@obuchan 1739年11月4日の会を導いたのは御祖師でなくモラヴィア派のスパンゲンベルク君でした。同君は静寂主義者で、祈り、聖書朗読、賛美、説教、聖餐を停止し、救いを感じるまで何もせずにいるよう指導したのです。御祖師はこれに異を唱え、同君から袂を分かつ結果となりました。 posted at 09:16:46 @obuchan 当時カトリック静寂主義のガイオン夫人の著作がクェーカー派とモラヴィア派に多大な影響を与えており、祖師もガイオン夫人の著作を読んでいましたが、祖師は、霊の完全な受動性により魂と肉を否むという教説は取らず、むしろ、恵みの手段の活用と能動的な愛の完全を説いたのでした。 posted at 14:55:46 @obuchan ガイオン夫人の著作はその後も、カルヴァン主義メソジスト派のジェシー・ペンルイス、特定救済バプテスト派のスポルジョン、そして、ウォッチマン・ニーに多大な影響を与えました。ニーの『霊の人』はガイオン夫人の影響が特に強く出ていると思います。 posted at 15:35:37 @obuchan 祈りによって義とされるのでもなく集会出席によって義とされるされるのでもなく、ただ完成されたキリストの御業に信頼することによって義とされる。だが、義とされるために、祈るな、集会を止めよ、聖書も読むな、という指導がなされた場合は、祖師は猛反対するということでしょう。 posted at 17:38:55
この日のついーと: 08:03 @obuchan 神は石ころからアブラハムを創り出すことができる、と主イエスはおっしゃってますね。それゆえ、神は、石ころ、または、あばら骨、を使って...と考えられるで.. http://bit.ly/Pg0cu posted at 03:38:23
「アブラハムの例外」の問題は大きいですよね。信仰による義の父であるわけですから。アブラハムでさえ例外は無い、とすれば、答えは当然。。。なわけですが。RT @obuchan: @makotoyamaya セカンドチャンスをめぐる神学論争、面白かったです。 posted at 22:23:55
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last update 06/03 18:14
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