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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中@ksk18681912

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2020年08月26日(水)1 tweetsource

2020年08月25日(火)3 tweetssource

8月25日

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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中@ksk18681912

@takuyak2020 お読みいただきありがとうございます。

菊水ですが、私の知る範囲では3冊の本に登場します。

『染太郎の世界』に脚本家の灘千造が書いた「長白山脈の染太郎」(添付資料)。

P220には、戦後2,3年経った頃にはまだ屋台で、モツが大きかったこと
P221には、その後ビルになってモツ料理屋になった pic.twitter.com/PGAQIUS53i

posted at 04:03:53

2020年08月24日(月)15 tweetssource

8月24日

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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中@ksk18681912

串かつ自体の歴史はさほど複雑ではないのですが、「串かつはなぜ衰退したのか」の理由の考察がページを食うことになると思います。

アメリカ式チェーン店とかトラックとかキャッシュレジスターとか、twitterで書いてきた内容が串かつの衰退と関連してきます。

posted at 05:11:13

8月24日

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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中@ksk18681912

『牛丼の戦前史』や『焼鳥の戦前史』にも馬肉が登場しますが、馬肉は牛肉や鶏肉の下位互換品として登場します。
www.amazon.co.jp/dp/B089J2MCXD

つまり東京人はあまり馬肉がすきではなかったのですが、にもかかわらず屠畜数全国一。それはなぜなのか

そしてなぜ、戦後に東京の馬肉文化は衰退したのか

posted at 05:11:14

8月24日

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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中@ksk18681912

話は変わりますが、最近昭和初期の大阪の資料を読んでいるのですが、昭和10年にすでに「たこ焼き」という名称でたこ焼きが存在していたという資料を見つけました。

会津屋がラヂオ焼きの名称を「たこ焼き」に変更したのが昭和11年ですから、やはりあそこは元祖じゃないですね。

posted at 05:11:15

2020年08月22日(土)14 tweetssource

8月22日

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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中@ksk18681912

”清水さんは95年、有志と「まいづる肉じゃがまつり実行委員会」を結成(中略)「東郷元帥が舞鶴鎮守府司令長官だった折、英国留学中に食べたビーフシチューが忘れられず、日本風にアレンジさせたのが肉じゃがの元祖」--という由緒物語も清水さんのアイデアだ。”

posted at 04:52:15

8月22日

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”東郷さんが出てくるのにはわけがある。「肉じゃがは今から百年前の明治三十四年、舞鶴海軍鎮守府の初代司令長官であった東郷平八郎中将が(中略)だから、東郷元帥が肉じゃがを舞鶴で初めて作った」―こういうストーリーをつくり上げたのである。”

posted at 04:52:16

8月22日

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さて、ここまではおさらいですが、問題は「チコちゃん」に出演した高森直史さんという人物。

元海上自衛官で、旧海軍の食文化について詳しい高森さんは、かつて舞鶴で旧海軍と肉じゃがの関係について講演したことがありました。

その講演を聞いていたのが清水さんだったのです。

posted at 04:52:17

2020年08月21日(金)1 tweetsource

2020年08月19日(水)23 tweetssource

8月19日

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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中@ksk18681912

@moegi_hira www.fish-u.ac.jp/kenkyu/sangaku
こちらによると、相模湾や東京湾内湾近くで獲れたカツオを押送船で江戸に送るのに、10時間かかるそうです。

その後仲買、小売を経るとなると、朝とれたかつおやまぐろを夕方に食べるのは、江戸でも難しかったのではないかと思います。

posted at 05:23:42

8月19日

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番頭というのは、長い丁稚(小僧)生活をくぐり抜けてきたエリート店員です。

子供の頃からひとつ屋根の下で暮らしてきた、いわば疑似家族的な存在です。

長い時間をかけて信用ある人物を育てる制度が、「番頭はんと丁稚どん」システムでした。

posted at 06:17:09

8月19日

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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中@ksk18681912

ただし、人材育成に時間をかけない「妾チェーン店」システムには欠点もありました。

次世代の経営者を育成できなかったことです。

そのせいで、いろはチェーンは木村の死とともに瓦解します。

一方、人材育成に時間をかけた三井家は長い間繁栄しました。

posted at 06:17:09

8月19日

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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中@ksk18681912

その発想のあらわれの一つが、キャシュレジスターです。

キャシュレジスターは店員のちょろまかしを防止するだけでなく、その店の正確な運営状況を日次でレポートする機能を託されていました。

本部は毎日会計検査ができるので、不正を未然に防ぐことができるわけです。 pic.twitter.com/kGDQsKWUyF

posted at 06:17:10

8月19日

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近代食文化研究会@「焼鳥の戦前史」発売中@ksk18681912

すべてを記録に残し、報告すること。

そのための報告フォーマットを制定し、定期的に本部にレポートすること。

情報と意思決定を本部に集中させるというシステムを構築することで、支店経営者の権限を最小限に抑えることができるようになります。

posted at 06:17:11

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