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» 2009年09月
幽霊の正体観たり枯れ尾花 新聞の正体観たり記者クラブ posted at 19:49:36 救いは、イエスへのただ一度の「はい」である。聖潔は、イエスへの生涯にわたる絶えざる「はい」である。「はい、イエスさま、はい」 posted at 19:40:43 福音が正しければ、キリストはわれらという小舟に乗っていたもう。われらが歩むと共に歩み、われらが見るを共に見、われらが食べるパンを共に食べ、われらが聞くを共に聞き、われらが伏すと共に伏し、われらが起きると共に起きたもう。しかもご自身をわれらに強いず、静かに「はい」を待っていたもう。 posted at 18:38:08 「はい」と応答するとキリストが聖霊を通してうちに住みたもう。キリストがわれらの無力な意思を担いたもう。ひとは自分の意思を、恐れに任せるか、不安に任せるか、怒りに任せるか、失望に任せるか、疑いに任せるか、キリストに任せるか、日々刻々決めなければならない。「はい、イエスさま、はい」 posted at 18:09:42 この福音の招きに「はい」と応答するとき、すでに救われているのである。なぜなら、その「はい」は、宇宙の唯一の結合点であるキリストを介し、神の恩恵が、ひとの無力な意思のうちに注入され、強められ、生かされて出て来たところの「はい」だからである。心に信じ口で告白するだけで、救われている。 posted at 17:54:02 「わたしたちはキリストのからだである」この事実に立つなら、自分の救いを疑うことはナンセンスである。キリストはご自身のからだを否むことが出来ないのだから。救いは、キリストがかしらであるという宇宙的な事実による。わたしたちの感情、事情、状態に左右されない永遠盤石の事実である。 posted at 17:38:59 夏期制服は今日で最後。明日からネイビーブルーのウールのジャケット着用です。 posted at 17:07:11 秋の蚊。最後の生き残りをかけて必死だ。どうやってもつぶせない。 posted at 17:03:56 まあ、ゆっくり気長にやりなさい、ってことなのかも。Festina Lenteですね。 posted at 00:24:51 たぶん神様はエンドと同じぐらいプロセスを重んじてらっしゃると考えるしかないんじゃないだろうか。十字架と復活というエンドを導き出すのに一瞬でもできたはずなのに、アブラハムをお召しになって数千年を費やされた。エンドを簡単にすぐ手に入れたいコンスーマ・スピリチュアリティとは対極かも。 posted at 00:21:43 朝起きたら何の苦もなく聖書を10章読み、眠さもおぼえず3時間祈れて、一日気分の落ち込みも感じることなく、怒りや苛立ちもおぼえることなく過ごせる。そういう神経の回路に書き換えることが、神様は一瞬でできるはずなのに、そうはしてくださらない。むしろ霊的修練をしなさいとおっしゃるorz posted at 00:14:11 聖霊を受けた瞬間に、神経の配線も全部変えられてしまったら、クリスチャン生活はイージーでいいですね。でも、聖霊に満たされても自動的に大脳辺縁系が書き換えられるわけではないようです。復活の日には一瞬で書き換えられるのかな。それまでは霊的修練でもって地道にコツコツということでしょうか。 posted at 00:07:13 悪い行いをすると、そういう行いをするよう神経が配線される。良い行いをすると、そういう行いをするよう神経が配線される。回路を作る神経の働きは価値中立的だけど、どういう配線になるかは毎日の心がけで決まってしまう。肉にまくと肉から刈り取り、霊にまくと霊から刈り取るということでしょうか。 posted at 00:01:48
マクナイト博士は霊的形成と科学を論じたいんですね。霊の機能を通じて聖霊が働き、それが脳の神経回路を配線して、行動パターンが無意識レベルから変えられて行くということかしら。昔アズベリー出の説教者がそういう話をしてたことがありました。訓練すると神経の回線が太くなって行動し易くなると。 posted at 23:56:20 @mmesachi 霊的修練ですか。それがありましたね! インマヌエルの修練生とは何か関係があるのかな。ないか(笑)霊的修練からさらに霊的修養となると、新約聖書の体育会色が薄れて、文系の小生にも馴染めるかもしれない。霊的修練とアスケーゼ(禁欲)というのも人気のないテーマですね。 posted at 23:45:14 共同体の文脈上での霊的訓練として、しかも、コンスーマ・スピリチュアリティと調和していて、さらに、アブユーズもされずカルト化もしない、安全な「服従の訓練」て、あり得るんだろうか。セルグループは可能性があるかもしれないけど、カルト化する場合も聞くから「?」ですね。 posted at 23:36:25 共同体の文脈上での霊的訓練と言うと、中世の修道院では上長への絶対服従があったわけです。プロテスタントは会衆主義によってそこを崩し、現代のコンスーマ・スピリチュアリティはさらに根絶してしまった。でも、この絶対服従は、時代錯誤教会やカルト化教会でリバイバルして来るんですよね。極端だ。 posted at 23:27:40 訓練と思って耐え忍びなさい、とか、霊の武具を身につけなさい、とか、空中の権を持つ者との戦い、とか、拳闘、とか、最後まで走り抜く、とか、勝利の栄冠を得る、とか。どう考えても新約聖書は体育会系ですなぁ。文系の小生としては、ちと、つらいものがある。ディシプリンは、やはり霊的訓練か。 posted at 23:20:42 ディシプリンというのはどうも体育会系ホーリネスの語感が強くて、訓練の共同体とか言うと塩屋の神学校のイメージですね(笑)むしろ「恵みの手段」と言ったほうがいいでしょうか。「霊操」(スピリチュアル・エクササイズ)もいい呼び方だけれど、体育会系ですね。「霊的なこころがけ」だと弱いかな。 posted at 21:52:00 @mmesachi 霊的形成におけるディシプリンですね。この語も翻訳に悩む言葉。訓練、規制、規律、戒規、弟子道。いずれにせよ、神の恩恵が注入された意思を活用して祈ったり、節制したり、忍耐したりということが、共同体の文脈上で必要ということですね。消費する共同体から訓練する共同体へ? posted at 21:37:46 @mmesachi 変容には意外性、驚きの語感もあり、受身的な語感もありますね。変革は政治用語として用いられて来たことによって、人間の意思や主体性が強い語感があると思います。霊的形成はプロセスを考えるわけですから、本の趣旨から言っても変容でしょう。 posted at 21:21:50 聖書学課検討委員会が終わりました。今日の検討はヨシュア記まで。翻訳はアモス書まで進みました。 posted at 20:54:05 きちんと礼拝してれば、お金持ちは貧しい人を放置していい。神は気にしないー 預言者アモスは当時の人々のこうした考えを批判したのだけども、この預言者の使信は、米医療保険制度改革で真剣に検討されることはないのだろうか。律法に経済規制は無い、という一点しか読もうとしない聖書信仰って? posted at 16:00:35
@obuchan ホンダU3-Xスゴイでしょ。セグウェイよりいいかもしれない。発売されたら価格はどれくらいになるんでしょうね。新政府にはぜひ規制緩和で公道上の走行を認めて欲しいものです。 posted at 22:57:32 @mmesachi @obuchan @psalm42 ありがとうございます。家族に中華料理でお祝いしてもらいました。午前は地裁でしたけど、これもまた味わいある誕生日でした。韓国教界で歴史を画す動きがあり、ちょっと肩の荷を下ろせた気分でいます。お祈りに感謝いたします。 posted at 22:51:39 第九回口頭弁論のご報告: 本日2009年9月28日(月)午前10時より、東京地方裁判所第712号法廷にて、通称「CT対山谷裁判」の第九回口頭弁論が行なわれました。冒頭、被告側が裁判所に提出した「乙1号証」から「乙62号証」.. http://bit.ly/3UpuMA posted at 21:57:40 @psalm42 ありがとう。今日は教師節(孔子記念日)でもあるんですよね。「先生がおっしゃった。父親が生きてる間は、子の心の持ちようを観察してごらん。父親が死んだなら、子がどういう行ないをするか観察してごらん。父の死後三年たって変わらなければ、ほんとうの親孝行だと言えるだろう」 posted at 21:20:07 第九回口頭弁論のご報告: 本日2009年9月28日(月)午前10時より、東京地方裁判所第712号法廷にて、通称「CT対山谷裁判」の第九回口頭弁論が行なわれました。 冒頭、被告側が裁判所に提出した「乙1号証」から「乙6.. http://bit.ly/TDYUw posted at 21:07:03 I favorited a YouTube video -- Honda unveils U3-X, a new personal mobility device http://bit.ly/158SCP posted at 16:33:58 Aesthetic Apparatus: ANDREW BIRD: Aesthetic Apparatus: ANDREW BIRD http://bit.ly/2W2Pi2 posted at 15:56:50 東京地裁での第九回口頭弁論が終わりました。被告側証拠として乙1号証から乙62号証まで提出しました。厚さ5センチくらいあります。次回はさらに証拠を提出する予定です。 posted at 12:48:47 mixi経由で誕生祝いメールをもらったら、お二人ともラエリアンでした。これって新しい伝道法?それとも偶然?ラエルがまだ本名で物書きしてた頃の著作を小学生の時に読んだことがあるけど、ヤハウェもエロヒムもイエスも宇宙人ではないと思いましたよ。神は神である。これが小学生の出した結論。 posted at 12:42:10
@roma_08_28 一番固い実はピオ12世会のラテン語ミサ。文化適合という考えがまるで無い。好きだ。一番柔らかい実はShalomExpress。これも好き(笑)両者に共通なのは、主の十字架による罪の贖いを受けていることと、主ご自身のいのちを味わって食べていることでしょう。 posted at 23:19:33 @psalm42 そうそう、そこです。「その時に、キリストはすべての君たち、すべての権威と権力とを打ち滅ぼして、国を父なる神に渡されるのである」コリント前書15:24 再臨の日が来ない限り諸国家は無くならない。キリスト教アナーキズムというものは成立しようがないんです。 posted at 23:02:56 @roma_08_28 むしろ逆ですよ。新宿シャロームは、あれで独特のひとつの世界を作ってます。ところが流れ的にも伝統的にも異なる小共同体に属する小生が、新宿シャロームにコミットすること抜きに、栄光号を楽しんで聞いているという状態が、コンスーマ・スピリチュアリティだと思います。 posted at 22:57:01 自分がコミットしてる小共同体の実しか食べちゃならんとしたら、小生は四六時中、救世軍のブラスバンドしか聞けないわけで。しかし、小生はグレゴリオ聖歌も聞くし、バッハも聞くし、栄光号も聞く。そうして新エルサレムのパーリーゲート・カフェでは、そういう多彩な生演奏があるだろうと信じている。 posted at 22:52:46 多様なキリスト教という園になった実を食べて良いための条件は? 善悪知識の木を食べた罪(原罪)について、主イエスキリストの十字架の贖罪を受け取ること。そうして、いのちの木である主イエスキリストご自身を味わって食べること。この条件のもとで、園から自由に取って食べて良いのでは、と。 posted at 22:49:23 @psalm42 オスカー・クルマンの『キリストと時』では、諸国家は「それと知らずして」キリストの奉仕者として仕えている、という表現をしてます。新約聖書を書いた当時のキリスト者はマイノリティだったんですが、クルマンの言う通りなら、すごく壮大な世界の観方をしてたことになりますね。 posted at 22:44:13 ファンルーラーなら、たぶんこう言うんじゃないかな。多様なキリスト教という園になった実はどれでも食べていいんですよ、って。「園にある木の実はどれでも食べて良い」と主がおっしゃっているんだから、と。もちろん自分がどこかの小共同体にコミットしている必要はあるわけなんですが。 posted at 22:26:11 コンスーマ・スピリチュアリティは度が過ぎると、コミットなしであちこちつまみ食いだけするものになっちゃいます。でも、これももう元に戻ることはできないんではないだろうか。インターネットの時代ですから。特定の小共同体だけにコミットして、ほかの共同体から隔絶することは無理でしょう。 posted at 22:20:52 @mmesachi 高度消費文化に適合した信仰形態ですね。小生はイコンが好きで複製を飾ってます。本来は正教徒になって、正教共同体にコミットしなきゃイコンは飾れないはず。でもコミットをスキップして、おいしいところだけつまみ食いしてるわけです。コンスーマ・スピリチュアリティですね。 posted at 22:15:52 「生存を保障する」諸権力たる諸国家が、その任務から解かれることができるのは、主イエスキリストの再臨の日「だけ」ですよ。パウロがコリント前書で述べてます。主が再臨しておられないにもかかわらず「国家は不要だ」などということは、誰にも出来ません。 posted at 21:42:44 再臨の主イエスキリストの御足がオリブ山頂に触れる瞬間が来るまで、良い医療保険制度は必要だと小生は考えます。なぜなら主が再臨されるまで、福音は万人に宣べ伝えられなければならず、万人は生存が保障されなければ福音を聞くことが不可能だから。この「生存を保障する」諸権力が諸国家なのです。 posted at 21:39:14 エホバの証人の選択肢というのは「ハルマゲドンによって地上の国はすぐにも終わるので、医療保険に加入する必要はない」というもの。こうですと、米国史の動向にも日本史の動向にも左右されない、ある意味、隔絶した境地に達することが出来る。しかしこれは論外。再臨の日は不明なんですから。 posted at 21:30:25 WHOが世界最良と評価する日本の医療保険制度は、財政赤字で改革が必要と言われているわけです。当然、米国モデルに改革すべきと考える官僚がいる。してみると米国のキリスト者がおのれの信ずる聖書に基づいて論争し形成した新米国像が、明日の日本人の生活に影響を及ぼすことになるわけです。 posted at 21:25:47 現在進行中の米医療保険制度改革も、ニーバー史観で言えば、福音的要素と非福音的要素の対立葛藤の場、ということになりますね。共和党支持者は公的保険は非聖書的と考えており、民主党支持者は公的保険は聖書的と考えているふしがある。ほんとのところ、どっちが聖書的なんだろう(苦笑) posted at 21:12:45 考えてみるとニーバーの世界観って現状を正確に指摘してるかも(苦笑)福音的要素(ブッシュorオバマ?)と非福音的要素(ブッシュorオバマ?)が二項対立図式の葛藤を経て新米国像が形成され、それがグローバリズムを通じて世界に移植普及される。米国史がどう転ぶかは地球人全員に影響しますね。 posted at 20:57:03 西欧文化の最良の部分=二項対立図式の葛藤を経て形成される理想的米国像=を世界に移植普及させること。これがキリスト教国としての米国に課せられた「神の使命」ということになります。しかし、ハワーワスやヨーダーが危惧するように、もしその理想的米国像というものが大いなる勘違いだった場合。 posted at 20:49:56 ニーバーは契約神学の二項対立図式で歴史が動的に展開する米国史を考えていて、福音的要素と非福音的要素が対立葛藤しながら、米国という国家が「神の使命」を担う器となるべく進歩発展して行く、とイメージしていたと思います。その先には、理想的米国像を世界に普及させる使命があるわけです。 posted at 20:46:56 @obuchan シェーファーに代表される考え方は、西欧文化の最良の部分(民主主義を含む)は聖書信仰(カルヴァン主義)に基づいている、と観るわけです。福音宣教は、現地人が福音的生活をするようになることを目標とするわけですが、それはイコール西欧文化を移植することになったわけですね。 posted at 20:39:28 @obuchan ヨーダーはそもそもコンスタンティヌスのキリスト教公認と国教化が間違ってた、という観方をしてますね。キリスト教史全否定。再洗礼派らしい歴史観だと思います。小生はファンルーラーのセオクラシー(セオノミーじゃありませんよ)が好きで、第三の選択肢がなおあると思ってます。 posted at 20:20:10 @mmesachi キリスト者のほうも、小共同体にコミットして人間関係の理不尽を忍耐する、という非合理的信仰から、消費者の視点で教会が提供するサービスを選別して利用する、という合理的信仰にシフトしたわけですね。これはもう、元には戻れないんではないかと思われます。 posted at 18:27:51 @mmesachi でも「パン種」が単独教会を指すという釈義は、テキストへの読み込みなんですね。パン種は福音そのものを指すという釈義の方が自然であって、それなら「ふくらむ」とは福音宣教の世界的広がりを意味することになるんです。局所肥大のメガチャーチを意味するわけじゃない。 posted at 18:16:49 @mmesachi 教団も会員が50人を切る教会に閉鎖を通告したりという風になってきたわけです。数的に成長しない共同体は存在意義が無い、という判断ですね。維持するのは資源の無駄使いだと。「2人または3人が集う所」の原則はセルのみ適用で、「発酵するパン種」の原則メインなわけです。 posted at 18:09:29 @mmesachi 教会にマーケティングとマネージメントの手法を特に積極的に採用したのは教会成長運動ですね。メガチャーチが登場する一方で、地域の中小教会は会員が流出し、衰退・閉鎖へと。北米全体ではキリスト者人口は減ったわけです。巨大モールと商店街シャッター化に類似した現象ですね。 posted at 17:57:39 @mmesachi じゃあ、非暴力不服従の市民的抵抗をキリスト者がやれるか、というと、これがなかなか勇気が要ることであり難しいことです。まず抵抗する勇気が無い。次に抵抗したとしても最後まで非暴力を貫く覚悟が無い。このあたりの活動を福音派でやっているのがSojournersですね。 posted at 00:11:08
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last update 02/11 10:06
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