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@Lie_of_Nanjing

南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

Stats Twitter歴
3,953日(2013/06/03より)
ツイート数
42,085(10.6件/日)

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2021年01月09日(土)12 tweetssource

1月9日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

12月7日、蒋介石総統ら政府・軍の高官が南京を脱出した時点から、南京はパニック状態に陥った。富裕階級や高級官僚は持てるだけの荷物と現金を持って南京を脱出し、続いて司法院も行政府も立法府の官吏も、およそ役人という役人は政府要人のあとを追って南京を脱出した。地方公務員も同様である。

posted at 23:33:32

1月9日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

【南京大虐殺】中国共産党政府が「南京大虐殺」を持ち出すのは、米国議会調査局も分析しているように「狙いは援助や譲歩を引き出すこと」にあり、また冷戦終焉後の東アジアの覇権を確保するために、その障害となる日米同盟にくさびを打ち込む手段とする意図がある。

posted at 21:33:31

1月9日

@Lie_of_Nanjing

南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

【南京大虐殺】「秋山旅団長は、何びとも認める硬骨の武士であり、その指揮統率は厳正で、『虐殺』などということを許される方ではなかった。第一線に問題があれば、旅団長自ら弾雨の中を第一線に行かれ、隊長と会い、冷静に対処された。」(歩兵第六旅団副官・吉松秀孝)

posted at 19:34:40

1月9日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

「(12月13日)中隊は入城後、直ちに市内掃蕩に移って国民政府跡に突入したが、敵兵を見ず、中山北路の線に警戒線を張り、陣中勤務の態勢をとって約十日間の警備を終わり、他部隊と交代して湯水鎮に後退した」(第二十聯隊第十中隊小隊長・伊庭益夫)城内で市民や敗残兵の殺害は見ていないと証言。

posted at 17:34:02

1月9日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

「東亜をおほふこの大戦火が彼ら(南京に残った欧米人)の目にどううつつたか、異なつた印象のうちでも籠城外人たちが口をそろへて一様に唱へるのは南京の陥落が意外に早かつたこと、支那兵が優秀な日本軍に対して意外に頑強な抵抗を試みたことであつた」(東京朝日新聞1938.1.5付夕刊)

posted at 15:34:29

1月9日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

【南京大虐殺】「(12月12日)中国軍部隊のうち、数千名は下関にたどり着くと、数少ないジャンク、ランチを使って揚子江の向こう岸に着くことができた。しかし、この途方もない“パニック”のため、揚子江で溺死する者もたくさんあった。」(NYT記者・ダーディン)陥落前日の混乱。

posted at 13:33:31

1月9日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

【南京大虐殺】「中隊は(掃蕩後)司法院を宿舎として割り当てられ、翌年2月頃まで駐留した。司法院には人も居らず、屋内も荒らされておらず、そのまま使用した」(独立軽装甲車第七中隊上等兵・渡辺末蔵)東京裁判によれば司法院から二千名が連行されて西大門外で銃殺されたとされる。

posted at 11:34:24

1月9日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

「一部将校は所謂『便衣兵』となり、軍服を脱ぎ、平衣を纏ふて残留し、我が将兵を狙撃し、我軍の背後を脅かすもの少なからかず、付近の人民も亦あるいは電線を切断し、あるいは烽火を上ぐる等、直接間接に支那軍の戦闘に協力し、我軍に幾多の危難を与へたり」(松井大将による宣誓口述書)

posted at 09:33:51

1月9日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

「多数ノ俘虜アリタルトキハ、之ラ射殺スルコトナク、武装解除ノ上、一地ニ集結監視シ、師団司令部二報告スルラ要ス。(中略)但シ、少数人員ノ俘虜ハ、所要ノ尋問ヲ為シタル上、適宜処置スルモノトス」(上海派遣軍第十三師団司令部の通達)“適宜処置”の意味を巡って論争になっている。

posted at 07:33:32

1月9日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

東京裁判でロヴィン弁護士が「南京ニ於テ殺害サレタ数ハ30万トナッテ居リマスガ、私ノ承知シテ居ル範囲ニ於キマシテハ南京ノ人口ハ20万デアリマス」とズバリこの問題の本質を突く質問をした。するとウエッブ裁判長はあわてて、「今ハソレヲ持チ出ス時デハアリマセン」とこの発言を封じてしまった。

posted at 05:34:06

1月9日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

【南京大虐殺】「自転車を持っていたので、毎日あっちこっちに行きました。第一そういう形跡(虐殺)を見たことがありません。中山陵など荒らされていないし、きれいでした。やらなきゃこっちがやられるからやったのを虐殺といっているのだと思います」(読売新聞技師・樋口哲雄)

posted at 03:33:59

1月9日

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南京の嘘bot@Lie_of_Nanjing

大砲の弾がある限り零距離射撃を行いました。パチンコ弾のようなバラ弾を200発を1コの砲弾で打ち出します。1回に100名位の敵兵が空中に吹き飛ばされますが、敵はここ新河鎮を切り抜けないと逃げ道がないので死にもの狂いの戦闘になりました(第6師団45連隊第11中隊山砲指揮官・高橋義彦)

posted at 01:34:14

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