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» 2012年02月
シンプルに、シンプルに、とことんシンプルに。物事の判断は、まず自分の感じ方を基本に。自分の胸の内に耳をすませて。すると、そんなに欲求ってないことがわかる。食べ物でも何でもそうだけど、素材そのものの味わいが、わかるような状態でいたい。 posted at 01:17:28
半導体メーカーエルピーダの倒産は、日本の製造業の一つの曲がり角を象徴している。優秀な技術、合理的でグローバルな経営、落ちたとはいえ世界シェアの12%。にもかかわらず、完全に贅肉を削ぎ落したもの同士の勝負で、強者サムスンに蹴散らされる。グローバルや合理性は1強多弱となるだけか。 posted at 11:45:49
@koikehiroshi キースの live in pari1999 。以前はそんなにいいと思ってなかったけど、最近よく聞いています。すごく気持ちがいい。 posted at 21:25:01 私も。ケルンコンサート等ソロはちょっと浸りすぎですが、トリオはいいです。最近ほぼ毎日聞いてます。"@koikehiroshi: 昔からずっと聴き続けてきてはいるが(略)キースの場合、ソロではなく特にトリオの演奏である。理由をゆっくりと考えてみたいが、非常に今を穿つ印象が強い。" posted at 21:18:28 慌てなくてもいいんじゃないか、という気がしてきた。二者択一ではなく、準備をしながら、世の中をしっかり見据えながら、学習しながら。そう簡単に、新しいことをできやしない。でも、本気なら、きっといつかできる。タイミングの問題だ。 posted at 20:50:53 昨日の夕方、アンティークの食器棚が届いたので、夜遅く、塗装仕上げをした。部屋の中がニス臭い。そして散らかり放題。朝から片付け。食器棚にしては、ちょっと風格がありすぎるかなあ。でも、家具は、”一生使えるようなもの”が好き。 posted at 11:16:35 メディア芸術祭?! http://t.co/6l2VADt7 posted at 01:09:37 小さなヒントでも構わないからとシンポジウムに出かけてみたが、どこかで聞いたような話ばかり。人の話からヒントを得ることは、もはやほとんど無くなっている。 posted at 00:19:19
Publish sync for Google+ & Facebook connected successfully!: http://t.co/5HW1HNmd posted at 17:13:41 トムさんがポロリと口にした千人の熱心なファンが一年間に1万円ずつのお金で、表現者を持続的に支える仕組みに、新しさを感じた。地方の活性化も、同じではないか。 posted at 16:44:56 メディアが一気に動くというやり方は、集まるところに必要以上に集まりすぎて内容が損なわれ、集まりにくいところに、いっそう人が集まらない。集まったところにお金が動いても、儲けるのは一部の人間のみ。しかも、メディアの取り上げかたは単純な切り口で、関わりも浅いから、ブームは長く続かない。 posted at 16:42:24 いくつかメディアが右へならへと追随して入りきらなくなるほど人が集まった展覧会を成功事例で出していたが、それは10年後に目指す姿ではなく、10年以上前からずっと続いているマスメディア社会の弊害。 posted at 16:37:01 10年後を睨んで、地域社会の活性化やメディアのことを考えるうえで、出演者の一人のメディア関係者が主張するような、一気にメディアを動かして大勢の人を集めて金につなげるという考えは、古い。話が単純なので、その単純な正しさに異論を出しにくいが、その方法の問題点から目をそらしてはダメだ。 posted at 16:25:09 個人表現者のコミュニティをどう形成するか。私もずっと考えてきたけど、何を表現しているか、表現しようとしているかが、先の問題だと思う。システムにうまくのりやすいものの方が、一般的に陳腐。システムに乗りにくいものの伝えかたが難しいんだよね。 posted at 13:31:00 文化庁の主催ということで、ずいぶん立派な会議室で、立派な出演者を用意しているのだけど、見に来ている人が少なすぎるね。このためのツィッターを作ったとスライドで見せたけど、フォロワーが25名くらい。どれだけお金を使っているのか知らないけど、もっと盛り上がるやり方、あるんじゃないの。 posted at 13:23:38 ミッドタウンで開催の、メディア芸術部門会議へ。「新たな才能を社会につなげる。」モデレーターは、トムヴィンセント。出演者の一人、フィギアメーカーの老舗、海洋堂の宮脇修一社長には、風の旅人を定期講読していただいていた。 posted at 12:55:57
渋谷駅も新宿駅もすごい人たち。金曜日の夜なので、みんな飲んでいる。いつも不思議だと思うのは、この国は不況のはずなのに、繁華街は人でいっぱいだし、デパートも混んでいるということ。地方に行けば、すっかり寂れているけど、東京は、線香花火の最後の放電みたいなものなのだろうか。 posted at 22:26:08
その人は、脊髄の病気になるずっと以前、工場で機械に巻き込まれて指を一本失っていた。その時も相当なショックを受けたであろうことは想像できる。同じ悲運に見舞われても、人によって、なぜここまで受け止めかたが違ってくるのだろう。 posted at 15:38:36 とにかくトイレを自分でできないことが辛くて、奥さんが側にいない時、オムツが嫌なので、床を這ってでもトイレに行き、腕の力だけで便器に座り、用をたすようになり、やればできるという手応えを、つかんだようだ。とにかく性格が明るくて前向きだ。なせばなる、という性格は、不可能を可能にする。 posted at 15:31:43 先ほど取材した人は、1年前に脊髄の病気で下半身麻痺になり、医者からは、二度と歩けないと宣告されたのに、自分がおかしくなったら家族もおかしくなってしまう、そうなるなら死んだ方がマシ、落ち込んでいてもしかたがないと開き直り、リハビリに取り組んで、歩行機を使って歩けるまで回復した。 posted at 15:25:13 等々力で介護現場の取材を終えて、これから葬儀会社のコンサルの為、篠崎まで移動。東京の西の端から東の端へ。生命の尊厳を考える現場から、死の尊厳を考える現場へ。 posted at 15:20:35
当たり前の事だけど子供は親の思うとおりにはならない。むしろ親がそうしろと言うのと反対の方向に行く。勉強させたければ勉強しろと言わない方がいいし、勉強させたくなかったら勉強しろと言い続ければいい。海外になんか行かせないと言えば行くだろうし、ウチの息子みたいに行けと言えば嫌だと言う。 posted at 00:35:24 長男は、中学受験をしたいというので、かってにすればいいよ、でも夏のシーズンが終わるまで野球を続ける事が条件だよと言ったらその通りにした。次男は、絵が上手だったので、きみは、お兄ちゃんの真似をせず勉強をせずにいたらどういう人生になるか試せばいいと言ったら、急に勉強すると言い出した。 posted at 00:31:16 人間の幸福感は、どういう欲求を持っているかによって違ってくる。人生において何が正しいかではなく、どういう状態が自分にとって幸福かが鍵になるので、進路に迷った時は、自分がどういう欲求を持っているか、心に耳を澄ませるしかないだろう。人と同じ幸福像が、自分に当てはまるとはかぎらない。 posted at 00:24:46 今年は、生き方を大きく変える年だと予感する。これまでが悪いということではないのだけど、これまでの延長線上に人生を描くのではなく、これまでを肥やしにして、その土地を耕して、新たな芽を出すという感じかな。 posted at 00:09:21
今日は、明大前のキッドアイラックホールに、源氏物語の朗読を聞きにいきます。 http://t.co/aRmFabe6 posted at 12:10:25 @takenokouer ぐいのみ 1600円 posted at 08:03:52
今日買った漆塗りのぐい呑みと、南部鉄に漆塗りの片口。会うべくして出会ったような二人。 http://t.co/SpUdyTjV posted at 23:16:35 西荻窪に魯山という渋い店があって、岩手で買った南部鉄に漆塗りの片口にぴったりと合うぐい呑みを見つけた。その後、坂本屋でカツ丼を食べて、ソーセージハウスもぐもぐに寄って、慈光まで足をのばすと、品のいい書棚があったので思わず買ってしまった。 http://t.co/dDHPo2t4 posted at 23:15:22
教育方法や表現方法におけるイギリスと日本。どちらが良いか悪いかではなく、それぞれの長所と短所がある。でも今の日本は、カタログ的なものがあまりにも多すぎて、その水平的な広がりのなかで、どれも同じように見えて、食傷気味で、垂直に掘り下げたものが、ぐっと心に迫ることも事実。 posted at 00:20:50 日本でクリエイティブと言う時、心の動きに対して、そこまで執拗ではないケースが多い。もっと表面的な部分で、面白いとか好きとか嫌いとか。だから映像表現も、水平的でカタログ的になりやすい。イギリスは、心に引っかかった部分に時間をかけて垂直的に迫っていく。それがBBCとNHKの違いか。 posted at 00:17:19 映像表現においても、日本は、論理的整合性を重視する。だから、どうしてもカタログ的になる。イギリスは、自分の心の動きが先にあって、なぜそのように心が動いたのかを執拗に追い求める。その姿勢をクリエイティブとみなし、作品づくりにも、それが反映される。 posted at 00:12:50 私もトムの意見に賛成。ならばその違いがどこからでているのか。例えば教育において、日本は非常に論理的な秩序を重視するが、イギリスは、なぜそう思うか?というクリエイティビティを重視すると彼は言う。彼の言う論理的な秩序とは、ようするに、要素の整合性のことだ。 posted at 00:08:41 WEBで日本の写真を海外に紹介していくことについて、トム・ヴィンセントと語っている時、彼は、日本と欧米の映像表現がまったく違うと言った。それは、BBCとNHKのドキュメントを見比べば歴然だと。技術も、機材の質も、そんなに変わらない。でも、伝わってくるものは、まるで違う。 posted at 00:04:53
石元泰博さんの「ある日 ある所」の中身を初めて見た。1958年に日本で発行。今から50年以上も前に作られたとは思えないほどの斬新さ。川田喜久治さんが、衝撃を受けた理由もよくわかる。 http://t.co/8BRDpu7s posted at 23:55:45 千葉県境の篠崎から王子への移動、遠すぎる。地下鉄の乗り換えも、はてしなく遠い。 posted at 16:49:52 これからコンサルの仕事で行く葬儀会社も、その後に行くバス会社も、日本の経済構造がドラスティックに変化するなかで、10年後をみすえた改革に取り組んでいる。急激な成長は望んでいない。堅実に成長しながら、どんなことがあっても倒産せずに雇用を守れる会社のビジネスモデルを模索している。 posted at 13:41:21 新しいホームページへの取り組み第一歩。旅と映像と、その他諸々・・・。今日の打ち合わせの相手は、「In 神山」の立ち上げ等で知られるトム・ヴィンセント。今年の正月、高野山にこもった後に立ち寄ったのが、徳島県の神山町。偶然だが、トムは、神山と関わりが深い。不思議な縁でつながっている。 posted at 00:39:58
Facebookも、試してみる事にした。 posted at 23:30:51 テレビの中で、なんとかネットワークの代表の女性が、今日的な風潮で正しさが保証されやすいことを、自信満々の顔で主張していたのだけど、正しいかどうかは、やっている物事で決まるではなく、やり方によって変わってくること。正義の旗を掲げれば、方法や内容がなんだっていいわけでない。 posted at 00:10:08
「きすけ」という店の煎餅をもらったのだけど、これが意外とうまかった。見栄えはパッとしないのだけど。http://t.co/brw1OxBZ posted at 13:07:13 @rurirurim そうです。リーフの形です。昨日の夜、久しぶりにいただきました。 posted at 09:30:28
剣の達人も、相手が切り掛かってきた剣を見て確認してから、それに合わせて自分の剣を切り出しても、手遅れだ。流れを読み、どこから、どの方向に、どのタイミングで剣が出てくるか、わかっていなければならない。石元さんの写真も、それと同じだろうと思うことが多い。 posted at 23:23:34 石元さんは、剣の達人のように対象の本質を一瞬にして切り取ってしまう。よくもまあこの一瞬にシャッターを押せたものだと感心する写真は非常に多い。シャッターチャンスを見つけてからカメラを構えて撮っていては、撮れない写真ばかり。次にくる光景が、一瞬早く脳裏に見えていたとしか思えない。 posted at 23:20:50 私は、風の旅人のなかで、石元泰博さんの写真を、最近の渋谷(11号)、桂離宮(20号)、日本の風土と祭り(21号)、伊勢神宮(22号)、東京の50年(36号)、色と形と称した曼荼羅世界(43号)と日本に焦点を当てて紹介し、有名なシカゴをはじめ、アメリカの風景は一度も紹介しなかった。 posted at 23:17:37 石元さんも奥さんも、白金台にあるエリカというチョコレート屋のミントチョコが好きで、五反田のご自宅でよくいただいたなあだと思い出していたら、会葬返礼品が、そのミントチョコだった。 posted at 19:47:23 石元泰博さんの通夜に参列。6年前に奥さんの滋子さんが亡くなってから、写真を美術館に寄贈したり写真集をまとめたり、すこしず、この時を準備していた。晩年、滋子さんとともに、日本のことを憂い、熱く語っていたことが、思い出される。 posted at 19:33:11 フェニキア文字革命と、源氏物語〜「あちら」と「こちら」の境→http://t.co/pNHYUXQ6 posted at 15:11:23
テレビのように、余白を完全に閉め出してしまうと、ぼんやりと考える余地がなくなるなあ。未来につながる着想って、ぼんやり考える余白の中から生まれてくるのだと思うのだけど、余白がまったくなくなってしまうと、とめどない現代の過剰な再生産ばかりになる。 posted at 23:40:07 久しぶりにマックでテレビに接続して見てみると、テレビって、ほんと余白がないなあ。大きな声、大きな笑い声、余白を恐れるかのように、次から次へと、にぎやかな音や声や動きを入れてくる。少し見るだけで、かなり疲れる。 posted at 23:37:57 今日、大小いろいろ額縁を買ってきて、家にある写真を額装した。額に入れると、一つ一つの写真がぐっと引き立ってくるから不思議だ。白いマットの余白が利いている。何事も余白って大事。事物の力を引き出してくれる。 posted at 23:34:21
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last update 06/02 17:45
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