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畦倉充隆@peachful

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2017年11月22日(水)1 tweetsource

2017年11月21日(火)5 tweetssource

11月21日

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畦倉充隆@peachful

村上春樹の処女作『風の歌を聴け』、第二作『1973年のピンボール』は英訳されていたが、長い間日本国内でしか買えなかった。海外では出版されなかった。作者本人にただの習作、小説以前とみなされていたからだ。小説家村上春樹は、三作目『羊をめぐる冒険』から始まる。それ以前は原・村上春樹だ。

posted at 04:48:45

11月21日

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畦倉充隆@peachful

ぼく自身は、処女作『風の歌を聴け』に決定的な影響を受けている。それ以外はただの付け足しで、極論を言えばなくても良かった。つまり、ぼくは小説家としての村上春樹には影響を受けてないことになる。ぼくが影響されたのは原・村上春樹で、小説家としての村上春樹にはさほど影響されてないと言える。

posted at 04:53:47

11月21日

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畦倉充隆@peachful

大学時代、村上春樹の『1973年のピンボール』と蓮實重彦の『シルバーシートの青い鳥』(『反=日本語論』)をノートに全文書き写した。コピーして、それを使いこなせるようになりたかった。それが、自分が呼吸して、死なずに生きるのに必要なことだった。自分の感覚の場所を確保しておきたかった。

posted at 05:14:01

11月21日

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畦倉充隆@peachful

ぼくの口から「いーよ、今さら」という言葉が飛び出た。「その『今さら』を10回唱えてみて」と言われた。「今さら、今さら…」。「何の感情も出てこないんだね。普通は怒りとか恨みがましさとか、多少はドロドロしたものが出てくる。本当に萎えちゃって、全部諦め終わっちゃってるのかもしれないね」

posted at 12:14:44

11月21日

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畦倉充隆@peachful

フリッパーズ・ギターばかり聴いてた時期があった。当時の肌に合った。毎日飽きずに流し、幸せな気分になれた。最近はサニーデイ・サービスと曽我部恵一ばかり、自分でもよく飽きないなと呆れるくらい、流し続けてた。なぜか、昨日からピチカート・ファイブのヘビロテ。特に90年代に思い入れはない。

posted at 16:13:54

2017年11月20日(月)8 tweetssource

11月20日

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畦倉充隆@peachful

Twitterが準備してくれた140字という制約に、ぼくはとても助けられてる。ぼくには構成とか構造化の能力が欠けている。だが、140字には厳密な組み立てなど必要ない。何かが浮かんだ途端、短距離を一気に完走すれば済む。なにも考えず、出たとこ勝負、その場限りで書き続けるには丁度いい。

posted at 05:06:22

11月20日

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畦倉充隆@peachful

その瞬間に出てきたものを、その場で書き取る。先のことは考えない。過去に書いたものを読み返すこともしない。同じことも何度でも書く。出てきた以上書き取って流す。来たのだから、恐らくまだ終わってないのだろう。終わったなら、もう出て来ないだろう。それは神様の管轄で、ぼくには決められない。

posted at 05:12:48

11月20日

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畦倉充隆@peachful

特にいい文章、いい表現を書こうとも思わない。出できた以上、その出てきた文章が正しい。そう強引に決めつける。下手な言い回しだなあと感じることも多いけど、出てきた以上、出来る限りそれもそのまま残す。ただ、140字ジャストという制約だけは守る。一文字も多くなく、少なくもなく、調整する。

posted at 05:18:16

11月20日

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畦倉充隆@peachful

Twitter社が英語を念頭に置いて決めた140字という制約に意味があるかというと、全くない。実際、英語と日本語では同じ140字でも情報量が全く違うらしい。ただ、一文字違わず140字ジャストを意味もなく厳守し続けることにだけ、何の根拠もない意味がある。138字も、142字も不可。

posted at 05:53:06

11月20日

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畦倉充隆@peachful

何かを伝える気もないし、わかってもらう気もない。言いたいことがある訳でもない。出たとこ勝負。ただ、流し続ける。どう受け取られるかなんて想像もつかない。面白いと思う人もいるかもしれないし、下らないと思う人もいるだろう。興味すらわかず、気がつかない人が大多数だろう。別になんでもいい。

posted at 05:58:31

11月20日

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畦倉充隆@peachful

意味は後から出てくるかもしれないし、全く出てこないかもしれない。どっちでもいい。さいの目次第。トイレに行ったり、歯を磨いたりしてるのに近い。生理的に必要だから毎日続けてるだけ。反応がなくてもがっかりもしないし、反応があったら、むしろびっくりする。顧客獲得には、ほぼ役に立ってない。

posted at 06:04:55

11月20日

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畦倉充隆@peachful

昔の写真を見た。距離。遠くにいる。近くにいたはずなのに遠いのだ。今から見たら、そりゃ遠いに決まっている。だが、当時から既に縮まらない距離があったのが見て取れる。とても物悲しい。あんなに近かったはずなのに、無限大に遠かったなんて。ぼくは地平線の彼方の蜃気楼を追いかけていたのだろう。

posted at 12:38:00

11月20日

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畦倉充隆@peachful

こんな議論が出てくること自体が、柏いいなあと思う。柏市、なかなかやるなあとワクワクする。市政にワクワクなんて、夢のようだ。ほんとにこうなったら、本当に夢のようだ。こんな風に現実を動かそうとしてる人たちがいることに、感動する。山下く... fb.me/B2OvAtIY

posted at 14:29:37

2017年11月19日(日)5 tweetssource

11月19日

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畦倉充隆@peachful

未処理の気持ちが身体に溢れてるみたいで、片っ端から言葉にしてノートに書き取ってる。何だか物悲しい。もう決して叶えられることのない、未遂に終わった夢。もう絶対にやってこない未来。希望のまま潰えた、廃棄処分するしかない希望。記憶の断捨離。束ね、ゴミの日に出してしまおう。夢の残骸たち。

posted at 15:53:16

11月19日

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畦倉充隆@peachful

君はスクランブル交差点斜めに渡り乍ら不意に涙ぐんで「まるでこの町は青春たちの姥捨山みたいだ」という。「ねェほらそこにもここにもかつて使い棄てられた愛が落ちてる。時の流れという名の鳩が舞い下りてそれをついばんでいる」(さだまさし『檸檬』)。確かに街のあちこちで、夢の残骸に出会った。

posted at 16:05:25

11月19日

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畦倉充隆@peachful

街のあちこちに、かつての夢、希望の残骸がまだ漂っていて、その場所を通りかかるとふいに出会ってしまう。なんとも物悲しい。ぼく自身はその時点よりずいぶん進んでしまっているのに、夢の残骸はそこで時が止まっている。半分薄れかけているのに、まだ夢のままだ。少しだけ、やりきれない気分になる。

posted at 16:25:09

11月19日

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畦倉充隆@peachful

さだまさしは嫌いじゃないし、才気も感じる。中学時代は狂ったように聴いた。ギターの練習もした。でも、ぼくのように前向きでもなければ、楽観的でも、性善説の持ち主でもない人間には、少々、苦手な曲も多い。そんな中で、ぼくにといってのベストは『檸檬』だ。思い入れもあるし、文句なしだと思う。

posted at 16:31:18

11月19日

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畦倉充隆@peachful

失われた中心部分、損なわれた中心。自分にそんなものがあると考えると辻褄が合ってくる。そこが疼いている箇所だ。そこを巡って、ぼくの様々なもがきが生じている。アルコールを流し込んでいる炎症箇所がそこ。ぼくはドーナツみたいに自分を感じてる。周囲だけがぐるりとあり、中心部分には大きな穴。

posted at 23:06:35

2017年11月18日(土)4 tweetssource

11月18日

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畦倉充隆@peachful

なぜか鬱蒼とした物悲しいモード。天気の影響か?こないだ見た映画、『ノルウェイの森』に刺激されたか?こんな気分をよく味わっていた気がする。身体が記憶してる。世界中から見捨てられ、ぼくが見捨てられていることすら誰にも気づかれず、小雨の暗い道を一人でとほとぼ歩いている時みたいな気持ち。

posted at 18:05:56

11月18日

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畦倉充隆@peachful

フリック入力が、何も考えなくとも指が勝手に入力してるようにならないかな。以前そう書いた。いちいち引っかかってはスマホが書くためのツールならない。物理キーボード程にはいかないが、最近かなりに近づいた。電車の中で、脳内の思いつきを書き殴るくらいは、ストレスなくできる。なんかよかった。

posted at 21:55:10

11月18日

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畦倉充隆@peachful

なぜか、ぼくにはどこでも書きたいという欲望があった。布団の中で書きたい。電車の中で書きたい。歩きながら書きたい。椅子に座って机で書くだけでは何かが足りない。それも、何かのために書くのではなく、ただ純粋に書くために書きたかった。頭の中に泳ぐ魚の群を捕まえ、言葉を与えていきたかった。

posted at 22:04:04

11月18日

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畦倉充隆@peachful

大学時代は、それ程高価ではないが風合いの気に入った、軽いハードカバーのノートを買い、それに地下鉄の中などで思いつきや、思い出すことなどをただ書きつけていた。誰に見せる訳でもない。自分も滅多に読み返さない。ただ、まだ言葉になっていないことを、一つ一つ言葉にしていくことが大事だった。

posted at 22:15:10

2017年11月17日(金)8 tweetssource

11月17日

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畦倉充隆@peachful

「愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療: 素朴で古い療法のすすめ 」。今年、出たばかりの本。まだ読み始めだが、いい本だと思った。「素朴で古い療法のすすめ」の副題がいい。二人心理学、間主観アプローチ、量子論的モデル、そういう大きな話を通過し、素朴に回帰する感じはよくわかる。

posted at 12:54:44

11月17日

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畦倉充隆@peachful

今は動けないし、動くつもりもない。焦りは当然ある。洪水のように押し寄せてきてる。ぼくは「焦る必要はない」と何度も書いてしまう。いささかしつこい程だ。実態は、相当焦っているのだろう。でも、巻き込まれたらアウト。動けない時にしかできないことがある。それが中途半端で不徹底だと後で祟る。

posted at 13:21:27

11月17日

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畦倉充隆@peachful

キープできてた目標、「安定した低空飛行」も今は崩れてる。対外的には何もしてない。自らセミナーをするどころか、セミナーや勉強会に出かけることすらなくなってる。でも、時間は余るどころか、足りない。何十年も、ここに耽溺したかったのにできずにいた。極めて不器用にだが、やっとそうできてる。

posted at 13:48:31

11月17日

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畦倉充隆@peachful

このまま沈没して終わるか、なにか根本的立て直しなり、死と再生なりが起きるかなんて、予測できるはずもない。今の自分にできることをじわじわと、歯でも磨くつもりで、毎日しているしかない。焦りはある。だが必要不可欠なのは、今は、焦りではなく安心だ。身体の奥にこびりついた不安を払拭したい。

posted at 13:54:41

11月17日

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畦倉充隆@peachful

今、焦って飛び出しても同じ轍を踏むだけだ。今ままで何度も、いつもの無理を抱え込んだ、いつもの苦しい体制にはまり込んだ。いつもおっかなびっくり、ろくに力も出せず、長く続かなかった。結局、潰れた。無理は続かない。何回、全面的に崩壊したかわからない。今また同じことを重ねても仕方がない。

posted at 14:04:40

11月17日

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畦倉充隆@peachful

以前、自分の人生を「エンジンの壊れた車を、無理矢理、騙し騙し運転しているようなもの」と書いたことがあった。いつダメになるか、いつもヒヤヒヤしなが生きていた。こんな無理が続くはずがない。来るはずのXデーのことが、いつでも怖くて仕方がなかった。こんな毎日は精神衛生上、とても悪かった。

posted at 14:07:48

11月17日

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畦倉充隆@peachful

比喩なんて、エンジンの壊れかけた車でも、肩の故障をかばいながら投げているピッチャーでも、単位が必要だから、熱が出ているにも関わらず無理して出席している体育の授業でも、なんでもいい。そうじゃない人生が想像すらできなくなっていた。でもぼくも53歳だ。死ぬまでこれを続けても仕方がない。

posted at 14:11:52

11月17日

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畦倉充隆@peachful

まだ届いていない。だが、明らかに近づいている。どこに?わからない。言葉ではまだ言えない。わかった時には、「なーんだこれだったんだ。なんでこんな簡単なことがわからなかったのだろう?」という感想を持つだろう。今までもそんな感じだった。届かねばならない、ある感触、ある状態が確かにある。

posted at 15:35:37

2017年11月16日(木)1 tweetsource

11月16日

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畦倉充隆@peachful

まだ何も始めてないし、まだ何も始まってないが、確実にどこかにたどり着き始めてる。届き始めてる。どこに着地するかなんてわからないし、結局のところ、そこがどこだって構わない。どこに着地しようが、結局どうにかなる。ただ、着地しないと動き始めることすらできない。焦らず、ゆっくり着地する。

posted at 00:49:34

2017年11月15日(水)4 tweetssource

11月15日

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畦倉充隆@peachful

自分がどんな風に生きていたいか、自分が何をやりたいか、今、やっと考え始める。あまりにも遅すぎる。でも、もうしばらくは生き続ける。避ける訳にいくまい。今からでも組み立てる。焦る気持ちはあるが、焦るつもりはない。今まで生き延びてきた、よれよれの自分を踏まえた上で、さて、どう生きたい?

posted at 12:25:50

11月15日

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畦倉充隆@peachful

自分なりに一生懸命、生き延びてきたのは嘘じゃない。でも、これが自分だという感覚に欠けていたし、これが自分の人生だという感覚も得られてなかった。振り落とされないように必死につかまっていて、気がつけば、それだけで何十年も過ぎてしまっていて、白髪のおじいさんになっていたような妙な感触。

posted at 12:29:49

11月15日

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畦倉充隆@peachful

本当は、「自分の人生を自分の人生として取り戻す試み」は、離婚後の2013年に開始するつもりだった。だが、予想よりも自分がよれよれで、思うように動かず、時間だけが過ぎた。5年間。短くない時間だ。今、2017年。怒涛の10月を終え、性懲りもなく、今度こそと思っている。さて、どうなる?

posted at 12:39:40

11月15日

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畦倉充隆@peachful

対社会的には、今はこの20年の中で一番何もしてない。ほぼ何もしてない。だが、今は一番充実してる、一番大切な時期になっている。逆に毎日セッションの仕事をしていた頃は、毎晩、「今日も何もしなかった」という思いに苦しめられた。気が狂いそうだった。今は何もしてないけど、とても充実してる。

posted at 20:16:24

2017年11月14日(火)12 tweetssource

11月14日

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畦倉充隆@peachful

永遠に続くかに思われた、あの大きな悪循環をやっと外し、一時期は息も絶え絶えになっていたが、落ち着いてきた。穏やかさも感じるようになった。常時、非常事態的な状態で神経が立ってたのも沈静化。いったん仕事をほぼ打ち切り、自由時間をふんだんに手にしていたのに手に入らなかった、空白も得た。

posted at 08:01:35

11月14日

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畦倉充隆@peachful

物理的にはほとんど空白の中で暮らしていたのに、心が止められない急速回転を続けていて、空白を埋め尽くしてしまった。黒煙ときな臭い匂いの伴うな嫌な回転。どれだけ空白があっても、全て食い尽くしていしまう。どれだけ時間があっても、どれだけ何もしてなくても、まるで足りない。切りがなかった。

posted at 08:06:58

11月14日

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畦倉充隆@peachful

これからどうなるかなんてわからない。まだ何も考えてない。今は考える気もない。せっかく手に入れた空白を思考で埋めてしまっては、何にもならない。これから、この空白をベースに生きていけたらな、と思う。自分の中に空白を根付かせ、育てていきたい。今は、この空白にクラゲのように漂っていたい。

posted at 08:12:31

11月14日

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畦倉充隆@peachful

会社もバイトも次々解雇され、結局、社会適応できなかった。皿洗いや軽作業のバイトが一応やれたのは精神科の治療が効いたのだろう。それからプロ家庭教師となった。これがぼくの原点だ。ただ、集団所属できなかったぼくにが家庭教師や塾講師の肩書が社会的アイディンティティとなった。しがみついた。

posted at 08:20:06

11月14日

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畦倉充隆@peachful

家庭教師や塾講師をしていて、自分に精神科入院歴やアルコール依存の傾向等があり、いつもゲロゲロだなんて言えない。自分が問題を抱えているなんて、ひた隠しにするしかなかった。少しユニークで、気さくな先生に切り替えた。切り替え能力だけは鍛えに鍛えた。時間になると、さっといい先生になった。

posted at 08:24:00

11月14日

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畦倉充隆@peachful

セラピストは家庭教師の延長線上でなった。行くか来てもらうのかの違いがあるだけ。やることは、そんなに変わらない。だから、自分が問題を抱えた、社会的にはダメな人間だという実態はひた隠しにしたままだった。自分の延長線上ではセラピストをしてなかった。実態とは切り離した、別の空間を作った。

posted at 08:28:54

11月14日

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畦倉充隆@peachful

社会の片隅にでも、自分の居場所をつくるために、自分の実態を隠し、セラピストという仮面を被った。苦しんでいる、壊れそうな自分など、絶対あってはならなかった。バレたら破綻だと思い込んでいた。逃亡者が名前や職業も変え、正体を隠して生活してるみたいだった。解離を特訓していたようなものだ。

posted at 08:33:31

11月14日

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畦倉充隆@peachful

自分自身のダメダメな実態をひた隠しに隠し通すことで、内側はダメージを累積させていった。解離で事態は深刻化した。もうこのままでは壊れるしかないと追い詰められ、「もう無理。もういい。全部バラしてしまえ。どうにでもなれ」と、ほとんどヤケクソでつぶやきはじめた2009年までそれは続いた。

posted at 08:39:58

11月14日

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畦倉充隆@peachful

意識が飛びそうなほど追い詰められ、ヤケクソになって、全て壊してしまえ、すべてばらしてしまえとつぶやき始めた2009年と、離婚で家族と仕事を同時に手放したというか、失った2013年が大きな転機になっている。今年、2017年がその次の転機だ。怒涛の10月をなんとか乗り越え、今は空白。

posted at 08:44:58

11月14日

@peachful

畦倉充隆@peachful

こんなことで本当にいいのかはわからないけど、もっといいやり方はあったかもしれないけど、まあ別にいい。とりあえず、自分の主観の中では、どうしても剥がせなくなっていた、社会を渡るための、「仮面としてのセラピスト」は剥がせた気がする。今、ここでこうしているのが自分だと感じられる。空白。

posted at 08:49:27

11月14日

@peachful

畦倉充隆@peachful

もう53歳だ。都合の悪い自分の実態は切り離し、仮面としてのセラピストを続けるのは良くない。実際、続かなくなってる。もしセラピストを続けるならば、ダメなどうしようもない自分の実態を回収し、その自分に責任を持ち、そこに立脚した「セラピスト」を今からでも作り直すしかない。そんな年齢だ。

posted at 08:59:18

11月14日

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畦倉充隆@peachful

まあ、全てを統合した理想的な人格になったりはしない。主観や意識は、常に何かを背後に押しやることで成立している。自分の背中は見えないように盲点だらけのはずだ。全円的に360度開いた人格になれたなら、そんなの悟りで、ブッダだ。無理。地味に今、自分のできることから片付けていくしかない。

posted at 09:08:07

2017年11月13日(月)8 tweetssource

11月13日

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畦倉充隆@peachful

自分の中に動く気配を見つけたら、それが自分にとってどういう意味か、見当がついたり、整理できる前に140字に結晶化させ、書き取ってしまう。意味がわかってからだと、内なる傾向にとって都合が悪ければ、整理され、下手すればないことにされてしまう。そうなる前に、物質として存在させてしまう。

posted at 09:03:55

11月13日

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畦倉充隆@peachful

ぼくにメモの習慣はないが、メモは覚えているために取るのではなく、忘れてもいいように取るらしい。ぼくがここに140字ずつ書いているのも、自分の中に浮遊しているものをすくい取り、一度は前頭葉を通し言語化しておく。後は、釣った魚を海に戻すみたいに放流してしまう。いわば忘れるために書く。

posted at 09:08:48

11月13日

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畦倉充隆@peachful

大学1年の時、授業の課題で村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』を読んだ。心地よさを見つけた。これだと思った。壊れかけている自分をこの感じ、この距離で何とか保てると思った。貪るように何度も何度も読み、死にものぐるいで吸収した。ぼくにとっては小説ではなく、サバイバルマニュアルだった。

posted at 09:13:41

11月13日

@peachful

畦倉充隆@peachful

デビュー作『風の歌を聴け』は英訳されてない。本人にとっては秀作みたいなもので、できれば忘れてしまいたいくらいの位置づけらしい。小説として考えるならそうかもしれない。だが、ぼくのサバイバルのための必需品としては、極端にいえば村上春樹はこの一冊があればいい。他はおまけみたいなものだ。

posted at 09:20:18

11月13日

@peachful

畦倉充隆@peachful

村上春樹に決定的な影響を受けている。それなしには生き延びられなかった。ではぼくはハルキストか?春樹好きとしゃべってもまず話は合わない。小説として読んでいるからだと思う。小説だから、その方が正しい。ぼくの方がおかしい。スマホを携帯式武器として、サバイバルツールに使ってるみたいだ。。

posted at 09:25:47

11月13日

@peachful

畦倉充隆@peachful

スマホを通信機器として使うなら、CPU、バッテリーの持ち、メモリの容量等、スペックを気にする。だが、護身用の武器と思ってるなら、あくまでも例えだが、角で相手を殴るときに握りやすいか、みたいなところばかりチェックするだろう。村上春樹を小説として読むのと、ツールと思うのは、何か違う。

posted at 09:33:05

11月13日

@peachful

畦倉充隆@peachful

村上春樹で生き延びた、それがなかったら生き延びられなかった。それくらいの勢いで濃く、しつこく影響を受けているけれど、新刊が出てもまず買わないし、読まない。興味が湧かないからだ。ブックオフで100円で見つけてから買って、それでも読まずにほったらかしている。読者としては完全に失格だ。

posted at 09:37:58

11月13日

@peachful

畦倉充隆@peachful

ぼくにやりたいことはあったのか?やりたいエネルギーはあった。空想として遊んでたレベルがせいぜい。やりたいこととして結晶する前に砕け散ってしまった感じ。それ以降、何がやりたいかなどと考えたこともなかった。今、未遂に終わった、形を持たないやりたさのエネルギーが、亡霊みたいに漂ってる。

posted at 10:00:21

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