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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

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2021年07月31日(土)2 tweetssource

8時間前

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

【南京大虐殺】「掃蕩隊は残敵掃蕩を任とし、必ず将校(准尉を含む)の指揮する部隊をもって実施し、下士官以下各個の行動を絶対に禁ずる」「家屋内に侵入し掠奪に類する行動を厳に戒め、必要以外の物品を濫用廃棄してはならない」(城内進入に関する旅団命令/歩兵第六旅団)

posted at 03:34:00

10時間前

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

【南京大虐殺】「秋山旅団長は、何びとも認める硬骨の武士であり、その指揮統率は厳正で、『虐殺』などということを許される方ではなかった。第一線に問題があれば、旅団長自ら弾雨の中を第一線に行かれ、隊長と会い、冷静に対処された。」(歩兵第六旅団副官・吉松秀孝)

posted at 01:34:04

2021年07月30日(金)12 tweetssource

12時間前

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

【南京大虐殺】「中山北路の左側に中国の通信隊の兵舎があり、戦車の機関銃の威嚇射撃により約150名くらいの武装兵を俘虜とした。兵舎の門前で、抵抗の気配のあった3、4名を同行の歩兵が射殺した。俘虜は全員、後続の歩兵隊に引き渡した」(12月14日に城内掃蕩に当たった戦車長・村門、榎)

posted at 23:34:03

14時間前

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

「私の部隊は、城内に進入するや直ちに戦場掃除を行い、敵・味方ともども遺体を集め、友軍のものはダビに付し、敵の屍体はねんごろに埋葬した。福井県には門徒が多いので、兵隊の中で読経できる者を集めて読経して、恩讐を超えて供養したことを覚えている」(歩兵第三十六聯隊軍曹・西坂中)

posted at 21:34:01

16時間前

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

【南京大虐殺】「第一線の歩兵第七聯隊は、この破壊口(中山門付近の城壁)から城内に進入したが、遅れて旅団司令部もこの破壊口を利用して城壁上に進出した。城壁上に捕虜を並べて銃殺したなどという狼藉の跡は見当たらなかった。」(歩兵第六旅団副官・吉松秀孝)陥落時の城壁の様子。

posted at 19:33:55

18時間前

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

「死んでいた筈のところを助けられて、その上、春田大人(春田軍曹)にわざわざ郷里まで送っていただいて本当に有り難かった。無事に帰りましたので、父母も多いに喜んでおります」(捕虜でエンピと名付けられて苦力として働いていた中国兵から、歩兵第四十五連隊第十中隊・S上等兵へ宛てた手紙)

posted at 17:34:00

20時間前

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

「城外の激戦、城内の市民や第三国人に与えた恐怖は測り知れないものがあったでしょう。凄惨な戦場の光景を眺めた第三国人は敗者に同情し勝者を憎んだかとも思いますが、このような感情に訴えた中国側の宣伝がいかに効果があったかは想像に難くありません。」(歩兵第二十聯隊第三中隊長・森英生)

posted at 15:33:31

22時間前

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

【南京大虐殺】安全区委員会は「安全区には中国兵はいない」と断言し、安全区捜索を拒んだが、日本軍歩兵第七連隊が捜索したところ、小銃960挺、弾薬39万発、手榴弾55,000発などの大量の武器弾薬を発見・押収するとともに、敗残兵7千名が潜伏しているのを発見し、逮捕した。

posted at 13:33:32

7月30日

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中国政府は日本人には戦争に対する罪悪感を、諸外国には日本の再武装への反対を強調し、これをもって政策手段たらしめてきた。しかも、その一方で中国共産党は自国の犯した犯罪行為の数々については、これを道徳的に弁明しようなどとこれぽっちも思っていないのだ。(リチャード・バーンスタイン)

posted at 11:34:48

7月30日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

【南京大虐殺】「中隊本部附の草場軍曹は、軽装甲車で歩兵第七聯隊との連絡に任じていたが、漢西門外で銃声がするので門の出口まで行ってみると、友軍の歩兵が機関銃を据えて、敵の正規兵八十名余りを射殺していた」(12月14日に城内掃蕩に当たった戦車長・村門、榎)

posted at 09:33:32

7月30日

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【南京大虐殺】「光と水の不足から苦しい喘ぎを続けていた首都南京も新春を迎えて甦ったように力強い息を始めた。大晦日の夕方5時から南京市内の主なる街々には思いがけない電灯がつき、それと同時に水道まで景気良くほとばしり出たのである」(昭和13年2月13日朝日新聞・近藤特派員)

posted at 07:33:31

7月30日

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【南京大虐殺】中国の軍隊は(兵士に)滅多に給料を支払わなかった。そこで(占領地などで)掠奪や殺人などの悪事を働いたから、「好鉄不打釘、好人不当兵(良鉄は釘にはならず、善人は兵にはならぬ)」という諺が生まれた。

posted at 05:34:06

7月30日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

【南京大虐殺】「南京占領後、治安も落ち着き、住民も帰って来た頃、軍の慰安所が開設されない短期間の間に、ごく一部の者が婦女子を犯したことはあったかも知れませんが、婦女子に対する強姦・暴行が二万件もあったなどとは到底信用することはできません」(独立軽装甲車第二中隊・藤田清)

posted at 03:33:32

7月30日

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「私の部隊は、城内に進入するや直ちに戦場掃除を行い、敵・味方ともども遺体を集め、友軍のものはダビに付し、敵の屍体はねんごろに埋葬した。福井県には門徒が多いので、兵隊の中で読経できる者を集めて読経して、恩讐を超えて供養したことを覚えている」(歩兵第三十六聯隊軍曹・西坂中)

posted at 01:34:00

2021年07月29日(木)12 tweetssource

7月29日

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【南京大虐殺】「英国旗や米国旗を掲げた家屋には多数の中国兵が隠れていたが、第三国の国旗の下ではどうすることもできない」(歩兵第四十五聯隊第二大隊長・成友藤夫)14日、南方から下関に北進した時の証言。日本軍は法を遵守しながら攻めたが、中国軍は無法状態だったことがわかる。

posted at 23:34:06

7月29日

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【南京大虐殺】虐殺だの暴行など全く行っていないし、見てもいない。何よりもあのあわただしい突入後の二、三日、身の危険や、矢継ぎ早に命ぜられる任務に忙殺されている時、不要な殺人などできようか。殺せば死体の処理など、更に厄介な仕事が増えるに決まってる。(第九聯隊第十一中隊・寺田八三)

posted at 21:33:42

7月29日

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【南京大虐殺】「松井大将、朝香宮軍司令官の厳命により、軍紀・風紀を厳しく取り締まり、参謀連中まで市内を巡回して非違を戒めました。実は私も巡回中に中国人からの知らせにより、残念ながら強姦の現場を取り押さえ、原隊に連行して聯隊副官に厳罰を要求したことがあります。」(木佐木参謀)

posted at 19:33:45

7月29日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

「多数ノ俘虜アリタルトキハ、之ラ射殺スルコトナク、武装解除ノ上、一地ニ集結監視シ、師団司令部二報告スルラ要ス。(中略)但シ、少数人員ノ俘虜ハ、所要ノ尋問ヲ為シタル上、適宜処置スルモノトス」(上海派遣軍第十三師団司令部の通達)“適宜処置”の意味を巡って論争になっている。

posted at 17:33:31

7月29日

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【南京大虐殺】安全区の中で多数の中国人が日本軍から「良民証」の交付を受けるために殺到している様子が東宝文化映画部制作の映画「南京」に記録されている。これは1937年12月24日〜翌年1月5日までの間に行われた「兵民分離」のひとコマであるが、中国人市民に日本兵を恐れる様子は無い。

posted at 15:34:03

7月29日

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【南京大虐殺】「当時の小・中隊長級の人たちに問いただしたが、その返事は次のようであった。(1)城壁上に敵兵を並べて城外に突き落としたといわれるが、そんなバカバカしいことをやるはずがない。」(中山門での戦闘に参加した歩兵第三十五聯隊第二大隊本部附中尉・野村敏明)

posted at 13:33:32

7月29日

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「日曜日(12月12日)の正午(中略)、侵略軍(日本側第6師団三明部隊)が西門(水西門)付近から城壁をよじのぼると、中国軍の崩壊が始まった。第八八師の新兵がまず逃走し、たちまち他の者がそれに続いた」(NYT記者・ダーディン)このとき挹江門でパニック状態になり、多数の中国兵が死傷。

posted at 11:34:08

7月29日

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【南京大虐殺】「南京の守備兵は、11日夕から挹江門を経て揚子江岸に向かい続々退却を開始したようだが、13日午後になると、下流方面より山田支隊、上流より第六師団の一部が進出してきて、退却する敵を挟撃した。」(上海派遣軍参謀・大西一)揚子江岸には数千の中国兵の遺体があった。

posted at 09:34:05

7月29日

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【南京大虐殺】「(13日)城の内側から城門が開けられ、私たち観測班は正午頃入城しましたが、街は深閑として静寂そのものでした。相当、街の奥の方まで行ったが、脱いだ服や略奪品が散らばっているだけでした」(野戦重砲兵第十聯隊観測係・樫木義雄伍長)

posted at 07:34:01

7月29日

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【南京大虐殺】「中支の戦闘は、北支のような呑気な戦闘ではない。住民の抗日意識は北支とは比較にならぬ。中国軍と一体になって頑強に抵抗するであろう。たとえ住民といえども、警戒を怠ることなく行動をせよ」(歩兵第九聯隊聯隊旗手・中村竜平氏が述懐した第十六師団長・中島中将からの注意)

posted at 05:33:32

7月29日

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【南京大虐殺】「中国軍の中には女がいました。私も女の中国兵が倒れているのを見ています。また敗残兵といっても抵抗するのもいたし、便衣兵というものもいて、これらがやられるのを見ました。これらの屍があとで虐殺と言われたのではないでしょうか?」(上海派遣軍特務部員・岡田酉次少佐)

posted at 03:33:55

7月29日

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【南京大虐殺】「旅団は入城後、態勢を整理し、蘇州へ転進の準備をしたが、この間、掠奪、暴行、住民殺害などの事件は、見聞していない。城内進入にあたっては敵の撤退が意外に迅速で、予期した抵抗に遭遇せず、住民の姿も見なかった。」(歩兵第六旅団副官・吉松秀孝)

posted at 01:33:32

2021年07月28日(水)12 tweetssource

7月28日

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「(兵士の日記について)禁止はされていませんでした。しかし、背嚢にノートや筆記用具などを入れる余裕があったのか、戦場で克明につづる必要があったのか等、戦場の実態を考えると、『日記が出た』と言われて虐殺の証拠だと言われているものの多くは、ウソであろうと思います」(森王琢中隊長)

posted at 23:34:01

7月28日

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入城式を控えて、城内の治安や安定が私たちの急務であった。戦闘中、手をあげた捕虜を扱いかねて殺した事例が城外にあったらしいが、城内では絶対に行われていない。『落城時の市内が死体の山だの血の川だの』このような全くの嘘がどうして生まれたのか。(第九聯隊第十一中隊・寺田八三)

posted at 21:33:32

7月28日

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【南京大虐殺】(両軍が入り乱れる)混戦・紛戦の戦闘様相のなかで、中国軍は甚大な損害を蒙り、指揮組織は崩壊し、小グループ毎にバラバラになって、日本軍の間隙を縫って退却する者、地の利を生かして山間に潜伏する者、便衣に着替えて離隊し、あるいは武器を捨てて投降を申し出た者もあった。

posted at 19:33:32

7月28日

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【南京大虐殺】「調査の方法は、日支合同の委員会を構成し、日支人立会のうえ一人ずつ審問し、検査し、委員が合議のうえで敗残兵なりや否やを判定し、常民には居住証明書を交付した。敗残兵と認定された者は、これを上海派遣軍指令部に引き渡した。」(佐々木到一少将の『私記抄』)敗残兵摘出。

posted at 17:33:52

7月28日

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「南京北部城内の徹底掃蕩に任ず。〇八〇〇より…城壁を撃ちて城内に進入し、同開門を施す傍ら横行せる敗残兵を捕捉殲滅す。一部降りて和する者ありしが行動不穏の為九二名を刺殺せり…城内に潜伏或いは横行せる敗残兵無数にて其の醜状其際達しあり」(志水一枝軍曹 陣中日記・十二月十四日)

posted at 15:34:03

7月28日

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ある部隊が駐屯場所を変えるたびに近所で火災が起きるので、調査してみると「果たせるかな、中国人が日本軍のいる付近にガソリンをまいて付け火するのだ」これが二回もあった(『牧原日記』日本軍の仕業と世間に思わせ、その評判を悪くするためであろう)。(冨沢繁信『南京安全地帯の記録』)

posted at 13:33:31

7月28日

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【南京大虐殺】「一、南京守城司令官若しくは市政府当局なお残置しある場合には、開城を勧告して平和裡に入城することをはかる。この際、各師団は各々選抜せる歩兵一大隊(後に三大隊と訂正)を基幹とする部隊を先ず入城せしめ、城内の地域を分かちて掃蕩す。」(中支方面軍・南京城攻略要領)

posted at 11:33:32

7月28日

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【南京大虐殺】松井司令は南京攻略戦前に国際法学者・斎藤良衛博士の助言を受け「南京攻略戦要項」を指示した。「不法行為等絶対ニ無カラシムヲ要ス」「中立地帯(安全区)ニハ必要ノ外立入ヲ禁シ所要ノ地点ニ歩哨ヲ配置ス」「略奪行為ヲナシ又不注意ト雖モ火ヲ失火スルモノハ厳罰ニ処ス」

posted at 09:33:58

7月28日

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「民衆は彼に対して二つの不安を抱いてゐた、その一つは蒋介石のやり方はあまりに独裁的な色彩が濃厚であつたこと、その二は抗日政策を実際的に指導する首領として彼が果して適切な人物であるかどうかといふ不安であつた」(ベーツ教授・アメリカ人/南京金陵大学歴史教授/在支二十数年)

posted at 07:34:07

7月28日

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【南京大虐殺】「儲備銀行に行く途中、身分いやしからぬ中国人の家族に会いました。そこで私は自分の名刺に、歩哨線を自由に通過させよ、と書いて渡しました。当日(12月13日)家族が歩ける位ですから、城内が落ち着いていることが解ると思います」(第10軍作戦参謀・吉永朴少佐)

posted at 05:34:04

7月28日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

「空陸一体の皇軍の進撃に、敵はもろくも敗退したのです。城内の住民は食糧は申すまでもなく、家財道具もことごとく支那軍のために強奪され、男はみな壕掘りに、連日連夜酷使されたということでした。このような国の民こそ全く可哀相でなりません」(歩兵第47連隊第1大隊第2中隊歩兵伍長H・G)

posted at 03:33:48

7月28日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

「時折、難民区から摘発された敵兵がトラックに乗せられて走って行く光景を目撃した。これらの兵のいくばくかが揚子江河畔で銃殺されたであろうことは、率直に認めざるを得ない(しかし)その中に多くの婦女子を含んでいるなどとは、虚構であると信じて疑わない」(第十九聯隊第四中隊長・土屋正治)

posted at 01:33:30

2021年07月27日(火)12 tweetssource

7月27日

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夏淑琴さん事件について撮影者のマギー牧師は東京裁判でこう述べている。「1月の終り頃になりまして、私は南市の方へ参りまして沢山の街で色々な事件が起ったのを承知したのでありますが、其の中で特に私の申し上げようと思いますのは、新開路六番地の家で起った事件であります」陥落時ではない。

posted at 23:33:57

7月27日

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【南京大虐殺】南京陥落後の朝日新聞の南京写真特集のタイトル。昭和12年12月25日 南京は微笑む《城内點描》/昭和12年12月30日 手を握り合って越年《日に深む南京の日支親善》/当時約80名の大取材チームを南京に送り込んだ朝日新聞の記者たちは誰も大虐殺を見ていない。

posted at 21:34:02

7月27日

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【南京大虐殺】「われわれの取扱った捕虜約二、〇〇〇のうち、帰順を申し出る者は、若干の米麦と白旗を持たせて帰郷させた。年末ごろまでに半数が帰順し、半数は使役として働かせた。腕章をつけて食料の運搬や炊飯などさせた」(第16師団歩兵第19旅団歩兵第20連隊第1大隊・衣川武一)

posted at 19:03:31

7月27日

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【南京大虐殺】巷間伝えられている下関での殺害というのは、(安全区から)摘出した便衣兵処分ではないかと思います。入城後数日、下関で毎日捕虜が処分されているという噂を聞き、また実際にその光景を見ました。(第二野戦高射砲司令部副官・石松政敏)

posted at 17:04:04

7月27日

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【南京大虐殺】(南京国際委員会の長の)ジョン・ラーベはドイツ人で独シーメンス社の中国駐在員でもあり、蒋介石率いる中国国民党は武器の重要な輸出先だった。当時(1937年)は、まだ日独伊三国同盟の締結前でドイツは中国国民党と深い関係にあり、ラーベ自身、国民党の顧問を務めていた。

posted at 15:03:31

7月27日

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【南京大虐殺】「いわゆる“南京大虐殺”というのは、主として住民婦女子を虐殺したものだ。ところが住民婦女子は(全部)「難民区」内にあって、日本の警備司令部によって保護されていた。そして私の所属していた同盟通信社の旧支局はこの中にあって、取材活動をしていた」(特派員・前田雄二)

posted at 13:03:56

7月27日

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「(下関の揚子江岸の漂着死体について)傷より判断すれば、中国軍は相当混乱し、船にとりすがる遭難者を振り切って逃走(頭部受傷、手首なき人)したものと考える。子供は見当たらず、女は二、三見た。民間服の人もあった。兵士は下級者が多かった。」(歩兵三十八聯隊第一中隊軍曹・新井敏治)

posted at 11:04:12

7月27日

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【南京大虐殺】軍服を着用し戦争法規を守っている戦闘員は戦争法規に守られて「捕虜の資格と身分」を認められるが、軍服を脱ぎ捨てた兵士は「不法戦闘員」となり、ジュネーブ条約の定める如何なる権利も有しない。従って、不法戦闘員は裁判無しに処刑されても不法ではない。

posted at 09:03:48

7月27日

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【南京大虐殺】金陵大学(現南京大学)病院医師マッカラム氏の日記及び手記。「(日本軍は)礼儀正しく、しかも尊敬して私どもを処遇してくれました。私は時々一日本兵が若干の支那人を助けたり、また遊ぶために、支那人の赤子を抱き上げているのを目撃しました。」

posted at 07:03:30

7月27日

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【南京大虐殺】「『師団の名誉を傷つけるな。市民を殺してはならぬ。難民収容所内に立ち入ってはならぬ』と厳しく注意されていた。軍紀に違反したら内地に帰れなくなると思っていたので、上司の注意を守って行動した。」(歩兵第七聯隊戦友会メンバーの証言)

posted at 05:03:59

7月27日

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【南京大虐殺】「上海から南京作戦に参加、翌十三年の二月まで、蒋介石国民政府跡の建物に駐屯いたしました。しかし、最近、あたかも真実の如くいわれる南京大虐殺の事実は、見たことも聞いたこともありません。」(京都第十六師団司令部付歩兵衛生兵・吉岡豊三郎)

posted at 03:03:46

7月27日

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【南京大虐殺】「紺色の服をきた捕虜が、四列縦隊でゾロゾロやってきた。一万という報告は嘘でなかったと思った。戦意を失い、指揮系統をなくした軍隊は情けないものである。僅か百五十名ぐらいの一コ中隊に降伏したのである」(16師団司令部副官・宮本四郎の遺稿)

posted at 01:03:58

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