|
Twilog ホーム
» @jtba_talk
» 2012年01月14日
#jtba 初期仏教月例講演会『気づきの迷宮 サティの実践とは何か?』_φ(・_・「現象(幻像)世界: 私たちの認識・知識・知る世界が現象です。情報を主観で組み合わせて、作り出した世界なのです。夢、幻覚、幻、蜃気楼などの例えも使っているのです。」スマナサーラ posted at 18:59:48 #jtba _φ(・_・ 猫や犬がどんな音の世界に居るか分かってますか? 同じ音を兎が聴く、私たちが聴く、どう違うか? 兎さんは演歌もクラシックも聴きませんが、彼らにも音の世界がある。耳朶のない蛙さんにも音の世界がある。そう考えると不安になりませんか? スマナサーラ posted at 19:05:44 #jtba _φ(・_・ 一人一人の認識の世界は個体に閉じ込められている。個の数だけ違った認識世界が成り立っている。私の認識は私の主観であって、客観的なデータと関係無くなっている。この状態をあらわす沢山の仏教語がある。スマナサーラ posted at 19:08:55 #jtba 幻は事実になる。◎「私は」知っている、感じている、経験している、考えている、理解している、分かっている、調べている、などとする。人にはこれが「事実・真実」です。しかしそれは主観で作りあげた、合成した、組み合わせた概念です。それが知識範囲(認識範囲)です。スマナサーラ posted at 19:12:25 #jtba _φ(・_・ 生命は幻覚だけを識っている。◎生命は皆、異なる。虫などに何万個卵が生まれても、皆違う。何故、私とあなたが似ていないのか? なぜ私はパンが好きなのに貴方はご飯が好きなの? 生命の認識世界が互い違いだぁら。反応も感情もまた、互い違い。スマナサーラ posted at 19:19:27 #jtba _φ(・_・ あるのは私だけの(嘘の)世界。自分だけの幻像の世界を作って、それが事実だと思って生きている。私の世界は他人に知ること、経験することは不可能です。…暗黒の中にいるようなもの。スマナサーラ posted at 19:23:44 #jtba _φ(・_・ 私の世界が貪瞋痴の感情で汚れて、常に竜巻が起きているのです。(世の中の問題って、とどのつまり、各々の生命の認識世界のぶつかり合いです。)スマナサーラ posted at 19:30:12 #jtba _φ(・_・ (これ、解決方法すら存在しない。)◎二次、三次の災害:煩悩は煩悩を作る。妄想は更に妄想を作る。悩み苦しみは更に悩み苦しみを作る。その上、なぜ生まれた、死後どうなる、私とは何か、神がいるか否か、魂の有無、唯物などの思考でも足を引っ張られる。スマナサーラ posted at 19:34:53 #jtba _φ(・_・ 人間がいくら「高尚」な事を考えても、それは幻覚・妄想以外の何者でもない。なぜ他人と闘うのか? 自分の幻覚と他人の幻覚が違うから。他人の幻覚に腹を立てて潰したくなる。スマナサーラ posted at 19:44:35 #jtba _φ(・_・ 他と争う、恨む、敵視する、争論する、他を支配しようとする、騙す、裏切る、宗教・哲学を作る、儀式儀礼行などをする。占い・迷信などに依存する。夢を作る。希望・願望を膨らます。スマナサーラ posted at 19:47:34 #jtba _φ(・_・ papaNca (現象)の世界:情報を捏造して自分だけの特有の世界を作ってその概念にしがみついて、執着して「我輩は何でも知っている」という調子で生きている事は、papaNceti(動詞:現象を作る)と言います。スマナサーラ posted at 19:51:11 #jtba _φ(・_・ ブッダはpapaNcaを破ることnippapaNcaを推薦します。それで無智から「無」が取れる。(智が現れる。)nippapaNcaはnibbAna涅槃と同義語。スマナサーラ posted at 19:54:18 #jtba _φ(・_・ 「我は思う」とはpapaNca(捏造)を作る原因です。その原因を根絶すること。また何かの渇愛が残ったならば、常にsatiあることで無くす。mantA asmIti 我は思う とは一切の悩み苦しみの原因です。スマナサーラ posted at 19:57:52 #jtba _φ(・_・経典から学ぶ 中部18 madupiNDika-sutta 某バラモンが釈尊に訊く。「貴方は何論者ですか?何を語る?」答えはnippapaNca という言葉を使わないでnippapaNca説明。バラモン、ポカ~ンと帰る。比丘達が説明を求める。スマナサーラ posted at 20:05:31 #jtba 人は捏造した概念を使う理由・原因がある。それに囚われてならない、喜んではならない。ただそれだけで(諸々の)…潜在煩悩は消える。ただそれだけで、武器を持つこと、闘うこと、物別れ、論争、嫌み言うこと、二枚舌、嘘つきなど消える。…スマナサーラ posted at 20:10:17 #jtba _φ(・_・釈尊はそれ以上語らず出てゆく。マハーカッチャーナ尊者が詳しく解説。六根に六境という情報が触れる。触れたら感じる。感じた者が概念(想)を作る。概念ができたら思考する。スマナサーラ posted at 20:14:04 #jtba _φ(・_・ この思考を捏造する。それから過去・現在・未来に渡って、捏造概念を使う。感じた瞬間「我」起きているからpapaNca起きている。しかし妄想する事で貪瞋痴でかき回されて悪性papaNcaが生じてしまう。スマナサーラ posted at 20:18:18 #jtba _φ(・_・六根に絶えず入る六境という情報を処理する仕方間違ってるので、幻像・捏造概念ばかり起こる。概念を貪瞋痴で固める。…アジタ行者の問い:世は何に覆われている?「無明に」スマナサーラ posted at 20:21:47 #jtba _φ(・_・ なぜ発見しない?「疑vevicchAと放逸pamAdAがあるから」この状況を固めるのは何?「妄想の回転です」その危険性は?「苦が起こることが危険です」凡ゆる方向から(心に)絶えず流れ(六つの津波)が入り込む。どうすれば止められますか? スマナサーラ posted at 20:26:40 #jtba _φ(・_・ sati 気づきの働き:papaNca捏造、煩悩、妄想、概念のかき回しをストップする堤防として働く。 (日常語の気づき、awareness と関係ない)捏造という津波に堤防として働く時のみ、仏道が語るsatiです。スマナサーラ posted at 20:43:12 #jtba _φ(・_・ sati によって心の激しい荒波が無くなって静まってくると、ありのままに知ること(正知)ができる。その時の発見は智慧という。智慧現れたらpapaNca停止する。一切の苦しみから脱出する。(これが仏道のすべて。言うは易し…)スマナサーラ posted at 20:47:13 #jtba _φ(・_・正見〜正念へ(中部107 大八十経)より。仏道は正見が先頭に始まる。(俗の正見と聖なる正見がある。)正見で邪見無くすために精進する。sati念によって正見に達する。正見を中心に、正見、正精進、正念が働く。スマナサーラ posted at 20:51:21 #jtba sammAsati →micchAsati (正念・ただしい気づき と 邪念・まちがった気づき)ペアで語られている。しかし経典にsati とsamAdhi のmicchA バージョンの説明はない。satiは仏教特有の用語で、俗世間の気づきと違うという意味でしょう。 posted at 21:01:14 #jtba 仏教のsati,samAdhi善以外にあり得ない。micchA成り立たない。◎「気づき」sati の意味 1解脱に達する修行方法(用語) 不放逸appamAdaはsatiと同じ意味です。2記憶作用。人の日常の気づきにはsati使わない。スマナサーラ posted at 21:05:47 #jtba _φ(・_・俗世間の気づきでは、欲と怒りしか生まれない。修行としての気づきは、四念住経satipaTThAna suttaで説かれている方法のみです。「身体に気づけば(身念住)、全ての川が大海に集まるようにすべての善がそこに集まる。」スマナサーラ posted at 21:10:42 #jtba _φ(・_・言葉を使ってsatiの訓練をする。しかし言葉は概念妄想捏造でもある。だから厳密に真剣に現在の現象にのみ、確認・気づきを行う。自分の身体以外に意識が行かないように心内向きにする。「正にいま、正にここ」right now, right here.スマナサーラ posted at 21:14:27 #jtba _φ(・_・記憶と気づきがダブる。明確に記憶satiと気づきsatiを区別しようとしていない。記憶能力は高く評価する。satiの反対はmuTThassatiです。集中力ない、放逸、…だらしないという意味です。ですから意味間違う可能性も。スマナサーラ posted at 21:17:27 #jtba _φ(・_・アビダンマや注釈書の定義は…略。その中でapilApanatA「注意を呼び出す」という意味を使って修行のsatiを説明している。いま現在の状況をあえて心の入れるのもsatiです。スマナサーラ posted at 21:24:42
|
last update 06/03 18:08
ツイート検索
Recent
Archives
Friends
Hashtags
Stats・Feed |