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@apout1992

おがちゃん@apout1992

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2021年07月23日(金)2 tweetssource

12時間前

@apout1992

おがちゃん@apout1992

@togamyo 読んでいただきありがとうございました。新聞を読みながら、私も中村修九段がもっと好きになりました。同じ気持ちを味わっていただけて嬉しいです

posted at 21:07:54

2021年07月18日(日)3 tweetssource

2021年07月16日(金)5 tweetssource

7月16日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

細かいことはいいんだよ、でかいのとでかいのがバーンすれば面白いだろ。という感じに吹っ切れていて面白かった。所々にある昭和ゴジラのオマージュも、ここでその設定使いのかよ!と興奮できてとても良かった

posted at 18:03:54

7月16日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

>>先手敵の三三角の時五六角と突きたるは變化を避け穏かに先の位を保たんとする意味なれども緩し三三角なると取らして形を惡くし八八銀二二飛七七銀六二玉三八銀と指す方手筋なり
関根名人『國民新聞』1923/4/1

よく読み返せば溝呂木花田戦なので、溝呂木七段が阪田流を避けた将棋の講評なんだな

posted at 10:57:30

7月16日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

序盤の講評を読んでいると、それぞれの将棋観が強く出ていて面白い。阪田流の出だしで▲3三角成と取るべきとするのが関根名人(『國民新聞』1923/4/1)で、相手の注文に乗らずに指すべきとするのが溝呂木六段(『京城日報』1920/11/30)。どちらが正しいという訳でなく、考え方が違うのだと思う

posted at 10:52:41

2021年07月12日(月)2 tweetssource

7月12日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

具体的に言葉にできなくて研究会中は触れられなかったのだけど、「不適切な政体の下にある社会で、書きたいという情念を満足させるために」その時代を生きていた作家はどう自分のために書いてきたのか、というのは非常に興味深いなと考えながら発表とディスカッションを聞いていた。とても面白かった

posted at 22:10:06

7月12日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

昨日の将棋と文学研究会は「ベトナム語文学に登場する 〈ひとり将棋〉 の意義:カイ・フン著「文学談義」(1946)」でベトナム語文学がテーマだったのだけど、藤沢桓夫の「翼」と同時期に、時代的な制約で自由に書けないなか詰将棋やひとり象棋を通して何かを表そうとしている所に共通点を感じた

posted at 22:10:06

2021年07月09日(金)4 tweetssource

7月9日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

国会図書館に満足に行けないようになって、新聞観戦記を読めなくなってしまったのが一番辛い
資料請求が終わってからの1時間で各紙の観戦記を読むのが楽しみだったのだけど、図書館に満足に行けないし、行ったら行ったでギリギリまで資料を読むので、昨年の3月以降は朝日と報知以外ほぼ読めていない

posted at 01:55:26

7月9日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

新館からは今入れないし、食堂は閉店したし、2019年12月当時から国会図書館の景色は随分と変わってしまった。あの頃が懐かしい

posted at 01:50:24

7月9日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

私は「スポニチ紙面から見る第35期王将戦」ということで、スポニチ掲載のタイムラインから当時の空気を感じ取ろうとする記事を書きました
中村修六段(当時)の様子がメインですが、一番読んでもらいたい所は第3局第1日13時40分の中原誠王将だったりします
11日までの販売です。購入は引用RTから twitter.com/karukoe/status

posted at 01:41:54

2021年07月06日(火)1 tweetsource

2021年07月04日(日)1 tweetsource

2021年07月01日(木)5 tweetssource

7月1日

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おがちゃん@apout1992

中日新聞(三社戦)の夕刊に観戦記を書いてる「銀柳子」にそこはかとなく関本三猿子の匂いを感じるのだけど、実際は誰なのだろう。知りたい

posted at 13:54:46

7月1日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

>> なるほど、少額ながらお化粧代とは気がきいた処置。ちょっぴりうらやましい。私も原田やす子なら日本一の女流棋士なのだが…。いや、「挽歌」の原田康子さんと間違われてしまうかなーーへんな妄(もう)想が起こるものだ。

posted at 10:40:53

7月1日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

原田泰夫『報知新聞』1974/11/16
>>美しい対戦
>> 専務の二上九段が「用があるのでお先に帰ります。これを対局後にお二人にお渡し願います。署名してもらって…」二上流の細い声で封筒を当方に預ける。表面を見れば「対局料、お化粧代」と書いてある。

posted at 10:40:53

2021年06月26日(土)1 tweetsource

2021年06月25日(金)4 tweetssource

6月25日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

仕事量の調整をしないで23時までに退勤しろと言われても正直困る。私だって早く帰りたいのだけど、根性論で仕事は終わらない

posted at 23:18:53

6月25日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

名人戦競技細則は初めて見た。昭和13年3月定なので第2期名人戦の規則
対局開始時刻は午前10時としつつ夏場は30分早めていることや、振り駒の時間は凡て午前8時としているのが面白い
坂田神田戦では食事の時間を相談するシーンがあるが、休憩時間は定められていなかったようだ
dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid

posted at 03:21:55

6月25日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

1937年5月6日に開かれた大野六段昇段披露将棋大会の手合に加藤(治郎)五段と松田(辰雄)五段の対局がある。
神田の弟子だからと朝日年鑑しか読まなかったのだけど、木見系の記録は毎日新聞社になるのだから、手間を惜しまず丁寧に読み込まないといけなかったと反省
dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid

posted at 03:11:52

2021年06月23日(水)1 tweetsource

2021年06月21日(月)1 tweetsource

2021年06月19日(土)1 tweetsource

6月19日

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おがちゃん@apout1992

原稿提出。今回は第35期王将戦について書いたのでみんな読んでくれよな!今回の記事で個人的に一番好きなのは、第3局第1日13時40分の中原誠王将です

posted at 04:52:25

2021年06月18日(金)2 tweetssource

6月18日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

寝るか…と一息ついたところで、今週末までにやらなければいけないことがひとつあったのを思い出してしまった。日曜日になんとかしなければ……

posted at 03:11:23

2021年06月17日(木)3 tweetssource

6月17日

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おがちゃん@apout1992

「いや、これ絶対カクナリを読む層に需要ないだろ」と思いながらカクナリ用の原稿を書いているのだけど、考えてみれば毎回そんな話ばかり書いているので、そこは心配するところではなかった

posted at 19:51:21

6月17日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

ひとつやることが終わって一息ついたのだけど、冷静に考えると6月中にやらなくてはいけないことが多すぎる。中野時代の将棋連盟のことを調べようと雑誌をひたすら眺めている場合ではなかったのでは?

posted at 14:14:43

2021年06月16日(水)3 tweetssource

6月16日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

紫金飯店の五目かた焼きそば、羽生善治九段(4回)以外では
及川拓馬六段(2017/06/15順位戦、2019/05/16竜王戦)
三浦弘行九段(2017/12/06王位戦)
南芳一九段(2020/06/25順位戦、2020/09/17順位戦)
の採用例があります

posted at 00:43:26

6月16日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

>>昭和31年(1956)築の東京銭湯らしい意匠が大切に守り継がれ、風呂上がりに縁側で涼めるのもうれしい
『中央線が好きだ。』vol.31  天神湯〔中野駅〕

中野の連盟から歩いて6分程のところに当時から営業している銭湯
chuosuki.jp/magazine/

posted at 00:25:29

6月16日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

>>将棋連盟がまだ中野にあったころに「お茶でも」と私が誘ったら、当時三段か四段の大内さんが「銭湯で裸で話し合いってのはどうです」と突飛なことを言い、本当にそうした事があった。
東公平「随筆 ご縁の深い名棋士(大内九段)」『将棋世界』1986年8月号

posted at 00:17:46

2021年06月13日(日)7 tweetssource

2021年06月11日(金)4 tweetssource

6月11日

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おがちゃん@apout1992

夜、1図の局面の頃、過食の祟りがてきめんに現れた。ボクは大山九段に度々失礼して隣室で横になつた。
 優勢すぎるために安全に指そうとする弱気、過食のために判断力が鈍つていたことなどがボクを敗勢へ導いたのであらうか。
山田道美「ここで負けた」『将棋文化』1958年11月号

posted at 02:01:40

6月11日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

「食べ過ぎと弱気が敗因」
(中略)
 今から思えば、その頭脳の不明晰が敗因の初りであつたのだが、それが夕食の食べすぎにあるとは何と愚かなことであろう。夕食にボクはビフテキを食べた。食後、散歩に出たとき、気まぐれにそばが食べたくなつて、それを食べたその上ご丁ねいにチョコレートを食つた。

posted at 02:01:40

6月11日

@apout1992

おがちゃん@apout1992

東京新聞の将棋選手権戦、対大山戦にボクは九分通り勝ちを掌中にしながら、それを逃してしまつた。終了後、大山九段が自分でも勝てたのが不思議だと云つたほど優勢の将棋をボクは負けたのだ。最近あまりに自ら非力だ非力だと書きたてたのが呪詛のようになつて、それが敗勢へ導いたのか。

posted at 02:01:39

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