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芦田宏直

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Twilog ホーム » @jai_an » Hashtags » #manabiai

2011年11月22日(火) 1 tweets

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これ、道場破りで参加してみようかな(笑)。 RT @tatsuya_mori: 『学び合い』を学び合おう!~西川純さん&その仲間たちと語る~ http://t.co/nubbvWNv みなさん集まりましょう!私も参加します。#manabiai

posted at 18:13:53

2011年03月04日(金) 1 tweets

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「学び合い」教育は意欲を大切にするため、学習が機能主義(コミュニケーション主義)になります。致命的な欠陥。 RT @takafumiaoki000: 勉強にもとから意味はない。意味がなければ人は生きないのでしょうか。意味 @TanakaJhNgsU ・・ #manabiai...

posted at 16:33:20

2011年03月03日(木) 4 tweets

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結局、何も書かれていない。「義務教育におけるこの土台作りがいかに大変か、ということも現場教師の実感ではないか」というのもなんと的外れな認識であることか。 RT @tontan2: 芦田先生批判を受けて参観者は…? http://dlvr.it/Hxr6x #manabiai

posted at 00:26:15

意味のないものに関わることができるのは、人間だけの能力。 RT @tanakajhngsu: 今日の授業で生徒の振り返りの1つに「何のために意味のない授業をしなければならないのか」というのがあった。意味を感じ取らせる手だてがなかったんだなぁと反省。... #manabiai

posted at 16:36:24

やりたいことをやらせるのは〈教育〉ではない。 RT @nalakifumi: RT @JAI_AN: 意味のないものに関わることができるのは、人間だけの能力。 RT @tanakajhngsu: 今日の授業で生徒の振り返りの1つに「何のために意味のない授業を… #manabiai

posted at 20:34:25

それは教育ロマン主義。ダメ。 RT @75souko: 意味は後になってわかることもあるよね。それではダメなのかな。 RT @TanakaJhNgsU: 今日の授業で生徒の振り返りの1つに「何のために意味のない授業をしなければならないのか」というのがあった.. #manabiai

posted at 21:14:45

2011年03月02日(水) 6 tweets

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お昼休みに気付いて、大急ぎでざっと整理しておきました。 (続々)「学び合い」小学校教員からの再々反論がありました ― 謹んでご紹介します。 http://ow.ly/466DF #manabiai

posted at 13:52:40

驚くことはない。2003年以来大学教育GPはすべてこんな陳腐なものばかり。 RT @nohohonbouzu: RT @AkiraNagao: わわわ。RT 首都大学東京:…「主体性・創造力・学習力・自発活動力」: http://bit.ly/eMoqsY #manabiai

posted at 13:54:51

(続々)「学び合い」小学校教員からの再々反論がありました(3) ― 謹んでご紹介します。 http://ow.ly/466Oo #manabiai

posted at 14:01:24

「いいですか」からが私。後で直します。RT @hironakayuriko 先生、4つ目のところ、どちらの発言かわかりにくくなっています。 RT @jai_an (続々)「学び合い」小学校教員からの再反論がありました http://ow.ly/466Oo #manabiai

posted at 14:59:14

社会体育論を学校教育と連続的に結びつける奴人にはわからない。さらばじゃ。 RT @hatihatibunbun: ちょっとは読めることになるのかと期待したけど、もう読めません…RT @jai_an: (続々)「学び合い」… http://ow.ly/466Oo #manabiai

posted at 20:07:52

世の中は、ではなくて原理的に無理。 「あはは」はバカ言葉。T @hatihatibunbun: あはは。結びつかないのね世の中は RT @jai_an 社会体育論を学校教育と連続的に結びつける奴人にはわからない。 RT @hatihatibunbun  #manabiai

posted at 21:56:09

2011年02月27日(日) 3 tweets

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「学び合い」小学校教員からの反論がありました(1) ― 謹んでご紹介します。 http://ow.ly/43ZO2  #manabiai

posted at 03:07:23

「学び合い」小学校教員からの再反論がありました(2) ― 謹んでご紹介します。 http://ow.ly/43ZPc #manabiai

posted at 03:08:23

現在、Version 8.0 まで細かい修正しています。 RT @kata_toshi: より深まった。 RT @tomkick65: RT @jai_an: 「学び合い」小学校教員からの再反論がありました(2)  http://ow.ly/43ZPc #manabiai

posted at 12:52:07

2011年02月22日(火) 17 tweets

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【「学び合い」教育の諸問題(84)】操作と習熟を超えた教育とは、「学び合い」教育に対して言えば、先生にしか教えられないことを教えることである。例えばこんな→ http://ow.ly/40wjI 。小学校で言えばかけ算はなぜ面や立体になるのかというような。 #manabiai

posted at 03:01:10

【「学び合い」教育の諸問題(85)】このレベルは止まることがない。解説をテキスト化すれば必ずまたその上位の内容(あるいはメタレベル)を語ることが出てくる。 #manabiai

posted at 03:01:29

【「学び合い」教育の諸問題(86)】このメタレベルの内容を、私は、個々の授業時間に於ける「教育的な時間」「の確保」と呼んできた。 #manabiai

posted at 03:04:46

【「学び合い」教育の諸問題(87)】「学び合い」教授の西川は「指導要領」を生徒に配布するらしいが、教員が指導する内容は、「指導要領」には書かれていない。教員は「指導要領」を解釈する者であって、指導要領の「意味」は指導要領のどこにも書かれていない。 #manabiai 

posted at 03:05:43

【「学び合い」教育の諸問題(88)】それは「指導要領」をいくら詳細化されたサブテキストをつかって補っても補えない指導要領の「意味」なのである。 #manabiai

posted at 03:07:59

【「学び合い」教育の諸問題(89)】たとえば、「大事な事を落とさないようにしながら,興味をもって聞くこと」と小学校の1年2年の指導要領にある。これを生徒に配布しても「大事なこととは何か」「興味をもつとは何か」を生徒は「知る」ことにならない。 #manabiai 

posted at 03:09:53

【「学び合い」教育の諸問題(90)】そもそも「大事な事を落とさないようにしながら,興味をもって聞くこと」とは、大人の私でも難しい課題だ。これを授業内で低学年児にでも解きほぐすことができるのを教員(teacher)と言う。難しい仕事だ。 #manabiai

posted at 03:11:22

【「学び合い」教育の諸問題(91)】その意味で「指導要領」など100回読んでも、何をどう教えればよいのか、出てきはしない。何を知ればいいのかも出てきはしない。その意味を解釈するのは、すべて教員の見識や専門性に属している。 #manabiai

posted at 03:15:04

【「学び合い」教育の諸問題(92)】私が「教育的な時間」の確保と呼んでいるものは、この解釈の結果を開示するプロセスのことである。教員の個々の授業における指導とは、指導要領やそれに基づいた教科書のメタレベルの作業である。 #manabiai

posted at 03:15:28

【「学び合い」教育の諸問題(93)】しかし、この先生にしか話せない時間の確保を妨げるノイズは個々の授業内でいくらでもある。 #manabiai

posted at 03:29:32

【「学び合い」教育の諸問題(94)】始業時間前に先生が入室していないこと。出席チェックに時間をかけること。遅刻生徒の処理。資料配布作業や教材準備の時間。定型内容(授業開始前にわかっていること)を板書すること。過度に個別の質問に集中することなどなど。 #manabiai 

posted at 03:31:16

【「学び合い」教育の諸問題(95)】「授業は生きもので、計画通りには行かない」「モノの生産と人材の育成とは質が違う」と言う教員に限って、こういったノイズを放置した授業をやり続けている。 #manabiai

posted at 03:32:44

【「学び合い」教育の諸問題(96)】そこで、「学び合い」授業における、こういったメタレベルの指導は個別の授業内で、どうやって吸収されているのか。 #manabiai

posted at 03:35:22

【「学び合い」教育の諸問題(97)】この教育モデルが嫌う1対n個の集団教育授業は、もともと、このメタレベルの指導を行うためのもの。履修進捗が授業内でばらばらな「学び合い」ではメタレベルの教育が難しい。授業のかなりの部分が個別指導になりがちだからだ。 #manabiai 

posted at 03:52:43

【「学び合い」教育の諸問題(98)】元々、子供たちが「学び会う」というのだから、先生にしか話せないことはない、という立場にこの教育論は立っているのかもしれない。 #manabiai

posted at 03:57:03

【「学び合い」教育の諸問題(99)】しかし、その「先生にしか話せないことはない」というのをどうやって確認するのか? メタレベルの内容を生徒が「理解した」ということをどうやって教員は確認するのか? #manabiai

posted at 04:00:19

【「学び合い」教育の諸問題(100)】通常の練習問題でさえ解けていても「わかっていない」生徒がたくさんいるのに、それを生徒同士の「学び合い」によって乱反射した教室内でどう制御するのか。1対n個の集団教育授業よりもはるかに高度な制御を余儀なくされるにちがいない。 #manabiai

posted at 04:08:19

2011年02月21日(月) 2 tweets

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「学び合い」もそうだけど、〈心〉が〈コミュニケーション〉で出来上がっていると言う場合、ほんとんど〈相互反応〉という機能主義の思想の枠組みで考えている。それがありもしない〈内面〉病=「子どもの可能性」論に繋がっている。根が深い。 #manabiai

posted at 13:57:02

このからみで「学び合い」コミュニケーション主義派に謹んでこの論考を捧げます→ http://ow.ly/40aPw  RT @otsuboyasuko: RT @jai_an: 「学び合い」もそうだけど、〈心〉が〈コミュニケーション〉で出来上がっている… #manabiai

posted at 17:02:00

2011年02月20日(日) 2 tweets

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クラス内で進度がまちまちになると、教育評価はしづらくなる。格差はあるけど進化し続けているという事実に眼を奪われるからだ。したがってこの教員達の教育業績評価はいつも結果論。「事実を見てくれ」ということになる。 #manabiai

posted at 13:36:42

アホか。 RT @naoyuki_taka: いくら何でも、それは無いんじゃ…。と信じたいです。 RT @kokugo666: 構ってほしいんだよね、私もそう思ってる。(笑)RT @hatihatibunbun: 結局は、芦田さん、参加したいんだよなあと思った #manabiai

posted at 14:11:20

2011年02月18日(金) 32 tweets

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【「学び合い」教育の諸問題(55)】「問題を解く」という行為は、ある種の機能主義的で記号論的な操作に留まることが多い。解けていても、「わかっていない」場合も多々ある。 #manabiai

posted at 02:01:11

【「学び合い」教育の諸問題(56)】二桁のかけ算が「できる」という指導要領的なテーマがあって二桁のかけ算ができたとしても「かけ算とは何か」がわかったとは言えない。生徒同士が学び会えるのはその手法であって、かけ算の意味ではない。 #manabiai 

posted at 02:02:25

【「学び合い」教育の諸問題(57)】それは鎌倉幕府の述語(たとえば1192年にそれが成立した、という一述語)をいくら集めても鎌倉幕府が「何であるか」にはたどり着きがたいというのと似ている。 #manabiai

posted at 02:03:21

【「学び合い」教育の諸問題(58)】こういった「何であるか」については、先生しか教えることのできない専門性に属している。〈先生〉は生徒のように問題を「解く」人ではなくて、その意味を解釈することができる人なのである。 #manabiai

posted at 02:04:05

【「学び合い」教育の諸問題(59)】かけ算も割り算も、その意味とは何かなど、練習問題をいくつ解いて「優等生」になったとしてもなかなかつかめない。その意味で生徒は「できる」生徒であっても記号論的な操作を繰り返しているに過ぎない。 #manabiai

posted at 02:05:05

【「学び合い」教育の諸問題(60)】私の経験でも(大げさに言えば)英語の不定冠詞の意味を知ったのは大学に入ってからだった。公立中学校の先生は、不定冠詞を複数のsと対立させてしか教えてくれなかった。しかしそうであっても、練習問題は「解けた」のである。 #manabiai 

posted at 02:06:09

【「学び合い」教育の諸問題(61)】もちろんかけ算も割り算も積分や微分の理解が前提になっている。それを「知っている」のは先生だけだ。積み上げ型の自学習ではそこを学べない。練習問題ができて、「平均点」が上がるだけなのである。 #manabiai

posted at 02:12:11

【「学び合い」教育の諸問題(62)】小学校教員が大学教員ほどに専門的なことを理解する必要はないまでも、いま小学生にやらせている勉強が大学までの高等教育の中で、あるいはサイエンス全体の中でどんな位置付けを有しているのかを教員は理解している。 #manabiai 

posted at 02:13:33

【「学び合い」教育の諸問題(63)】この「上からの」理解が「上からの」教育(=学校教育)の「先生」指導の要点なのである。〈勉強〉とは記号論的な操作に習熟することではない。「問題を解ける」だけの優等生を作ってもしようがない。 #manabiai 

posted at 02:14:29

【「学び合い」教育の諸問題(64)】「学び合い」は生徒同士の記号論的な手法(回答手法)の交流に「活発さ」を認めているが、そんなものは本来の学習ではない。 #manabiai

posted at 02:15:15

【「学び合い」教育の諸問題(65)】この問題は「できる」生徒をどう扱うべきか、の問題に収斂する。 #manabiai

posted at 02:16:57

御意。 RT @gumcchi: 自分はちゃんと理解していないのに、なまじテストで点がとれたから先生や親から誉められた。「誰も俺のことなんてわかってない」とずっと抱いていた違和感はこれのせいだったのか RT http://bit.ly/huXtyA #manabiai

posted at 02:23:17

私の学校ではそうしていました(笑)。シャドーカリキュラムと呼んで。 RT @gaecen: 「学び合い」は放課後にやればいいじゃん、と思うのです。授業中は先生の話が聞きたい。 RT @jai_an: 【「学び合い」教育の諸問題(64)】「学び合い」は生徒同士… #manabiai

posted at 02:49:39

【「学び合い」教育の諸問題(66)】質の悪い「学び合い」は別にして、高度な「学び合い」授業では「できる」生徒は自学教材を基にどんどん先に進んでいく(まるで公文式のように)。 #manabiai

posted at 03:06:48

【「学び合い」教育の諸問題(67)】高度な「学び合い」では同じクラス内でも進度はまちまちになる。できる生徒のできない生徒への補助指導はその余暇のようなものだ。できる生徒のその“余裕”が補助指導の質を高める。そうやって、クラス全体の「平均点」は上がっていく。 #manabiai

posted at 03:10:12

【「学び合い」教育の諸問題(68)】1対n個の集団授業では、「できない」生徒に阻害されて進めない授業進行が、学び合い授業では、できる生徒であっても、できない生徒であっても個人の“理解”の度合いに応じて進行するという利点を有している。 #manabiai 

posted at 03:10:45

【「学び合い」教育の諸問題(69)】この様(さま)は公文式に似ている。公文式は教材開発が洗練されている分、「学び合い」の必要なく、「解ける」問題を解き進むだけで螺旋状に高度自学習を進めていくことができる。「落ちこぼれ」は存在せず、進度の差だけが存在している。 #manabiai 

posted at 03:11:40

サンキューです。 RT @akikomaeker: 芦田宏直(@jai_an)先生の【「学び合い」教育の諸問題】連続ツイートは、コーチ必読です。「寄り添ってとにかく聴く」コーチング…「あり方」コーチングの諸問題と酷似しています。 #manabiai #coaching

posted at 03:13:52

【「学び合い」教育の諸問題(70)】「学び合い」授業は、非力な教材を使う分、いわば「コミュニケーション能力」育成付き公文式の様相を呈している。公文式は「人格の完成」(西川純)に向かわない分、学び合いは人間的な交流があるというもの。 #manabiai 

posted at 03:16:59

【「学び合い」教育の諸問題(71)】しかし両者(公文式と学び合い)に共通していることは、二つある。一つは、街のおばちゃんでも生徒の相手をできる程度に、教員の負担が少ない。二つ目には、操作主義的に問題を解いているだけということ。 #manabiai 

posted at 03:34:38

【「学び合い」教育の諸問題(72)】公文式や学び合いの、こういった教員を私は教員(teacher)とは呼ばない。操作主義的な教育者は、通常、instructor、trainer と呼ぶことにしている。 #manabiai

posted at 03:40:51

【「学び合い」教育の諸問題(73)】instructor、trainerは、〈(知的な)教材開発〉ができない、〈意味〉を教えないという点で、教員(teacher)とは一線を画している。学び合い教員と同様、実習教員もその意味では teacherではない。 #manabiai

posted at 03:43:34

【「学び合い」教育の諸問題(74)】専門学校の実習授業などは学び合い教育とほとんど同じ相貌を呈しているが、間違いが起こったのは、この実習授業担当者をこの学校群が〈教員〉と呼んだところから始まった。この教員達は、講義授業で生徒や学生を制御できない。#manabiai

posted at 03:48:38

ありがとう。 RT @ll777ll: .@jai_an氏の #manabiai の連続tweet為になります。

posted at 03:58:42

【「学び合い」教育の諸問題(75)】専門学校の講義授業では大半の生徒や学生が寝ている。起きているのは実習だけ。講義で寝ている学生を教える(起こす)ことができるのは〈意味〉を語れる専門性の高い教員でしかない。#manabiai

posted at 03:59:43

【「学び合い」教育の諸問題(76)】その意味で専門学校には、実習授業しかできない、つまり〈操作〉を教えることしかできないinstructor、trainer教員しかいない。つまり専門学校の教員は教員(teacher)ではない。 #manabiai 

posted at 04:02:11

【「学び合い」教育の諸問題(77)】公文式の街のおばさんほどではないが、専門学校教員も実物教材(作業)に依存している。ちょうど小学校“教員”が自学教材に依存して学び合い授業を操作主義的に進めるように。 #manabiai

posted at 04:03:47

【「学び合い」教育の諸問題(78)】専門学校の教育のもう一つの柱は、実習主義と並んで資格教育であるが、それも解法手法を教えることに留まる操作主義という点で実習授業の質とまったく同じ。 #manabiai

posted at 04:09:38

【「学び合い」教育の諸問題(79)】実習教育であれ、資格教育であれ、専門学校の教育は、知的であること、問題や事柄の意味を理解することではなく、「解ける」こと、作業が「できる」ことを重点に置いた操作主義的な教育を伝統にしている。 #manabiai 

posted at 04:11:22

【「学び合い」教育の諸問題(81)】大学へ進んだ者なら勉強しなくてもわかるのは、どんな三流大学でも、高校までの教員とは一線を画した専門性の高い教員が存在していることである。〈仕事〉を超えて勉強が好きな人間が世の中にはいることくらいはバカ学生でも気付いている。 #manabiai

posted at 04:21:31

あんまり真剣になる必要ないよ(笑)  RT @izumirumirumiru: 息苦しくなってきました(汗 RT @jai_an: 【「学び合い」教育の諸問題(78)】専門学校の教育のもう一つの柱は、実習主義と並んで資格教育であるが、それも解法手法… #manabiai

posted at 04:26:22

こっちじゃなくてこっち→。http://bit.ly/icCWYG   RT @shimura: 追加。RT @jai_an 【学び合いの諸課題(53)】まだまだ続く #manabiai http://togetter.com/li/102441

posted at 16:17:29

last update 06/02 01:54

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