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@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

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2017年10月19日(木)15 tweetssource

6時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

【ない=分からない】が理解されてくると、(A)「分からない」ことが「ない」に等しいという≪恐怖≫にも、(B)「ない」ことが純粋な空っぽを意味できず「分からない」に等しいという≪不安≫にも、繋がるかも知れない。だが、それでいいのだ。だって、それが世界の正しい見え方なのだから。

posted at 13:37:00

6時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

(A)「あるかないか分からない」は、「ある・ない」両方の含みを持たせているが、それは「ない」同然ではないか。一方(B)「ある」は直接確認できても「ない」は無限のチェックを経なければ確定できず「分からない」同然ではないか。…この両者を巡れば【ない=分からない】が理解しやすいのでは。

posted at 13:31:18

6時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「ない」は純粋無で「分からない」は低確度、と普通に考えれば、『あるかないか、分からない』という表現は普通に可能だが、「ない=分からない」と主張する私は説明に困らないか?いや、困らない。「あるかが分からないかが、分からない」つまり「あるか分からない」で、更に、これが「ない」なのだ。

posted at 13:24:49

7時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

(A)「絶対確実に『ない』と分かっている」と主張しても、手品のように巧妙に隠されているかも知れないし、「分からない」が覆るわけではない。(B)「あるかないか『分からない』」なら今は現に「ない」のであり、「ない」はそれを超えた純粋な無さを保証できない。…『ない=分からない』なのだ。

posted at 11:58:44

8時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

私は常々「無=分からない」だと力説する。「馬鹿じゃないの?(A)蓋の開いた箱にリンゴが無いと分かっている(B)蓋の閉まった箱にリンゴがあるか分からない、は違うだろ?」と反論されたら、それでも私は(A)は「有るとは分からない」であり、(B)は今は現に「無い」のだ、と食い下がる。

posted at 11:42:54

11時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

JR横須賀線・武蔵小杉駅・新南口改札の「いっぱいいっぱい感」がハンパ無い。発狂水準スレスレで、いつ事故が起きてもおかしくない感じ。2015年に自動改札機を増設したとはいえ、ホームのキャパシティも限界近い。企業の側も、フレックスタイムやテレワークの導入をもっと進めた方が良いと思う。

posted at 08:43:53

11時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

“実在”や“現実”については、良く考えれば「知らなくてよいこと」「知ったところでまるで無意味なこと」「原理的に知るという枠組みに入らないこと」「どんな答えでも世界内に全く影響を与えないこと」を、「知りたい」と思い込まされている疑いがある。

posted at 08:17:27

11時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

“実在”=観測や認識に依存しない世界の本当の姿は、何であっても構わない。巨大計算機でも抽象的な情報網でも無限乱数列でも胡蝶の夢でも。世界内部に関する知りうる限りのことを知って「なぜ」のネタが尽きたら「そもそもこの世界はどうして」と問いたくなるが、その答えは当然「何でも良い」のだ。

posted at 08:14:12

11時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

子供ですら「中身の薄さを隠す虚勢」と「隠してもにじみ出てくる強さ」の違いは薄々分かるものだ。ましてオトナ社会で、それがバレないはずがなかろう。

posted at 08:06:05

11時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

ついつい「give & take」で考えてしまう。「give & give & give」で行こう。ついつい「上から目線」になってしまう。「私より下に位置する人はいない」と思おう。………これが、真の【強さ】だと思う。

posted at 08:01:06

11時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「一回しか生きられないとしたら、何がしたい?」「もう一回生きられるようにする!」…という答えは自然だが、今のところ不可能に近い。それに比べれば、日々のパフォーマンスを2倍に高めることは、ずっとたやすい。

posted at 07:57:03

12時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

ピアノは恐ろしい。自分の技術の進化と退化がクッキリ自覚できてしまう。一日特訓して弾けるようになった箇所が、一日練習をサボると全く弾けなくなっている、なんてザラ。楽器演奏に限らずスポーツは何でもそうだと思うが、ピアノは比較的容易に「全ては練習不足」だと思い知ることができる、と思う。

posted at 07:47:40

13時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

アディーレ法律事務所、「期間限定」着手金無料キャンペーンを5年近く続け、業務停止2ヶ月の懲戒処分。…でもさぁ、「期間限定入会金無料キャンペーン」を断続的に延々と続けてるとか、ザラだよな。あと、期間限定緊急対策のボーナスカットやフレックス勤務凍結が、なぜかデフォルトに(以下自粛)

posted at 06:45:36

13時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

基本ルールさえ教えれば人工知能が人間よりも速く最善解を導き出す時代。生半可な政治家や経営者やアナリストは不要か邪魔になる。ルールに従う人間は人工知能とロボットに駆逐される。ルールを作る側しか生き残れない。だが人工知能が「最善のルール」すら編み出し始めたら、人類は何をするのだろう?

posted at 06:05:12

14時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

世界最強の囲碁棋士を破った人工知能に、新開発『AlphaGoZero』が圧勝。囲碁の基本ルール以外何も教えず3日間で500万回の対戦を試行錯誤、白紙状態から人間が数千年の囲碁史で編み出した定石や新定石まで発見。いよいよ人工知能が人間の手を離れ勝手に進化する時代に本格突入したのだ。

posted at 05:49:57

2017年10月18日(水)23 tweetssource

21時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

息子(7歳)が誕生日プレゼントに、どうしてもゲーム『マインクラフト』が欲しいというのでPS Vita版を買ったら、PS3版同梱という太っ腹ぶり。早速インスト―ルしてプレイ。…凄く面白いワケではないが、夢の中で永遠に遊べる感じ。私の中で何かが「これはヤバイ」と告げたので、封印決定。

posted at 21:56:36

22時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

(念のため断っておくと、私はパルメニデスをディスっているのではない。『ないものはない、あるものはある』という論理的原則と、事実「ないものがあるようになり、あるものがないようになる」現実の、ギャップを浮き彫りにした功績は巨大だ。私はそこに更に「ある・ない」の非対称性を感じたのだ。)

posted at 21:43:04

22時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

私が【ある・ない】という極めて基本的な言葉に疑いを持ったキッカケは、パルメニデスの『ないものはない、あるものはある』という言葉への違和感だ。「ないものはない」はスンナリ納得できたが、「あるものはある」には「んなこたぁねーだろ」と感じた。…その非対称性の源泉を調べたくなったのだ。

posted at 21:34:41

22時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

仮想極点としての「私」が維持されるからこそ、「私=無=分からない=いま=ここ」が溶け合って「ひとつ」になってしまうからこそ、存在とか時間とか意識とか他者とか世界とかの非対称性が生じるのだ。……とてもシンプルで普遍的で強力な理論だと、私は思っている。

posted at 20:55:16

23時間前

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

もしも「私が私である」という余りに当然な認識が持続されないなら、世界は「ゼロ・イチ」「ある・ない」「過去・未来」をひっくり返しても、ただひっくり返るだけで意味(差違の体系)は何も変わらないはずだ。「私」が「ない=分からない」の側を一手に引き受けてしまうから、非対称性が生じるのだ。

posted at 19:56:23

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「ある・ない」「わかる・わからない」の「ない=分からない」の側が、認識においては勝手に「ひとつ」に集約されてしまう。この非対称性が、「世界・私」「ある・ない」「存在・非存在」「過去・現在」「低エントロピー・高エントロピー」「遠く・ここ」といった非対称性を生むのだ。

posted at 19:47:58

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

なぜエントロピーは増大するのか。全ての要素の状態を形式的に完全に把握し続けているなら、変化は変化でしかない。しかし、際立った・偏った状態以外は「何だか良く分からない乱雑状態として、一括りにしてしまえ!」と決めるなら、そりゃあ乱雑状態と見なされる確率はどんどん上がっていくだろう。

posted at 19:39:44

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「Aがある、Bがある、Cがある、………」というそれぞれを「Aがない、Bがない、Cがない、………」と一対一に対応させるだけなら、「ある・ない」を反転させても世界の意味は変わらない。しかし、私たちはそれぞれの「ない」を「区別しない(できない)」ことで、「ない」を特別にしているのだ。

posted at 19:33:42

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

世界の全てはゼロ・イチに符号化され、これをイチ・ゼロにひっくり返して復号しても、世界の意味は全く変わらないと思う(認識機能ごと反転するので誰にも気づけない)。だから「ある・ない」を反転しても世界は変わらない(真空をある、物質をない、と対応付けても構わない)ような気がしたのだが…。

posted at 19:27:48

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「ある・ない」は反対・補集合の関係なので、「S極・N極」「表・裏」をひっくり返して使っても言葉や会話の意味には影響を与えないのでは、と考えた。けれど「表・ある」は見える・分かる側、「裏・ない」は見えない・分からない側という、形式ではない意味・差違を持つので、ひっくり返せない。

posted at 19:20:15

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

相手から素早く合意を得るには、相手の使った言葉だけを使って合意範囲を定義すると良い。相手を効果的に追い詰めるには、相手の使った言葉だけを使って相手を縛ると良い。

posted at 19:06:07

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

【物・命・心】という現象の階層は、「物が物として持続する」「持続が持続を産み出す」「持続が持続を産み出す認識を認識する」という階層に対応する。

posted at 10:33:12

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

生命が生命を産み出すことが、生命にとっての「無内包の事実」である。地球上には様々な生命体がいるが、生命性そのものには内容が無い。生命という端的な事実のうち、情報配置成分(形状)が空間を産み出し、情報処理成分(機能)が時間を産み出した、という主客逆転の言い方も、実は可能なのである。

posted at 10:25:19

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

生命とは、「その形状が、その形状自身を産み出す機能でもある」という奇跡である。この物理宇宙は偶然「生命」という解を持っている。ある物質構造をこの物理法則の中に置くと、歩いたり笑ったりセックスしたりして、また同じ物質構造を生む。物理宇宙の全ては、この驚異的奇跡の脚注に過ぎない。

posted at 10:17:03

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

空間上の二点はツナガッテいて、かつコトナル(意識の抽象化力によって繋がり、個別化力によって区別される)。時間上の二時刻はツナガッテいて、かつコトナル(記憶の連続性によって繋がり、現実(自己参照時点)の特別性によって区別される)。イマココという特異点が、時空を開く原点になっている。

posted at 10:02:57

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

空間上の2点が離れている、ということは、必然的に時間的にも離れているのである。私たちの宇宙では、たまたま光が異様に速い(光に対し生命や意識の変化が異様に遅い)ので気づきにくいが、相対論が教える通り、空間上で離れた2点は時間的にも分離・独立してしまうのである。

posted at 09:55:31

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

時間は意識のイチ側面に過ぎない。忘れちゃいけないのが空間だが、時間は謎で空間は自明みたいな風潮が未だに蔓延している。(犯人はベルクソンで、逮捕したのがアインシュタイン、とか想像すると面白い。)時間の空間性と同様、空間にも拭い去り難く時間性が浸透していることを見落としてはならない。

posted at 09:49:49

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

@rekkun_69 そうですね、独我論的な世界の中では、「私と他者」という区別が消えて、森羅万象は「私にとっての何々」になるので、この「私にとっての」自体が表現する必要のないことになりますものね。

posted at 07:59:27

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「この私」という言葉が指し示す内容は、この言葉を発した人、発した時刻により、全て異なる。だから「この私」には、「100%再現性がない」という再現性が100%ある。

posted at 07:54:08

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

あー、何か最近、体調が悪いなー。人間には、世界の真理に近づくほど体調が悪くなる仕掛けが施されているのかなー。だから、誰も真理に辿り着けないのかなー。

posted at 07:47:21

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

ヒンドゥー教では「世界は象・亀・蛇に支えられている」と考えられていた。現代の私達からは滑稽に見えるだろう。でも、ホログラフィック宇宙論が進化し、物理現象が情報構造の現れに過ぎないと判明した未来から見たら「世界は原子・量子・超弦に支えられている」という描像も、比喩でしかないだろう。

posted at 07:30:11

10月18日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

夢の中で、突然「パーコレーション」という言葉が出て来た。パーコー(排骨)麺の親戚かな?…と思ってネットで調べたら、「ガソリンが気化して吹き出す現象」とか出てきて、全く覚えがない。関連項目にある「自己組織化」や「量子アニーリング」は分かるが、パーコレーションとの繋がりが分からない。

posted at 07:16:59

2017年10月17日(火)10 tweetssource

10月17日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「私が私である」からこそ、二点は離れていて、かつ繋がっている。「私が私である」からこそ、二時刻は離れていて、かつ繋がっている。人類は、「私が私である」という知的視座から世界を見るようになり、それで、自然数だけでなく、実数を(連続性やコンパクト性を)必要とするようになった。

posted at 19:16:37

10月17日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

空間上の2点をどんなに良く見ても、それが同じ空間上の2点である理由は分からない。その2点は「観測する私を経由して」繋がっている。だから二点は離れていて、かつ繋がっている。同じことだが、二つの時刻は「観測する私を経由して」繋がっている。だから二時刻は離れていて、かつ繋がっている。

posted at 19:06:19

10月17日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

ある宇宙が誕生から熱的死まで一度も内部に知的生命を宿さなかったら、「一度も観測されなかった」のだから、存在したとは(どのような意味でも)言えない。そういう正に「人知れず生まれて死ぬ」宇宙も、無限種類が無限個ずつあるだろう。…でも、それら全部は、一体「何の上に」あるのだろう?

posted at 18:55:04

10月17日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「時間が流れる」という言葉は線形イメージがキツ過ぎる。時空すら成り立っていない全くの混沌から、何らかの「うごめき」が浮き上がってくる、その最初の一回にこそ、時間の動性の秘密がある。すなわち「見る側の固定と持続」である。混沌の中での「私は変わらない」という錯覚の成立である。

posted at 18:31:56

10月17日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

単純に「死にたくない」だけなんだ。哲学的に【存在・時間・自我】の謎を解き明かすのが目的なのでは無い。けれども、この謎を解かない限り「一回限りの生と死」の意味は分からないし、何より、この謎解きに没頭している時だけは、真に「死にたくない」という気持ちを忘れることができるんだ。

posted at 18:23:23

10月17日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

実無限を否定し可能無限派を名乗る数理学者や哲学者でも、実ゼロはアッサリ認めていたりする。私の考えは一貫していて、可能無限派かつ可能ゼロ派である。

posted at 08:34:28

10月17日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「死んで未来永劫不在となる」という事態は「永遠に生きて、ありとあらゆる経験をする」という可能性の裏返しで、重みは同じである。さてこうしてみると、死は端的な絶対恐怖のようだが、その質量には「この私が永遠に生きて体験できること」という上限があることが分かる。その上限は、意外と小さい。

posted at 08:31:24

10月17日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「朝、雨が降る」→「満員電車でドアが閉まる時に傘を挟まれる奴が出てくる」→「ホーム上の非常停止ボタンが押される」→「電車が遅れて更に混雑する」→「もっと傘が挟まれやすくなる」の悪循環。………勘弁してよ〜、朝イチで重要会議があるのに〜…。

posted at 08:23:04

10月17日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

@miukocrocop おおー…、そんな壮絶なご経験がおありなのですね。ミユキさんは、多分、この世でまだ何かやらねばならないことがあるから、蘇生されたのでは、と思います。

posted at 04:32:01

10月17日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

漢字に関するNHKの番組が面白かった。「嬲(なぶ)るより、嫐(なぶ)られたい」という例文が出てきて、NHKにしては刺激的だなと思った。確かに、嫐られてみたい(笑)。

posted at 04:30:12

2017年10月16日(月)13 tweetssource

10月16日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

私がSS言語でプログラムした物理宇宙内の知的生命が「私たちの本質は物質でも生命でもなくSS言語なのでは」と気づいたら「おおっ!」と思うだろう。…私たち人類は、そういう気付きには、まだちょっと遠い。

posted at 21:56:45

10月16日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

うっわ〜、いま、息吐いたら、白かったよ!もわっとホントに白かったよ!アレか、秋を通り越して冬か!もう冬なのか!

posted at 20:16:05

10月16日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

<魂>だけが抜かれ、思考や記憶や喜怒哀楽はそのまま続く、という刑罰があるとする。するとそいつは、既に<魂>を抜かれているのに、「この<魂>が抜かれたら、他人には気付かれないけれど、私にとっては死も同然だよな~。本当は語り得ないけど。」などと話し得る(独在性報告のパラドクス)。

posted at 17:22:02

10月16日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

人間は真理を悟ると<魂>を抜かれるのかも。悟った瞬間に私は大気・宇宙に拡散した視点に飛ばされ、私だった肉体が、(悟ったという事実だけが取り消された上で)今まで通り食べたり笑ったりしているのを見おろしつつ、霧散して消える。この刑罰が執行されても、他人は原理的に気づくことができない。

posted at 15:04:20

10月16日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

いよいよ日本にも、対話型AIスピーカーが本格上陸。日本語対応が不十分でも『英会話のある生活』と宣伝する。…「前向き」とは、こういうことか!

posted at 09:57:07

10月16日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

哲学の究極の問い『なぜ何もないのでなく、何かがあるのか』の究極性は、それを問うた人のその時点での「世界の豊穣さの理解」と「死への恐怖の感度」の和を越えない。

posted at 09:41:04

10月16日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

哲学の究極の問いの究極性は、知性が「どこまで有の豊穣性を認識し」「どこまで無の純粋性を追求し」「そのギャップに驚けるか」に依存している。日々を漫然と惰性で過ごし、別にいつ死んでも構わないと思っている人にとって、「究極の問い」は究極でも何でもない。これが究極性のアラレもない真相だ。

posted at 09:37:29

10月16日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

哲学の究極の問い『なぜ何もないのでなく、何かがあるのか』の究極性は、これを問う人が知る「あらゆる有の膨大さ」と、それらを可能な限り排除した「無の純粋さ」(死への感度)の、ギャップ(存在驚異)の大きさに依拠していると判明する。…幼児や老人にとって、この問いは、驚きでも究極でもない。

posted at 09:27:50

10月16日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

「なぜ私は存在しているのか」という問いに、普遍的な回答は原理的に無い。では、他人(未来の自分を含む)に伝えるのは諦めて、勝手に理由を考えよう。するとこれは、「知りうる限りの有」と「有を可能な限り排除した無」との間のギャップの大きさに対する驚き(タウマゼイン)未満の問いだと気づく。

posted at 09:21:19

10月16日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

物事を考える主力兵器は言語しか無いのだが、言語はリニアに(時間順に一本線上に)再現性のある物事に対応する記号を並べる形式を越えることが難しい。だから、時間とか一回限りの人生の裏舞台を探るには不向きだ。なので、楽器演奏や美術鑑賞や瞑想やレスリングなどの哲学ツールも援用すべきである。

posted at 09:14:02

10月16日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

おはようございます。…月曜日、新しい一週間の始まり。今日まで生き残れた全員に平等に贈られた、真新しい時間。決して無駄にしないよう、この一週間の最高のゴールを心に思い描きましょう。それだけで全ての瞬間が少しずつ高まります。

posted at 07:38:07

10月16日

@hijk0909

HIJIKATA Masashi@hijk0909

@vooYlf8x0SSRPfw まさに「意識が先か、物質が先か」「卵が先か、鶏が先か」ですね!客観的な線形時間での因果律の順序で見ると物質が先。主観的な意味階層での根源性の順序で見ると意識が先。でも、そもそも「客観性が先が主観性が先か」が、お互いをそれぞれの基準で飲み込みあってしまい、結論が出ません。難問です。

posted at 07:18:07

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