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畦倉充隆@peachful

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2017年05月28日(日)28 tweetssource

16時間前

@peachful

畦倉充隆@peachful

自分は人間の資格、存在する資格を持たない、そもそも存在としてダメなのだという感覚が染み付き、こびりき、離れなくなってた。発達障害の二次障害だと思う。いつも針のむしろ、安心して自己肯定などできなかった。高校の時に、決して悪くない、なかなかにいい自分を発見した。これが自分だと思った。

posted at 13:29:20

16時間前

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畦倉充隆@peachful

中学の時に塾古本屋に入り浸り、全共闘世代のサブカルが流れ込んできた。『SFマガジン』、『奇想天外』、少女マンガ、萩尾望都、大島弓子、青池保子、魔夜峰央、別冊宝島、晶文社、『面白半分』や『話の特集』等ちょっと知的なおもしろ雑誌。学校社会と異なった価値観、カルチャー。息を吹き返した。

posted at 13:34:48

16時間前

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畦倉充隆@peachful

中学時代。学校空間とは異なるサブカル的な価値観に開き、ぼくは息を吹き返した。SF作家、星新一、小松左京、筒井康隆たちのラジカルでナンセンスな冗談が好きだった。萩尾望都や大島弓子の透き通った繊細さ、少女漫画の文学性に身体感覚まで開かされた。細胞に酸素が届き、活性化するみたいだった。

posted at 13:41:57

16時間前

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畦倉充隆@peachful

学校社会で、半分死んでいるようなものだった。自分の自然な資質、得意な方面の8割をないことにして、残りの2割で酸素を我慢して生き延びてた。塾は自由だった。塾帰りの古本屋で雑多な好奇心をどんどん伸びやかにした。毎月、大人たちのSFのファングループに中学生としてたった一人、参加してた。

posted at 13:46:35

16時間前

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畦倉充隆@peachful

高校に入り、もう学校社会で窒息してるが辛かったんだと思う。クラスにも授業にも参加しなかった。部室に逃れ、好き勝手していた。ギターを弾き、読みたい本を読み、離したい話をして、新しい冗談のスタイルを絶えず工夫していた。成績は学年で下から一桁に急降下。ざまあみろというさっぱりした気分。

posted at 13:50:39

15時間前

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畦倉充隆@peachful

中学の時のサブカル体験がベース、高校でそれを耕し開花させた。岸田秀、吉本隆明が文庫、栗本慎一郎が新書になり、大喜びで買い求め、夢中になった。『知的トレーニングの技術』で独学で生きていくと決めた。老荘思想、般若心経、精神分析に熱中した。『よいこの歌謡曲』のアイドル批評も好きだった。

posted at 13:55:54

15時間前

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畦倉充隆@peachful

ADHD系で、座って授業を聴いて、理解する能力がなかった。何度も書いたように予習復習、テスト勉強、ノートを取るなど、それまで一度もしたことがなかった。家でノートや教科書を開けたこともなかった。それで、急に高度になる高校の勉強についていける訳がない。しかも、そもそも興味がなかった。

posted at 14:00:36

15時間前

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畦倉充隆@peachful

高校時代、将来、哲学思想とか東洋思想とか精神分析をやれば、自分は楽しく元気に、面白がりながら、伸びやかに生きていける気がした。学校空間や学校の勉強の重苦しく、窒息する感じからおさらばできるように思え、それが希望だった。自分はオッケーで大丈夫に思えた。しかし、大学受験が待っていた。

posted at 14:06:43

15時間前

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畦倉充隆@peachful

自己肯定も自己尊前も見失い、窒息しそうだったぼくがやっと発見した希望が哲学思想、東洋思想、精神分析だった。こんな世界で食っていくなら、そこそこの大学に入ることが必要だ。それには学校の勉強が必要だ。つまり、勉強からおさらばするには勉強が必須なのだ。3年間のぼくの勉強量はゼロだった。

posted at 14:11:25

15時間前

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畦倉充隆@peachful

高校受験はごまかしごまかし、なんとか第一志望の高校に滑り込んでしまったから、大学受験も本気で立ち向かえばなんとなるだろうと最初は楽観した。でも、予備校に行ったら授業の一単語も理解できなかった。3年間のブランクは予想以上にとんでもない。手の打ちようもなかった。追い詰められ、壊れた。

posted at 14:14:33

15時間前

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畦倉充隆@peachful

予備校の英語では、ほとんど全部の単語を知らなかった。isとかtheとかmanのレベルしかわからない。まあ、中学までしか知らないのだから当然だ。しかも、一度も辞書というものを引いたことがなかった。予備校の内容との接点が作れなかった。このままでは破綻する。やっと発見した希望も終わる。

posted at 14:18:04

15時間前

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畦倉充隆@peachful

予備校の受験勉強カウンセリングというのがあった。ぼくは申し込んだ。係員は「しっかり予習復習をして、予備校を信じてついていけば大丈夫」と繰り返した。そもそも、予習復習を生まれてから一度もしたことがないような人間は、ここでは対象外、想定外らしかった。ついていけないから困っているのだ。

posted at 14:21:04

15時間前

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畦倉充隆@peachful

どんどんぼくはおかしくなった。予備校の建物の中にいるだけで怖かった。内容のまるでわからない授業を聴いていると恐怖で動けなくなった。予備校の他の生徒たちが恐ろしくて、顔が見れなかった。恐怖に打ち勝つために酒を飲んで予備校の建物に入った。建物を出た途端、自動販売機に走り、また飲んだ。

posted at 14:24:08

15時間前

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畦倉充隆@peachful

さっぱり理解できない英文法。これが理解できないと将来が崩壊してしまう。だが、テキストを見ているだけで気が狂いそうになってくる。それを緩和させるためにも、ぼくは酒を飲んだ。毎晩、飲んだくれて英文法のテキストを読んだ。もちろん理解できない。ぼくは飲み過ぎで毎日記憶を失った。おかしい。

posted at 14:26:55

15時間前

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畦倉充隆@peachful

絶対どうにもならない。でも、絶対どうにかしなければならない。これがぼくの基本設定になった。頑張れば手の届くことをするのではなく、頑張っても頑張っても、どうにもなりそうにないことをやる。壊れそうになりながら、壊れても延々続ける。今も、ぼくはこの基本形の圏内にいて、抜けられていない。

posted at 14:31:10

15時間前

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畦倉充隆@peachful

ぼくの人生は、どう解いていいかわからない、答えのない知恵の輪みたくなってしまっている。この混乱し矛盾した状況はまだ変わってない。いつも追い詰められ、のしかかられ、気が狂いそう。何十年も続いている。この混乱を収め、ここから出ないと、ほっと一息つけない。出なきゃ。今も毎日続けている。

posted at 14:36:32

14時間前

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畦倉充隆@peachful

ぼくが苦しんできた「身動きできない」、「死んだまま生きているゾンビ状態」、「自分が自分という感じがしない」という、理解してもらいにくい状態の正体がやっと見えてきた最新トラウマ理論によると、強いストレスが長く続くと「不動化」が生じる。ぼくは慢性化した「不動化」に閉じ込められている。

posted at 14:57:42

14時間前

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畦倉充隆@peachful

『学校を捨ててみよう!』という本にこうあるらしい。「本来、活力に満ちあふれているはずの学生時代に、想像を絶する慢性疲労とエネルギーの枯渇に閉じ込められ、まったく身動きが取れなくなり、わけもわからないままに不登校、引きこもり、そして「人生最大の危機」へと発展していく」。正に、これ!

posted at 15:02:04

14時間前

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畦倉充隆@peachful

知人がSNSでシェアしてくれたブログ「いつも空が見えるから」の「だから君は慢性疲労に閉じ込められた―生きるエネルギーを枯渇させる解離そして不動状態」という記事。なぜぼくがずっと身動きできず、ずっと引きこもってきたのか、最新トラウマ理論を読みふけったのか、その理由がくっきりしたよ。

posted at 15:05:59

14時間前

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畦倉充隆@peachful

ブログ「いつも空が見えるから」の筆者が正に自分のこととして衝撃を受けた本のタイトルは『学校を捨ててみよう!―子どもの脳は疲れはてている』だ。ぼくの脳は既に疲れ果てており、高校に入った時点で自主的に不登校化し、実質的に学校を捨てたのだ。パズルのピースが埋まった。すっきり辻褄が合う。

posted at 15:11:32

14時間前

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畦倉充隆@peachful

幼稚園、小学校、中学校、高校、学校空間にいることは、いるだけで、ぼくにとっては拷問みたいだった。酸素の吸えない窒息状態。恐らくは発達障害的傾向に由来するのだろう。このマラソン的慢性ストレスで、ぼくの脳は疲れ果て、「不動化」という状態に入った。身動き取れず、引きこもるしかなかった。

posted at 15:14:51

14時間前

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畦倉充隆@peachful

元来ぼくにはADHD傾向があり、エネルギー過剰で多動だ。学校空間では、そのままの自分でいるだけで大顰蹙となる。自尊心が壊れる。そして、本来の過剰なエネルギーをほとんど全部押さえ込まなければ、学校社会ではいられない。これで生命体として壊れる。「不動化」。脳が麻痺し、生きた屍となる。

posted at 15:18:21

14時間前

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畦倉充隆@peachful

発達障害の傾向を個性、長所として読み替え、人生の設計をやり直す必要がやはりある。不動化のダメージの修復に取り掛かるまでに50歳を過ぎてしまった。遅いと言えば、人生を取り戻すには遅すぎる。でも、ムダな無意味な人生でも構わない。今、息苦しくなければいい。今、伸びやかでいられればいい。

posted at 15:23:19

14時間前

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畦倉充隆@peachful

どうせ、しっちゃかめっちゃかな人生だ。苦痛に耐えているのに大部分の時間を使った。身動きできないのに耐えていた。実りも成果も意味もない人生。夢も希望も発動する前に不動化し、固まり、麻痺してそこで止まったままの人生。別にそれはそれでいい。今、自由に息がしたい。今、伸びやかになりたい。

posted at 15:28:42

14時間前

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畦倉充隆@peachful

「不登校は『心理的な問題』と漠然としてつかみようもない解釈がなされつづけてきたが、実際には中枢神経機能障害、ホルモン分泌機能障害、免疫機能障害の三大障害を伴うものであり、人生最大の危機に発展する例があることがわかってきた」。例の本より。ぼくは実質上不登校だったし、人生の不登校だ。

posted at 15:32:32

14時間前

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畦倉充隆@peachful

「身動きできない」、「死んだまま生きているゾンビ状態」、「自分が自分に感じられない」というのははなんとも苦しいし、どうにもできないのだけど、そんなことを言っている自分の方がおかしいという気持ちがどうしても湧いてしまう。甘えているだけ、わがままだなけ、怠けているだけに思えてしまう。

posted at 15:40:58

14時間前

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畦倉充隆@peachful

人生の時間のほとんど全部は、身悶えするような時間だった。身動きできず、壊れてしまいそだった。だが、どうしても怠けているだけ、甘えているだけに思えてしまう。自己肯定できない。自分の生理的コンディションがどれだけおかしくなっていたかを知り、逆に、自分がおかしいのではなかったんだ思う。

posted at 15:44:44

2017年05月27日(土)24 tweetssource

5月27日

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畦倉充隆@peachful

自分の資質や自然なモチベーションが学校社会では使う場所がなかった。評価の対象にもならない。例えば、ろくに漢字練習などせず、誤字だらけだったが、中学の時に一度あった、薔薇、鬱、葡萄などを読ませる「読めない漢字テスト」ではダントツにクラスで一位だった。存在しないも同然の無意味な能力。

posted at 11:41:49

5月27日

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畦倉充隆@peachful

中学の技術家庭のテストは、2サイクルエンジンの仕組みに関して、自分の言葉で全部解説させるという珍しい問題が出た。先生は「たった一人だけ完璧に書けているやつがいた」と言って、ぼくの回答を読み上げた。こういう解説能力は学校の国語、数学、理科、社会、英語には全く不要で、使う場所がない。

posted at 11:47:23

5月27日

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畦倉充隆@peachful

自分の資質、能力、自然にしてしまうことは学校社会で求められることではなかった。自然で得意な8割を死蔵して、苦手な、興味も湧かない、残りの2割で昼間の教室を生きなければならなかった。窒息する。ぼくは授業は聴かず、ノートも取らず、授業中は私語を続けた。放課後は開放され、元気になった。

posted at 11:54:53

5月27日

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畦倉充隆@peachful

昼間の教室では、自分の自然な8割を押さえ込み、生きる屍になって合わせようとした。合わせる能力などなかった。予習復習、テスト勉強は一度もせず、ノートも取らず、授業中はおしゃべり続け、先生の説明は聴かなかった。全く頭に入ってこないのだ。自分で説明し直した説明しか、自分にはダメだった。

posted at 11:59:42

5月27日

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畦倉充隆@peachful

考えてみたら、そもそもADHD体質で、多動、そもそもエネルギーは過剰に余っている。だが、そのエネルギーを使える場所もなく、求められたり、評価されることもなく、死蔵するだけ、結局、社会から引きこもることになった。使えてない、余ったエネルギーが自分を蝕んでいて、これは未解決のままだ。

posted at 12:16:33

5月27日

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畦倉充隆@peachful

学校はいるだけで息が詰まりそうで、特別なことは何もしなくても、ただ苦しかった。夏休みとかになり、一週間くらい経つと、少しずつ何かが抜けて行き、不思議な程楽になった。拍子抜けするほど楽に息ができ、伸びやかな自分を発見した。でも、学校が始まるとすぐに、この楽な感じは跡形もなく消えた。

posted at 12:26:05

5月27日

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畦倉充隆@peachful

ぼくが「ぼくはぼくでしかない」、「自分自身に戻る」と言い続けていることが、自分として生きることができてないことの動かぬ証拠だな。恐らく、自分自身の自然な8割は使いようのない、ムダな負担だとして引っ込めていた習慣がからだの感覚として残っていて、自動継続してる。何もしないでも苦しい。

posted at 14:20:32

5月27日

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畦倉充隆@peachful

ずっと「あしたのジョー」の名セリフ、「あとには真っ白な灰だけが残る。燃えカスなんか残りゃしない。真っ白な灰だけだ」を引用し、死ぬ時は真っ白な灰になって燃え尽きたい、何も残らないようになりたいと言い続けてたのも、自分の大部分が使えずに持て余している不全感が言わせていたと考えられる。

posted at 14:32:57

5月27日

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畦倉充隆@peachful

生命体が、例えば順調な植物が成長のときにたどることのできるレールがあるとして、ぼくの人生はその初期から、恐らく3歳とかそれくらいにはそのレールからこぼれ落ち、戻すことができず、以来ずっと調子っぱずれ、順調とか伸びやかとかいう感覚がわからなくなり、卑屈で、鬱屈したままなのだと思う。

posted at 14:42:47

5月27日

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畦倉充隆@peachful

「あぜさん、スポ根少年だよねえ」と彼女はにっこり微笑む。そうなのかなあ。ぼくは、靴の中に入った小石が取れずに、不快で、気になって気になって、毎日そのことでぼやき続けていたうちに、浦島太郎のようにあっという間に数十年が経ち、気づいたら白髪のおじいさんになっていたような人生に思える。

posted at 14:48:03

5月27日

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畦倉充隆@peachful

仕事を積極的にする気も起きず、自分の中の不快感、焦燥感を追い詰め、何とか解消しようとしてきた。耐え難い不快感。自分を何とかスッキリまとめたい。どうしてもそこにエネルギーを集中させる。他のことができない。扶養家族はいないし、何かを残す子孫もいない。そこはすっきりしてて、とてもよい。

posted at 14:54:40

5月27日

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畦倉充隆@peachful

このスッキリさせたいという願いは、脳内のシナプスの配線をスッキリ整備させ、情報やエネルギーが自在に行き来するようにさせたいという欲求かも知れない。多分、身体内の情報やエネルギーの循環が首都高速みたいにあっちこっちで混乱し、混線し、渋滞を起こしているのだ。これが生理的に気持ち悪い。

posted at 15:04:54

5月27日

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畦倉充隆@peachful

2年半以上、この人と見込んだ整体の先生のところに執拗に通い続けてる。もう一人のとことんやる先生も発見し、併用して1年は通っている。今、凄腕の鍼灸の先生の話を聞き、さらに通う。ほぼ人とも会わず、飲みにも行かず、稼いだお金は整備につぎ込む。自分を整備したいという欲望以外、あまりない。

posted at 15:13:16

5月27日

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畦倉充隆@peachful

読書も、自分の頭の中をスッキリさせたいのだ。世の中には色んなことがありすぎ、どう理解し、どう対処したらいいのか、いつも困り果て、混乱している。自分で説明し直さないと自分の頭に入ってこない。油断すると思考が機能不全でストップ。「そうか、そういうことか!」という感触を得るために読む。

posted at 15:18:05

5月27日

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畦倉充隆@peachful

「ADHDなど存在しない。ただの有害なレッテルだ」、みたいな話があり、止めてくれよと思う。ADHDの概念を知り、「うわ、自分はまさにこれ」と長年の疑問が氷解し、やっと「ま、ADHDだからしゃーねー」と自分を許せるようになった。それまでは、単なる人の資格を持たぬ欠陥品だと思ってた。

posted at 15:29:05

5月27日

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畦倉充隆@peachful

ま、概念を知ったくらいで、人間の欠陥品が欠陥品じゃなくなる訳もなく、ぼくは相変わらず欠陥品のままなんだけど、自分が欠陥品であることを許せるか、許せないかの違いはあまりにも大きい。しかも、知ることで傾向と対策も立てられ、欠陥を個性として活かす方向性まであり得るのだ。概念に救われた。

posted at 15:31:54

5月27日

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畦倉充隆@peachful

「ADHDなど存在しない」と言いたがる人のことを思い浮かべると「我が校にはいじめはありません」と言い切きる校長先生を連想する。いじめの存在が都合悪く、もみ消されてしまうと、被害者はもう自殺するしかなくなってしまう。頼むからADHDの存在をもみ消さないでほしいなあ。何か都合悪いの?

posted at 15:39:53

5月27日

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畦倉充隆@peachful

存在基盤の脆弱さから、解体破滅感覚が襲う。実際に発病の時期もある。そもそもがスキゾイド系の気質、社会適応に向いてない。発達障害の二次障害が複雑性トラウマの様相を示し、その後の完全破綻でベトナム戦争みたいな強度のPTSDを残した。バームクーヘンのように重なってる。自分を活かす道は?

posted at 15:48:32

5月27日

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畦倉充隆@peachful

ここまで絞り出し、整理して見えてきたこと。自然の元来の自分の資質やエネルギーを活かす方法が見つからぬまま、社会の中での居場所も作れず、人生が崩壊した。背後にトラウマの後遺症が残る。それが昼夜逆転、深夜の深酒等、生活の悪循環を形成し、そこにはまっている。今は、ここに絞って対処する。

posted at 15:57:56

5月27日

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畦倉充隆@peachful

自分のことは「人間の欠陥品」だと思うが「人間のクズ」とは思ってない。「欠陥品」は単なる客観的な事実だが、「人間のクズ」は価値判断が紛れ込み、自分を責めたいたっぷりの思い入れが混入している。己に裏切られた自己愛が激しい自己攻撃に転じている感じがする。まあまあ、落ち着け。お茶を飲め。

posted at 16:07:14

5月27日

@peachful

畦倉充隆@peachful

成功した人生とは言い難い。大部分が時間のムダに費やされた。ほぼ意味も成果も生み出してない。人間の欠陥品がやるようなことは、まーこんなもんだと思う。この初期設定で、よくやった方だと褒めてやりたいくらいだ。今、残っている課題は、その人間の欠陥品とかムダな人生の上手な廃物利用の方法だ。

posted at 16:16:58

5月27日

@peachful

畦倉充隆@peachful

あまり自分を責めない。「自分のするよーなことなど、せーぜーその程度」みたいな気持ちがある。期待してないから裏切られもしない。後悔も割としない。「他にもやりようがあった」とかあまり思わない。選択肢などない気がする。「あの状況じゃ、それしかできなかったよなー」とただ痛ましく思うだけ。

posted at 17:23:25

5月27日

@peachful

畦倉充隆@peachful

「自分は自分」としつこいくらい言い続けてる。一般論は嫌いだし、一般的な正しさも嫌い。もちろん、参考にするために大いに尊重はする。でも、それを採用するかどうか、どういう角度から、どういう距離感でそれに関わるかは、ぼくに関する限り、ぼくが決める。「あなたのため」という人とは絶縁する。

posted at 23:07:41

5月27日

@peachful

畦倉充隆@peachful

自分の持つある種の過剰さを活かす方法が見つけられず、社会との繋がりをつける方法もわからないまま、追い詰められ、崩壊してしまった。その一連のダメージがトラウマの後遺症として今も残っている。トラウマの後遺症の処理とそもそものぼくの過剰さの活かし方を作り上げること。人生、ラストの課題。

posted at 23:10:56

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