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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

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2021年06月20日(日)2 tweetssource

6月20日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

ちなみにフッサールに初めて接したのは、1970年で20歳の時であり、誰の論文なのかは忘れたが、フッサールとディルタイを対比考察したようなものだった。なぜそのような論文を読んだのか分からないが、そのためかフッサールの名に接するとディルタイを思い出してしまう。

posted at 12:56:57

6月20日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

1970年代の半ばから後半から80年代の頃にフッサール・ブームというような時期があった。一知半解なまま実体的な形而上学に対して実体を留保する現象学だということだったのかもしれない。どういう気の巡りあわせかフッサールの『ヨーロッパの学問の危機と先験的現象学』の頁を捲り、当時を思い出した。

posted at 12:51:37

2021年06月18日(金)17 tweetssource

6月18日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

ドイツ関連といえば、今はあるのかどうかは知らないが東京駅の近くにメクレンブルク商会というドイツ専門の物品店があり、そこでドイツ煙草やドイツ紅茶、ドイツ・コーヒーからドイツ・ロックのレコード等を買ったことがある。ただ個人的な感想だが、煙草や紅茶などの葉っぱ物はイギリスの方が美味い。

posted at 16:38:35

6月18日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

郁文堂は本郷の東大の向かいにあるドイツ語書籍専門の版元であり書店でもある。20代後半頃、ユンガーの原書を見るため東大の独文の書庫を訪ね、郁文堂も覗きユンガー関連のドイツ書を購入したことがある。日本独文学会の事務局もあり、日本のアカデミズムにおける独文学界の拠点とでもいうべき処か。 pic.twitter.com/JO0x5zQ6oH

posted at 16:29:52

6月18日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

畏友の牛嶋徳太朗がFacebookのストーリーズにアップしていた画像。
1990年に、牛嶋が東方会の中野正剛の側近であった進藤一馬(元福岡市長)と東方会の突撃隊だった青年隊の隊長だった永田正義(元熊本県人吉市長)の公認と協力を得て再刊した『東大陸』(東方会機関誌)の発刊式の時のもの。 pic.twitter.com/eXxNwJu1tO

posted at 12:48:45

6月18日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

@naohikokitamura 面白いかどうかはともかく、最も有名なのは、バクーニンがまだベルリン大学に留学し、ヘーゲル左派界隈にいた若い頃、ジュール・エリザールという筆名で『ドイツ年誌』に書いた「ドイツにおける反動」の末尾の「破壊への情熱は創造への情熱である」という文言でしょうね。

posted at 12:04:05

6月18日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

今、大学はコロナ関連で通学の体制にはなっていない。しかし考えてみれば1968年闘争期は主要な大学は全学バリケード封鎖で、通学による授業などやっていなかった。活動家やその界隈の者は封鎖中のキャンパスに出入りしていたが、大学に行かれない一般学生はどうしていたのか。

posted at 11:50:34

6月18日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

共産党独裁の下で市場経済の資本主義路線の現実の中国は、マルクス主義の観点からすれば社会主義の経済ではない。ということは、中国の現実は、共産主義の第一段階である社会主義の至るためのプロレタリア独裁になるのか。というのもプロレタリア独裁期の経済は社会主義ではないからだ。

posted at 11:29:50

6月18日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

パレスティナとイスラエルの現状を不動の前提とすれば、このようなイスラエル寄りの見方になるのだろう。仮にイスラエルの言い分を肯定するとしても、そもイラン・パぺ『パレスチナの民族浄化・イスラエル建国の暴力』が問う問題の発端を見る必要がある。 twitter.com/IiyamaAkari/st

posted at 11:08:28

6月18日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

丁寧に書き込まれているが、何も書かれていないような小説がある。例えば、激しく雨が降っていて、雨の降り具合から、雨が心の襞にまで及ぼす影響について細かく、また見事な描写がなされているが、それ自体としては何事もなく、ただ雨が降っているにすぎないという現実だ。小説の妙味かもしれない。

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6月18日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

虫は明かりに誘われるというが、もしそうなら人間も虫と大差はない。いや人間というのが大雑把なら私と言っておこう。闇の中に浮かぶ光には、近づけば何もないが、遠望していると何かがあるように思われる。乱視だとポツンとした一つの明かりが花咲いたように見え幻想的になる。

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6月18日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

若い頃に同棲とか恋愛し、別れた後は全く音信不通だった女性が死んだということを何かの折に知ると、彼女に対して自分が悪いことをしたような気になる。記憶の印画紙を探しながら、その中に彼女の笑顔があったのを見つけると少しは救われた気になるのは我儘なのだろうか。

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6月18日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

当たり前のことだが、若い頃に一緒になった妻や内妻、恋愛した女性たちは、私と同じように年齢を重ねている。何人かは、消息だけは知っているが、ほとんどは、彼女たちのその後は知らない。全く関係のない人間としてそれぞれ生きているのだろうが、ふと、何かの折に彼女たちの幸せを願うことがある。

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6月18日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

多数派の問題は、多数なるがゆえに、個々への配分が少数になったりする。なぜ、これっぽっちなのか。ここから多数派の個々に被害者意識が生まれ、自分たちをこのような状態に貶めている少数派を加害者化することとなり、少数派への攻撃が始まる。

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6月18日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

20代の後半の国立駅北口に住んでいた1970年代の後半頃、「内的体験としての戦闘」ならぬ「隠遁」というような生活をしており、外に、いや世に出ることはあまりなかったので、今日が、何年の何月の何日か分からない日が少なからずあったが、日々の生には何の影響もなかった。

posted at 10:27:36

2021年06月16日(水)39 tweetssource

6月16日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

マルクスとエンゲルスは生涯の盟友だったが、同じような思想的立場だったとしても、その思想の本質は自ずから違う。あえていうならばマルクスはより原理的とすればエンゲルスは政策的でもある。その意味では、マルクスよりもエンゲルスは、同時代の彼らが批判した多くの社会主義者に近い。

posted at 19:14:06

6月16日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

マルクスの学位論文は「デモクリトスとエピクロスの自然哲学との差異」であり、そこで共に原子論を展開しながらも、エピクロスがいう原子の運動の偶然性に着目する。あえていえば、バウアーとシュティルナーの違いは、このデモクリトスとエピクロスの違いにアナロジーし得るだろう。

posted at 18:59:40

6月16日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

ヘーゲル左派に対する見方においてB・バウアーの「自己意識」とシュティルナーの「唯一者」の違いは、どの程度把握されているだろうか。大半は、同類と解しているのではないか。しかしシュティルナーの唯一者はバウアーの自己意識にある普遍的な主体性の否定を内容とする。

posted at 18:51:59

6月16日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

マルクス解釈における疎外論に対する物象化論の問題点は、全てを解析し論じてしまうところにある。全てを解釈し論じるのは観念論なのであり、廣松の物象化論は、物象化の観念論となっている。廣松の物象化論は、疎外論は生の哲学にすぎないと批判するが、そこが疎外論の強みではないのか。

posted at 18:06:02

6月16日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

テレビのCMで、一般消費者として商品の感想を語る人をよく見かけるが、あれは一般消費者ではなく、実は、それ専用の人間の宣伝演劇、感想演劇というもので劇団の人間がやっている。街角のインタビューに応じる人間の大半が劇団員で、ニュースの話題の方向作りに使われている。

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6月16日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

私は、マルクスはもとよりマルクス研究者やマルクス主義者に対する批判を展開しているが、マルクスを全批判する反マルクス派ではない。マルクスのつまらぬ可能性ではなく、その本質的な可能性を抽出するために、マルクスの駄目なところを思想的に洗濯しているのだ。

posted at 13:07:35

6月16日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

マルクス研究者は、なぜマルクスの問題点が見つけられず、無自覚なままマルクス擁護をしてしまうのか。それは彼らが研究者だからだ。研究者は研究というものに従事する者の存在性における問題に盲目だ。視点や研究の正しさではなく、正しさの在り方に盲目だといえる。これが知の官僚主義の温床となる。

posted at 12:39:17

6月16日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

マルクス=アソシエーショニスト論があるが、その論はマルクスのプルードン批判をどう総括するのだろうか。マルクスは、プルードンのアソシエーショニズムを批判したのであり、その時のマルクスはコミュニタリアン的ではなかったのか。プルードン批判にはダンマリを決め込む立場は不誠実だろう。

posted at 12:33:57

6月16日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

土地活用について賃貸経営の話があるが、人口減少からして賃貸経営には未来はない。現在でも賃貸経営が過不足なくやれるのは、東京と京都で、そこには大学があり毎年入れ替わる学生人口があるからだ。建築会社の甘い話にのせられて賃貸物件を建てると、当初はともかく数年後にはえらい目にあうだろう。

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6月16日

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戦後から現代にいたるフランス思想が、どれもこれも本質的に駄目なのは、暗黙の裡にフランスを第二次大戦の戦勝国だとしているところにある。フランスは本当に戦勝国なのかは、思想として問われる必要がある。これを問わないフランス思想は、どれもこれも基底は愚論の巣だ。

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6月16日

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人間には、たかを括るというメンタリティがある。たとえば、大したことはないだろうとか錯覚にすぎないだろう、というようなものだ。そのようなメンタリティにより兆候は、見過ごされたり否定されたりする。私もそのようなメンタリティで、政治でも恋愛でも少し手痛い目に会ったことがある。

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6月16日

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何事につけ兆候というものがある。それは、何の変哲もない、ちよっとした変化だ。しかし、それまで常にあったこととは少し違う。その違いの真相は分からないが、その、ほんのちょっとした違いは、やがて訪れる大きな変化の始まりを告げ知らせる兆候であったりする。

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6月16日

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保守とは、常に現政権の支持者であってはならない。かりに現政権の支持者であっても、精神的に現政権の批判派である必要がある。なぜなら、そこにしか保守としての独立性がないからであり、その意味で保守とは、精神的に現政権に対するトロツキストであるべきだろう。

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6月16日

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真面目に懸命に生き、そして考えている者には、現実が見えないばかりか認識出来ないかもしれない。というのも真面目に生きたり考えたりする者は、理由や根拠を求めるのだが、現実には理由や根拠がないからだ。むろん単なる不真面目では駄目であり、真面目に不真面目になる必要がある。

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6月16日

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二番クラスの悪が、なぜ悪の権化のように見られるのか。それは、二番悪は、短期間で一番の巨悪に追いつき、凌駕し、ヘゲモニーを握ろうとするからだ。第一の巨悪が長期間かけてやったことを二番クラスの悪は短期間でやり、追いつこうとするため荒っぽくならざるをえず、それが悪の権化と表象される。

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6月16日

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いつの世においても最大の巨悪が叩かれることはない。叩かれるのは常に、巨悪に次ぐ二番クラスの悪であり、巨悪と未熟な小さな善である三番クラスの悪が手を結び、二番クラスの悪を悪の権化のように演出して徹底的に叩くことになる。これはいかなる場合においても、ほぼ該当するだろう。

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6月16日

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もし金正恩に近代的な指導者としての意識があるのなら、北朝鮮の今後の方向は、統治体制を、これまでの東洋的専制状態から近代的独裁状態に切り換えていくことだろう。この両者は、一見、見極め難いほど似ているが、やはり別物だ。しかし、それが難しいのは違いが微妙で、いつでもすり替わる点にある。

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6月16日

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日本人の弱点は、持続力が無いか、かなり低いことだろう。日本人は、何かにつけ「落としどころ」を模索し、それで問題を一段落させようとする。しかしそれは日本人が勝手に一段落ついたと思っているにすぎない。必要なことは、落としどころなど無視して、必要ならいつまでもやり続ける持続力だ。

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6月16日

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すでに何度も言ったことだが、イスラム神学の前提には神の否定があるとか、カリフ制はアナキズムだというのは、方便とまではいわないが、論理的な結果とし てそれに近いものとなるだろう。唯一の神をアラーと呼ぶ時、呼称崇拝が生じており、アナキズムはカリフ制をも否定するからだ。

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6月16日

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以前、中田考は「カリフ制はアナキズム」と言っていたが、私は違うと思う。カリフ制には、イスラムにおける神の不在のアラーによる創造説があるが、アナキ ズムは、神の不在の生成説(非あるいは反創造説)だからだ。だから神の不在を創造するアラーは不要であり、アナキズムの理論では存在しない。

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6月16日

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これは、イスラムのいう、アラーの下での異なる宗教との共存についても、それは本質的なことではなく、恣意性を有するものでしかないという疑問を可能にする。ここでも、神の不在と、その外としてのアラーという構図が、異宗教の共存と、その外としてのアラーとしてあるからだ。

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6月16日

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このあたりについては、イスラム神学研究の他に井筒俊彦や中田考その他の考察を読んでみたが、納得出来る解析も説明もない。この世の存在には、創造論と生成論が考えられ、神の不在についても創造と生成がいえる。創造には創造者が必要で、それが神なのだが、なぜ生成ではなく創造なのかがポイントだ。

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6月16日

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神の不在が偶像崇拝の否定であり、神の不在の外としての神が「アラーの他に神はなし」ということになる。問題なのは、神の不在の外に、何らかの神的なものを求めても構わないが、それを「アラー」として実体化していることだ。これでは、時空内における神の不在という前提はお為ごかしにならないか。

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6月16日

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要するに、万物の根源としての資本主義ということであり、資本主義の原基体が商品であり、商品とは物神とすれば、万物の根源としての物神となる。そして物神とは、無の分泌としての存在の消失点でもある。消失点とは、分かりやすくいえば、存在の方からみればハリボテということでもある。

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6月16日

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資本主義においては、現実とは思想であり、思想ではない現実は、現実ですらないのかもしれない。思想の自由とは、自由に思想をして良いということではなく、資本主義においては現実は、思想としてしかありえないことの謂いだといえる。これは思想・文学・芸術等、あらゆる現実についてもいえる。

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6月16日

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どれほど目新しく見えたり、可能性がありそうな思想や観点にしろ、その論理の成り立ちと構造(それは、その思想や観点の楽屋裏にもなる)を見ることが出来れば、それが本当に目新しいものなのか、可能性があるのかは、基本的に分かるといえる。思想の恐ろしさは、このような観主力にあるともいえる。

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6月16日

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よく「学問に王道なし」というが、あれは嘘だ。何事も王道はある。ただ、それに対する向き不向きがある。思想も同じで、思想にもコツのようなものがある。簡単にいえば、語彙やテーマの近似性ではなく、いくら無関係に見えようと論理構造の共通性を見抜くことだ。

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6月16日

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ある時期に、ある地域に登場した宗教は、全てこのような存在・被・拘束性を帯びており、イスラムも例外ではない。だから、イスラムが普遍性に近づこうとするなら「アラーの他に神はなく、ムハンマドは神の預言者なり」とは言ってはならないのだ。これでムスリムはローカルな存在になってしまうのだ。

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6月16日

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イスラムによれば、ムハンマドは、アブラハム、モーセ、イエス等の預言者に連なり、最後の預言者とのことだが、なぜムハンマドは最後の預言者なのか。誰が決めたのか。おそらくムハンマドだろう。なぜなら、イスラムとはムハンマドによる創作された宗教だからだといえよう。

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6月16日

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宗教を普遍宗教と民族宗教に分ける見方がある。キリスト教やイスラムは普遍宗教で、ユダヤ教やヒンズー教また日本の神道などは民族宗教だとされるが、この分類は怪しい。普遍宗教など存在せず、キリスト教もイスラムも、国民国家に対する帝国のような広域民族宗教にすぎず、それ以上でもいかでもない。

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6月16日

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神と悪魔は対立しているように見られているが、実は、同一の存在で、悪魔の人間に向けた顔が神なのであり、神が自身を鏡に写した場合、悪魔が写っていよう。悪魔とは神の秘密なのであり、シェリングやバクーニンにいわせるまでもなく自己意志や自由は悪魔のものだからだ。

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6月16日

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千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』@Chisaka_Kyoji

人口知能というものは、人間が作ろうとしている地球外生物、エイリアンのようなものだろう。宇宙の彼方からやってこないので、自前で作り始めたわけだが、唯一の弱点は、製作者である人間が持つ遺伝子の構造から、存在論的にではなく、本質的に独立出来るのかというあたりにあるのでは。

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6月16日

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政治をはじめ、社会、経済、思想、文学、芸術、等々、様々な分野の劣化がいわれたりしている。劣化は当然だろう。グローバリズムとは、万物の交換価値化であり、それは量化であり、量化は劣化だからだ。だから、支配的な政治や皆が支持する立場、よく売れる本、等々は、劣化の見本だろう。

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