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@nudarai

ぬ盥@nudarai

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2017年12月09日(土)1 tweetsource

2017年12月08日(金)1 tweetsource

2017年12月07日(木)2 tweetssource

2017年12月03日(日)2 tweetssource

12月3日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

マーク・ゲインの「ニッポン日記」を読む限りでは、GHQは占領統治開始時点で既にかなり日本の政治家の調査が進んでいて、誰が自分たちの抵抗勢力になるかを理解していたようだから、容赦は無かっただろう。目的がはっきりしていて具体的にどういう政策を取るかの迷いしかなかったようだし。

posted at 22:56:44

2017年12月02日(土)2 tweetssource

2017年12月01日(金)1 tweetsource

2017年11月30日(木)1 tweetsource

11月30日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

あ゛ぁ゛〜Endless Journeyがやばい。「ケッテンクラート 君と行こう」の歌い出しで涙腺崩壊

posted at 00:00:26

2017年11月29日(水)2 tweetssource

2017年11月28日(火)6 tweetssource

11月28日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

急に役員に呼ばれて、すげー政治的で事務な話が始まったんで慌てて社用携帯のメモ機能で話を記録してたら、そんとき「利益」って打とうとしてフリック間違え、「りえし」って打ってしまったらサジェスト一位で「りえしょん」が出てきて今日一で和んだ。社用携帯で打ったことあるはずない言葉なのに…

posted at 00:59:00

2017年11月26日(日)28 tweetssource

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

あとは戦中日常生活モノか。この世界の片隅に、をそう言ってしまうのはメッセージ性の観点から難しい気がするけど、最近ツイッターでもたまに話題に出る山田風太郎の戦中派不戦日記とかは、自分は明らかにディストピア日常系として熱心に読んでたな…。なんだろうか、なんでか来てるんだろうか…。

posted at 20:34:39

11月26日

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ぬ盥@nudarai

日本だと侍とか金持ち市民から見た農村の日常みたいなのがよくコンテンツになるけど、あれもディストピア日常系な気がしてきた。七人の侍のエンディング田楽のシーンとか、かなりそんな気がする。

posted at 20:31:13

11月26日

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ぬ盥@nudarai

まぁしかしVA-11 Hall-Aと少女終末旅行を同列に捉えてディストピア日常系と言うのって凄い冒険的だな。あってるとは思うけど。

posted at 20:21:37

11月26日

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ぬ盥@nudarai

VA-11 Hall-Aの作者(ベネズエラ出身)は「デモ隊と衝突する警官隊の催涙ガスが流れ込んでくるアパートで平然と料理している友人」の話をしているが、そういう現実の受け入れ方の美しさと、そのサバイバーとしての力強さにこそ、ディストピア日常系の魅力がある。

posted at 20:11:24

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

この、ディストピアやアポカリプスを日々として受け入れる点が大事で、あきらかに新日常系における反日常(まどマギやゆゆゆやがっこうぐらしのああいう展開)とは異なる。
おそらく、新日常系が娯楽としての要請で出来ているのに対し、ディストピア日常系は社会環境=市場環境からの要請によるもの。

posted at 19:58:26

11月26日

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ぬ盥@nudarai

また、異世界転生と同じ側面で見ている人もいるかもしれない。ディストピア日常やポストアポカリプス日常では現代人より知識や暮らしが退化しているので優越感を持って見られるという機能も持っている。しかしそれを異世界もののように登場人物たちが羨むかというと「私たちの日常も愛してる」なのだ。

posted at 19:51:45

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

現実のしがらみからシンプルな世界に逃れたいという彼岸としてのディストピア日常を夢見る人と、自分の世界も形を変えた精神的ディストピアな日常なので、同じサバイバーとして共感する、という人が同じ作品のファンとして共存しているようの状況になってきている。

posted at 19:47:00

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

こうなってくると、じゃあそのディストピアながらそれなりに暮らしてます的な世界を視聴者はどう捉えて好んでいるのか? という議論の答えにいろんな選択肢が出てくる。ここが面白いところ。

posted at 19:45:07

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

ディストピア日常系では、現代市民的生活の日常は「多分彼らも幸せだったんだろう」的な過去の他人事として描かれ、それを賛美したり回帰を望んだりしない。むしろディストピア的な自分の暮らしを(辛いことはあっても)愛しているように描かれることが味わいの源になっている作品が多い。

posted at 19:39:16

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

一方、「ディストピア日常系」では現代市民的生活は「過ちによって失ってしまったもの」、「ポストアポカリプス日常系」では「郷愁される、光と影の両面を持つ歴史」として描かれる。大事なのは、構造として現代市民的生活の日常を賛美する目的でないこと。

posted at 19:36:49

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

セカイ系、日常系、新日常系、異世界転生系はみんな現代市民的生活を「眼前にあるもの」としてベースに据えている。また、異世界転生ものは流儀によるけど、他は基本的に肯定的に捉えている。現代市民的生活の世界をいかに美化し、誇大視しら礼賛するかという軸がある。

posted at 19:33:36

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

こう考えれば、ディストピア日常系やポストアポカリプス日常系を新日常系の一部として考えるのは無理があるんじゃないかと。「少女終末旅行」のWikipediaページのジャンル表示には「新日常系」ってあるけど。

posted at 19:27:53

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

でここまで来て「ディストピア日常系」と「ポストアポカリプス日常系」がここ一年ぐらいで来たわけですが。この二つの区別は人間が生き残ってるか基本死に絶えてるかで区別するとする。

posted at 19:24:26

11月26日

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ぬ盥@nudarai

なろう異世界転生系もまたこの構図で整理できると思う。例えば日常系の主人公は異世界から帰ってくるのが正しい。しかしなろう転生の主人公はどうだろうか…。

posted at 19:22:57

11月26日

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ぬ盥@nudarai

まとめると、
セカイ系では日常と非日常はリンクする両項であって正否はない。現実の日常に非日常的夢が持てる機能。
日常系では作中日常が正、現実の日常が否。現実の日常から作中の日常という彼岸へ旅できる機能。
新日常系では日常が正、反日常が否。作中の日常という彼岸をより輝かせる機能。

posted at 19:19:38

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

もしかしたら新日常系は讃えられるべき日常への嫉妬による破壊を動機に創られることもあるかもだが、やはり「日常っていいよね(痛感)」のキーワード通り、反日常を置くことで日常のかけがえの無さを強調するという発想の方が多いんだろう……。

posted at 19:13:28

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

何もつかない「日常系」は、日常を描くことによって現代市民的何気ないしあわせの生活を賛美する。しかし単一項の構造ではなくて、隠れた対立項として「視聴者の日常」がある。フィクションの日常と視聴者の日常の対比では、類似性が親近感を、優位性(普通は作中のが上)が羨望からの賛美を生む。

posted at 19:09:27

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

むしろ日常で培われた友情や愛情が、反日常で蹂躙される構造が多いので、リンクの仕方が反転している。
日常で登場人物たちの仲がうまくいくと非日常でも(一時的にはピンチでも)うまくいくセカイ系に対し、新日常系では登場人物たちの仲がうまくいった時こそ反日常がそれを蹂躙する予兆になりやすい。

posted at 19:03:20

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

日常と非日常を無造作にリンクさせるセカイ系(例:「彼女とうまく付き合っていかないと世界が滅びる」)の巨視的な面白さは、新日常系と同じくするものではない。日常のケの中に反日常がハレとして乱入して娯楽性を保っているもので、セカイ系のような構造による面白さとは楽しませ方がちがう。

posted at 18:58:40

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

この定義に拠ると、現代市民的な日常をただ描写することから、日常と「反日常」(意識的に日常を否定しているので非日常ではない)の対比と並立によって、現代市民的な、何気ないしあわせな生活を賛美しようという表現目的が読み取れる。

posted at 18:52:48

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

The ballad of a gay ghostの謎を考察するのに疲れて来たので別のテーマを考えている。我々はもう少し「新日常系」と「ディストピア日常系」の関係性を真摯に考えるべき時期に来ている論。

posted at 18:48:13

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

この一週間のVA-11 Hall-Aマイブームの締めくくりとしてサントラ聴きながら夜の東京郊外と散歩してるんだけど最高に目覚めるな。古い私鉄とかに乗ると更に良い

posted at 17:28:49

11月26日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

だいたい平均3時間、最長でも10時間観れば過去成績100%でやる気が出る信頼性の高い栄養剤である…

posted at 00:50:45

2017年11月25日(土)9 tweetssource

11月25日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

SteamのVA-11 Hall-A考察スレとか読んだけどやっぱり結論ないし分からん。ワイの考えではガンパレのOVERS SystemにあたるのがCaliCompという感じなのではないかなぁと…。エピローグコンプ時にアナの顔に注目指示させるUIが出るので顔にヒントがあるのでは、という着眼点は何かありそう。

posted at 18:11:41

11月25日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

この感じはひぐらしとかマヴラヴオルタみたいな直球怖いやつではないし…何ならUNDERTALEのほうがまだ分かりやすく怖いシーンあるし、それよか洞窟物語的怖さと言った方が良いんですかね

posted at 03:41:58

11月25日

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ぬ盥@nudarai

なんていうんですかね、ひぐらしとかUNDERTALE的なメタ怖さと、野島一成的怖さをそれぞれ香りづけレベルに混ぜながら基本線はPC98時代のカクテルソフトとかPILとかDO+サイレントメビウスとかブラックマジックみたいな90年代SF漫画で作りとキャラは今風という

posted at 03:38:10

11月25日

@nudarai

ぬ盥@nudarai

VA-11 Hall-A一通りやったけど前日談のアナのノイズ怖すぎひん?(怖すぎて思わず関西弁になるレベル)

posted at 03:31:17

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