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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

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2020年02月22日(土)52 tweetssource

7時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

信用を作るのには長い時間と努力が必要だが、失うのは一瞬 と 幾度も強調している。入試や正課では こうしたことを一切習わずに 学校を出てしまう 現在の人材育成全体の瑕疵としても 考える必要がある

posted at 12:03:37

7時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

ゼミ合宿で学生に出納の厳密を強調している。施設に予約しすでに肩代わり納金以降に、だまって休んでお金も払わない、というのが とても残念なことだが、2010年代に入って現実に観測された 大学生の実情である。通用するわけがないのだが・・・

posted at 12:02:36

7時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

全くの素人が、下手の横好きから派生して 専門家を名乗るような状況を 本当に憂慮する。あるいは学位のない人が学位指導というのも、少なからざるケースで根本的に間違っているように思う。率直に言うと学術的に不潔な印象を拭えない。関わりたくないというのが正直なところか

posted at 12:00:35

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

教育に関して 私が立ち戻るのは やはり 三理想を核とする旧制7年制高等学校的な 質実剛健でしかありません 剛であり健でないと なかなかできない。無理はさせず、急がせることもないよう 留意したいと思います

posted at 09:04:39

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

受け身で勉強 自分では考えない 異なる文化が併存対立する状況すら認識しない 狭い世界での利得に汲々とする・・・ 3理想の逆をあらわに書いてみると なかなかしんどい図が見えてきてしまいます・・・^^;;;

posted at 09:03:12

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

逆のタコツボポテンシャルに 子供を落とすのも 割と簡単なこと このあたりの責任は 基本的に 親ならびに 周囲の大人、環境にあると思います

posted at 09:01:55

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

武蔵の三理想 というのがありまして 僕らは自ら調べ自ら学べ だけ なんとなく繰り返してるんだけど 本当は「自ら調べ、自ら考える力のある人物」を育てる であると確認 そりゃその方が大事だ 学ぶだけじゃ二番煎じで新しいものは出てこない 考えなきゃ^^

posted at 08:59:56

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

自ら調べ 自ら学べ / 東西文化融合に資する人材 / 世界に雄飛するに堪える人物 (三理想:理想というか 基本条件と思うし あらゆる小学生が いま ここ から実現できるものでもある)

posted at 08:56:45

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

エーレンフェストは経済学に数理物理の方法を持ち込んだ本当の意味での最初の思索者だったと思います。生徒であったティンバーゲンが最初のノーベル経済学賞を得たことで彼は匿名の父となった面があるけれど、本当はもっとリアルな思索者であったように感じます。

posted at 08:54:50

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

一応補うと、ボルツマンは原子説の認識論的な孤立で鬱を病んで自殺したように思うけれど、学統を継いだエーレンフェストは障害を負った末の息子をピストルで射殺して心中自殺しており、状況ははるかに複雑でした。終わらない問題が存在しています。

posted at 08:52:59

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

私はボルツマン~エーレンフェストのタイプではないけれど・・・自殺の伝統とは無縁と思う・・・指導者としての彼らの在り方、生き方は、範となすべきものがあると あらためて思い直しています。鬱や自殺は絶対に避けるべきだと思う。エーレンフェストの場合は養育という別の面も重く存在していました

posted at 08:51:07

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

おもったのだけれど 本当に ファラデーの教室のような形で 伝統を作るのがよいのだろうね 哲学熟議 は その準備になっていたのだと あらためて気が付きました しばらく 全く余裕がなく 出来ていませんでしたが

posted at 08:42:31

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

つまりボーア流の量子化になじまなかったエーレンフェストの古典的描像のもとからティンバーゲンの「経済物理」が労作され、彼は最初のノーベル経済学賞を得るわけですが、そういう仕事を通じて、父の無念をなんとかしたいという動機は 長らく大学では持ってきたわけです

posted at 08:39:42

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

よく「M論を病む」「D論を病む」などと若い人に言うけれど、本当に自分の困難として病んでしまい、ボルツマンやエーレンフェストのような最期を遂げてしまう人もある。私はエーレンフェストの門下からディンバーゲンの仕事が出たようなことを考えているわけですが

posted at 08:38:29

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

適性のあるもの、というのは 教えるのに不向きなんですよね。「そんなのすべて書いてあるじゃん。自分でよみゃいいし、分からなかったら向いてないんだから やめたら?」みたいなことを 言われて育ってその通りになったから、言ってしまうこともあったけれど、いまはもう・・・

posted at 08:34:51

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

1900年前後の自然科学は、まだ十分に自然哲学だったと思うわけです。シュレーディンガーの初期の仕事は 色覚という 物理と生理の双方をまたにかける議論だったし、これを手本に僕が音声をめぐって考えた仕事も同様の動機で考えました。世界はどうなっているのか?人間はどうつくられているか?

posted at 08:33:14

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

例えばヘルムホルツやマッハ、あるいはアインシュタインなどもそうだと思うのだけれど、宇宙や時空の構造を考えるというのは、今日とはかなりかけ離れた、ある哲学的な動機に突き動かされていたわけですよね それがほぼなくなり、テクニカルな議論がもっぱら洗練され隆盛を極めるように見えるけれど

posted at 08:31:44

10時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

そういう表現の核が いま 見事にさっぱりと ない人が過半数になりつつあるのかもしれない すくなくとも 数理とか物理で「表現」しよう とおもってやってくる 手ぐすねを引くような猛者は かなり減っているように思う。行儀よく勉強してやってきた人が9割がたを占めるかと思う

posted at 08:30:08

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

1945年前後をさまざまな形で生き抜いた人たちは、表現する、というとき、表現自体に目的があった。タイアップでどうやって儲けるか、とかそういう「目的」が主になることはありえなかった。特撮怪獣でもポルノでも、別に表現の核や理想があるひとが その形をとって物を作っていた

posted at 08:28:55

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

どんどん「そっち側」に近いことに 流れてしまっていますよね。助長するような経済も動いたりする。単なる退廃と個人的には切り捨てていますが それだけでは済まない現実的な波及効果もある 難しいものだと思います

posted at 08:27:36

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

なんというか、表現に対する本質的な動機が違うと 永遠に話はかみ合わないわけ。例えば、学校に入って音楽を勉強しましょう、作曲を学びましょう なんていうとき、オーケストレーションの方法などを教えて貰って、その通りにやれば劇伴が量産できます みたいなのは 僕らには作曲じゃないんだけど

posted at 08:26:27

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

私が物理の方法を応用したのは、それ以外に勉強したものがなかったから、というつまらない理由に他なりません。あれこれ華麗な数理を駆使して、なんてガラではない。地味で地道なスペクトル解析や相関の評価など、およそ泥臭い方法で 現実に役立つものを得てきただけに他なりません

posted at 08:25:08

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

最近は言われなくなりましたが「アイデアマン」などといわれると、バカにするのもいい加減にしろ と いちいち怒っていたりした時期もありました^^ アイデアじゃないんです 日々本当に困っている 必要が発明の母であっただけ、でもその勘違いは180度誤っている

posted at 08:23:49

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

で、思うんですが、過労でめまいを病んで立てなくなったり、そこで受けた診察や検査をきっかけに 音楽と音楽家をめぐる問題状況を客観科学の道具「も」駆使して解決しようとし始めたり、すべては痛みと共に体を貫いて出てきたものなんですよね 思い付きとかではなくて

posted at 08:22:42

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

解決がついたか、と問われると、そうかもしれないし、そうではないのかもしれない。時間がたち、人生の残り時間も限られ、いろいろ去ったものもあるなかで、それでも進むしかない、というノーノ=ロルカの言葉通り、歩くようになった、それだけかもしれません

posted at 08:20:50

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

誰かに相談すれば正解をおしえてもらえる というようなものではなく、逆にありとあらゆる人、例えば医師とか、相談すればヒントはくれるけれど、しばしば間違っているし、そういう中で自分自身でつかみだしてくるしかなかった。で、そういうのに耐えるのはなかなか至難なことだと改めて思う訳です

posted at 08:19:29

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

ある時期の私は、実は得意と思っている筈のモーツァルトを、どういう顔をして演奏したらよいのか、本当に分からなくなり、長くかなり苦しい時間を過ごしました。楽器の前に座る椅子一つから 本当にすべてが分からなくなり きつい時期が結構長く続いた。ある危機だったと思います

posted at 08:18:17

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

セリエリズムが失った一つは 例えばヘミオラのような周期性を前提とするポリリズムの万華鏡で、ライヒのミニマルや触発されたリゲティの指摘は、そのごく一部をかじっただけにすぎなかったことが、みんな死んで10年以上たって 今よくわかります

posted at 08:16:44

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

本日は 藝術の専門学生をサイエンスの先端領域の平易な入口に引率するべく 大学前に宿をとってそれに備えました。急ぐことなく、ひとつひとつ、進めてゆこうと思います。

posted at 08:15:18

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

戦後の前衛は 笑顔を失った 蒼ざめた青年の音楽でした。私もまた10-20代、その極北を突き詰めるような長い時間を過ごし、その間のバランスのように演奏の仕事、本山修行に精魂を傾けた。両者はよく両立しました。違う形での調和を再度考え 昨今は実現し始めつつあります

posted at 08:13:57

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

こんな地味な話は数学の個別分野と似たようなもので、わかる人しか分からないし、まあそれでよいのだけれど、実は私自身は そういうたこつぼの先の針の先端みたいな仕事で あるローカルを牽引するのが本来の仕事だったりするわけです作ることと演奏することにおいて。その本来をきちんと完遂しますが

posted at 08:11:31

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

調的な中心を持たないよう、ボルツマンのエルゴード仮説などもヒントにシェーンベルクがまとめたルールを トータルセリエリズムは音価や強度までモード~セリー化したつもりだったけれど、結果としていろいろな認知的音楽要素を見失うという結果にも陥ってしまいました

posted at 08:09:46

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

よく聞く話かと思うけれど12音のセリーでは音の反復をルールとして禁じる。これを頭や手先でいじってるのは「偽物」で、本当に自分の審美眼と感覚にまで反射直観化して初めて作曲になるわけだけど、そういうのを問う水準が 普通の学校などには一切ない。そこでは無理です お勉強では身につかない

posted at 08:07:47

11時間前

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メシアンの場合はアクセントはアクセントと認識されます。周期性も調やモードも温存されているから、そこからの遊びや逸脱が可能。生真面目な前衛の極北で長年悩んだ経験のある私には そのあたりを容認できない禁欲的な節制がありました。当否は、解りません

posted at 08:05:04

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

リズムセリー、多様なように見えて、実は大半が持続のセリーであってアクセントを扱いづらいんですね、聴取困難~不可能な形になっている場合が多いから。ノーノの主要作、大半が楽句の頭にアクセントとなりますよね。ケージなどの場合はさらに微妙に困難

posted at 08:03:36

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

例えば、周期的なリズムそのものが退廃だ、とか そういう極端なことを こういう内容を突き詰めて考えるティーンとか若い人間は平気で思いつめるんですね(私のかつての状態を言っています)そうなると、周期性前提の遊びやシンコペーションなどの愉悦が消えてしまう 音楽から色が失われたりもする

posted at 08:01:51

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

変拍子が弱起を抑制するようなことがあるべきではない。テープやコンピュータの音楽の最大のネックは、演奏によっては容易に作られる、強迫弱拍の区別をつけることがこんなんというか、いつでも出だしがアクセントという平板に陥ってしまうことにあるように思う。難しい問題もあるのですが

posted at 08:00:30

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

告発するスケルツォ が 好きである。例えば「三角帽子」のホタ、ダフニスの終曲。ベートーヴェンの諧謔楽章とモーツァルトのリズム遊び 双方の延長で見事に価値を転倒していると思う。で、そういう意味が分からない世界の価値観に蹂躙されるべきではない

posted at 07:58:48

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

創造的諧謔 というのはなかなか高度なものなのかもしれない。価値の転倒といってもいいのだけれど。例えばベートーヴェンの3番交響曲3楽章での、アクセントの転倒その他。リズムオスティナートの単線的なセリオーソに対して騙し絵の遊びには含意がありうる あるいはホルバイン

posted at 07:56:34

11時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

学生や若い仲間が 世界のあちこちで いろいろ動いている。仕事が充実するのは何よりだが、それ以前に一番重要なのは 生命身体の安全である。 すべての資本は健康と身体 それがなにより第一である。

posted at 07:40:19

17時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

しかし それはそれとして 「口頭で決済」とか なんですかその末期より極北のめちゃくちゃは。 ここ当分「憲法壊制」など 絶対ありえないということを 強く印象付けた出来事のようにおもいましたが。。。

posted at 01:38:23

17時間前

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Ken ITO 伊東 乾@itokenstein

明日は比較的早い時間から 教室引率があり 大学前に宿をとったのだが、イレギュラーにこの時間まで収拾に動かざるを得ない予定外の出来事。体がいくつあっても持たないので、少し交通整理しなければね^^;

posted at 01:35:35

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