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2017年08月20日(日)16 tweetssource

11時間前

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熱海市と伊豆の国市を比べても、熱海市の祭場が22で個体数が63、伊豆の国市の祭場が41で個体数が62と、一カ所あたりのさいの神の像の数ということになると、相模湾側と狩野川流域ではかなり違うのだ。

posted at 21:01:19

11時間前

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具体的にいうと、伊東市には51の祭場があって、伊豆市には65ある。伊豆市の場合は土肥のほうなどまだ未調査なので、70くらいに増えるだろう。んが、さいの神の個体数はというと、伊東市が175体を数えるのに対して、伊豆市は91体ほどなのだ。まだ少し増えるだろうが100くらいだろう。

posted at 21:00:37

11時間前

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相模湾側と狩野川流域とでは、さいの神の置かれ方そのものに違いがあるので、祭る場所でポイントしたこの並びだけ見ると、その濃淡に誤解が生じてしまう。

posted at 20:59:45

12時間前

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また、少し離れるが、中地区のさいの神も見ておきたい(地図:www.google.com/maps/d/viewer?)。ほど近い中の坂本のさいの神と石質・形状ともによく似ている。この二体には、韮山地区ではあまり目立たなかった、頭頂の椀状穿痕がよく見える。 pic.twitter.com/zg7hqakwpL

posted at 20:06:09

12時間前

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また、周辺の像を見比べると、垂れのある被り物が共通するが、尼頭巾のように頭頂を丸くつくるものと、検校帽のように平らに切るものがある。こちらは平らに切っているものだ。そこに男女の違いが出ているのかどうか定かではないが、注目しておいて良い部分かと思う。 pic.twitter.com/QvB58EcTmK

posted at 20:03:50

12時間前

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長泉町から沼津市域、東伊豆町の片瀬から稲取には、不動明王のように片手持ちに剣を持たせたさいの神があるが、それとはまた別に、笏のように両手を重ねて剣を持たせる像もつくられたのだ、という証左になる像だろう。

posted at 20:03:05

12時間前

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これはその持物が注目されるさいの神である。伊豆のさいの神は、それが神像であることを示すために、笏をよく持たされるが、その笏の先頭が尖っているものがままある。その中に「これは剣ではないのか」と思わせるものがあるのだが、この奈古谷の像の尖頭の持物には、はっきりと鍔がつけられている。 pic.twitter.com/YnzwgGbEHl

posted at 20:02:14

12時間前

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【伊豆のさいの神・五〇選】31:伊豆の国市奈古谷
[地図:奈古谷・03:www.google.com/maps/d/viewer?
奈古谷は式内社・奈胡谷神社や、古刹・国清寺のある土地で、神社にも新旧のさいの神があるが、ここでは南に少し離れたところにある一体を紹介しておきたい。 pic.twitter.com/dE6o1rZ90o

posted at 20:01:37

12時間前

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また、原木から線路をまたいで東側、韮山多田になる田中に一体のさいの神がある。(地図:www.google.com/maps/d/viewer?)。岐路でもなく辻でもないところにあるが、これはおそらくどんど焼きの行われた場所に移され保存された一体、ということだと思う。 pic.twitter.com/p7n5EfAgra

posted at 19:48:34

12時間前

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ここ八坂神社のさいの神信仰として特筆しておきたいのは、石像と別に車のついた木の祠・曳車をまた「道祖神」として保存しているところだ。これがある地域では、二番正月にさいの神の子どもたちが、地区内曳車をひき回して賽銭を集めた。韮山では荒木神社にも同様の曳き車が見える。 pic.twitter.com/HhmsmtKNbt

posted at 19:46:51

12時間前

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なお、頭部は目の部分が少なからずくぼんでいるようにも見える。函南から熱海の方に見える眼病治癒祈願の行われたさいの神に同様するかもしれない。八坂神社の境内社には、伊豆三嶋信仰の女神、見目神を視眼神として、眼病治癒祈願の神としたものもある。

posted at 19:45:54

12時間前

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【伊豆のさいの神・五〇選】30:伊豆の国市四日町
[地図:四日町・01:www.google.com/maps/d/viewer?
かつての韮山地域内のさいの神としては、韮山駅のすぐ西側、四日町八坂神社前の一体をまずあげたい。神社境内ではなく、玉垣の外、下田街道交差点に面して置かれている。 pic.twitter.com/fsMpypY5Eh

posted at 19:45:11

2017年08月19日(土)23 tweetssource

8月19日

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といった感じで、沼津海側を南下すると、この辺りで伊豆型のさいの神はなくなる。内浦を過ぎて、西浦から大瀬崎のほうにはもうない(西浦立保で浮彫の座像は見たことがあるが)。長浜神社に三体あった、というが見えなかった。また土肥のほうに行くと伊豆型があるが、それはまたルートが違うだろう。/

posted at 22:06:04

8月19日

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こちらがですな、みごとな顎髭のさいの神さんなのであります。いやー、こういったお顔の伊豆のさいの神さんはここにしかない。もっとも、大方のさいの神さんは頭がないので、あるいはこういったお方が昔はたくさんおったのかもしれないが。 pic.twitter.com/zicpl5x1Kd

posted at 22:01:35

8月19日

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お隣多比に入って、多比神社のさいの神(www.google.com/maps/d/viewer?)さん。変わらずの素敵なさいの神さん。伊豆のさいの神どれかひとつだけ見たいというならここに来い、と言いたい。以前は向かって左の像の前には鉢があったような、どこに行ったものか。 pic.twitter.com/y6W3IXtayv

posted at 21:54:49

8月19日

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今落ち着いて見てみると、明らかに剣と見えるのは向かって右の一体だろうか。左のほうは半ば笏のようでもある。真ん中の一体は骨のある持物のようにも見える。ともあれ、東伊豆町白田、沼津市江浦、長泉町長窪と、なぜゆえにとびとびにこう左右に持物を分けるのを好んだものかね、という。 pic.twitter.com/Ace1kCQ1LG

posted at 21:51:09

8月19日

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さいの神の頭で若竹を叩いて繊維にし「竹の繊維で髪を結い、それをサイハラさんと呼んだ」とある(『塩満の民俗』沼津市教育委員会)。それがこの椀状穿痕だろう。それが「さいの神の髪」なのかどうかというのが注目だ(他地区ではサイハラさんという人形を作る)。 pic.twitter.com/qk9WfDP8im

posted at 21:39:20

8月19日

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また、辻の横の公民館に石造物が並ぶのだが、うちに怪しい一体もある。この後見るように香貫のあたりは地蔵のようにさいの神をつくるので、こちらも可能性はなくはない。んが、蓮華座に座るという風はない。 pic.twitter.com/opZdL6fDoi

posted at 21:22:31

8月19日

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ちょいと沼津のさいの神さん。狩野川河口近くから南の淡島へ。ほぼ五年前に歩いた行程なので、簡単に(驚いたことにほとんど変化がなかった)。

posted at 21:14:10

2017年08月07日(月)27 tweetssource

8月7日

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と、いったところで。まだいくらかの伊豆型さいの神が富士市にはあると思うが、一応前回と今回で、こっちのほうにもこのくらいあるよ、というのは見えたと思う。これらが「富士川を境に分布する」という話の実態なわけです。/

posted at 22:23:18

8月7日

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また、奥に並んだうちのこの一体もさいの神さんだろう。同個所に二体のさいの神があることになるが、対という感じではない。前回元吉原から浮島のほうで見た、男女対に置くような風は、こちらのほうでは見なかった。 pic.twitter.com/F11a0eaDZs

posted at 22:20:17

8月7日

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この道が東海道であったころからあるさいの神なのかどうかは知らないが、そうであってもおかしくない、富士市を代表する堂々たる一体といえよう。先の青葉町のさいの神と大きさや雰囲気が似ている。かつてはこのサイズのものが要所要所にあったのだろうか。 pic.twitter.com/C1ACpA2fIQ

posted at 22:14:35

8月7日

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南東に下り、蓼原町の塔の木の交差点を東に入ると、東海道の古い筋となる。この道に「富士市の伊豆型のさいの神」というとまず紹介される一体がある(蓼原町・01:www.google.com/maps/d/viewer?)。裾野市公文名や沼津市原で見た角帽子的な頭部はここからあったのですな。 pic.twitter.com/aFB9Edj4fZ

posted at 22:13:55

8月7日

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あまりにきれいに保存されているので、一見最近の作かと思うのだが、なんと天保のものであるようだ。すでに吉原宿はこちらの内地に移って一世紀以上たった、という時期なので、その出入り口のひとつというような位置だったかもしれない。 pic.twitter.com/wZqSPCzDhm

posted at 22:03:21

8月7日

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伊勢塚古墳という、円墳なのにホタテ貝型の周溝を持つという珍妙な古墳がある近くに山神社があって、さいの神さんがある(伝法・01:www.google.com/maps/d/viewer?)。こちらは写真のさらに左隣に公民館がある並びですな。さいの神さんは僧形といえば僧形だろう。 pic.twitter.com/6nytmPsk0Y

posted at 22:01:56

8月7日

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ちと空模様が怪しくなってきましたので、身延線で(初めて乗ったが、さいの神がらみで初になるとは思わなんだ)柚木駅から堅堀駅へスキップしまして、五味島という地区を探したのだけれど、ここのさいの神はわからず。残念。そこから伝法(でんぼう)地区へ。

posted at 22:01:18

8月7日

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雁堤の造営は古郡氏三代に渡る難工事で半世紀もかかり、最後に旅の僧が人柱となって完成したのだという。ここが僧が入定した場所で、護所神社と祀られた。堤防写真の奥に見える木立が神社の場所ですな。堤は図のようにこの下に富士川の水が広がらぬよう造られたものだった。 pic.twitter.com/nzanamxRtn

posted at 21:46:24

8月7日

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北に行くとその雁堤(かりがねづつみ)があって、一角に護所神社という神社が鎮座されている。これがですな「人柱供養塔」とでかでかと彫った石碑が立つ。いや、こういうのは初めて見たですな。 pic.twitter.com/pI1SevP0CT

posted at 21:45:35

8月7日

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こちらには有難いことに書付があった。「栽野神」という表記は目新しい。しかも、江戸の前からあったという感覚であるようだ。一帯は次に見る江戸初期の雁堤によって拓かれた新田地帯と思われるが、まぁ、そのあたりという感じなのだろう。しかし「最近不思議な災いが」とはなんだろうね。 pic.twitter.com/Hi2NUDyttc

posted at 21:44:16

8月7日

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北西へ進んで松岡・02(www.google.com/maps/d/viewer?)のさいの神さん。ストビュー上、伊豆型なのか何なのかよくわからなかったが、間違いないのであります。現状、最も西の伊豆型さいの神となる。しかし、半分溶けてるような、上半身だけ残った状態なのかもしれない。 pic.twitter.com/eC28XlFr2B

posted at 21:43:25

8月7日

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田子の浦港に向かって、中丸の浜という地区へ行くと、またこう神社と公民館(公会堂)が一体化している。拝殿が公民館というより、鳥居・公民館・本殿(鞘殿)という並びなのだ。ここのさいの神さんは確認が取れていなかったが、裏に神社の本体があるのは前回で承知の助なわけですよ。えぇ、ええ。 pic.twitter.com/0TPeXZ2iHK

posted at 21:26:56

8月7日

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では、昨日の富士市の伊豆型さいの神さん巡り。その二、ですな。富士駅から新幹線をくぐって海のほうへ行くと、県道341号線が直角に曲がるところにお堂がある。地図上ただ「神社」などとなっているが、近隣の石造物が収められているお堂のようなものだ。さいの神さんだけが外にある。 pic.twitter.com/8b2sNUDLDM

posted at 21:25:13

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