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2017年06月26日(月)6 tweetssource

3時間前

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桃里と同じく椀状穿痕だらけなのだが、これも身体各部位との対応といえるだろうか。それにしては並びが幾何学的に過ぎるように見える。「同類」と並んで紹介される桃里・宮町の二像なのだが、その役割はだいぶん異なるかもしれない。/

posted at 20:38:10

3時間前

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また、椀状穿痕とまではいかないが、函南から熱海のほうに見える、目の窪んだ像は、目を穿って眼病の治癒祈願がされたあとという。これらが全身に敷衍したのが、桃里や大塚のさいの神さんだと思う。 pic.twitter.com/amg0XWXXJ7

posted at 20:36:25

3時間前

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あたしはおそらくこれは、身体各部位の治癒祈願に対応した姿なのだと思う。頭・顔(目)・胸・下腹部・胸の裏の背・腰あたりの穴が特に強く穿たれている。悪い所と同箇所の穴を叩いて祈願したのだろう。 pic.twitter.com/Q0Kxbashks

posted at 20:34:29

2017年06月25日(日)32 tweetssource

6月25日

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といった雨中のちょこっと沼津西編でありました。実はちょっと勘違いして取りこぼしちゃってんですよね。おー!一里塚あとだー、塚はもうないのかー、と目を引かれている道を挟んだ背後に一体あったらしい、とかね(泣)。/

posted at 22:58:04

6月25日

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桃里ほどではないものの、明らかに同様の扱いがされていたものとわかる。ここにまたこうしてあるのを見ると、たまたま桃里でそうなった、という話でもなくなってくるわけであります。そもそもなんで椀状穿痕をつくるのか、というのもいろいろな話があるが、ここではどういう風だったのだろうか。 pic.twitter.com/hk273hWiBY

posted at 22:55:02

6月25日

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実は、原地区では、どんど焼がさいの神の祭とはされていない。東隣の片浜では普通に結びつくのだが。さいの神が神社や公民館に寄せられない理由に、どんど焼の存在があるが、結びつかないこの辺りでは、移動しやすいのだと思われる。 pic.twitter.com/vQaTUNZiIn

posted at 22:48:33

6月25日

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県道163号を原から大塚地区へ入ってほどなく、高木神社さんという社が鎮座されていまして、鳥居くぐって右脇にさいの神さんがある(大塚・04:www.google.com/maps/d/viewer?)。この辺りはさいの神さんがすぐ神社に入る(大概公民館が併設されてもいる)。 pic.twitter.com/SQ1YZJf113

posted at 22:45:12

6月25日

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奥の一体はオーソドックスな伊豆型さいの神さん。手前の一体は、さいの神ではないとする人もいるのだが、あたしには何が違うのかわからん。並びからいってもさいの神でよいのじゃないか。 pic.twitter.com/J4pBuQzMe4

posted at 22:36:28

6月25日

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この一体はちょっと驚いた。この頭の形は裾野市公文名の鹿島神社さんのさいの神のようだ。あれは独自なものかと思っていたが、そうではないらしい。こちら補修されているが、石質からして元の頭であるだろう。 pic.twitter.com/VtcSI9PviK

posted at 22:34:57

6月25日

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井出にはもう一か所少し登ったところにさいの神があって(井出・01:www.google.com/maps/d/viewer?)、こちらは三差路にあるまごうことなき伊豆型さいの神。わははは。こんな笠つきとは(従来の写真には見ない)。雨の日に見るべきものを見た、という。 pic.twitter.com/EMXuiOVwrn

posted at 22:21:11

6月25日

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といった寄り道がりまして、また話し戻りまして、北の井出地区へ。その県道からちょっと入ったところにさいの神だという像がある(井出・番外:www.google.com/maps/d/viewer?)。んが、片方は如意輪観音さんで、片方はお大師さんの像だった。番外としたが、転用ということか? pic.twitter.com/3AXl5aXCTA

posted at 22:18:38

6月25日

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要石神社が石だらけなのは、耳の病の祈願として、穴の穿たれた石が奉納されていることによる。要は耳石さんなわけだ。法螺貝は大岩に穴を残して去った。この辺りはつながっている話なのじゃないか。 pic.twitter.com/2tIxjKN6wl

posted at 22:14:28

6月25日

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怪物法螺貝が下ったのはいつか、というのは語られないのだが、柳沢の法螺貝の出た穴のある大岩というのは、寛永十二亥年洪水に山から転落してきたという。要石が勧請されたのも、この洪水ではないか。

posted at 22:12:21

6月25日

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一本松地区になるのだが、すぐ海岸の千本松原の中に要石神社という石祠があるのだ。寛永年間に鹿島から勧請の、鹿島に同様する要石の頭が見える、とあるのだが、石だらけでどれかわからん。 pic.twitter.com/Q6TkcSvDaC

posted at 22:09:54

6月25日

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高橋川は沼川に合流し、今その延長で海に開口しているのは放水路となるのだろう。ゆえに、今の河口から出たわけじゃなさそうでありまして、一キロほど西に気になるところがある。

posted at 22:07:56

6月25日

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気になってしようがなかった桃里のさいの神さんも実見しましたので、あとはのんびり雨の中北へ。なんかすげえ年季の入った水門が。この前で、高橋川が沼川に合流している。 pic.twitter.com/vDUQ1IGGmr

posted at 22:02:58

6月25日

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もう全身椀状穿痕。大平のほうで、頭頂部以外の椀状穿痕を気にしていたのは、このため。庚申塔などでこうなるのはあるが、伊豆型のさいの神でここまでになるのは異様だ。しかもここに限るというのでもない(最後にまた出てきます)。 pic.twitter.com/nJON3nHM5f

posted at 22:00:19

6月25日

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さて、であります。桃里へ急いだのは、なにはともあれこのさいの神さんにご拝謁したいがためなのでありました(桃里・02:www.google.com/maps/d/viewer?)。伊豆型の単座丸彫りに分類される沼津市で最も西のさいの神は、かくのごとき異形の方なのであります。 pic.twitter.com/3UwXVG2cvM

posted at 21:58:02

6月25日

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ちょこっと沼津の西の端編。原宿周辺で昔原町のあったあたりなので、原地区などという(井出は違うだろうが)。県道163号線が旧東海道となりまして、JR原駅を降りてその道を一路西へ。正確には原宿を抜けた先の桃里へ。

posted at 21:46:19

2017年06月22日(木)17 tweetssource

6月22日

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[引用4]それを防ぐ行事をセーノカミ祭祀の中心に置き、しかもそれを今日でもなお毎年実行していることに、その重要性を示しているといえるであろう。/福田アジオ「沼津市大平の民俗的世界」

posted at 19:53:07

6月22日

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[引用3]それは、単に田畑が水に流され、土砂にうずもれ、あるいは水漬けになって、生産ができなくなる事態だけではなかった。水がもたらすもう一つの脅威は、水害後に来る疫病の流行だったことは間違いない。

posted at 19:52:45

6月22日

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[引用2]セーノカミは外から侵入してくる危険な霊や人間を防ぐ神であることは通説の通りであろう。したがって、セーノカミに夏の疫病の阻止を祈るのも不思議ではない。前節で見てきたように大平の開発以来の歴史は狩野川のもたらす水害との戦いの連続であった。

posted at 19:52:24

6月22日

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[引用1]オンボコンボは村落内の子供の病気を防ぐためだというが、これは明らかに夏の伝染病その他の危険な病気から守ろうとするものである。他の地方であれば、一般に天王さんを祀ることで、夏の病気から守ろうとするのであるが、大平の各村落はそれをセーノカミに祈るのである。

posted at 19:52:00

6月22日

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「沼津市大平の民俗的世界」は、2-4「狩野川との戦い」(PDF上のp.17)、3-2「ツジギリ」3-3「セーノカミの祭り」(PDF上のp.21~)あたりを読まれたい。最後に重要な部分を引用しておく。

posted at 19:50:44

6月22日

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八月に入ると三分市では再度「おちょうねん」が行われ、八月の末にはまたさいの神の前で「おはたし」という先に同様の祭事が行われる。三分市には天王さんがあるのでこうなるが、南蔵や政戸にはないので、純然とさいの神さんが夏の疫病と向かい合うことになる。

posted at 19:49:50

6月22日

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さいの神さんの前では、三夜七時頃から、線香があげられ団扇太鼓が叩かれ「オンボコンボ テザラシテンザラシ ゴジソワカ」と百回唱えられるのだそうな(三分市・南蔵・政戸で少しずつ違うが)。これらさいの神の夏の祭には特に名がないが、この唱えごとからオンボコンボと呼ばれるという。

posted at 19:49:20

6月22日

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と、いうことなのだ。三分市の天王さんは七月七日に外に出、七月十三日(今はその直前の日曜)に祭が行われるが、その後「おちょうねん」という天王さんの念仏が三晩唱えられ、そのあとにさいの神さんの前で念仏が唱えられる晩が三晩続く。

posted at 19:48:47

6月22日

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大平は狩野川の水害と戦い続けてきた土地だった。溢れた水が退いたあとには疫病が襲う。疫病に弱い子どもたちを守るため、子どもらの神さまであったさいの神への祈念が、夏に行われることになったのだ。土地の人の祈りが形になったさいの神が大平にはある。 pic.twitter.com/t5wChf4H06

posted at 19:33:24

6月22日

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三分市では、他の季節中にしまわれている天王さんが外の仮小屋に出される「天王さんのおすずみ」の行事が七月前・中盤にあり、そこから続けてさいの神さんの前で三夜念仏を唱える祭が行われる。同期間には、三分市の外周十ヶ所以上の辻に辻切りが立てられる。

posted at 19:32:29

6月22日

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この大平の狩野川に近いところのさいの神さんでは、他とずいぶん違った祭事が行われる。大平でも変わらず二番正月のどんど焼はさいの神の行事となっているのだが、三分市などでは、中心となる祭が別にある。さいの神の祭が夏に行われるのだ。 pic.twitter.com/HHtYp4ckQK

posted at 19:31:56

6月22日

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【伊豆のさいの神・五十選】43:沼津市大平・東三分市
[地図:大平・17.18:www.google.com/maps/d/viewer?
大平の各小字地区は一地区にひとつのさいの神を祀るが、三分市は大平の中心として人の多かった地区であり、ここだけはさいの神が三ヶ所に祀られている。 pic.twitter.com/QebT8kHE6w

posted at 19:31:22

6月22日

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沼津市大平のさいの神さんの話の補遺。というか本題。長くなるのでレポでは完全に端折ったが、実はこの地のさいの神には極めて特異なところがある。まずは(だいぶん順飛ばしになるが)五十選の記事として簡単にあげ、その後少し詳しく述べよう。

posted at 19:30:44

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