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佐藤正美@satou_masami

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2017年08月19日(土)23 tweetssource

11時間前

@satou_masami

佐藤正美@satou_masami

文学は「絵空事」にちがいないが、事物の特性を顕す造形力なのだ。作家は、自身の個性が手軽に到達できる作品に決して満足しないだろう。いかなる仕事でも、今の自分を乗り越えようと努めるなら、新しい形を制作しなければならない。文学はそれを私に仕込んでくれた。

posted at 16:33:26

11時間前

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佐藤正美@satou_masami

弁舌だけで生活している連中を警戒したほうがいい。たとえ弁舌だけを聴く機会しかなかったとしても、もしその言説が本物なら生々しい艶がある。偽物は、いつも干からびている。

posted at 16:29:51

11時間前

@satou_masami

佐藤正美@satou_masami

私は、どうして今の仕事を選んだのか。いくら考えても、どうしてもその理由を見つける事ができない。しかし、私は、じぶんの仕事でもとめられている特殊な・具体的な技術の中に私の考えかた・私の生きかたを感じている。

posted at 16:27:51

11時間前

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佐藤正美@satou_masami

「絶望は最後の一秒でいい」と有島武郎氏が綴っていたが、きっと、有島武郎氏自身に言い聞かせた言葉なのだろうなあ。

posted at 16:25:11

11時間前

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佐藤正美@satou_masami

「考える」仕事は手続き通りにできるものじゃない。自分で創り出すしかない。置かれた環境の中を、全人格で以て、個性を主張する事である。ただし、生計のために、また社会の需要のためには、多少とも死んだ仕事をやらねばならない。私は、それができなかった。

posted at 16:23:26

11時間前

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佐藤正美@satou_masami

健やかな生活とは、じぶんの下した決断や じぶんの仕事について愚痴を言わない事であろう。そして、じぶんの好む事にのみ専念するという気力を貫くこと。勿論、そのために払う対価は大きい。だから、愚痴を言わないこと。

posted at 16:19:44

11時間前

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佐藤正美@satou_masami

時間の許す限り、やっている事に集中するがいい、と言って、のめり込んではいけない。凝るのはいいが、耽るのは禁物。たいてい 事の切りあげかたで人柄がわかる。

posted at 16:16:54

11時間前

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佐藤正美@satou_masami

才知とは、(自身の)個性を、自分の力を信ずる事、それしかないだろう。私が仕事に精を出すのは、ただ自分がやった事で自分を確認しようとするためだ。それが他人(ひと)のためになるなら、尚(なお)良い。

posted at 16:13:31

11時間前

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佐藤正美@satou_masami

私は、天才たちの書物を読んで、仕事をするには、仕事以外の一切のものを捨てる覚悟が必要である事を知っている。それを「天才であるがゆえに」と考えるか「天才であっても」と考えるか、、、。いずれにしても、それを真似した凡人は仕事につぶされるわ。

posted at 16:11:10

12時間前

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佐藤正美@satou_masami

あまりに平凡だ、下らない。こういう生活を私は望んでいたのではない。生活はもっと高尚な精神の具現であるべきだと若い頃には思った。芸術家・思想家なら そうかもしれない。しかし、その道に向かう事を尻込みした私の様な凡人には、当時の滓が燻っているだけだ。

posted at 16:07:29

12時間前

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佐藤正美@satou_masami

「災難にあふ時節には災難にあふがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候」(良寛)、凡夫の私はそこまで悟れんなあ。良寛和尚じゃなきゃ、どついてやる。

posted at 15:59:33

12時間前

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佐藤正美@satou_masami

堅実な生活を送るために、なにも豊富な才はいらない。俸給を稼ぐ才を持てば充分である。しかし、俸給を稼ぐだけで満足していけるものだろうか。いずれ仕事にウンザリして、やりたい事を探す様になるのではあるまいか。そして、自分を抑えているという理由で、仕事を呪う様になるのではあるまいか。

posted at 15:56:49

12時間前

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佐藤正美@satou_masami

才識・地位・財産があれば立派だが、その立派さは必ずしも他人を遜下(へりくだ)らせる性質のものではない。他人を遜下らせる立派さというものは、無条件な公平さの事であって社会では「甘い」と云われる性質に近い。キリストがそうであった。無論、その「甘さ」は途轍もない強さに違いない。

posted at 15:53:22

12時間前

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佐藤正美@satou_masami

私は「世間」に対して疲れ切るまで喧嘩をするが、竟(つい)にには、「世間」が投げてくれるパンの屑を拾う河原乞食なのだ。

posted at 15:49:34

12時間前

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佐藤正美@satou_masami

自惚れは時に多くの悩みを癒す。もしもそれを適度にそして適時に用いるなら。それなら煙草もそうだな(笑)。煙草の吸い過ぎは悪いし、酒の呑み過ぎは悪いし、食べ過ぎも悪い、too much な状態は悪いに決まっているわ。適度・適時が難しい。

posted at 15:47:42

12時間前

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佐藤正美@satou_masami

「女にとって愛されないということは不幸である。だがもう愛されなくなるということは侮辱である」(モンテスキュー)、女に限るまい、思想家もそうであろう。

posted at 15:44:23

12時間前

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佐藤正美@satou_masami

「社会は自然の破片である、個人は社会の破片である、人間精神とは言葉を生産する工場以外の何物でもない。言葉を個人とする社会以外の何物でもない」(小林秀雄、「アシルと亀の子ⅳ」)。

posted at 15:42:28

12時間前

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佐藤正美@satou_masami

「人々は日常視るところをことごとく言葉に翻訳して、蓄積する。人々は言う。『言葉ではそうだろうが、実際はそんなもんじゃない』、と。では実際とは何物か。実は彼らは次の通りに言ったのだ。『その言葉は簡単だ、もっと複雑な言葉もある』、と」(小林秀雄、「アシルと亀の子ⅳ」)。

posted at 15:39:58

12時間前

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佐藤正美@satou_masami

「全自然が一つの運動ならば、もはや、人間は自然の外側に立って、存在する真理を認識し、表現する者として現れはしない。思惟と存在との区別も、ただそんなたとえ話も可能であるというに過ぎぬ。すべては運動の形態である」(小林秀雄、「アシルと亀の子ⅳ」)。

posted at 15:36:44

12時間前

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佐藤正美@satou_masami

「ムツカシイ事が言えなければ言わなくてもよい。だが、それだからといって、通俗なものしか書けぬ理屈は何処にもない。通俗なものしか書けぬ男に、ムツカシイ事が言えぬも言いたくないもあったものではない」(小林秀雄、「アシルと亀の子ⅳ」)。

posted at 15:33:49

12時間前

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佐藤正美@satou_masami

「諸君のとぼけた理性にとって、あらゆる理論はむつかしく、ただ、やさしいものは実人生なのだ。人生はナンセンスだ、エロティックだ、さては階級闘争だ、それ以上むつかしい理屈は、われわれ芸術家は知らんよ」と(小林秀雄、「アシルと亀の子ⅳ」)。

posted at 15:31:08

12時間前

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佐藤正美@satou_masami

「理論が不得手である事は、作家そもそもの特権と心得ているのか。今日の青年作家たちが、まだ昔ながらの戯作者根性を捨て切れぬとは、わが国民の美風であるか」(小林秀雄、「アシルと亀の子ⅳ」)。

posted at 15:28:03

12時間前

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佐藤正美@satou_masami

「わたしの評論がむつかしいという奇態な抗言をしばしば聞く。私はむつかしい理屈を捏(こ)ねた覚えはない。むつかしい理屈なるものが、如何にたわいもない粉飾態であるかという以外に、凡(およ)そ理屈というものを述べた覚えはないのである」(小林秀雄、「アシルと亀の子ⅳ」)。

posted at 15:24:50

2017年08月17日(木)13 tweetssource

8月17日

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佐藤正美@satou_masami

霞を喰らう様に思い出を食べて生きていたくないわなあ。今際(いまわ)の際(きわ)まで「現実」に噛みついて考えていたい。引退する事は私には きっと我慢できない。

posted at 15:42:18

8月17日

@satou_masami

佐藤正美@satou_masami

私の犯したヘマの数々は、自身の才を見損なった(自賛した)果てであった。他人(ひと)に喜びを与えようとしたのだが、竟には人々から嗤われるに終わった。しかし、そうしなかったら、私は枯れてしまうにちがいないからだ――私の活力が鼓舞されれば、それでいい。道化師とはそんなものだ。

posted at 15:38:27

8月17日

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佐藤正美@satou_masami

私の犯したヘマの数々にも満足や希望がないではない。ヘマを悔やむ事をしないで、ヘマを正す事、そうすれば ちっとはマシな生活を送ることができる。

posted at 15:32:47

8月17日

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佐藤正美@satou_masami

他人(ひと)の言う事を時に聞き流す事は、平穏な、と言わないまでも確かに自分の生活を乱さぬ生活術の一つである。でも、私は聞き流す事が多すぎるわw。

posted at 15:27:26

8月17日

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佐藤正美@satou_masami

「写実とは常に、それが正確であれば正確なほど、荒唐無稽と見えるのであるか。『正にその通りである』」(小林秀雄、「アシルと亀の子ⅳ」)。

posted at 15:24:04

8月17日

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佐藤正美@satou_masami

「心理とは脳髄中にかくされた一風景ではない。また、次々に言葉に変形する太陽下にはさらされない一精神でもない。ある人の心理とは、その人の語る言葉そのものである。その人の語る言葉の無限の陰翳(いんえい)そのものである」(小林秀雄、「アシルと亀の子ⅳ」)。

posted at 15:21:50

8月17日

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佐藤正美@satou_masami

「人々は私を心理派だという。だが私は決して心理派じゃない。私は『単なる写実派に過ぎない』」(ドストエフスキー)。

posted at 15:18:13

8月17日

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佐藤正美@satou_masami

「人間の性格は心理にあると信じる迷妄から人々は決して脱していないのである。この迷妄を脱する事は、難しい」(小林秀雄、「アシルと亀の子ⅳ」)。

posted at 15:16:41

8月17日

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佐藤正美@satou_masami

「あるいは事物が言葉に翻訳される時、その言葉もまた一事物であるから、その言葉が、人間の共有の財産として固定する以前に、その一事物たる全貌が直覚されねばならぬ」(小林秀雄、「アシルと亀の子ⅳ」)。

posted at 15:14:40

8月17日

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佐藤正美@satou_masami

「自然は常に人間精神の試金石である。いったん事物を言葉に翻訳する事に依って、言葉の本来の性格を見失った精神の迷妄は、また、これを事物にひきずり下す事に依ってしか救う道はない」(小林秀雄、「アシルと亀の子ⅳ」)。

posted at 15:11:53

8月17日

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佐藤正美@satou_masami

文芸批評は文学作品に対する評なので、つねに、文学作品の風下に立つ運命なのですが、小林秀雄氏においては、逆も真になるという点が彼の天才たる所以でしょうね。

posted at 15:08:24

2017年08月16日(水)15 tweetssource

8月16日

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佐藤正美@satou_masami

「大衆」は独特な道徳意識を持っている。「大衆」は完全な論説には殆ど興味を抱かない。「大衆」を魅了するのは単純明快な力である。押し出し(presence)の立派である事が先ず必要なのである。そして、押し出しの半分は どうせごまかしだ。

posted at 18:49:01

8月16日

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佐藤正美@satou_masami

「及ぶまじからむ際だに、めでたしと思はむを、死ぬばかり思ひかかれし」(枕草子)、当時の社会で、この様な文を認(したた)めた清少納言はスゲーわ。学校で習う古文には、きっと掲載されない文ですね。私が当時生きていたら、清少納言に きっと恋したでしょう。

posted at 18:46:15

8月16日

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佐藤正美@satou_masami

批評するのでもなく、批評されるのでもなく、社会の一隅で静かに労働に専念する様になれば本物かもしれない。でも、ともすれば才走る私にはできるかしら、、、。

posted at 18:42:06

8月16日

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佐藤正美@satou_masami

疲れた時に思い浮かべるものは、――子どもの頃の家庭の風景である。自立心のどんなに強い人物でも、自分の生まれ育った故郷(ふるさと)を恋うる心をもっているのではないか。

posted at 18:40:37

8月16日

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佐藤正美@satou_masami

私は個性が強いと思われていて家庭生活には不向きだと言われる事が多い。しかし、(仕事柄)一日中 考え事をし、それに不可避な精神的流浪の後に、再び自然な気持ちに戻る事ができるのは家庭があったこそである。辛い精神的流浪の後に、私の様な凡才を再び親に、夫にするのは家庭である。

posted at 18:37:36

8月16日

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佐藤正美@satou_masami

ふと漏らした一言に本音が出る。たいがい弾みで漏らすのだが、ズッと抜けない棘となる――迂闊に言ったほうも、それを聞いたほうも。

posted at 18:32:21

8月16日

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佐藤正美@satou_masami

私は「独断的」とか「高慢」とか非難されて来たが、自惚れなど微塵も持ってはいない――簡単な話だ、自分などいなくても社会は聊かも損なわれないという事を弁(わきま)えていればいいだけの事だ。

posted at 18:29:28

8月16日

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佐藤正美@satou_masami

望みどおりの成果を得られなかった過去を後悔して、それを延長しない様に未来を歩もうとする意欲こそは、甦生復活を願う人の持つ魅力なのかもしれない。しかし、還暦をすぎても それをやっているのなら、年甲斐もないと云うのが相応であろう。

posted at 18:26:50

8月16日

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佐藤正美@satou_masami

「心から心に物を思はせて身を苦しむる我が身なりけり」(西行)、私くらいの程度の凡人でもそれを実感するが、凡人の悲しさは、歌う才(形を創る才)のない事にある。自意識は、凡才にあっては、すべての毒のなかで、最も劇(はげ)しい毒ではないか。

posted at 18:21:08

8月16日

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佐藤正美@satou_masami

芸術の人格陶冶、私は64歳になってそんな事を信用していない。天才(化け物?)でもなければ、自意識の深淵に耐えられる訳がない。私がそれを知った時は、すでにおそかった。自意識に蝕まれた私の生活は、陰惨な喜劇としか言い様がない。

posted at 18:17:39

8月16日

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佐藤正美@satou_masami

相手の顔を気に入った場合、たいがい仕事はうまくいく。私が誰を信用するかと問われるなら、他人を信用する人です。他人を疑ってつきあうな(疑うなら、つきあうな)、他人とつきあうなら疑うな。

posted at 18:14:14

8月16日

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佐藤正美@satou_masami

「己を屈して以て富貴ならんよりは、志を抗(あ)げて以て貧賎なるに若かず」(孔叢子)、私くらいの程度の凡人が、わがままな生活をして貧乏になったが故に、それを慰めるには、こういう諺語を楯に取るしかないだろう。志? 形も色も匂いもないわw。

posted at 18:12:15

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