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@matudaira

松平耕一@matudaira

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2017年04月24日(月)21 tweetssource

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

・この項は、長くなったので、ここまでで区切る。
・にゃんにゃん党映画は全五作品あるが、そのうちの四作品はネットで見ることができる。

posted at 11:08:46

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

私はめだまちゃんになりたかった。そうして、私は映像作品の中で、女装をし始めた。
・私が『新文学』編集に取り組むのをやめ、女装を一つのテーマにした「にゃんにゃん党シリーズ」を撮り始めたのは、以上の理由による。そうして、私は、女装の世界にいくらか踏み込むようになった。

posted at 11:08:10

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

私はとうてい、のんびり編集をやっている気分ではなくなっていた。私はもっと激しい、政治的行動を求めた。
・2011年は「めだまちゃん」と懇意になり、彼女の家に住み込んだ年でもあった。私は、めだまちゃんに、激しい恋心を燃やし、彼女の一挙手一投足に、強烈な嫉妬を感じた。

posted at 11:07:47

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

・この失敗があり、私は文芸誌編集から遠ざかることになった。興行の失敗の問題が一つあり、もう一つには、フェミニズムについて、沈思黙考したということである。
・さらにもう一つには、『新文学04号』発行の年に、311が起こったということがある。

posted at 11:07:25

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

・『新文学04号』は結果として、男性にとってのセクシュアリティの特集になった。『新文学04号』は売れなかった。03号までは、そんなに失敗した印刷の仕方はしておらず、刷った分は売り切っていた。04号は、大量の売り残しが生じた。

posted at 11:06:51

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

うまく、フェミニストの方と、交流することができなかった。
・このとき、フェミニストの方と接したのは、わずかばかりの時間ではあったが、臓腑に響く、問題提起を感じた。私自身の問題として、フェミニズムの問題系と向き合う必要があると思った。

posted at 11:06:32

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

・一つは、『新文学04号』の挫折である。『新文学04号』は、当初、フェミニズムをテーマとした批評誌にしたいと考えていた。そのため、フェミニストの女性の方に、協力を得られないか、何人かアクセスさせていただいた。しかし、私の側の応接が、いかにもアスペ的な、唐突な依頼だったためであろう

posted at 11:06:13

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

・真剣に女装に取り組むようになったのは、「反原発にゃんにゃん党シリーズ」(2012年〜)を作るようになってからに限定される。「にゃん党動画」は、直接には、「ざらすとろの官邸前直訴事件」に応じて作られたものだが、いくつかの背景があった。

posted at 11:05:39

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

ここぞとばかりに、初音ミクのコスプレを行ない、簡単な演説のパフォーマンスを行なった。動画というメディアと、外見をどう演出するかという課題がリンクしてあることに、初めて触れた経験だった。

posted at 11:05:16

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

・院を出る前までは、「女性との会話は慎むべし、それよりは、一冊でも多く本を読み、立身出世を行なうべし」みたいな、『こころ』ばりの、変な価値観に強力に支配されていたと思う
・院を出て、東さんの「ゼロアカ道場」に参加して、動画で露出する必要性が生じた。

posted at 11:04:56

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

・大学の学部生のころは、学祭のたびに、一年に一度、チャイナドレスを着ていた。女装をして、サークルの機関誌を配布していた。
・院生のころは、まったく女っ気なく毎日を過ごした。このころは、数回、渋谷で街頭ナンパを試み、一人も話しかけられず、完全玉砕していた。

posted at 11:04:34

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

・初めて女装したのは、10代のころ。高校3年だか浪人生のころのことだ。コミケと、神楽坂のコスプレダンスパーティーでの、ユリ・サカザキだった。これは、私にとっての最初の衝撃ではあったが、ちゃんと踏み込むことはなく終わる。私はそのころ、人付き合いの仕方がまったく分からなかったためだ。

posted at 11:04:11

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

私の女装趣味は、私のそういった個性から生まれてきた。
・私はそんなに頻繁に女装していたわけではないが、女装をしたときの体験は、それぞれが色濃く残っている。

posted at 11:03:49

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

というか、口下手で、社交のできない、普通の、オタク的ムッツリスケベであった。
・私は女性の容姿にこだわるところがあった。女性の顔の造作や身体の作りを細かく分析し、服装がどうであるかを合わせて、一人一人のすれ違う女性を、段階わけして評価付けする癖があった。

posted at 11:03:25

22時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

☆女装遍歴

・とにかく女性へのコンプレックスが凄かった。女性にものすごく興味があるのに、私は、女性に話しかけることができない個性だった。『こころ』のKみたいに、女性に気持ちを伝えるよりも、道のために自殺してしまいたいと思っていた。

posted at 11:03:00

23時間前

@matudaira

松平耕一@matudaira

計画相談員さんと電話した。退院が延期になってしまったため、会う予定もまた、延期になってしまうため。できるだけ、伝えるべきことを伝えた。あー、疲れた…

posted at 09:52:51

4月24日

@matudaira

ウサキマブオ@maboo5000

@matudaira あたしはにゃんきち氏の存在を知ってる。すべてではないが、にゃんきち氏の考えることを少し知ってる。にゃんきち氏の言ってる言葉も知ってる。にゃんきち氏がいまあたしと同じ時にいることを知ってる。すごくしあわせなことと思う。ここに来た甲斐があった。いずれあたしも去る。

Retweeted by 松平耕一

retweeted at 09:48:15

2017年04月23日(日)21 tweetssource

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・私なんかが、女装子について語れるほど、深入りもしておらず、偉そうなことを言う権利は、ないのかもしれないけれども

posted at 11:22:50

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

私は、女装を通して、世界の秘密の中心に飛び込み、知ってはいけないことを知ってしまった
・私は、女装子をやれるほどには、頑強な身体を持っていなかった。あるいは、日本は、女装子が長生きできるような社会では、ないのかもしれない。

posted at 11:22:38

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・私が「被害者の会」でやりたいと思っていたのは、そういう運動だったのかもしれない。
・そういえば、女装をするようになってから、急速に病気が悪化したと感じている。女装は、解放ではあったが、死期を早めるものでもあった。

posted at 11:22:20

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

それで、このアカウントのトップ画も、男性性を強調したイメージのものになっている。
・障害者でも、重病人でも、いつでも懐に拳銃を持っていて、「お前さあ、舐めてんの? まだ弾は残っているんですよね?」と、凄めるようでありたいと感じる。

posted at 11:22:01

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

健康な人に、変なハラスメントを頻繁にふっかけられる。酷い目に何度も遭った。
・病人にとっては、「貴様、ぶっ殺すぞ」みたいな、マッチョイズムが、必要になるように感じられた。今は、任侠物やマフィアへの憧れがある。

posted at 11:21:38

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

かつ、女装をしたときには、しばしばダメージを受けることがある。そのため、体調が悪い状態では、女装をする余裕を持てない。
・また別の話だが、病人は、割と自然に、人に舐められることが多い。

posted at 11:21:18

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・しかし、病人という、女性とは別の、一つの弱者になると、既に弱者であるのに、その上に、弱者性を重ねなくても、ということがある。というか、女装をするには、精神的にも身体的にも、ものすごいパワーが必要だ。

posted at 11:20:53

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・それにしても、病人と女装は食い合わせが悪い。健康な中年男性というものは、強者であって、それが相対的な弱者であるところの、女性の服を着るというのは、批評として一定の正しさがあると考えた。

posted at 11:20:23

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・家族の手前、お金もないのにチャラチャラしてあることは、居心地が悪い。自分で自分のためにお金を稼いで、その余剰で、女装をしたり、チャラチャラするのは、いいことだと思っていた。
・闘病中らしい、殊勝で謙虚な外見を、というのが日常の服装のテーマとなった

posted at 11:20:01

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・病人になってからは、「病人らしい服を」みたいなことを考えた。働いていない無生産者であるため、「チャラチャラした格好」みたいなことが、心理的に、経済的に、できなくなった。私の内面は、チャラチャラしてあることが大好きなのだが。

posted at 11:19:39

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・また、腎瘻患者になり、カテーテルが背中から脚部に向けて出ているので、これを外部に流すため、スカート形式の服がいいということがある。
・下着も、カテーテルとの接触部を減らし、また、皮膚炎に薬を塗りやすくするため、褌をはいている。

posted at 11:19:20

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・これには理由があって、皮膚炎が腰回りにあり、痒くてたまらないのだ。そのため、紐で腰部を締め付けない服を探したのだ。実は、腰を紐で縛らない服というものは、意外なほどほとんど存在しない

posted at 11:18:59

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

☆「病人」と「女装」

・以下は「男性の病人」についての話である。
・病気になってからは、女装をしていない。今は日常生活では、もっぱら和服を着ている。それも、旅館に置いてあるような、腰紐のない、ワンピース型の浴衣のみを着用している。

posted at 11:18:24

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

昨日はこの記述を参考に瞑想を行なった。病の治癒をテーマとしたイメージ療法である。白隠禅師って、臨済宗の人だったのか…

posted at 09:31:27

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

☆瞑想「軟酥の法」

「軟酥鴨卵の法」という瞑想にたまに取り組むことがある。カミイカさんにもらった『トリップのための35の方法 HIGH & HIGH』に「軟酥の法」として載っていた。 pic.twitter.com/uYvG5bDrGW

posted at 09:31:12

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・病気が発覚してから、完全に一切やめていた女装を、久しぶりに行なう。それで、二人で、ウェディングドレスを来て、二人結婚式をする、とか。カメラ撮ってくれる人はいるのかなー

posted at 00:40:41

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・そもそも的なことを言えば、今の私の生活が成り立っていたのは、すべて身内aのおかげである。彼女への感謝の気持ちを現すということを目的としたイベントを、私のファイナル企画とする、というのでもいいのかな。

posted at 00:40:30

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

どちらにせよ、今の私の病状だと、一切の外出がままならないため、自分の運動参加は休止せざるをえないかなと…。
・「にゃん党映画」をかけこみ亭の映像上映会に持ち込みさせてもらいたいというのがある。でも、タイミングが合うか、私の状況的に可能か、二つの点でハードルがありそう。

posted at 00:40:09

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

娑婆に出て、何をやるか、最後にこれだけはやりたいということを考えておきたい。
・「被害者の会」の運動で言えば、27日の、元東電作業員被爆労災裁判の期日は行きたかったけど、その日は通院が入ってしまった。

posted at 00:39:27

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・しかし大変なことになった。退院後も24時間、機械のポンプでの点滴が、必要ということになったのだ。行動が著しく制限されることになるようで、面倒臭そう…。
・「退院し、入院せよ」みたいな感じ。とりあえず、一旦は家に帰るが、またすぐに入院することになるはず。

posted at 00:38:54

4月23日

@matudaira

松平耕一@matudaira

☆最後の思い出作り

・退院の日が変更になりました
×24日月曜→
◯26日水曜
病院側で、これまで一度も行なったことのない、「点滴道具の貸し出し」ということを、今回の私の退院で、初めて行なうことになり、混乱があったためのようです。

posted at 00:38:25

2017年04月22日(土)13 tweetssource

4月22日

@matudaira

松平耕一@matudaira

自分の死は、それぞれが、自分で、受け入れなければいけないんだね。自分だけは死にたくないとか、わがままは言っていられないのね

posted at 20:57:53

4月22日

@matudaira

松平耕一@matudaira

こんな日が、にゃんきちの死という事件が起こらずに、毎日続いていけばいいのにと、世界にたった一人の、孤独な、寂しい気分になった。そうして、少し泣いた。でも、死は誰にとっても、平等に訪れるものなんだ。

posted at 20:57:44

4月22日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・にゃんきちは、今朝は、たくさんの友達に会えると思って、すごく清々しい、楽しい気分で朝、目が覚めた。朝日が眩しく、にゃんを祝福しているようだった。そのあと、すぐに、自分がいずれ、死んでしまうことを思い出した。

posted at 20:57:19

4月22日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・計画相談員さんに、「もう訪問介護は諦めます」とさっさと言う、という決断もありうるが…。それはそれで勇気を出せずにいる。私もいい加減、諦めが悪いですね…

posted at 00:36:58

4月22日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・この二種のジャッジは、はっきり言ってくれるし、判断も信用できる。その主治医が「ぼちぼちホスピスですね」みたいなことを匂わせているので、「まあ、ぼちぼちホスピスなんだろうな」という感じだ。

posted at 00:36:42

4月22日

@matudaira

松平耕一@matudaira

これは、相当な難題だ。うまい言い方など、もしも分かる方がいらっしゃれば、ご教示いただければ幸いですが…。
・主治医は、はっきりものを言う人だ。「まだホスピスに入らずに治療を続けた方がいいよ」 「 もう、ホスピス入ってもいいんじゃないかな」

posted at 00:36:23

4月22日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・少なくとも向こう一ヶ月は、介護の事業所にはアクセスしない方がいい気がする。迷惑をかける人を増やすだけの結果に至りそうだからだ。
・以上のことについて、計画相談員さんに、正直なところを、心象を害さないようにしつつ、理解してもらえるように、説明しなければいけないのかなと考えている。

posted at 00:36:04

4月22日

@matudaira

松平耕一@matudaira

このルートでも、一応、aのルートへの可能性だけは残しておき、役所への訪問介護の申請は行ない、給付の権利は受けて、しかし、介護の事業所には声をかけず、介護の実践は動かさず、凍結させておくことにするかもと。

posted at 00:35:40

4月22日

@matudaira

松平耕一@matudaira

b 1から3ヶ月以内にホスピスに入るというルートであれば、訪問介護は入れず、訪問看護だけで凌ぐことにしたい。

posted at 00:35:17

4月22日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・来週金曜に第2回の化学療法の日が来るが、このとき、血液検査で、悪い結果が出たら、もう、抗がん剤を打てない。その翌週も病院に行き、やはり、抗がん剤を打てないということになったら、ホスピスに入る日程が浮かんで来るのかなと。

posted at 00:34:42

4月22日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・しかし、私の体調が、半年も保つかというと、まあ無理だろうなと。サイラムダが奇跡的に効き、神が私の前に光を放ちながら降臨し、啓示を垂れるとか、ものすごい事件が起これば、それは可能なのかもしれないけれども。

posted at 00:34:18

4月22日

@matudaira

松平耕一@matudaira

・そのうえで、いつホスピスに入ることになるのか、余命が想定できず、困っている。
・ホスピスに入る時期が
a 半年から一年後 なら、居宅介護は実践することにする。その場合は、別に近所で部屋を借りるなどの手段も、視野に入って来るのかもしれない。

posted at 00:33:50

4月22日

@matudaira

松平耕一@matudaira

☆ホスピスに入るまでの想定余命と、計画相談

・月曜に訪問介護の計画相談員さんと会うことになっていて、何をどう話すべきか、頭を痛めている。身内aの問題以外のことを、ここでは検討する。
・ホスピスに入ること、それ自体は前提として考えざるをえない状況だ。

posted at 00:33:26

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