kaori_garden

かおり シャーマン・アート・セラピスト

kaori_garden

ツイートの並び順 : 新→古 | 古→新

表示するツイート : 全て | Replyを除く | Mentionを除く

Twilog ホーム » @kaori_garden

2012年05月31日(木) 3 tweets

ソース取得:

水面に映りこむこの世とあの世の心象風景。世界は手を伸ばすと吸 い込まれそうな、水の鏡に結ばれながら結晶する、美しく描き出さ れた幻のようです。 http://t.co/pN5vX7sZ

posted at 22:31:37

夜の公園を歩いています。お月様と街灯の灯りが囁きあう風の歌が 聞こえます。森の木々たちが、そっと耳を傾ける深く静かな夜。や がて私も一本の木となり、世界はひとつに溶けていきます。 http://t.co/xuisCLRj

posted at 22:05:15

もし、きみが、バンパイアになってしまったら、それでもぼくはきみを、いつまでも愛し続けるだろう。けれど、もし、きみが、バンパイアになってしまっても、決してぼくはきみに、ぼくの血を、一滴たりとも与えないだろう。〜幻のラブレターズ『バンパイア』 http://t.co/9dbfO7d8

posted at 00:13:56

2012年05月30日(水) 8 tweets

ソース取得:

人のために生きる喜びが、自分の喜びになるのは、そこには愛があるからです。人を愛したいと内側から溢れ出す心を、人に注いでいくことそのものが自分の喜びだからです。人の幸せを自分の幸せと思える心は、何も得ようとしなくても、雨に潤された世界にはたくさんの美しい花が咲きます。

posted at 20:04:53

世界の鍵は、常に自分自身の心のなかにあります。人に明け渡す必要はないのです。自分の置かれた状況は、常に、誰かにそうさせられているのではなく、自分自身が選び取って生きているということを、しっかりと認識する事から、心で生きる世界は開かれていきます。

posted at 20:03:54

同じ行動をとっていても、内側の心にある想いの違いによって、何故訪れるものがこんなにも違い、行き先は天国と地獄の違いが出てくるのか。それらはすべて、目には見えない心の力がなせるわざが、現実を質的に変えていくことの証です。

posted at 20:03:00

本当は、我慢も、何かのためにそうしたいと願ってすることならば、それも喜びに繋がっていきます。自ら選んだ苦労に学び成長していく心があれば、我慢が自らの心を穢したりなどしないのです。けれども、誰かに我慢させられていると人を恨むから、自分の首を絞め自分を不幸にしていくのです。

posted at 20:02:06

誰かのために生きることが自分の喜びに繋がる人は、与えて与えられる感謝に満たされていきます。けれども、誰かのために生きることが自分の我慢になってしまう人は、誰かのせいで我慢しなくちゃいけない虐げられた自己は主体性を奪ばれ、誰かへの恨みを心に抱いていきます。

posted at 20:01:08

その分かれ道は、誰かのために生きることを、それを自分の喜びと感じているか、それを自分の我慢と感じているかで、同じ誰かのために自分を生きていることでも、まるで意味合いが違ってきます。

posted at 20:00:27

けれども、誰かのために生きることが、自分のために生きることにまるで繋がっていかないことがあって、どうしてそういうことが起こるのか、そこにも光と闇の分岐点が、心のどこかにあることを感じます。

posted at 19:59:39

自分のために生きることと、誰かのために生きること。このふたつが同時に満たされるとき、はじめて人は幸せで居られるんだと思います。

posted at 19:58:45

2012年05月29日(火) 16 tweets

ソース取得:

我が家の亀田亀吉デカデカ亀次郎、今年もまた性懲りもなく脱走! ε=┏( ・_・) ┛世界はここでも亀の御池はブレイクスルー。見張りの竹千代、猫 脱走願望肥大中( ・・;) http://t.co/WMWOyexr

posted at 13:40:13

深夜に地面に開いた穴の意味。世界はそれぞれの心のなかに源はあります。目の前の現実に対して、無力である人など誰ひとりとしてありません。どうか、繰り返し忍びよる魔を破り、七色の蝶々空へと。

posted at 11:27:40

自分自身を苦しめる欲望など、必要ないものです。要らない欲望の魔物の誘惑を断ち切る強さは、世界の闇に風穴を開けるブレイクスルーの瞬間です。

posted at 11:25:31

希望と欲望とを見分ける、心の目を持ち、果てしないポジティブという、凶暴な純白から闇へと染まる道を歩まない、グレースケールのバランス感覚を育てることは、とても大切です。

posted at 11:21:57

生きていくためには希望が必要です。けれども、希望が大きくどこまでも肥大していくと、いつしか希望は欲望という魔物となって、自分の首を絞めはじめます。

posted at 11:19:00

自分の心の苦しみを生み出しているのは、繰り返し得ようとして果たされない、果てしない欲望と執着が自らの内側にその根源があることを知り、自分自身の見たくない嫌な感情が、その根っこにあることを見つけて、認めてしまう所から、はじめて、本当の癒しの世界は開かれます。

posted at 11:16:18

不思議なもので、得ようとすると決して得られないものが、手放そうとすると、どこからともなく何かが降ってきて、ポンッと、目の前に、願ってもないものが、当り前みたいに置かれていたりします。

posted at 11:14:44

では、どうすればいいのか?繰り返す心の苦しみから逃れるために大切なことはひとつだけ。それは、今度こそ、得ようとはせずに、今度こそ、手放そうと、そう願い、自ら得ようとする心を退けることです。

posted at 11:00:17

何度も何度も、再び失い、また最初からやり直しになることは、得ようとする心が得られない、苦しみの世界の渦を生み出します。それが心の地獄であり、心が魔に呑み込まれてしまうということです。

posted at 10:59:23

ところが、今度こそきっとうまくいく、もう一度チャンスが再び巡ってきた、そのリベンジに挑む心は、今度こそ得よう得ようとして、再び失います。

posted at 10:57:27

同じことを繰り返してしまうのは何故か、そこには深い理由があります。そもそも、人は、やり直すために生まれてきて、乗り越えることで、いつしかきっと、もうやり直さなくてもいい自分になれることを無意識に願っています。

posted at 10:56:26

頭では解っているはずなのに、同じ過ちを何度も何度も繰り返し、同じ落とし穴に何度も何度も落ちながら、人は、そこには見えない落とし穴が存在することに気付いていきます。

posted at 10:54:46

自然の摂理は、陰陽の巡りのなか、絶望のどん底には必ず一筋の希望の光が差しこみ、明るい希望の光には必ず光を縁取る闇が存在します。

posted at 10:53:20

ほとぼりが冷めて、個々の持ち場に戻れたはいいものの、同じ過ちを繰り返そうとしていないか、知らぬ間に、また渦に呑み込まれようとしていないか、人は常に心の目を洗う必要があります。

posted at 10:51:17

このところ気になるのが、集合意識のなかに、所々、魔が射し始めたことです。

posted at 10:50:15

夜だけどお祓い。不動明王が大地に丸い穴を開けた。間穴泉みたいに穴から漏れる金色の光から、空に舞う七色の蝶々たち。すべてはドミノ倒しの如く、カタカタずれる寄木細工の箱を手に、微笑む観音様。溢れる黒い川を切る神の剣。眷属の狼は口に縄をくわえて走り去る。

posted at 02:28:54

2012年05月26日(土) 6 tweets

ソース取得:

本当は、ダメな自分を隠す必要など、なにもないのです。むしろ、ダメな自分だからこそ、解らない程に隠された痛みを知る心は、誰かの口に出来ない痛みを理解するための、深い泉の水になるはずだから。

posted at 20:33:49

古い傷は、まるで皮膚の一部みたいに、目には見えなくなってしまった、かさぶたみたいな十字のお印しです。震え出したタンスの中身を出してやるために、開く十字の扉は、痛みを乗り越えてこそ始まる、深い癒しへの道筋です。

posted at 20:31:51

ある日、海に浮かぶ島が、自分は生きている山であったことを、突然思い出すように、人生のある瞬間、心のなかから何かが、出たい出たいと、ガタガタ、タンスは震え出して、止まらなくなってしまうのです。

posted at 20:30:13

無いことにして忘れてしまった心の痛みは、心のなかのどこかにあるタンスの引き出しのなかに、そっとしまわれて、まるで大地はそもそも揺るがぬ地平であったかのように、亀の甲羅は、自分自身を次第に忘れてしまう程です。

posted at 20:28:40

感じないことにしていた心の痛みは、いつしか、はじめから無いことになって、やがて知らぬまに人は自分の心を見失って、明るい嘘の世界を、傷だらけの裸足で歩いていたりします。

posted at 20:12:34

生き延びるために、人は自分の心の痛みを、どこか感じないようにして、日常を生きています。

posted at 20:11:48

2012年05月23日(水) 10 tweets

ソース取得:

わたしが忘れてほしくないと願うことは、天の岩戸はそれぞれの自らの心のなかにある、神への扉であるということです。いつの日も、その聖なる太陽の扉を、開けるか開けないか、鍵を持っているのは、あなた自身なのです。

posted at 19:22:28

変化を内側に求めるか外側に求めるかは、自らが太陽となるか、月となるかの違いです。人が太陽になるか月になるかは、自分自身が決めていることだと、知る必要があります。

posted at 19:21:21

支配者を生む心理的背景は、安定を好む集団心理にその源があります。そして、指導者が支配者の闇に染まらず、光ある道を進むには、努力により得た力を自らを満たすためには使わず、人の成長のために貢献していこうとする聖なる強き志を必要とします。

posted at 19:20:22

変わらない自分をそのままに生きていこうとする者は、強き支配者に依存して生きながら、自らの自由意志や自らの努力ではなく、他力本願な集団のコマと化することにより、自ら輝くことを手放すことを代償に、変化しない安心と安定を手に入れていきます。

posted at 18:36:59

自ら変化成長する者は、過去の栄光やエゴやこだわりを捨てることにより、自らの内なる神と出会い、輝く真我の星となり脱皮し生まれ変わっていきます。そこから新しき自らの太陽の世界を開き、指導者へと革新的に飛躍する者も少なくありません。

posted at 18:36:09

自分自身が変化していく努力を厭わぬ者は、支配の圧力を逃れ、然るべき良き指導者に出会えたとき、めまぐるしい変化を遂げます。変化は内側から、心の在り方を変えていくことが、目の前の現実を変えていく奇跡の源となります。

posted at 18:35:22

自分自身が変わりたいと思う者は、良き指導者を求め、変わらない自分をそのままに生きていたい者は、強き支配者を求めます。

posted at 18:34:25

指導者と支配者の違いは、人を育てる志を持つか持たないかの違いで、両者の間には、光と闇の境界線が存在します。

posted at 18:33:31

山に入ること、それは、一度死んで、もう一度新しく生まれること。今日山でちゃんと死んで、ちゃんと新しく生まれてきて、だから今夜はこんなにも、生きてることが、幸せなのかなあ。三峰のお山の神様ありがとう。

posted at 00:11:20

不思議なことには、滝の水に濡れた上に、更に、雨に濡れても、何故こんなに幸せなのか、里ではあり得ないことです。もしかしたら今日の山で人の六根は浄められて、人も森の木々の仲間になれたのかもしれません。

posted at 00:10:05

2012年05月22日(火) 10 tweets

ソース取得:

なんというか、自分が辛いとかしんどいとか、そういうことを全部投げ出して、思い切りよく自分をすっぱり捨て去って、神様に全部預けてしまうと、何故だかその瞬間から、神様の方からたくさんのミラクルがどんどん降りてくる、としか、表現しようのない状態が今日もたくさんありました。

posted at 23:46:28

滝行は一人ずつ、行付けするので、先達の私は長時間、滝に入ったままなのですが、神様を降ろしてると、身体は熱いし水はあったかい甘露水だし、疲れるどころか、ますます元気になるこの不思議。ミラクルです。

posted at 23:43:02

今日の滝行も、劇的ビフォーアフターの数々でした。各々滝に入る数日前から何か内側からどんどん込み上げてきてた得体のしれないどろどろが、すっこーんっ!と忽然と禊がれて、魂がピッカピカの赤ちゃんみたいに光ってきます。何度見てもスゴいです。嬉しくなります。

posted at 23:40:34

山を登り、滝に打たれ、雨に濡れながら、終始一貫して感じ続けていた、えもいわれぬ幸せ感。何でしょう。何も要らない、すべてある、満たされた透明な感覚。神域に入ること、神様の懐に浸ること、そこにあるのは至福の歓びです。

posted at 23:39:37

お山が笑ったりするだけでなく、滝には、男と女の違いもあります。今日の滝はもちろん夫婦です。

posted at 23:33:36

前回麒麟を見た場所で、お山が、笑うのを、はじめて見ました。そしてお山は語りかけました。笑ったり泣いたり、しゃべったりするのは、やっぱり、お山は神様だからです。

posted at 23:31:58

美しい新緑輝く明るい曇り空のなかでの滝行、後に雨となり、霧が立ち込める幽玄なお山は、神様が静かに微笑む八雲の世界です。

posted at 23:29:14

本日の三峰山登拝滝行、つつがなく大神様にお導きお見守り頂き、それぞれに素晴らしき修行となりました。 http://t.co/av0dGagl

posted at 23:25:59

山に入る修行者は、ご神体であるお山の聖域に入り、俗世で穢れた六根を浄め、正しき神の道を目指します。どうか、道中つつがなくお見守り頂き、良き修行の世界が開かれますように。

posted at 08:28:07

金環日食の翌日、今日は奥秩父三峰のお山の登拝滝行に向かっています。予報の雨は曇りに留まり、明るい雲の天に感謝と、願いを託します。

posted at 08:27:16

last update 06/01 17:26

ツイート検索

«2012年6月 
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 

Recent

Archives

» more...

Friends

» 全てのFriendsを見る...

Hashtags

» 全てのHashtagsを見る...

Stats・Feed