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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

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2017年12月11日(月)25 tweetssource

5時間前

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

ノーベル平和賞 「唯一の被爆国」役返上という原稿を入れてありますが、たぶんこういうのよりもノンアルコールビール的な原稿のほうが 多くの読者には喜ばれるのでしょう。 考えておくようにします・・・

posted at 09:15:01

8時間前

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

これ全部、基本報道されている情報に基づいて、ドイツでしている話をそのまま書いているだけですが、こんなものでもネット右翼が出てくると、想像を絶する曲解罵詈雑言になるわけでしょ。だからマトモな相手と思わずけじめしてブロックが正解、とあらかじめ記しているわけでもあって

posted at 05:47:27

8時間前

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

ちなみにその同じ12月5日、「エルサレム首都」という専ら国内支持者向けの霍乱弾であるトンでも発信があり、全世界から猛批判、お望みのとおり米国は孤立現在進行形ながら、そこで態度不鮮明にへらついている国がひとつあって、欧州はしっかりチェック、スルーとなりつつあります。無原則、大変残念

posted at 05:45:58

9時間前

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

コラムには 12月5日に国連総会を通過した 日本が提案した核廃絶決議案、昨年の1.5倍にあたる24カ国が棄権、8カ国程度は「核禁条約で日和見の日本がどういう提案か?」とあきれ果てられ、すでに「唯一の被爆国」は過去、死語となりつつある現状 というこちらでの議論を記しました。

posted at 05:43:28

9時間前

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

こちらで色々話をして、次々回分のコラム 「唯一の被爆国」という役割を終えた日本 として残念な事実を原稿にまとめて入稿しました。ICANに平和賞、日本政府はスルーで被爆者個人に光を当てるというのは、そのままもうスルーされ始めているという事なので

posted at 05:40:07

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

ネットは十分にメディアとしては足が速い。そこで「ついにビットコインが1万ドル超」と出た日にはすでに2万ドルを超えているという瞬時の変動、乱高下とも言えるが、そういう手垢のつかないもっと別の解析が必要と思われる

posted at 02:50:44

12時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

連載ではもう少し違う方向に踏み込んで稿を準備してみたいとおもいます。つまり2017年という困った年に、どうしてオスロは日本政府ではなく被爆者に平和賞を贈ったか 米国の異常な状態と、それに追随して急旋回する日本を欧州の穏健な知識層がどう見ているか、はっきり分かるのがポイントでしょう

posted at 02:29:15

14時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

見ぬ人としてはバルトーク、等身大ではブーレーズの仕事の仕方を目標に30数年やってきたけれど、自分個人としてはラヴェルーデュティユの完全主義が本来で、その意味では自ら振り返って恥じることが少なくない。せめてそうでない形を残りは徹底しなければと 今回はほとほと反省

posted at 00:32:53

14時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

僕らが子供のころは「耳がいい」(「悪い」)が全人格を肯定も否定もするようなすさまじいレッスンで「日本のラヴェル」がひとつの目標になっていました。ラヴェルは30数年前に亡くなっていたけれどデュティユは同時代作家として健在、ブーレーズは作曲が後手になり行政官やら指揮者やら・・・ううむ

posted at 00:31:06

14時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

社長さんで 自分の会社の中身の本当の最前線の細部まで全部知っている人がいるとすれば、それは個人企業で、中規模以上になればもうそんなことは不可能。これは大学研究室でも何でもいえることで、芸術はその意味で会社になると 何かが失われると思います。

posted at 00:26:22

14時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

武満さんは黛さんの轍は踏まなかったけれど、やはりアシスタント常用の営業スタイルは、器楽性の弱いパート譜という形で、作品の寿命を短くしているのが残念。芸術音楽家は、最初から最後まですべてが完璧で初めて出発点 と教えられたが やはりそう思います

posted at 00:25:18

14時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

黛敏郎さんは、才能だけでいえば本当に優れたものがあった。でも、33あたりが打ち止めになってしまったのは34,5以降常に「題名のない音楽会」やらJASRACやら、雑事があって本当に音楽を念じなくなっちゃったから、生活で後半生の時間を食いつぶしてしまったのが本当にもったいない

posted at 00:23:28

14時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

芸人さんで事務所がついて営業回ると、それだけで忙しくて、古典の本道で精進なんてこたぁ出来ません。円生から「お前はテレビ程度の芸人か?」と怒られて五代目円楽は一度全部やめてますよね?くだらないことに忙しいとダメですよ、本来才能のある人も、環境で枯渇しかねない。デュティユの大事な教え

posted at 00:21:36

14時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

そういう意味では21世紀に入ってこの方、私は作曲家としてそうとう後手に回った事ばかりしてきた。ブーレーズという手本があってあえてそうした面もあるけれど、真剣に残りの時間を仕事にとり組まねばと思っています。かつて色んな人に嘱望してもらいながら不孝を重ねてきたと深く反省しつつ思うのは

posted at 00:18:58

14時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

音楽も同様、古典芸能なんかもっとそうでしょう。知名度とか営業とかそういったものでは本質は計れないし、また、本当に大切な仕事は、常にそれで心身をいっぱいにしていないと名人上手でも簡単に錆びますから、怠けや慢心は禁物です。

posted at 00:17:05

14時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

テレビに出ていることと、その道の第一人者であることとは何の相関もありません。例えば笑点レギュラーの噺家と志ん朝、枝雀といった人を対照すれば分かりやすい。円楽さんは色々苦労して功労者と思うけれど噺はまあ普通、むしろ業界存続に貢献でしょう

posted at 00:15:39

2017年12月10日(日)53 tweetssource

18時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

顧客は知ってるものとの一致と差異しかみない。昔は「噺」が知られていて、二つ目などの芸は名人と比較されて「けっ」となっていた。いまは「芸人の名前や顔」が「知っているもの」で、いわば幼児のレベルに後退しており、ゆるきゃらの一種としてタレントから候補者まで選択されている

posted at 20:33:16

19時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

お笑いの関係者から裏側の話を伺ったことは残念ながらない。うちの番組は「笑点」より古いですが古典は古典でも音楽で落語ではありませんでした。この種の話が出たのはよほど後、お寺の説教に差別説教で強請りにくるクレーマーがあり、どう撃退するかという文脈から地獄絵解封印などを知りました

posted at 19:30:54

19時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

「代書」一つの事ではなく「壷算」「鷺とり」「くっしゃみ講釈」どれをとっても随所に、ことなかれ的な放送コードとスポンサー忖度のオンパレードである。手っ取り早い話、死ということを軽味で扱っていた。鷺とりのサゲは「一人助かって4人死んじゃったとさ~」で枝雀師匠は軽く笑いたかった訳ですが

posted at 19:01:45

22時間前

@itokenstein

安田登@eutonie

数か月前から「あき地」に連載をはじめた「見えないものと仲良くなる」。字数も自由だし、何を書いてもいいということでツイッターの次に気楽に書いています。でも、だから半分遺書のつもりで書いています。受ける、受けないは関係なく、他で書けないことを自由に書く。
www.akishobo.com/akichi/yasuda/v4

Retweeted by Ken ITO 伊東 乾

retweeted at 16:38:47

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

「天神山」のサゲ も 僕は本当にすばらしいと思うけれど、米朝さんあたりまでは「くずのはの別れ」を「クズ長屋嬶の子捨て」などと言い捨てて終わっていますよね。これだって差別表現の回避からだと思うんですが、「ある春の日のことでございます」、なんて美しいサゲ方か。素敵な人だったのに。

posted at 13:56:41

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

常に丹精して、磨いて磨いて という自分の落語が「演じられなくなる」 演じる場を奪われるというのは、噺家にとってはショックなことと思う。番組制作にかかわった経験のある一個人として当時はっきり存在した言葉狩りの強化念頭に、つらつら思うことをしるしているだけですが

posted at 13:51:04

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

緊張と弛緩、小佐田定雄氏との「幽霊の辻」「茶漬けえんま」などの新作落語、みんな「差別表現の回避」という、お客さんに見せない、でもプロなら必ず考えねばならないポイントをめぐって考える中であの形になったと僕は思っています。蔑む笑いを彼はきれいにはずして上品にしますね。素敵な人だった

posted at 13:47:18

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

いま「テレビ」でお話しているが、地方の公会堂などで、また特に県や市が補助金を出すような落語会の場合、来場者アンケートなど取って、その中の一通でもクレームがあれば、またそれをわざわざ転送などする人がいれば、ああいう師匠だから気にしないわけがないでしょう。憶測でものをいいますが。

posted at 13:44:17

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

視覚障害者がものにぶつかったりするのは普通にあること。それを笑ったりしてはいけません、というのは実際そう思う。でも、話芸の中にあるそうした描写も言葉狩りして、景清(失明した職人が視力を回復する<目出たい>話だが)が演じられなくなるといった事が、生真面目な古典芸人を追い詰めたと思う

posted at 13:42:47

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

例えば枝雀師匠のくすぐり描写「二階でお爺さん寝てはる。3年前腰痛めてから、歩くたびにがっちゃんがっちゃん音がして・・・」お客は普通に大笑い、本題と無関係なスポットのネタですが、これ、今のテレビではしんどいです。クレームが来得るとして回避するPDが大半ではないか。例えばこういう事

posted at 13:40:29

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

「とんねるず」(というものが私は苦手だが)の古いネタが差別的だ、と「忖度しない~!」式の抗議が報道されていたが、ミスマッチがこっけいなのは生理的な事実で、ひげ面がセーラー服とか着てたら噴き出しても反射的なこと。過日のは、JGBT云々でなく日本人大好きの同調化圧力かとも映るのですが

posted at 13:37:22

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

こっけいをこっけいと笑った。でもそのこっけいを笑ってはいけないとなると、生真面目な人は鬱を病んでも不思議ではない。高座に上がるのが怖い、死ぬのが怖い病 の一因に、1960年代末に始まり20世紀いっぱいで完了した不特定多数公開メディアでの差別表現言葉狩があったように思われてなりません

posted at 13:33:57

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

枝雀師匠がオーバーアクションというが米朝さんが十分にオーバーだから。枝雀さんが派手に見えるのは声がカラフルだからで、同じ大きな身振りでも米朝師匠だと収まっちゃうんですね。それを逸脱できる力が枝雀師匠にはあった。亡くなって18年、営業無関係に愛する人は多い残る芸。今のTVは消える芸

posted at 13:30:11

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

そういう意味で、古典音楽に携わる一人として、古典落語や古典芸能なるものは1999-2000年時点、IT革命キャンペーンが終わるころには、メディア的に二度目か三度目の死を迎えたのではないかと思うのです。精進無関係に素人芸でも露出すれば儲かる、それが大手を振って歩く時代にこのころ変質

posted at 13:27:36

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

枝雀師匠が99年に亡くなって・・・ああいう形で・・・翌2000年には上岡龍太郎氏が芸能界引退したでしょう。私も番組は99年春までで、4月から大学勤めとなったので当時の空気は覚えていますが、言葉狩りと共に古い話芸の人が消えるというのが正直な感想でした。自ら身を引く、自ら世を辞すまで

posted at 13:25:25

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

代書のみならず、「地獄八景亡者戯」でも「高津の富」でも「景清」でもいい、これは!という大演目を考えて・・・いや、小ねたでもいいんですが、検討してみるとテレビに乗せにくい(規制のみならずスポンサー忖度含め)表現だらけです。「らくだ」とか、分かる方はお分かりになりますね?

posted at 13:22:12

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

「代書」は文字が書けない主人公が「履歴書」を買いてもらいに代書屋をおとずれ、口述筆記してもらう昭和13年ごろの作で、戦時中ないし戦後にはいまだ文盲は社会的事実、これを差別という人はいませんでした。仕事もガタロという溝さらい、すべて今は放送で回避される所で、代書は電波に乗せにくい

posted at 13:18:44

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

枝雀師匠自身高座よく言っているけど、落語ってのは作ってゆくものですよね高座と客席との間でお客があって、それをどう笑かしたろか、と一方で冷静に眺めつつ、ネタを繰って繰って入ってる芸を臨機応変にいくらでもその場で変え「そこで生き直す」ことで「面白いものが出来てくる」呼応の芸でっしゃろ

posted at 13:15:47

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

面白いと思うのは、昭和10年代に作られたものでも「古典落語」といい戦後のものは「新作」という。戦時中の世相を繁栄した1944年の落語が「古典」、昭和21年は「新作」、この間には「新憲法」が挟まっているような気がしてならない。志ん生あたりは幸運な名人だったと思う。今の放送では厳しい

posted at 13:13:14

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

1979-99年当時の大阪朝日放送の当該番組の舞台裏を知る人が折られても、たぶんあまり語られないかと思うのだが、60の外題を磨きに磨いて名人を超える名人志向で精進の塊だった枝雀師匠にとって、差別表現に当たるから、と放送前提で芸に注文がつくとしたら相当落ち込んで不思議でない気がする

posted at 13:10:58

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

で枝雀師匠だが1979年、40歳から亡くなるまで(最晩年がよくわからないのだが)枝雀寄席という月1、2時間枠の冠番組を持っていた。生放送もあったようである。この生放送というのが微妙で、芸人がよい意味で乗ってまわしたアドリブが引っかかって後からダメだしされたりする。

posted at 13:08:56

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

1990年代末のテレビ界隈の観点で見て、古典落語の多くはかなりの頻度で「差別表現」を含む。筒井康隆が「断筆宣言」していたころの話ですから、隔世の感ですが、微妙に放送コードに引っかかりながら磨かれた芸より、どうでもいいからクレームの来ない安いのに シフトしたと言ってよいかもしれない

posted at 13:06:35

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

@UFOprofessor もっと離れて凋落したらよかったのですが、現実には選挙などにも中途半端に影響力を残し、悪あがきみたいな商法が今後もうしのよだれのように続くのではないでしょうか、神聖ローマ帝国の末期のように・・・

posted at 13:01:44

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

で、枝雀師匠ですが、話を変えてゆくんですね。典型的なのは「代書屋」で、時期時期で話の運びやオチが変わる。で、それは、放送の仕事に携わった人ならすぐわかることですが、差別表現を減らす方向に変化している。でも「代書」という話自体が「文盲」を前提としているので、それを差別といわれたら?

posted at 13:00:28

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

カラオケも素人が真似できてビジネスになることから、歌のうまい人は不要になった。そこそこのビジュアルと動きがあれば、あとはあてれこでも、もっといえば「歌が下手」すらセールスになるという、浅田美代子、田原俊彦あたりからみられる商法の変化で、これは話芸を含め全般に敷衍できる。残念な敷衍

posted at 12:58:30

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

またこんなことを書くと嫌われそうであるが、考えているのは枝雀師匠のことである(この人を引き合いに「芸がある」といえる人が、いま画面に登場する中にどの程度いるか?噺家で、なんて野暮はいうまい。粗製乱造される「ひな壇芸」なる素人の思いつき大半は恐縮して小さくならざるを得まい

posted at 12:56:28

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

テレビも私が制作現場にいたころとは大きく様変わりした。芸能人が減り、「芸人」が増えた、この「」つきのは、一般人には出来ない内容でいじって文句が出ない素人というような意味で、古典的な意味での芸はあまりもっていないケースが多い。

posted at 12:54:51

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

リゲティも、個人的にはヤな奴だったけど、改めてそういうのを捨象して考えてみると、ある充実を彼なりに生きてもいるんだよね。彼もサバイバーではあるわけだし「ポストモダン」の考え方も、以前自分がそれを若いなりに浅くなぞっていたのと違うものを感じつつある気がする

posted at 05:40:27

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

シュトックハウゼンとか、もう偏執狂ですから、すさまじいディティールへの拘り。ブーレーズは実は後年それがなかった。ノタシオンを細部までよく読んで彼自身のリハで彼自身に確認して、そうとうあいまいな事があり、幻想がいくつか消えました。そういうのって僕にとっては大事な経験になっています

posted at 04:50:42

12月10日

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

例えば武満さんなんかの悪名高いアシスタントに浄書おまかせは、オケパートとか白玉の塗り絵で素人みたいなことになるけど、彼にとってはそれでよかったわけでしょう。で、演奏する側としては当然大して魅力がない。で演奏されなくなって忘れられてゆく。そういう事はブーレーズにもデュティユにもない

posted at 04:47:26

12月10日

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

40年何年かまえ、私が音楽を作ろうと意識しはじめた直後に輝いて見えた「音色」を、いま「音律」「響きの実体」など、基底の全体から考え直す準備が整っていることに改めて気づく。およびフォルムとフォルムが問題になる。時の形。

posted at 04:33:50

12月10日

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

演奏も同じですよ。コンクール通る、オーディション通って食べられるようになる・・・いいんだけどさ、それは方便であってそれ自体に音楽の価値はない。貨幣価値とか別のものだから。それより厳しい一組の耳に耐える音楽を禁欲的に求める柱が決定的。鋭利も冥利もどうでもいい、音楽とは無関係

posted at 04:25:03

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

もういまや芸術音楽の作曲なんか志す若い人はあまりいないのだと思うけれど、本当に歴史に貢献する仕事がしたかったら、厳しい師を選んで全身全霊で準備して体当たりで玉砕覚悟ということを10回くらいすると、それなりに芸術というものが見えてくるように思います。特定のエコールでぽよよん、は芸事

posted at 04:22:21

12月10日

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

例えばノーノに譜面を見てもらう覚悟で、ありとあらゆる音符に神経をすり減らすだけすり減らして努力する、で死ぬような思いで一回のレッスンを迎える、そういうの。リゲティもブーレーズもそういう意味では緊張して譜面を準備したけれど、デュティユが一番繊細、あとシュトックハウゼンは暖かかった

posted at 04:20:25

12月10日

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

ってか、あまりにも志が低い環境を目の当たりにすると体に悪いですよね。1999年以降そういう状態にあったのを、改めて強く感じます。全部洗い流して、新生という状況にリセットしなくては。ひとつには、緊張する相手がいなくなっちゃったのがいけなかった。

posted at 04:18:22

12月10日

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

あと10代の僕がこだわっていたリゴリズムに戻ること。レッスン特に下見の類で驚きあきれつつ、でもこんなんでもいいんだ、と錯覚しかけたあらゆるあほくさいの・・・僕はそれで秀才あつかいはされ、ごちゃまんとコンクール歴が出来、さっさと教授職に招聘などされたけれど・・・は、下らない事と思う

posted at 04:16:26

12月10日

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

34で大学に呼ばれて、私には意識の後退があったと思う。後悔もしないし恥もしない、ある種の仕事はすることができた。でも歴史に貢献する一作曲家としての自分の仕事が失速していたのは明らかで、デュティユの慎重ながらライフロングの仕事ぶりは何より励ましを与えてくれる。

posted at 04:13:46

12月10日

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

矢代先生は優れた音楽家と思うけれど、例えば「ピアノ協奏曲」の3楽章にあるようなある種の冗長さ:指が先に立ってしまったような・・・がデュティユには一切ない。それは、よくよく自分の作品に対して徹底した批判と推敲、そして肯定のなせる業と思う。

posted at 04:11:55

12月10日

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

デュティユは僕にとって作曲を専門に学び始める前から「同時代に生きる輝かしい作家」で憧れに輝いていたけれど、改めて彼の音楽思考を追って、門弟のグリゼがシュトックハウゼンを訪ねるのを応援したという彼の芸術家としての幅と余裕 奥行きを思う。

posted at 04:07:39

12月10日

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

すべてのパートのすべての音符が歌になっていること。ある種の突き放した作風の美点も念頭に置きつつ、ラヴェルやデュティユの完全主義と自分の性質、それから今という時間と残された猶予を考えるとき、私もまたこの立場に立つのが正しい選択だと思い定めつつある。

posted at 04:01:51

12月10日

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

いまみんなの棺を覆ったとき、若き日に鋭い切れ味を見せたブーレーズと、かつては保守派のホープといった扱いを受けていたデュティユ、二人の作家の1970年代以降の成果を見ると有と無ほどの違いがありデュティユに軍配を上げねばならない。とても強く思うことがある。

posted at 04:00:14

12月10日

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

H.Dutilleuxには生前褒めて頂いた事があり本当に励まされたけれど、藤田厚生さんを通じてさらに細かな消息を知り、この人の音楽思考と人生が改めて糧になるのを痛感する。生前のラヴェルと合い識り21世紀のスタイルまで一貫するこの人個人の音楽の強さを改めて思う。

posted at 03:18:15

12月10日

@itokenstein

Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

そういえば先日、生まれて初めて ビーバーが齧った木の幹というものを見た。切り口をさわってみたが、鋭利な歯で削られているのがわかった^^

posted at 01:17:40

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