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@IIMA_Hiroaki

飯間浩明@IIMA_Hiroaki

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2021年01月15日(金)3 tweetssource

20時間前

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

それだったら、私も話題にしてやろうじゃないか。というわけで、1/15の「おちょやん」から、「だんボ」の例を紹介しましょう。「だんご」と書きたかったのは分かりますが、「こ」の変体仮名(「古」をくずした仮名)の形がおかしく、「ボ」になっています。昔の人もこうは書かなかったと思います。 pic.twitter.com/9tXAnlC03X

posted at 14:53:54

20時間前

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

1/14の「おちょやん」では、千代の主演する「正チャンの冒険」の劇評を載せた新聞記事が映りました。私は「原作の世界観」「安定の芝居」など、大正時代にない(今世紀に広まった)ことばを見つけましたが、黙っていました。ところが、ことばに詳しいネットの人々がこれを話題にしていました。〔続く〕

posted at 14:53:34

20時間前

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

朝ドラのファンの私は、一方で、時代ドラマの「ことば考証警察」でもあります。幕末や明治時代のドラマで、書物や手紙にパソコンの筆文字が使われていたりすると、ひとこと言いたくなる。でも、最近は朝ドラファンの方々もこのツイートを見てくださっているので、少し遠慮していました。〔続く〕

posted at 14:53:26

2021年01月14日(木)10 tweetssource

1月14日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

文章力アップには読書が大切という記事の表題が〈合格のカギは「韋編(いへん)三絶」〉。「韋編三絶」とは本を繰り返し読むこと。少し難しいこの四字熟語の実例が採集できるかな、と期待して本文を読みましたが、最後まで出てきませんでした。表現が難しすぎて直したのかも?
mainichi.jp/articles/20210 pic.twitter.com/naSWi4aNWl

posted at 22:18:12

1月14日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

「誤用」を積極的に表示する国語辞典どうしを比べてみると、それぞれの「誤用」の表示は必ずしも一致していません。結局は、辞書の編者が誤用とみなせば誤用、みたいなところがあります。そんなあやふやな基準で、お互いに「あなたのことばは誤用」などと指摘しあうのは生産的ではありません。

posted at 21:20:39

1月14日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

私がことばを誤用認定するのに慎重なのは、客観的基準がないこと、誤用認定された後に定着する例がいくらでもあることなどが理由です。加えて、「そのことばは誤用!」というせりふは、多く他人に向けられるものだということも大きいです。言われたほうは、客観的な基準もなく断罪されてしまうのです。

posted at 21:20:25

1月14日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

「ことばの正誤を判定しないで、辞書が作れるのか」とよく聞かれます。私は、不確かな基準で正誤を認定するより、「この言い方は俗語的」「何年頃からの言い方」「文章では使わない」「すでに古い」などの情報を示したいと考えます。このほうが、ユーザーが主体的に使うかどうか判断できるからです。

posted at 11:53:08

1月14日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

ずるいようですが、私は大阪府知事の「ガラスの天井」を「誤用」とも「誤用でない」とも述べていません。先行きが分からないからです。「さあ、この先どうなるか」と判断を保留するだけです。ただ、この使い方を批判していないことは確かなので、そこに不満を持つ人はいるかもしれません。〔続く〕

posted at 11:52:55

1月14日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

日常的に生まれては消える変わったことばは、社会的には価値を認められず、忘れ去られていきます。ところが、そんな変わったことばが、たまたま多くの人の目に触れることがあります。その場合、ことばが定着する可能性が生まれます。大阪府知事の「ガラスの天井」はこの点で「要観察」です。〔続く〕

posted at 11:52:45

1月14日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

私たちは日常的に変わったことばを使っています。私が「皿を乾かす」を「皿を干す」と言った話は先日紹介しました。テレビで「手前勝手」の意味で「手前味噌」と言った人もいます。こうした一回的、個人的な例を「誤用」と呼ぶことはできます。うっかりの場合も、勘違いの場合も含みます。〔続く〕

posted at 11:52:34

1月14日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

大阪府知事の「ガラスの天井」の用法は、定着していない時点では誤用と判定すべきではないか、これが誤用でなければ、どんな場合が誤用なのか、と質問をいただきました。ごもっともです。私は日頃、誤用の基準はないと言っていますが、それでは議論にならないので、もう少し緩く考えましょう。〔続く〕

posted at 11:52:25

2021年01月13日(水)6 tweetssource

1月13日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

どれだけネタばらしをしていいか分かりませんが、項目の例を。「アヒルと鴨のコインロッカー」「芋辞書」「ウェブリオ」「大喜林」「逆からブランチ」「恋」……。これだけでも、国語のお勉強の本でないことは分かるでしょう。写真入り「新明解国語辞典の作り方」などコラムや付録も楽しいですよ。

posted at 22:02:29

1月13日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

『辞典語辞典』という楽しい本が刊行されました。国語辞典のファンなら知っておいていい事柄(辞書を扱ったドラマなども)が解説されています。著者はイベント「国語辞典ナイト」にも出演する見坊行徳・稲川智樹の2人。いのうえさきこさんのユーモラスな、それでいて正確なイラストは必見です。 pic.twitter.com/CGfeHk358V

posted at 22:02:11

1月13日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

慣用句の「転石苔を生ぜず」も、相反する2つの意味があります。同様に、「ガラスの天井」も、「見えない障害」の意味以外に、今回府知事が使ったような「容易に破られる上限」の意味が生じても不思議ではありません。問題は、その意味が一般化するかどうかです。私はそれを見守っているところです。

posted at 22:01:47

1月13日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

その後、私がいろいろと観察していると、医学部入試で年齢を理由に不合格にする方針など、働く女性以外にとっての見えない壁も「ガラスの天井」という例があります。こうした意味の拡大などの変化は今後も起こりうるので、どの範囲までを辞書に書けばいいかは、辞書の作り手にとって難しい問題です。

posted at 22:01:37

1月13日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

「ガラスの天井」は、すでに指摘されているとおり、元は働く女性の社会進出や昇進を妨げる見えない障害を言いました。日本では、1980年代末から新聞の海外事情の紹介記事などに見られ、2016年の米大統領選でクリントン候補が「ガラスの天井を打ち破れなかった」と述べたことで、特に有名になりました。

posted at 22:01:26

1月13日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

吉村大阪府知事が8日の記者会見で、560人の感染が出たことを「一挙にガラスの天井が突き抜けた」と表現、誤用ではないかと指摘が出ています。私はどう思うかというと、「誤用です」と言えば話は早いのですが、そう簡単にはいかない。私の注目点は「辞書に②の意味(派生の意味)が必要かどうか」です。

posted at 22:01:18

2021年01月10日(日)8 tweetssource

1月10日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

――実際の私は、1万円の本の一部だけが欲しくても古本で買うし、もったいなければ図書館でコピーします。それで不満はないので、この夢を見た理由は分かりません。ただ、取り返しのつかない罪を犯し、夢と知った時のホッとした気持ちは格別のものがあります。うれしくて起き抜けにメモしました。

posted at 14:00:21

1月10日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

「本の撮影はダメなんですか。1ページだけ必要なのに1万円の本を買うのは実際的じゃないでしょう」と抗弁する私に、夢の中の巡査部長は「そんな理屈しか言えないのなら、罪に問うしかない」。私の命運は尽きたが、やがて部長が部屋を出たまま帰って来なくなったので、警察署を抜け出して来た。〔続く〕

posted at 14:00:11

1月10日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

私は夢の中の警察署に出頭を求められた。巡査部長は「なぜ呼ばれたか分かるか」と尋ね、私の撮影した写真を見せた。「本の撮影がダメなら、ことばが採集できない」と、夢の中の私は身勝手に考えた。4人いる巡査部長のうち3人は問題視しなかったが、この部長だけが許してくれなかったようだ。〔続く〕

posted at 14:00:03

1月10日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

夢で、研究者らしき人々と書店に行った。いろいろ話をしながら、私はそのへんの本をめくって、興味深いことばの例をカメラで撮影した。夢のストーリーでは、研究者たちとの会話がメインで、本の撮影はあくまで脇道だったが、運の悪いことに、この撮影行為が夢の中の警察に知られてしまった。〔続く〕

posted at 13:59:48

1月10日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

過去の童話や漫画、古典作品などには、今日から見て差別的な表現が多くあります。現に刊行されているそれらの図書は、絶版にするのでなく、注釈をつけたりして刊行するのがいいと考えます。一方で、小さな子には注釈は分からないとして『ちびくろ・さんぼ』を絶版にした岩波書店の方針も納得できます。

posted at 13:57:51

1月10日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

「差別的意図がなかったとしても、受け手が差別と感じる単語は使わないのが現代社会ではないか」とのリプライ。私も賛成です。今後の児童書で、そうしたことばや表現を含む作品は書かれるべきでないでしょう。『ちびくろ・さんぼ』も、今や説明なく小さな子どもに与えないほうがいいと考えます。

posted at 13:57:35

2021年01月09日(土)9 tweetssource

1月9日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

この文章も伝わらない点があるので補足・要約しておきます。近い過去(遅めに見て2010年代半ばまで)の私は、本書を「差別図書とまでは言えない」と考えていた。現在も議論が続いているが、今の私は、少なくとも子どもに与える場合には配慮が必要な図書と考える、意識が変わっているという話です。

posted at 17:37:37

1月9日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

えーと、お分かりいただけると思いますが、私が授業で、辞書が同性愛を無視していることに触れたのは、もちろん笑いを取るためではありません。にもかかわらず学生が笑った、という話です。「そう、同性愛で笑いを取るときは気をつけなくてはね」という反応もあったようですので、付言しておきます。

posted at 15:25:39

1月9日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

なお、この本の差別性を指摘したのは、親子3人の一家でした。指摘は各出版社に宛てた手紙から始まりました。岩波書店はこれを受け、明確な意識をもって絶版にしました。この限りでは圧力があったとは言えません。ただ、指摘者の活動はその後も続き、すべての活動が妥当だったかは分かりません。

posted at 12:32:33

1月9日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

現在の私は、この本の原著者に差別的意図はなかったと思いますが、今の子どもに与えるにあたっては配慮が必要だと考えます。現代ではSamboが「(侮蔑して)黒人」の意味になることひとつを取っても、小学校高学年ぐらいから、背景説明とともに与えるのが理想的ではないか。私の考えも変わりました。

posted at 12:32:17

1月9日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

『ちびくろ・さんぼ』の絶版は、版元が圧力に屈した結果だと、学生時代の私は受け止めました。しかし、版元の一つ岩波書店の安江良介社長は、社内討議を経て、明確に差別的と意識して絶版にしています。安江へのロングインタビューを含む資料は『『ちびくろサンボ』絶版を考える』にまとまっています。 pic.twitter.com/nG5JLzqlmY

posted at 12:31:56

1月9日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

1988年、児童書『ちびくろ・さんぼ』が黒人差別との指摘があり、版元が相次いで絶版にしました(その後、別の版元から復刊)。当時学生だった私は、幼い頃から親しんだ本書を、差別図書とまでは言えないと考えました。その考えは2010年代半ばまで変わりませんでした。今も絶版の必要はないと思います。

posted at 12:31:38

1月9日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

現在、主要な辞書は「恋」「愛」「恋愛」などの解説を見直し、男女に限らない説明にしています。『三省堂国語辞典』の場合、2014年の第7版で関係項目を大幅に見直しました。編集委員で話し合った当初、私は「旧版のままでいいのでは」と思っていたことは著書に記しました。私の意識も変わったのです。 pic.twitter.com/5Ck3MTgXl6

posted at 12:31:21

1月9日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

この授業のクラスは外国人留学生など日本語学習者を対象とするもので、学生はいろいろな国、地域から集まってきます。2010年代半ばに私が「(恋愛の中には)同性愛もありますよね」と言うと学生が笑ったのは、当時、「恋愛=異性間の感情」という意識が日本だけのものではなかったからでしょう。

posted at 12:31:01

1月9日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

2010年代半ば、大学の授業で辞書の「恋」の項目にある「特定の異性に強く惹かれ……」という解説を示し、「でも、同性愛もありますよね」と言うと、学生たちは笑いました。それが10年代後半になると、学生のほうから、同性愛に言及がないことを指摘するようになりました。人々の意識は変わるものです。

posted at 12:30:50

2021年01月08日(金)2 tweetssource

1月8日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

「お母さん食堂」問題について、鎌田和歌さんが論説記事を書いています。情報が多く勉強になります。最後に私のツイートも引用され、お恥ずかしい限り。ことばに携わる多くの人々の意見を聞きたい気はしますが、たしかに発言しにくい雰囲気はあるかも。▽DIAMOND online diamond.jp/articles/-/259

posted at 10:02:25

1月8日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

三省堂「今年の新語2020」の結果について、ヤシロタケツグさんの忖度なき批評です。厳しい指摘に言い返せない自分がいます。先にkyo_tthreeさんに紹介されてしまったけれど、私もヤシロさんの文章はいつもひそかに読んで勉強しています。▽ヤシロぶ www.poc39.com/archives/6038

posted at 10:02:00

2021年01月07日(木)6 tweetssource

1月7日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

「あんたがたはどこの生まれですか」「肥後です」「肥後はどこですか」「肥後は熊本、熊本は船場の生まれです」というのが童歌「あんたがたどこさ」の意味です。これも「は」の絞り込みの機能を使って、出身地を大ざっぱな所から細かい所へと絞り込んでいると言えます。歌では「は」が隠れていますが。

posted at 07:23:27

1月7日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

他と区別するという「は」の機能を利用すると、「は」の連続ということば遊びができます。たとえば、「日本は現在は法律上は未成年者は飲酒は認められていない」。これで「は」の5連続です。「許可はされていない」なら6連続。「他の国はともかく」「過去はともかく」と、絞り込んでいく文です。

posted at 07:23:16

1月7日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

具体的には、大田南畝『軽井茶話道中粋語録』にあります。狂言「宗論」では「都のお人でござるか〔略〕都はどこもとでござる〔=都の中で、どこの出身ですか〕」とあります(新編日本古典文学全集)。『日本国語大辞典』の語誌では漱石の例を出しています。▽道中粋語録 archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he13/he1

posted at 00:03:06

1月7日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

「私、東京は神田の生まれです」という「は」の用法は独特ですが、指示対象を絞る、つまり「東京の中でも神田の生まれ」と解釈されます。18世紀の洒落本にも「お前がたはお江戸は何処でござります?」と尋ねるせりふが出てくるので、けっこう古いですね。現在演じられる狂言にも同様の表現があります。

posted at 00:02:51

2021年01月06日(水)4 tweetssource

1月6日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

ああ、ガラケーの00年代と、スマホの10年代ですね。

あまりに空気のように日常的だったので忘れていました。私自身が携帯電話(スマホ)を持つようになったのは10年代に後半になってからです。ずっと不携帯派でしたが、時代に抵抗しきれず転向しました。

posted at 12:36:24

1月6日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

アナログテレビの00年代と、ハイビジョン普及の10年代。
新聞・雑誌の00年代と、ネットニュース・ネットマガジンの10年代。
国語辞典の00年代と、辞書って何?の10年代(これはヤバい)。

他にもいろいろありそう。両年代の違いは私には微妙で、写真を見て、どちらの年代か当てるのも難しいです。

posted at 12:21:50

1月6日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

たとえば、ほんとに大ざっぱですが……

2ちゃんねるの00年代と、SNSの10年代。
ハロプロの00年代と、AKB48グループの10年代。
小泉長期政権の00年代と、安倍長期政権の10年代。
米同時多発テロに続いてアフガン紛争が拡大した00年代。
東日本大震災が影を落とした10年代。

posted at 12:21:40

1月6日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

昔を振り返って、1970年代、80年代、90年代の雰囲気の違いは区別できるのですが、2000年代からこっちは(2で始まるせいか)まとめて捉えがちな私です。でも、00年代と10年代はやはり違うはず。2020年代の今になって、2つの年代の雰囲気の違いを考えることがあります。

posted at 12:21:36

2021年01月04日(月)9 tweetssource

1月4日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

筑波大の田川拓海さんが「言語研究者と規範」について書かれています。規範には「見れる」は正しいか、という規範Aと、人にバカと言っていいか、という規範Bの少なくとも2種類あると思いますが(いつか論じたい)、田川さんは主にAについて書かれたと理解しました。▽誰がログ dlit.hatenadiary.com/entry/2021/01/

posted at 17:31:04

1月4日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

「こういう場合にはバカと言うべきでない」「こういう場合はバカも許される」といった意見は、学問的に述べられる場合もあれば、経験に基づくしかない場合もあります。後者は観察者の範囲を超えていると言われれればそのとおりです。でも、観察者に徹しないことがあってもいいと考えるのです。

posted at 16:07:05

1月4日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

私が辞書を作る理由を考えると、多くの人がのびのびとことばを使い、しかも、お互いに嫌な思いをしないようになればいい、という気持ちが根本にあります。たとえば、人を傷つけたり悲しませたりする発言に接した時は、観察も大事ですが、ことばに携わる立場から意見を述べたいとも思います〔続く〕

posted at 16:06:55

1月4日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

一方、仮定の話として、ある人が他人に対して「バカ」と言ったとします。その発言の「いい悪い」について意見を控えるのは、ごく客観的な態度です。「うるしおり」を淡々とメモするのと同じ。でも、「自分は観察が仕事なので、その発言について論評しない」でいいのか、という疑問があります。〔続く〕

posted at 16:06:43

1月4日

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飯間浩明@IIMA_Hiroaki

辞書編纂者としては、たとえば「おろしうり(卸売)」を「うるしおり」と言った人がいれば(実例)、淡々とメモするだけです。「うるしおり」は単なる個人的な言い誤りですが、もしこれが多数派になれば、私は「『うるしおり』が多数派になった」と、観察した結果を客観的に報告するでしょう。〔続く〕

posted at 16:06:33

1月4日

@IIMA_Hiroaki

飯間浩明@IIMA_Hiroaki

中には意味が通じないことばもあります。最近も、私は「皿を乾かす」を「皿を干す」と言って、われながら変だと思いました。「冷蔵庫」をつい「洗濯機」と言うなど、個人や少数の人が言い誤りや独特の使い方をすることはあります。これは当然、一般的な用法ではなく、辞書には載りません。〔続く〕

posted at 16:06:23

1月4日

@IIMA_Hiroaki

飯間浩明@IIMA_Hiroaki

私は、ことばを誤用認定することには慎重です。実際にあることばは、理由があって生まれてきたもので、安易に誤用とは決められないと考えます。「負けず嫌い」(負けるのが嫌い)など、理屈に合わなそうな言い方はいくらでもありますが、意味が通じ、定着していれば問題ないという考えです。〔続く〕

posted at 16:06:12

1月4日

@IIMA_Hiroaki

飯間浩明@IIMA_Hiroaki

辞書編纂者は、ことばの変化を観察することに徹すべきで、「いい悪い」を述べたりして、変化にかかわるべきでない――と、これは、「お母さん食堂」の議論のなかで私が接した意見のひとつです。辞書作りの上で、ことばの「いい悪い」はよく問題になります。年の初めにちょっと考えてみます。〔続く〕

posted at 16:06:07

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