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@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

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2020年05月31日(日)4 tweetssource

12時間前

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

道理を知り道理を行うには、やはり「安心立命」を得ることが肝要だ。この境地に入ることは容易ではないが、キリスト教が教えるように、仏教が説くように、あるいは儒教が導くように、人間の平生の行いを端正にしていくならば、いつかは安心立命を得るに違いない。

posted at 17:08:38

15時間前

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

『論語』に「富と貴とはこれ人の欲する所なり。その道をもってせずしてこれを得れば拠らざるなり。貧と賤とはこれ人の悪む所なり。その道をもってせずしてこれを得るも去らざるなり」と述べているが、みごとな教訓であるまいか。

posted at 14:08:37

18時間前

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

道理を伴わない功名心が悪い結果を生んでいるからといって、功名心そのものを嫌悪・排斥しているのは間違いである。弊害だけを取り上げて利益を顧みなかったら、天下によいものはなくなってしまう。

posted at 11:08:24

21時間前

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

根幹となるべき志が立ったら、次はその枝葉となるべき小さな志について日々工夫する必要がある。誰でもその時々、事物に接して起きる希望があり、それに対して何とかその希望を遂げたいというのも一種の立志である。私はそれをいわゆる「小さな立志」と呼んでいる。

posted at 08:08:34

2020年05月30日(土)6 tweetssource

5月30日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

いうまでもなく、どんな事業でも人物を得なければ経営は不可能である。すべて社会における諸事業は人物があってのことで、資本がいかに豊富でも計画がいかに立派でも、それを経営していく者に適材を得なければ、資本も計画もまったく無意味なものとなってしまう。

posted at 23:08:38

5月30日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

世の中が秩序立ってきていると、一度立てた志を中途から方向転換すると大きな不利益を生じることが多い。志を立てるに際しては、もっとも慎重でなくてはならない。

posted at 20:08:34

5月30日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

周囲には同輩もいれば、目上の人もいる。志の同じ他人もいれば、志の違う親戚もいる。境遇が同じ他人がいるかと思えば、境遇の違う親友もいるから、人を見て法を説く必要がある。まして父子のような親しい間柄でも、悪事・非行を責めるのは容易なことではない。

posted at 14:08:26

5月30日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

もし青年がどんな仕事に対しても、勤勉に忠実に誠心誠意、力を尽くしているならば、仕事はこちらから求めなくても、その青年のもとに集まってくる。

posted at 11:08:10

2020年05月29日(金)6 tweetssource

5月29日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

人はとかく「大事」にあたるときは、慎重な態度でこれに臨むけれども、「小事」に対しては初めから馬鹿にしてかかる傾向がある。「失敗したところで知れたものだ」などと軽くみているのだが、これは大きな考え違いではなかろうか。

posted at 23:08:48

5月29日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

順境といい逆境といい、すべて人の心がけによってつくり出されるものならば、「天のなせるわざ」のように順境だ、逆境だと言い立てるのは間違いだ。今その立場に立っているのはなぜか、その理由・原因を追究すれば明確に突き止めることができる。

posted at 20:08:34

5月29日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

信用はそれが大きければ大きいほど、大いなる資本を活用することができる。世に立ち、大いに活動せんとする人は、資本を造るよりも、まず信用の厚い人たるべく心掛けなくてはならない。

posted at 17:08:38

5月29日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

人々が、実際とかけはなれた役に立たない理論に走ったり、実質のともなわない外見だけの繁栄に向かって進むようでは、本当の経済的発展は得られない。

posted at 14:08:58

5月29日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

周囲には同輩もいれば、目上の人もいる。志の同じ他人もいれば、志の違う親戚もいる。境遇が同じ他人がいるかと思えば、境遇の違う親友もいるから、人を見て法を説く必要がある。まして父子のような親しい間柄でも、悪事・非行を責めるのは容易なことではない。

posted at 11:08:30

5月29日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

一つの事業を起こし、それを成功させるのは困難なことで、非常な決心と綿密周到な注意をもってかからなければならない。これは企業家の心に属する注意であるが、次に考えなければならないことは、今、自分が企てている事業が果たして実現可能であるのか、それとも不可能なことなのかという問題である。

posted at 08:08:39

2020年05月28日(木)6 tweetssource

5月28日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

おいしい桃の木の下には自然に小道ができるように、沈黙していても仕事は自然と忙しくて困るぐらい寄ってくるものである。仕事がなくて困ると不平を並べている若者は、自分に仕事を引き寄せるだけの能力がないことを吹聴し、無能を告白しているのと同じだというしかない。

posted at 23:08:27

5月28日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

我邦(わがくに)でも賢人豪傑はたくさんにいる。そのうちでも最も戦争が上手であり、処世の道が巧みであったのは、徳川家康公である。処世の道が巧みなればこそ、多くの英雄豪傑を威服して十五代の覇業を開くを得たので、二百余年間、人々が安眠高枕することのできたのは実に偉とすべきである。

posted at 20:08:43

5月28日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

人の禍は多くは得意になっている時代にやってくる。得意のときは誰でも調子に乗ってしまう。禍はこの隙に食い込んでくるのだ。だからこの点に注意して、調子がいいからといって気を許さず、失意のときだからといって落胆せず、平常心をもって道理を踏み通す心構えが必要である。

posted at 14:08:26

5月28日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

小立志に対しては日々、どんな工夫をしていけばいいのか。まず忘れてはいけないのが、一生を通じての大なる立志に反しない範囲で工夫する、ということである。また小立志はその性質上、常に変動推移するものであり、この変動推移によって大立志が影響を受けないようにするだけの用意が必要となる。

posted at 11:08:22

5月28日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

私は、この道理を踏み違わないように、その「標準」を孔子の教義に求めている。日常生活でいろいろ複雑な事件や問題にぶつかると、孔子はこれにどういう対応をしたのか、一つひとつ孔子の教えに照らし合わせて処理し、それが私自身の道理であると信じているのである。

posted at 08:08:24

2020年05月27日(水)6 tweetssource

5月27日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

古人の句に「桃李もの言わざれども下自ずから蹊(みち)を成す」がある。おいしい桃の木の下には自然に小道ができるように、沈黙していても仕事は自然と忙しくて困るぐらい寄ってくるものである。

posted at 23:08:22

5月27日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

金儲けを品の悪いことのように考えるのは、根本的に間違っている。しかし儲けることに熱中しすぎると、品が悪くなるのもたしかである。金儲けにも品位を忘れぬようにしたい。

posted at 20:08:20

5月27日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

いやしくも正しい道を、あくまで進んで行こうとすれば、絶対に争いを避けることはできぬものである。絶対に争いを避けて世の中を渡ろうとすれば、善が悪に勝たれるようなことになり、正義が行われぬようになってしまう。

posted at 17:08:22

5月27日

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渋沢栄一@EiichiShibusawa

孔子の教えに、「仁者は己立たんと欲してまず人を立て、己達せんと欲してまず人を達す」というのがあるが、社会のこと人生のことは、すべてこうでなくてはならない。

posted at 14:08:26

5月27日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

孔子は、この二人の門人の言葉に対して、自分の志として「老者はこれを安じ、朋友はこれを信じ、少者はこれを懐(なつ)けん」と述べた。この言葉の意味は、老人には安心させ、友だちには信用させ、幼少者には慕われるようにしたいということである。

posted at 11:08:18

5月27日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

道理を伴わない功名心が悪い結果を生んでいるからといって、功名心そのものを嫌悪・排斥しているのは間違いである。弊害だけを取り上げて利益を顧みなかったら、天下によいものはなくなってしまう。

posted at 08:08:37

2020年05月26日(火)6 tweetssource

5月26日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

「その事業は、果たして成り立つものかどうか」というのは、できるかできないかという論ではなく、一歩進んで、できた後その事業の経営運用の見込みが十分立つかどうかということの検討である。換言すれば、一歩突っ込んだ数字の問題である。

posted at 23:38:27

5月26日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

社会に対して自己をみる場合は、どこまでも社会と自己との調和を考えなければならない。国家社会はどうなろうとも自分さえ利益を得ればよいとか、自分に有利な方法のためには、他人にどんな損害を与えようがかまわないというのは断じて認めない。

posted at 20:38:31

5月26日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

私はドイツのクルップやアメリカのウォルサムという会社を視察した。両社ともきわめて家族的な経営で、資本家と労働者の間にはなごやかな雰囲気が流れていた。私はその様子を見て心底感心した。これこそ私の言う、公明正大が円熟しているという状況で、法律の制定など必要のない状態である。

posted at 17:38:24

5月26日

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渋沢栄一@EiichiShibusawa

資本家と労働者が、互いに公明正大な気持ちと思いやりを持って向き合えば、本当の調和が実現できる。両者の関係がこうなってしまえば、権利や義務といった考え方は、両者の感情をへだたせる以外には、ほとんど何の意味もないものとなる。

posted at 14:38:25

5月26日

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渋沢栄一@EiichiShibusawa

私は実業家であっても金持ちになる気は毛頭ない。世の中の富豪たちが国の財産を独り占めしようとすることが嫌いなのである。

posted at 11:38:21

5月26日

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渋沢栄一@EiichiShibusawa

芭蕉の句に、「ものいへば唇寒し秋の風」というのがある。これも口は禍のもとということを文学的に表現したものであろうけれども、こういうふうに禍のほうばかりみては、あまりに消極的になりすぎる。極端に解釈すれば、何もものをいうことができなくなる。

posted at 08:38:26

2020年05月25日(月)6 tweetssource

5月25日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

一概に「人格」といっても、多くの人がみなそれぞれ少しずつの差異を持っている。たとえば、青年の人格、中年の人格、女性の人格、男性の人格というように同じ人格という言葉の中にも幾多の相違がある。

posted at 23:08:34

5月25日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

意志の鍛錬を目指す者は、日々刻々どんな小さなことでも軽視してはならない。どんな小さなことでも、それを活用できるか否かによって、善悪の差を生ずるのだ。

posted at 17:08:27

5月25日

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渋沢栄一@EiichiShibusawa

武士に武士道が必要であったように、商工業者にもまた商人道がなくてはならない。商工業者に道徳は不要だというのはとんでもない間違いである。

posted at 14:08:28

5月25日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

世の中で「至誠」ほど根底の力となるものはない。この至誠を吐露し、偽らず飾らず自分の真情を表して人に接するならば、ことさらに「法」や「術」を用いる必要はない。どんな無口のいわゆる交際下手な人でも、至誠をもって交われば、心はかならず相手に伝わるものである。

posted at 11:08:27

5月25日

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渋沢栄一@EiichiShibusawa

以前、欧米を旅行した際、私はドイツのクルップやアメリカのウォルサムという会社を視察した。両社ともきわめて家族的な経営で、資本家と労働者の間にはなごやかな雰囲気が流れていた。私はその様子を見て心底感心した。

posted at 08:08:09

2020年05月24日(日)6 tweetssource

5月24日

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渋沢栄一@EiichiShibusawa

孔子のいう「富と貴とはこれ人の欲する所なり。その道を以てせずしてこれを得るも去らざるなり」とは、まさに武士道の真髄に通じるものではないだろうか。賢者が貧賤にいてその道を変えないというのは、武士が戦場で敵に後ろを見せない覚悟と共通している。

posted at 23:08:09

5月24日

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渋沢栄一@EiichiShibusawa

人生の目的は、社会のため他人のためを考えることであると、『論語』には明確に記してあるわけではないが、「仁」と「不仁」とを論じる言葉から察すると、多くの人々に利益があるようにと説いている。

posted at 20:08:35

5月24日

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渋沢栄一@EiichiShibusawa

自分ができることを徹底してやっていけば、たとえそのことが他人に知られず、また、世間に受け入れられようが入れられまいが、まったく気にせず、決して不満を抱いたり、腹を立てたりしないようにしてきたつもりである。

posted at 17:08:30

5月24日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

道徳を難しく考えすぎる人がいる。あまり堅苦しく考えすぎると、道徳が茶の湯の儀式のように形骸化してしまうので、非常によろしくない。

posted at 11:08:43

5月24日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

私は、実業家の中に名をつらねながら、大金持ちになるのは悪いと考えている。人情としては誰でも他人より多く蓄積したいと苦心するのが普通であるが、この多いということには際限がない。

posted at 08:08:36

2020年05月23日(土)6 tweetssource

5月23日

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渋沢栄一@EiichiShibusawa

数ある書物の中には、かならずしも役立つものばかりとはいえない。そこでこの中から玉と石とを区別する鑑識が必要である。目的が処世上必要な書物であるとすれば、模範的人物になるための倫理・修身に関する優れた書物である。たとえば『四書五経』などはこの目的に十分かなう。

posted at 23:38:23

5月23日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

時代の推移につれて常に小波瀾があることはやむを得まい。こういう社会の逆境は絶対ないとは言い切れないのだ。そのため、自らが逆境にあると嘆く人はその原因や理由を追究し、それが「人為的逆境」であるか「自然的逆境」であるかをよく区別して、その対応策を立てなければならない。

posted at 17:08:14

5月23日

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渋沢栄一@EiichiShibusawa

正しい判断を導いてくれる物差し・基準に従って七情を働かせるなら、誤りのない行動をとることができるだろう。人々がみなこのような行動がとれるならば、必然的に社会も発達し、国家も繁栄することは疑いのない事実である。

posted at 14:08:20

5月23日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

会社経営を任された場合、私は常に、その会社が国家にとって必要であり、人としての正しい行いに一致するようにしていきたいと心がけてきた。たとえ事業規模が小さくても、自分の利益がわずかであろうとも、国家が必要とする事業を合理的に経営するという仕事は楽しいものである。

posted at 11:08:39

5月23日

@EiichiShibusawa

渋沢栄一@EiichiShibusawa

多くの財産を子孫に遺すことを目的とする考えもあるが、それは間違いだ。人間は努力すればかならずその報酬は受けられる。あえて巨億の財産を遺さなくても、子孫には相応の学問を授け、その知能を啓発しておきさえすれば、彼らは自分自身で自らを養う力を身につけるはずである。

posted at 08:08:26

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