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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

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3,970日(2009/04/06より)
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35,420(8.9件/日)

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2020年02月17日(月)18 tweetssource

12時間前

@daijapan

Dai Tamesue (為末大)@daijapan

ではどこに着地すべきなのか。実は型的な学びと、納得して進める学びの間に、実践と内省を組み込んだ学びがある。実際にやってみて、うまくいったかどうかを考え構造的に問題点を見つけ、それを埋める為に反復して身につける。この学び方は環境が変化すると自分も適応し直す仕組みになっている。

posted at 08:19:05

12時間前

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

昨今の教育では、型的な学びが混乱しているように見える。教え方は型的だが、肝心の最終形である未来が見えないから不安になる。一方理系の世界を想像するに、このファンダメンタルな要素が揺るぎない。数学的能力が高ければ何をやるにしても有利なのだろうと思う。知の定義が揺らいでいない。

posted at 08:16:14

12時間前

@daijapan

Dai Tamesue (為末大)@daijapan

問題は、最終形が変化するような領域においてこの要素分解をしたものを型的に学ぶことはできるのかと言うことだ。ワックスを拭き取る動作を習得しても戦いが柔道になってしまえば意味をなさない。もし最終形が変わるならそれは無駄な癖となって、もしかすると成長を阻害すらするかもしれない。

posted at 08:13:23

12時間前

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

理解力がない選手を育てる時に有効なのは、いいからやれというものだろう。最終形を知っている人が将来必要とされるであろう要素を分解しそれを反復し習得させる。それを組み上げていき、形が出来上がった時、本人が驚きを持って意味を知る。いわゆる東洋で言う型と呼ばれるものはこれではないか。

posted at 08:11:37

12時間前

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

全て本人が納得した上で進める指導法はとてもフェアで明快だが、本人の経験と知性の限界を超えられない。今納得できないが、やっていけば将来納得できることをトレーニングに組み込めないからだ。このようなトレーニングは、感性のいい選手に有効だ。一方、理解力がない選手を育てる時には弱い。

posted at 08:09:51

12時間前

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

二つ興味深い点がある。一つは、最終的に必要とされる要素を宮城さんが知っているからこそ、要素分解したトレーニングが生み出せる。もう一つは熟達者でないものは最終形がわかっていないから、ワックスを拭き取ることの意味がわからない。もし本人が納得したことだけをやれば最終形には到達できない。

posted at 08:07:48

12時間前

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

ベストキッドで宮城さんが少年にワックスを拭き取らせるというシーンが出てくる。少年は最初このことになんの意味があるかわからないまま渋々やっている。そして、いざ実践の際にワックスを拭き取る動作が防御に役立つと知って驚きを持って納得する。この描写はとても示唆深い。

posted at 08:04:25

12時間前

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

顧客がいないオンリーワンは、ビジネスとして成立しているのかということですかね。誰かが選ぶということは何かと比較しているということで、それから逃げられない方がいいよということです。
#マシュマロを投げ合おう
marshmallow-qa.com/messages/961a4 pic.twitter.com/tsCMCuUWIV

posted at 07:55:48

2020年02月16日(日)17 tweetssource

2月16日

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

ベストキッドでmiyagiさんがワックスを拭き取らせるというトレーニングが成立したのは、格闘技に必要とされる本質的なスキルが変化しないからだ。将来の戦いが変わってしまうなら、要素分解したスキルトレーニングの効果は減る。

posted at 08:54:35

2月16日

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

そして最後に一点、時代がどうなるかを予測するよりも、どうすれば自分の思うように時代が作れるのかを考えた方が子供たちは興奮する。

posted at 07:38:44

2月16日

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

友人の言葉では、少なくとも公立校のレベルでは日本の数学のレベルは高く一年海外に留学したときに英語はうまくなったが、むしろ数学が置いていかれたことを後悔していた。日本の公立校の評価も、理系的な世界とそうではない世界で分かれている。教育に何を求めるかで随分風景が違うのではないか。

posted at 07:36:15

2月16日

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

わかりやすい話で言うと、友人の理系の人間はさほど学校選びに拘らない。話を聞くと、内から出る好奇心と、それから基本的な数学の力がつけばいいと思っている。一方、それ以外の人間は未来予測をし、何が普遍で何が時代の流れかを見極め、適切な学校を選ぼうとしている。この違いをとても感じる。

posted at 07:33:46

2月16日

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

もう一つ、理系の世界は法則が変わらない。真実はどうあっても真実で、それを追求していく上で必要な知識もまた変わらない。実社会への適応前提の世界と違い、理系の世界は真実への掘り下げの後に実用が来るから、社会の動向を気にするのはずっと後になる。

posted at 07:31:28

2月16日

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

理系の友人の人生は、好奇心でできている。好奇心を優先して人生が展開されている。もちろんその中で社会に役に立つことは何かを見つけ落とし所を選んでいるのだけれど、決して役に立つから学んだわけではなく学んでいる先に社会があり接点を見つけたという順番だ。

posted at 07:28:50

2月16日

@daijapan

Dai Tamesue (為末大)@daijapan

しかし理系の友人はその観点であまり教育を語らない。将来はどうなるのか、どのような教育をするべきかをあまり気にしていない。それを不思議に思って、質問し自分なりに分析してみると、理系の世界には二つの大きな特徴があるのではないかという仮説を持った。普遍性と、好奇心だ。

posted at 07:22:02

2月16日

@daijapan

Dai Tamesue (為末大)@daijapan

私の人生は理系も文系もないだろうという世界だったが、一応は文系に属するのだろうと思う。私も含め周辺も昔とは社会は変わってしまったと感じている。この変化の激しい時代に一体どのような教育を選べばいいのだろうか。今通用したものは将来通用しなくなる可能性がとても高い。

posted at 07:17:45

2月16日

@daijapan

Dai Tamesue (為末大)@daijapan

教育には将来食っていけるスキルを身につけるという目的がある。私はあまりこの方向を強めすぎるとただの職業訓練所になりはしないかと懸念はするが、それでも大事な目的の一つだ。将来必要なことは何かを議論する中で気がついたのは、理系の人生とそれ以外の人生では教育観が異なっているということだ

posted at 07:14:19

2020年02月15日(土)10 tweetssource

2020年02月14日(金)25 tweetssource

2月14日

@maiko_tajima

参議院議員 田島まいこ(愛知県選挙区)@maiko_tajima

この記事がランキングに入っていますが、WHOは何を根拠に言うのでしょうか。船舶内を除けば国内の感染者は33名。人口一人当たりの感染率で言えば、シンガポールや韓国の方がはるかに高い。

世界で一番心配されている?国民の不安を無用に煽るような発言は控えるべきです。

www.yomiuri.co.jp/national/20200

Retweeted by Dai Tamesue (為末大)

retweeted at 21:28:19

2月14日

@daijapan

Dai Tamesue (為末大)@daijapan

トラッククラブのコーチの採用をしています。アジアのアスリートや走りの分析などを一緒にやってくれる方を探しています。興味がある方はこちらまで。
info@tamesue.com

posted at 14:09:33

2月14日

@kenichiromogi

茂木健一郎@kenichiromogi

「○○容疑者を逮捕しました」という文章は、日本語として意味が重なっているということになぜ日本のメディア関係者は気づかないのだろう。あたまが悪いのだろうか。○○さんを逮捕しましたで何の問題もない。何らかの容疑で逮捕されたという刑事的なこととその人の呼称が関連する必要がなぜあるのか?

Retweeted by Dai Tamesue (為末大)

retweeted at 11:01:15

2月14日

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

表面的な恐れは、一歩踏み出せないなどだが、一枚皮を剥ぐとむしろ自分と向き合うことが怖くてひたすらに動いてひたすらに人といるということも起こり得る。確かに世間も怖いが、最も怖いのは本当の自分と向き合ってしまうことだ。恐れているのは他ならぬ自分の心だ。

posted at 07:32:42

2月14日

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

恐れる人間は、期待値が高い。失いたくないものが多いとも言える。社会的に力を持つ自分、好きなものを変える自分、友人がいる自分、こう見られていたい自分。本当に自分にとって大事なものもあるが、そう思い込んでいるだけのものもある。大事なものを決める価値観も社会の影響を受けている。

posted at 07:21:17

2月14日

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

自由自在に人生を生きるには、危険なエリアとそれ以外のエリアがわかることが必要になる。恐れが大きければ制限された中でしか生きられない。適切に恐れる為には一歩ずつ恐れに踏み込んで境目を明らかにしなければならない。この一歩踏み出す瞬間のことを私たちは挑戦と呼んでいる。

posted at 07:10:04

2月14日

@daijapan

Dai Tamesue (為末大)@daijapan

この体験をした人はいつも、大丈夫なんとかなる恐れずに一歩踏み出してという。しかし、踏み出す側は怖い。なぜならばこの危険と恐れは違うことの理解は、極めて主観的なものであり体験以外では理解ができない。体験すれば言わずともわかる。体験しなければやってみるまでわからない。

posted at 07:04:12

2月14日

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

その体験を通じて学んだのは、恐れは危険と同じではないということだ。危険なことは本当に危ないが、大体人間はその数倍の範囲を恐れている。特に想像力が豊かで人生経験が少ない人間は、わからないという理由で恐れる。正確に描写すると”知らない”だが、本人の中で”怖い”に変換されている。

posted at 07:02:03

2月14日

@daijapan

Dai Tamesue (為末大)@daijapan

競技者は収入が乱高下するし、プロであれば引退して新しいキャリアを作らなければならない。現役時代の終盤は自分が社会でやっていけるかとても不安だった。けれども実際に引退してみるとなんとかなる。そもそも恐れていたことの正体は、だいたい大したことではなかった。

posted at 06:57:19

2月14日

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Dai Tamesue (為末大)@daijapan

終身雇用が実質的に終わりを告げた。私より下の世代はもう誰も生涯一つの会社にい続けられるとは思っていない。そうなると転職や、副業が当たり前になり、人生で給与が上下することも頻繁に出てくる。じわじわと安定的に給与が上がっていくことを前提にした人生設計が意味をなさなくなる。

posted at 06:54:51

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