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azzurro@azzurro45854864

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2019年02月16日(土)1 tweetsource

2019年02月15日(金)4 tweetssource

2月15日

@azzurro45854864

azzurro@azzurro45854864

@strkt1017 でも、外国の本だと日本までの送料が本代に含まれていて(勿論手数料込みでしょうが)その値段なのでは。Amazon米国からの送料が高くて、結局1000円くらいの差しかなかった記憶があるのですが。何冊も纏めて注文するときは米国からの方が勿論お得ですが。米国の友人から送ってもらうなら断然安いですね。

posted at 13:05:46

2019年02月14日(木)4 tweetssource

2月14日

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@obakezukinw 1922年(大正11年)創刊の日本最初の週刊誌「サンデー毎日」「週刊朝日」は総目次や縮刷版もなく、山川恭子氏の総論的な研究(「戦前期週刊誌メディアの受容形態」pdf)はあるものの、こういう具体的な研究は興味津々です。

posted at 23:55:39

2019年02月13日(水)8 tweetssource

2月13日

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azzurro@azzurro45854864

@HisadomeK 私も「罪喰い」が好きで単行本も持っていますが、文庫が出たときも購入していて画像が違うような記憶だったので検索したら見覚えのある画像が出てきました。

posted at 21:49:23

2月13日

@azzurro45854864

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大手拓次はライオン歯磨の社内報の「広告洋書研究会」という連載?で何回か担当していて
第55号「近代色の主流としての青白黒」
第61号「窓飾用ポスターに就て」
第62号「1932年の広告と近代画との関係」
第64号(62号の続き) 等を発表しているのでやはり洋書店通いは習慣だったのではないかと。

posted at 07:55:14

2月13日

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@microcosmos001 ちゃんと読者が見えている出版社のようですね。私の勝手な想像ですが、目の前にいる確実な読者の期待に応えず、欲張って、有りもしない想像の大量読者を狙った出版物が多くなったのも出版不況の一因では。先ずは堅実に目の前の読者のために本を作ってほしい。

posted at 03:41:07

2019年02月10日(日)4 tweetssource

2月10日

@azzurro45854864

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3)園の本も売れたのではないだろうか。美術館というものを作ることが国会で議論されはじめた美術館の黎明期でもあるし。当時クービンの名は広く知られていた可能性がある。但し、ちゃんとした画家ではなく変な絵描きとして。ただ佐藤春夫や大手拓次はクービンをちゃんとした美術系画家と評価したのだ。

posted at 20:39:47

2月10日

@azzurro45854864

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2)この変態シリーズは売れに売れて出版社の赤字が黒字になったらしい。ましてや村山の本は初期のものなので売れたのではないだらうか。変態シリーズが売れた事情は竹内道之助の実話小説「薊」(『地獄の季節』所収)に詳しい。園頼三『怪奇美の誕生』も、読売新聞に1月間を置いて1面と4面に広告。

posted at 20:32:26

2月10日

@azzurro45854864

azzurro@azzurro45854864

1)村山知義がクービンの名を挙げる「悪魔的の芸術」を含む『変態芸術史』、やはりかなり売れたようだ。結局発禁になったらしいのだが、その影響はない販売方法だったらしい。予約出版で入金があった人に送本し、その筋に納本し発禁が決まる頃にはほとんど送本が終わっていたらしい。

posted at 20:20:41

2月10日

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@vienna_cat55 ちょっとかじっているだけです。文章もちゃんと読みたいと思っているのですが、子音だけで出来ている文章だから頭を抱えてしまいます。
語順はどうしてなんでしょうね。宗教的な匂いは感じますが。

posted at 01:05:25

2019年02月09日(土)2 tweetssource

2019年02月07日(木)5 tweetssource

2月7日

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@Fantas_magorie ありがとうございます。ネットで検索すると明治学院大には入っているようですね。あとは紀伊國屋に聞くしかないdすね。学外の人間は入れないでしょうけど、学生に頼めばいいとか思ってしまう人間です、私は。

posted at 18:51:00

2月7日

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@obakezukinw @oldmanincorner @bannai07 ありがとうございます。
定年後の休暇旅行から帰ってきて、国書アドレスのメールを戴いて、それにも事態が変わったとは書かれてなかったので大丈夫だとは思ったのですが。一瞬自宅に連絡を入れようかと。

posted at 07:10:15

2月7日

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@microcosmos001 ネストリウス派のことを調べていて、後にネストリウス派と呼ばれる民族?がさらに古い時代既に中国と交流があったという記述を見つけました。学問的には厳密なものは無理かもしれませんが、ネストリウス派内部の東西の知の交流史も含む古代東西交流史のようなものも欲しいですね。

posted at 02:59:24

2月7日

@azzurro45854864

azzurro@azzurro45854864

@atoreides そうですね。『怪奇美の誕生』は「絵画上のエロティック」で、日本で初めてシーレについて本格的に論じたと言われているようですね。象徴派詩人の竹内勝太郎とも交友のあった人物のようです。

posted at 02:23:14

2019年02月06日(水)5 tweetssource

2月6日

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@Fantas_magorie どこの図書館が契約しているのか、紀伊國屋書店に訊けば分かるのだろうか。新聞記事のデータベースのようだから、参照できれば当時の様子は分かりそうですね。賞全体の記録は文学年鑑のようなかたちで紙版の記録が別にありそうですが。

posted at 23:57:28

2月6日

@azzurro45854864

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@oldmanincorner @bannai07 丁寧なお返事ありがとうございます。
『久生十蘭全集』の名が出てきて、この全集が出る前、I編集局長に言った約束を果たしていないことを思い出して、ちゃんと約束を履行しなければと思い始めたところです。

posted at 23:11:40

2月6日

@azzurro45854864

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園頼三「怪奇美の誕生」の元論文と思われる「美術上の怪奇美について」(『中央美術』大正8年12月)にクービンの絵が含まれていると国会図書館から返事を戴きました。実物確認はしていませんが文脈的にもアルフレート・クービンだと思われます(もう一人のクービンは穏やかな風景画中心)。

posted at 21:20:38

2019年02月05日(火)6 tweetssource

2月5日

@azzurro45854864

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@atoreides @r_itose JOM_136a_0251-0296.pdf
ドイツ語ですが、ずっと下、kubins atelierに名字のアルファベット順でクービンのアトリエ内の所蔵作品リストが記されています(他の部屋には日本人の作品はないようです)。Kuはクービン自身の作品です。前にもツイートしたはずですが。

posted at 23:11:16

2019年02月03日(日)2 tweetssource

2月3日

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佐藤春夫末弟秋雄のウィーン留学は昭4~8年(1929~33年)。だから「山の日記から」のクービン画集には関係なし。因みに春夫が法政大予科で作文の教鞭を取ったのも昭4年9月~昭8年11月まで(以上『定本佐藤春夫全集』より)。

posted at 20:42:05

2月3日

@azzurro45854864

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sbiaco.hatenablog.com/entry/2012/04/
大手拓次の蔵書も調べようとしたら、蔵書のあった倉が焼失したとのこと。当時原子朗氏が持ち出していた仏書だけが難を逃れたと(群馬県立土屋文明記念文学館学芸員談)。拓次は37歳から独語を勉強し始めていたので独語書もあったかも。洋書店へはよく行っていたのではと思われる

posted at 20:13:43

2019年02月01日(金)17 tweetssource

2月1日

@azzurro45854864

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@obakezukinw ありがとうございます。ただ、当時の丸善『学灯』の新着目録に眼を通せば受容過程の基本的なラインは描けると思いますので、後は何かの拍子に見つかったときに追加という感じかと。それと園『怪奇美の誕生』の元版論文の方が挿絵が5枚多いのでそれは確認しようと思っています。

posted at 11:37:34

2月1日

@azzurro45854864

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@obakezukinw 大正末から昭和0年代にかけて大震災のせいかもしれませんが特に怪奇ブームのように思えて、それなら東さんの掌の上で児戯を演じているようでお恥ずかしい次第です。

posted at 10:57:38

2月1日

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佐藤春夫の所蔵洋書目録を見ていて思ったのは、詩集と画集が多いこと、それと20年代に集中していた。面白かったのは『ヴァテック』やベックフォードの研究書、ド・クインシー著作集。何度も引っ越したらしいので散佚したものもあるだろうということでした。

posted at 08:34:10

2月1日

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後は『学灯』で丸善の輸入洋書リストを調べるのみか。
20年代は東大のケーベルが独文学史上悪罵の対象だったホフマンを称賛したり独浪漫派の翻訳が相継いだり、怪談会が開かれたりで怪奇熱が、さらに村山知義と園頼三の著書でクービンの名が一般の耳目へ。東雅夫氏の方がうまく説明できそうな気が。

posted at 06:47:42

2月1日

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園頼三『怪奇美の誕生』(1927年)は『読売新聞』10月(1頁目)と11月(4頁目)に広告が出ていた(他新聞には無し)。一般向美術随筆らしい。20年代元々『カリガリ』熱で街に表現派が溢れていた(身近な広告や看板も)中に竹久夢二や田山花袋が表現派空間に重ねた大震災後の風景が出現。それが怪奇美への嗜好を

posted at 06:20:48

2月1日

@azzurro45854864

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結局1914年『Der Sturm 版画展』も1924年丸善本店『欧洲表現派展』も全てクービンの出品はなかった。『青騎士』誌で美術家の一部に注目され洋雑誌や独語書の挿絵で見られていたのが大震災(1923)後表現派そのままの風景から怪奇美が認知され拓次や春夫がクの名を挙げられる状況が出現したということか?

posted at 05:53:19

2月1日

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@atoreides @obakezukinw 私が先日、百間からの寄贈と勘違いした法政大学図書館所蔵クービン挿絵の4冊の独語版ポオ作品集、最近の寄贈でしたが、出版年は百間と春夫が法政大学で教えていた頃のものなので、そういう影響で購入されたものかも。妄想かもしれませんが。

posted at 02:50:20

2月1日

@azzurro45854864

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@atoreides そうですね。まだよく分かっていないのですが独語書には春夫の末弟(医師。若い頃画家か作家になりたかった)が持ち帰った本もあるかもしれません(留学年はいつか?)。また実際ドイツから郵送された本も混じっているようです(独語郵送票)。

posted at 00:40:38

2月1日

@azzurro45854864

azzurro@azzurro45854864

@atoreides 先日ツイートした佐藤春夫の所蔵洋書目録を見ているのですが、クービン挿絵ドイツ語版『愛書狂』は確かに載っています。それとまた先日の「北落師門」のものと思われるクービン画集(Hugo Schmidt出版 1922)も載っています。まだちゃんと見てないのですが『髑髏舞』らしき原書が見当たらないようです。

posted at 00:11:08

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