@polieco_arche ネタですな。 posted at 19:02:34
@polieco_arche 仰せの「内部の不快感」はB層所有物。ちょっと「改革」という言葉にくらっと来てその気になってファッショる。「改革」によって架空の現実を肯定的に描く反語という散文野郎たちの政治的ロマン主義(シュミット)。 posted at 12:51:38
つながりすぎるからひきこもりが顕在化する。沈思黙考-musingの居場所がなくなる。「犬塚康博が書く歌は、不思議な距離感を持っている」らしい。店のレジで後ろに列ぶ人よ、接してくるな! [[ Tokuzo ]] http://www.tokuzo.com/review/index.html @polieco_arche posted at 20:04:15
先日国営放送で新型鬱とやらの番組を少し見る。全然ダメ内容だった。が、病者たちは嫌悪の方法を知らないのだと覚る。そこで過日 @polieco_arche さんに指南いただいた『嫌悪のレッスン』を注文。あたったクーポン使用でロハ。 posted at 14:18:11
@polieco_arche その嫌悪のレッスンご指南のほど奉希候。 posted at 07:13:00
http://tinyurl.com/7ob8p2d RT: @polieco_arche: パチもとと、ゆとり。健康帝国ナチスみたいな。このアンバランス。ゆとりが一番必要なのは船の中でハッサク蜜柑を食べてた人たち、ナンダコレ posted at 20:27:06
@polieco_arche 特殊意志と、全体意志、一般意志の話に通じているのでしょう。共同幻想とも。 posted at 13:31:29
@polieco_arche 低地遺跡の河道跡の洪水砂。タダモノ主義、タダホル主義のもとでは成績判定悪かったですが不可は免れました。大爆笑! posted at 20:37:53 @polieco_arche 小生崇めたてていました。卒論「考古学における層位学的研究について-所謂「低地遺跡」の場合-」。大笑。 posted at 18:25:09 @polieco_arche 層位学も理科学的ではあります。考古学に借り物でないものがあるかというと・・・。 posted at 17:34:49 @polieco_arche ええ。なんかどろどろの図。 posted at 17:13:35 @polieco_arche 層位学へ還るのですか!松本彦七郎へ。 posted at 17:09:22 @polieco_arche ダブルアレンジメントの止揚ですか? posted at 16:58:07 @polieco_arche 陣屋敷低地ですよね。ということは分類学と生態学を止揚する感じですかね。 posted at 16:56:47 @polieco_arche 面白そう! posted at 16:47:49
実際に「死ぬほど笑った」かどうかは知らねどもそう書きつける呉の戦略でしょう。件の劇作家も同様に笑いとばす筈でステレオタイプの諷刺。下手したのは呉の戦略じゃなかろか。リア王のリタイアした漁民はかかるバイアス抜きで笑えました:D 下手したのは単に配役。 @polieco_arche posted at 13:42:28
(注)このあたりのツイートは @polieco_arche さんとのやや往復風。リプライしない往復はよいかも。 posted at 00:07:10
@polieco_arche いいえ、きょうあて先に提出される要望書です。関連の刊行というのはなにか著作集、著作選みたいなもののことですか?たぶん何もないと思います。調べていないですけど、生誕百年などと言っているのは私ぐらいでしょう。 posted at 13:07:41
では次なるは自らを異質な超越者となして自らにそれを下す。維新ではなく進駐軍というところか、あれらは。別には解放軍とも。しかも「我こそは」とそれぞれが米帝直系を競いあうという。てんのーは何処よ。 @polieco_arche posted at 12:27:37
@polieco_arche ところで、この人のこの手の文章(小説じゃなくて評論のこと)の、形(内容じゃなくてネ)は講座派的だなあと思いながらしげしげと眺めていた次第。 posted at 15:41:14 @polieco_arche ほんと!「団結起来争取更大的勝利」の「的」のごとく中国的。う、私も自重。 posted at 15:39:43
@polieco_arche 薔薇の名前、ご示唆に感謝。きのうの大きい小さいは何についてだったか失念中。 posted at 23:31:24
@polieco_arche 『考古学』の木津惣墓はいい研究でしたねえ。 posted at 19:31:33
@polieco_arche ぜひ掘り下げてください! posted at 18:23:13 @polieco_arche 山口県周防大島には行きましたぜ。戦艦陸奥の。藤山一雄の棲まいからも見える真向かいの島。栗山一夫に官憲の動向を知らせ注意を促した宮本は官憲のスパイだった、みたいな書き物があったようななかったような。 posted at 18:22:13 @polieco_arche 今和次郎と来ると藤山一雄を想わざるを得ないが、わが国民俗学の系譜に居らない彼はどうなのだろ。 posted at 18:15:27 @polieco_arche なるほど。アカデミズムに入って以降、そこからナロードニキになってボルシェビキになったおひとはいない? posted at 18:12:40 @polieco_arche 赤松啓介に至っては...言うを俟たないですな。 posted at 18:09:08
@polieco_arche トマソン。 posted at 18:35:26 @polieco_arche ゲニウス・ロキー! posted at 00:19:21
@polieco_arche 医者は不足を理由にして叩きの対象からはずれたのか、特別公務員たる議員も含めた公務員に叩きが集中。スパイラルで。 posted at 16:01:01
(承前) @polieco_arche 1980年代前半、小生、そうした文化財保護行政の文脈とは無縁に、近世農村遺跡の保護活用などと、掘ってもたぶんほとんど何も出てこない遺跡を揚言していました。ひとえに名古屋市守山区の志段味地区の区画整理対応だったわけですが。 posted at 20:45:07 @polieco_arche 神奈川はその頃だったのですか。名古屋は1980年代の都市再開発による城下町遺跡調査あたり。東京はそれにやや先行した東埋セの「地下三尺は江戸の華」?の展示あたりか。都市!では近現代をバネにして埋文行政的拡張をはかったのでせう。 posted at 20:23:34
@polieco_arche さんのツイート後このページ http://tinyurl.com/6og7ygq を眺めている。所詮資本主義延命のあれこれでしょう。 死語となって久しき天下大乱を是とする立場からすれば、際物狙いのこの企画、この高価、あれまあ、と思う次第。 posted at 19:43:58
@polieco_arche そうだよね。今回のケースは、博物館とか資料館とか所詮サービス業の隘路だわ。 posted at 23:15:21
@polieco_arche 三次元、三枚目、ブリガーテ・ロッセ。 posted at 23:34:18 @polieco_arche 冴えてますね! posted at 17:37:45
@polieco_arche 「苦学」というのも教養主義(竹内洋)の産物でしたね。 posted at 16:51:50 @polieco_arche (承前)森本六爾や相沢忠洋などビッグネームが誕生したのも(無試験入学も)、マイナー、奇特、情熱のなせる技なのか。いまでは「ジジババ」の団塊が彼らを支え、しかし団塊が考古学を大衆化してしまった、とね。よきにつけあしきにつけ。 posted at 16:48:55 @polieco_arche どの書だったか忘れましたが、少し前に斜め読みした時、特に上手でもない普通の文章に意外な感じがしました。かつて読ませたのは、「情熱」なのでしょうか。学問、しかもマイナーな考古学の世界の奇特な人たちに対する好奇の視線が、「情熱」に変奏されていたのかも。 posted at 16:34:21
@polieco_arche お恥ずかしや、これだす。:D http://t.co/KDG5Dgs posted at 20:23:02
@polieco_arche 石鏃というのは象徴的。石からはじまる蒐集とは、廣瀬さんの『博物館は生きている』。自然史に歴史が乗っかって石鏃! posted at 20:33:14 @polieco_arche やはり石鏃は、空から降ってきたんですよ。 posted at 20:22:57 @polieco_arche おおっ!いまは緑陰も増えましたが、むかし(40年ほど前)は砂漠のような台地でした。夏は無論のことド炎天下。そのような場所で踏査されていたのですね。 posted at 20:14:32
@polieco_arche 浜松市博物館ですね。同館で出していた所謂ミニコミ『浜松市博物館情報―新しい博物館をめざして―』は、長い準備期間の最中にあった相模原の博物館のそれ(ミニコミ?)真似たと聞きました。向坂鋼二の影響がこの頃は存したか? 楽器博物館もお薦めです。 posted at 21:13:04
@polieco_arche 「同族」と評した人は別に居ました。だから「宝」と評した人がいたことは、やや驚きだったわけです。 posted at 00:56:07
@polieco_arche まちがえました。八回忌。 posted at 23:54:22 @polieco_arche なるほど。えとのすの方ですね。 posted at 23:46:26 @polieco_arche 鳥浜ってむかしの印象ですがフォークロア的でした。調査の趣向がね。特に政治を嫌うというか。 posted at 23:43:46 @polieco_arche 雨季って俳句的。 posted at 23:41:14 @polieco_arche ほんと!ダイナミック。 posted at 23:39:42 @polieco_arche 雨季ね。: ) posted at 23:36:30 @polieco_arche そうか、そこにも通じるのですね。去年「『興業意見』の陳列所・博物館論」を書いて、前田正名以前の直輸入的博物館の失敗、挫折を概観しようとして中座しています。 posted at 23:35:55 @polieco_arche すみません。いちみさんざん! posted at 23:25:54 @polieco_arche それは畿内の弥生~古墳などでよく言うところの「洪水層」。特化して「津波層」みたいなものですか? posted at 23:21:35 @polieco_arche この印象は支配的です。明治が越境している。ミュージアムを鹿鳴館的にまなざす「日曜美術館」的様式と同じ。前田正名以前というか・・・。 posted at 23:13:13 @polieco_arche 貝のブロックは時代地域問わずあります。知多内陸部に中世期の比較的規模の大きい貝塚がありましたし、名古屋の交通情報によく出てくる「古城」と呼ぶ地に館跡状の畑があり、その法面に薄い貝層が見られました。湮滅しましたが。脱線、失礼しました。 posted at 16:55:51 @polieco_arche こちらこそ気が利かずに失礼しました。ネタバレになってしまいごめんなさい。むかし岡本氏と弥生の濠状遺構内貝層上面で人骨が出るのを墓じゃないかと会話していました。同様の遺構内、土器等面状分布、円窓付土器の出土、に関しても。高蔵、瑞穂、見晴台等の例でした。 posted at 16:46:49
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last update 06/03 21:29
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