理論」的に詰めない、今までとは変わらず、看板すげ替えただけになっちゃうと思ったんだ。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 01:41:13

5月22日

@heero108

nasastar@nasastar

かなりすっ飛ばしてたけど、小野寺報告は面白かった。さすがだと思ったし、あの方向性でエゴドキュメントの意義を問うのは意味があると思うのよね。でも、それ以外の話混ぜちゃうと、まとまらないと思ったんだ。エゴとコレクティブ・ナラティブな話と経験の共有という話とデマは個人的には面白かった

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 01:37:13

5月22日

@heero108

nasastar@nasastar

新しい方法を導入する意義を説明できないなら、新しい方法を導入する意味はないんじゃないかな?それは導入する人に説明責任はあるよ。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 01:30:39

5月22日

@heero108

nasastar@nasastar

今日の感想としては、纏まらない、まとめる気がないシンポは意味があるのか?かき乱す系の人が論点の前提含めてちゃぶ台返すのは意義があるかもしれないが、馴れ合いなのに収斂できないのは、プロレスというか興行的にどうよ?興行じゃないと言われればその通りなんだが、なら個別報告でいいじゃん

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 01:30:31

5月22日

@heero108

Takuya ONODERA@takuya1975

いずれにせよ、「方法論を踏まえた上でエゴ・ドキュメントを史料として使ってみた」ということで満足できる段階は過ぎたということ、その次にいろいろ考えなければいけないことがあるということは提示できたのではないかと思っています。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 00:12:44

5月22日

@heero108

Takuya ONODERA@takuya1975

4年前の小シンポでは、まずはエゴ・ドキュメントを使って実証的に分析してみようということで、その成果を提示したのですが、今回は使ってみたことによって見えてきたことが、報告者によって多様であったため、それを一つの像として提示することが非常に困難でした。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 00:12:34

5月22日

@heero108

Takuya ONODERA@takuya1975

西洋史学会小シンポジウム「エゴ・ドキュメントの比較史」に来ていただいた皆さん、ありがとうございました!報告者はそれぞれ、自分の問題関心に沿って深く掘り下げていったのですが、会場に来ていた皆さんがシンポに期待されていたことは若干食い違ったのかもしれず、それが反省点として残りました。

Retweeted by 朝守飛阿弥

retweeted at 00:12:31

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