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@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

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2017年06月24日(土)3 tweetssource

7時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「なぜ私の在り方だけが、こんなに特殊なのだ」と、なぜ誰もが平等に言えるのか。この問いは、語れる範囲では「なぜ時空は相対論的なのか」という問いと等価だ。「そういう一般原理なんか問うてない」と不服を申し立てる者は、自分自身の全意識・全物理情報を1ビットの不足も無く列挙すれば事足りる。

posted at 16:02:54

7時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

娘(12歳)に数学を教えていると、問題文の意味を理解せず、適当に数字を拾って数式に当てはめ、答えが非常識な値になっても平気でいる。何度教えてもこの癖が治らず、本当に腹が立つ。…だが、もしかすると、大人になっても…
いや、人は死ぬまで、「こういうこと」しかしていないのかも知れない。

posted at 15:45:22

14時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

500名以上を相手に講演するなんて初めてだ。1時間の内容が、スカスカでも詰め込み過ぎでもいけない。導入は極限まで易しくせねば。テーマを明確に絞り、飽きさせない工夫も随所に入れねばならない。そして、どうやって聴衆に「当事者」になってもらうか。あぁ、悩む。……と、悩むことが、楽しい。

posted at 09:05:21

2017年06月23日(金)6 tweetssource

6月23日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

人類が今より記憶力も思考力も寿命も5倍あったら?10倍あったら?100倍あったら?……絶滅までの時間が短くなるだけだ。

posted at 11:34:26

6月23日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

♪にゃんにゃかにゃ〜ん!ニャンニャンニャン☆にゃんにゃかにゃ〜ん♪ 重大発表です! 何と明日は全国的に土曜日です! しかも明後日はところにより東京都でしょう!

posted at 08:50:43

6月23日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

『あの美しい夕陽は、今でもありありと思い出せる』という時、写実的な記憶など1ビットも使っていない。過去に五感から認識していたはずの概念から「今現在の知識」を引っ張ってきて「今現在の意識体験」の中に知覚像を『ありあり』と思えるように合成・捏造しているだけだ。記憶と思考に境界は無い。

posted at 08:35:09

2017年06月22日(木)7 tweetssource

6月22日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

この世界には、やりたいことも知りたいことも、余りに多すぎる。「だから」死は恐怖なのだ。積み木を積んで崩すだけが全ての世界なら死は恐怖ではない。ボケて自己と世界の豊穣さが分からなくなれば死の恐怖も分からなくなる。生きることに苦痛しか無い世界であれば、死は誰もが憧れる到達目標だろう。

posted at 13:19:22

6月22日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

私のガラケーが突然けたたましいサイレン音と共に『地震です!地震です!』と叫びはじめた。マジか!?でも周囲の人のスマホとか鳴ってないけど?揺れてもいないけど?…ていうか私、めっちゃ見られているんですけど!?……な、なんだよ「試験電波」かよ、恥かかせやがって…。

posted at 08:49:47

6月22日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

【説明の輪】とは、互いに説明し合い、支え合う、複数の概念の集まりのことだ。どれか一つが最も根源的ということはなくお互いに対等で、つまり相互に『言い換える』ことができる。この『言い換え』が世界の豊かさを作っている。充足理由律は【説明の和】に突き当たって死ぬ。

posted at 08:43:13

6月22日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「無から有は生じない」とは、論理的には正しそうだが、私たちが手に入れられる「無」は、概念上であれ物理的真空であれ、そんな純度にはなれない。むしろ【無限の上げ底】の表面が「無」なのだ。氷山の一角のように、無の水面からピョコピョコ“存在”が顔を出したり引っ込めたりしているだけなのだ。

posted at 08:32:53

6月22日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

空間百次元で無数に枝分かれする時間軸の全部に含まれる莫大な世界情報を、一挙に統覚・体験する知性はあり得るのか。(A)あり得ないとしたら、どんな原理が世界と意識の豊かさの上限を決めているのか(B)あり得るとしたら、なぜ私たちはこんなにも簡素で単純な意識に偶々囚われているのだろうか。

posted at 08:18:45

2017年06月21日(水)10 tweetssource

6月21日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

“実在”は観測主体を完全に切離しても対象が自存するという定義に、“現実”は観測対象を完全に切離しても主体が自存するという定義に、既に失敗を刻み込んでいる。それはモノポール(N極だけ、S極だけ)の取り出しを彷彿とさせる。…失敗が悪いのではない。必ず失敗すると看破したことが凄いのだ。

posted at 22:37:01

6月21日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

今日Excelが落ちたのは2回ともオートコンプリート発動直後。こいつは頻繁に余計な文字列を表示し、うっかりEnterを押すと確定しちゃう厄介者だ。その上、落ちるバグ持ちとは、もう許せん!明日速攻でファイル→オプション→詳細設定→「オートコンプリートを使用する」のチェックを外す!!

posted at 22:07:41

6月21日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

Excelに大量のデータを手打ち入力してたらエラーで落ちて、復旧を試みるもファイルが壊れているので無理との由。一時間以上の仕事がパー。相当凹んだが気を取り直して再入力。暫く入力してたらまた落ちた。発狂しそうになったが、手作業でファイルの保存やバックアップを繰り返し、何とか完了。

posted at 21:53:03

6月21日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

でも、哲学者に悪気があるわけではない。たぶん彼らは普通に本気なのだ。脳のちょっとしたクセで外界よりも内面に少し強いリアリティを感じ、しかも記憶や思考が常人離れして優れているので、実体化するほどの勢いで「この私」に強烈な焦点が当たるのだろう。共感できる人は、脳の構造が似ているのだ。

posted at 09:40:16

6月21日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

このように、扱う時間のスパンによって「私」の意味・機能・効果は変わってくるのに、哲学者は大雑把に無邪気に一定の「私」と括っているようだ。しかも、それらをごっちゃにした上で絶対的・唯一的なものと無理に定義することで、人格の同一性とか他我問題とか、有りもしない「問題」を捏造している。

posted at 08:52:48

6月21日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

この「私」は、0.01秒の世界では構築されてもおらず、1秒の間では抽象的に持続されていて、5秒程度だと完璧な実体として意識の焦点を結んでいるが、1分の後には少し怪しくなり、一日経つとだいぶ薄れ、一年前の私なら間接証拠から同一と想定できるが、三十年前の私はもはや他人である。

posted at 08:41:38

6月21日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

ピアノで「叩き付ける奏法は古い教え方」だそうだが私は最近むしろ「叩き付け」を意識している。(1)指をアーチ型にして第三関節から鍵盤に力を伝える訓練になる。(2)音の粒の不揃いや薬指・小指の弱さがハッキリ自覚できる。……今は叩き付けている感じだが、慣れれば自然とこなれていくだろう。

posted at 08:31:12

6月21日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

想起と思考は実は同じ。
「昨日はカレーを食べた、と思い出す」ことと
「昨日はカレーを食べた、と考える」ことに
違いはない。

posted at 06:58:52

2017年06月20日(火)13 tweetssource

6月20日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「記憶の紐帯」…普通は脳・身体の連続性と同義だが、これ無しには「一まとまりの私の人生」は構成できない。全く無ければ0.1秒の思考すら不可能になる。現実には記憶と思考回路に区別は無く共に毎瞬徐々に書き換わっていく。短期的には私は私だが長期的には他人になる。そこに明確な境界など無い。

posted at 20:43:17

6月20日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

開闢点としての私の現実性も、記憶も、「目覚めのプロセス」のどの瞬間でも連結・連続している。…でも「そいつ」は「この私」では無い。現実性や情報処理の連続性は「私」の必要条件ではあっても十分条件ではない。『いやいや、「そいつ」は「私」の正当な後継者だろう?』…要らないよそんな後継者。

posted at 20:15:40

6月20日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

今から5分後に、私は何らかの存在へとゆっくり徐々に目覚め、「あ〜何か長い夢を見ていたな〜…何か地球とかツイッターとかの言葉は覚えているけど…夢の中にも家族がいた気がするけど…思い出せないなぁ、ま、いっか」と、そいつの日常生活を始めたとする。

posted at 20:05:32

6月20日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

ここで私がうっすら感じた「シンプルな答え」とは何だろう?……たまたま沈殿している物質、たまたま吹き溜まっている生命、たまたまもつれている精神――これらから解放された時(≒記憶に縛られない在り方に移行した時)、裏も表も無い拍子抜けするほど平明な「全体そのもの」になれる。そんな感じ。

posted at 19:50:25

6月20日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

『なぜ生まれもしない代わりに現に存在しているのか。なぜいつか必ず死んで未来永劫不在となるのか。』……本屋には哲学書などが山ほどあるから、探せば答えが見つかるだろうと思いきや、謎は深まり、答えに辿り着けそうな気配すら無い。…おかしい。とてもシンプルな答えがあるような気がするのだが。

posted at 19:18:43

6月20日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

会社の入退場門のポスター:『本日は定時退社日。17時15分に帰宅!』……いや、帰宅時刻は人によるだろ……。

posted at 13:42:49

6月20日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

宇宙が実在しない可能性にイチ早く気付いたのは勿論哲学者だが、それを証明してしまったのはやはり物理学者だった。

posted at 13:35:53

6月20日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

「なぜ全てを知ることができないのか」と言うと、とても傲慢な注文にも聞こえるが、死すべき運命の人間にとっては、最も切実な叫びの一つでもあろう。

posted at 09:10:46

6月20日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「胡蝶の夢」や「水槽の脳」は、“実在”は何であっても構わない、ということを意味している。だから、映画「マトリクス」も、無理なく物語として成立する。……でも、本当に“実在”が「何であっても構わない」なら……私たちはそもそも、“実在”という言葉を定義できていると言えるのだろうか?

posted at 08:59:41

6月20日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

『私と世界は滑らかに繋がっている』――時空という複素数体の上で、至るところ微分可能である――ということは、自分という、内にも外にもシステムを持つ主体が、何事かを考えるための大前提である。この前提を外したら、一切の理性は機能しない。少なくとも「ほぼ前提できる」とは言わねばならない。

posted at 08:52:45

6月20日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

全ての分子に位置・運動量を正確に把握できるマクスウェルの悪魔は、その保有情報量自体の熱で自らを蒸発させてしまうだろう。部分に全体を押し込むことはできない。…しかし、世界内存在である私たちは、世界と滑らかに繋がっており、(哲学的な一致の定理を通して)世界を知っている、とも言える。

posted at 08:46:47

6月20日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

『無知の知』は、謙虚の奨励ではなく、「全てを知ることはできない」という原理の表明なのかも。そもそも、あるシステムが「何かを完全に知る」とは、どういうことか。形式主義的数学体系のように完全に反復できること以外は、「完全に知る」ということを定義できない。言えるのは「確からしさ」まで。

posted at 08:36:53

6月20日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

『世界内の知り得る対象ではなく、世界の前提として既にある』……これは正反対に見える下記両者の共通定義になれる。……つまり実は、両者は同じこと?(A)“実在”=過客観=あらゆる物理宇宙の背後にある観測非依存な基体。(B)“現実”=過主観=イマココから世界を開闢する純視点=「私」。

posted at 08:30:35

2017年06月19日(月)19 tweetssource

6月19日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

「私」とは、お手玉。毎秒千個降ってきて、毎秒千個取りこぼす。でもね、いつも2〜3個が何とか同じ円を描き続けている。でもね、その同じ円を描いているお手玉は毎秒違っている。……本当は、「私」なんて、どこにもない。

posted at 21:16:20

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「いやー、昨日は酔っぱらっちゃってさ〜、何を話したかも全然覚えて無いんだよ〜」「マジ?すげぇ楽しそうに『これが俺様の哲学だ〜』とか語っていたよ?」……その「楽しい時間」は、過去とも未来とも隔絶している。その意識体験・クオリアは、誰とも繋がっていない。…それは「他人」ではないのか?

posted at 21:01:49

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

結局「私は私である」という認識形式を携えたまま行ける範囲には限界があるのでは。「こういう体験をしたい」という好ましい瞬間がバラバラに無数にあるだけで、それらを貫く「一個の私」などという境遇など事実上無いのでは。……実際、長期記憶を持てない人は、そういう人生を生きているだろう。

posted at 20:55:30

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

あらゆる種類の宇宙の好きな惑星に、好きな姿で好きな期間、シガラミの無い旅人として、(お金や命の心配なく)幾らでも滞在できる。…それはとても素敵な境遇に思える。でも、それを何千箇所・何万年と続けていたら、「私」というものが無くなってしまうのでは、とも思う。

posted at 20:40:32

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

こういう「問い」は哲学的な問い足りうるだろうか。――『制約が無いとしたら、どうなりたいのか』――良く考えず「不老不死」「全知全能」なんて望もうものなら酷い目に遭う。「酒池肉林」なんて三日で飽きる。さて……

posted at 20:32:49

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

@alfastigma4w 楽しいですね♪私も仰る通り意識には濃度・強度みたいな尺度があると思います。低い方は仰るように泥のようになり霧散すると思います。では、高い方はどうか……というのが私の今の興味です。人間の想像を遥かに越える明瞭で精細な意識が有り得るのかどうか?

posted at 17:12:50

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

@0riririri00 子供の「なぜ?」には、限りが無いですからね〜(笑)。私が答えられないような質問をしてきたら、「どうでもいい」と却下せず「良い質問だ」と誉めるようにしています。(その後、こっそり調べます(笑)。)

posted at 14:22:02

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

@alfastigma4w 興味深いテーマです。(A)カメラやマイク等への「単なる入力信号」と「知覚」を分けるのは、意識の有無ではないか?(B)「無意識時の知覚」と思われる状態にも、自分の記憶に残っていないとか、希薄過ぎるとかいうだけで、実は意識体験が伴っているのでは?……とか、色々考えたくなります(笑)。

posted at 14:14:50

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

@alfastigma4w 解明されて欲しいですね~…。問題は、脳の精査によって「意識のしるし」を解明し、更には人工的に「私には意識があるよ~」と主張するシステムを作成することができるようになったとしても、「本当に現象的な意識が発生しているのか」を確認するのが不可能っぽいことですね。

posted at 13:16:12

6月19日

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HIJIKATA Masashi@hijk0909

@alfastigma4w ノーベル賞を受賞した生物学者エデルマンは、エビ目「ロブスター」よりも高等な生物には意識現象があると言ったとか。クイーンズ大学の研究者が、エビやカニなどの甲殻類も痛みを感じているかも知れないという研究結果を発表したとか。

posted at 13:13:25

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

つまり息子(6歳)の主張は、「万物を作った神ですら『無から自分を作る』ことはできない。空気から自然に生まれてきたのだろう」ということ。衝撃的だ。私は、空気のような何か、即ち“実在”について全く究明できていないので、小学一年生でも直観できる地点から一歩も進んでいなかったことになる。

posted at 11:53:28

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

@yukiduo 仰ることは分かるような気が致します。意識も無意識も機能的には同じ【情報処理】に過ぎず、明確な境界など無い。たまたま高密度に自己参照処理が集まり(スポットライトが当たり)多くの記憶を残す情報区分を「意識」と呼んでいるだけ……なのかも知れません。

posted at 11:11:02

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

@alfastigma4w 「エビ」くらいから意識がある、という説があったような…。恐らく、情報ネットワークや微小管にも、意識の素のようなものがあるのだとは思いますが、「私にとっての私」という感覚が生じるには、それなりの情報処理密度が必要なような気がします。

posted at 11:02:40

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

過酷な生命進化ゲームは、生存競争に不要な機能を持ったり、同じ目的の複数の仕組みを持ったりする贅沢を許さない。「意識」という機能も突然作られたわけではなく、恐らく身体を統合的に動かす重心計算の機能が少しずつ強化・転用されて発達してきたのではないかと思う。

posted at 10:10:23

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

生命進化は四十数億年を越えて意識という大発明に至る。それは宇宙の真理(物理現象は情報の様態に過ぎないという真実)の発見でもある。「抽象的な情報空間の一点から宇宙を捉え返す」という意識システムが、宇宙に解として「もともと備わっていた」とはいえ、進化がそれを探り当てたのはやはり凄い。

posted at 08:17:45

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

小さくなって脳内に飛び込み、スローモーションで周囲を見てみる。細胞膜が開閉し、化学物質が放出されたり泳いだりしている。軸索を電気信号が並列多層に走り、その様子は村と村との雑多な近・長距離通信のよう。そして、複数の村々の「不思議な同期」が「意識」を生む。…私という仮想極点の誕生だ。

posted at 08:07:25

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

息子(6歳)が「世界は何から作られたのか」と哲学的なことを聞いてきた。結局「神さまが全てを作った」という結論に至った。そこで私は「神さまは自分で自分を作ったの?」と聞いてみた。息子は暫く悩んで「それは結局、分からないと思う」と述べた後「でも僕は空気だと思う」と言った。凄い感性だ。

posted at 07:57:13

6月19日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

どんな偉大な人でも平等にアッサリ死ぬことが第一の驚きで、その後たとえ親族でもその人物の「生」を急速に忘れていくことが第二の驚きだ。多分「忘れる」のではなく、自分と別の意識から開けている世界など「もともと知らない」からだ。他人の生は自分の生と関わる不断の努力で、辛うじて保持される。

posted at 07:51:15

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