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増井潔

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2011年01月25日(火) 8 tweets

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. @mome_menpei @izutsukohei 近代以前:予めあるコミュニティと家族(オープン) →近代:個と社会をつなぐ役割=市場(製品とサービス)(鍵のかかった家) →これから:自分で創る/属す家族とコミュニティ(模索プロセスそのもの)…という流れと見てます。

posted at 06:49:42

. @mome_menpei @izutsukohei 近代って奇妙な時代。都市の経済は「企業にお勤めする人を支える家族」(家は休息・私の場=鍵かける)を必要としつつ、同時に「すべてを(社会とのつながりも)買える世の中」へ邁進したがゆえに「家族」の存在意義をもグラグラに…。

posted at 07:01:25

. @mome_menpei @izutsukohei 今後の家族は、家族を自分でつくろうとする中で、社会/コミュニティをつくる、自分という存在をつくることを同時並行的に行う場=新しい「生産する家族」と見ています。

posted at 07:05:57

「生産=生きるために必要なものをつくること」です。 QT @izutsukohei: 生産する家族、の場合の生産ってどういうことを意味してるんですか?

posted at 20:42:46

@izutsukohei 昔々は老若男女皆生産者で、その現場が地域と家族にあったのだけど、近代の流れの中で生産の現場は市場とか雇用先、生産者は一般にはお父さんだけ、家は生産の場ではないという風に認識が偏ってしまったようなんです。それがまた変わっていくのだなーと。

posted at 20:50:44

@izutsukohei 生産の対象が時代の流れの中で拡張され(満足しにくい)、中心が変わってきてる(獲得しにくい)みたいなんです。食う寝るだけではだめで「自己」とかそんなのを得ないとふわふわでたまらん、と。で、家族は「生きるために得たくて得にくいもの」をつくる場になるようです。

posted at 20:58:13

@izutsukohei (ごちゃごちゃ書いてごめんなさい) 近代の都市型家族は、その経済のかたちが必要としたものなんだけど、そのあり方自体が家族を壊しもして、家族の存在意義がぐらぐらになったというのが20世紀末まで…で、新しい家族のあり方(意義)が出てきてるみたいなんです。

posted at 21:02:42

@izutsukohei 都市でも、そういう新しい家族は何らかオープンな仕組みを持っているところは共通していました(さすがに鍵は開けてませんが)。(いっぱい書いちゃいましたが、もしお目汚しだったらほんとごめんなさい)

posted at 21:07:17

last update 06/04 13:10

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