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森 洋介@livresque2

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2019年09月17日(火)6 tweetssource

9月17日

@livresque2

森 洋介@livresque2

プリムツァール會員の印象「彼には多分カッシーラーがどの哲学者よりも模範となっていたと私は思う。カッシーラーは極めて精神史的であり,下村と波長が合う。下村は基本的にカッシーラー派であり続けた」角田幸彦「ブルクハルトとハイデガー(3)」ci.nii.ac.jp/naid/120006416m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstre

posted at 16:02:03

9月17日

@livresque2

森 洋介@livresque2

「研究史への謙虚な目配りが下村には全くなかった。沢山の書物と論文を出してそれらへの批判と同感も入れるべきなのが学問的な語りであるのに,それが20年間に及ぶ研究会では全く為されなかった」角田幸彦「ブルクハルトとハイデガー(その1)」注9=ci.nii.ac.jp/naid/120005998m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstre

posted at 15:28:56

9月17日

@livresque2

森 洋介@livresque2

下村寅太郎の初期作『無限論の形成と構造』から晩年の『ブルクハルトの世界』1983(twitter.com/ludwig10301/st)を觀ると、無限論の課題だった「連続性」が世界史のテーマ化し(p.150一章六3・p.603三章二3)、運動する歴史は「直観」が像に形成、その表現は「象徴」(一章六4)twitter.com/livresque2/sta

posted at 13:48:05

9月17日

@cbfn

nibuya@cbfn

余談。以前も言ったが、『フーコーを忘れること』を書いたボードリヤールに欠けていた視点はフーコーの「歴史」がそれを「書く者の今という”空虚”」に向けて逆遠近法の形で雪崩れ・襲い変容を迫る限りで書かれることを「倫理」としているという点だ。そこには自身の場所を確保した観察者は”いない”。

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retweeted at 12:22:31

9月17日

@cbfn

nibuya@cbfn

メモ。M/F最後の仕事-①「人間の歴史は相も変わらぬ口調・同義語の長ったらしい継続、それに抗うこと、それが勤めだ」という背表紙に置かれたシャールの短句を忘れないこと。②紀元前後の古代・・・”成熟の年齢期”のM・Fがブロッホの『ウェルギリウスの死』を異様に熱愛していたことを忘れぬこと・・

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retweeted at 12:21:08

2019年09月16日(月)10 tweetssource

9月16日

@livresque2

森 洋介@livresque2

いや、下村寅太郎『自然哲學』は弘文堂1939年8月刊でiss.ndl.go.jp/books/R1000000、西田幾多郎「經驗科學」は『思想』1939年8月號初出だからwww.f.waseda.jp/guelberg/nishi、發表はほぼ同時であり、むしろ下村から西田への影響の可能性さへあるかも?twitter.com/Dialektik1961/  P.W. Bridgman原著は1927年刊。

posted at 21:30:00

9月16日

@livresque2

森 洋介@livresque2

「操作」を重視した種本は、西田幾多郎「経験科学」(『「科学哲学」論文集』所收www.toeisha.co.jp/html/sougou_nitwitter.com/sunamajiri/sta、さらにその依據するP・W・ブリッヂマン『現代物理學の論理』〈創元科學叢書〉1941=iss.ndl.go.jp/books/R1000000邊りか。操作は數學(特に群論)に於る「演算」でもある。

posted at 20:25:30

9月16日

@ludwig10301

ludwig1030@ludwig10301

下村氏のレオナルド研究は、その評価はともかく、やはり「~への歴史」という、研究の基本コンセプトが効いている。ここでは、事態の記述において既成の概念の区別を使わざるを得ないにしても、まさにその概念間の未分状態をどう表現するか、という問題があるはず。

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retweeted at 19:42:29

 

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9月16日

@Dialektik1961

林檎の木@Dialektik1961

メモ
下村寅太郎を論じるとき「西田・田辺両先生はlogicianだが、自分はhistorianである」という本人による自己規定がしばしば引用されるわけだが、historianの意味するところがどうにも掴めない。普通に考えれば歴史家を意味するはずだが、著作集の後記で「私は歴史家ではない」と数回述べている。

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retweeted at 19:35:04

9月16日

@Dialektik1961

林檎の木@Dialektik1961

メモ
下村寅太郎が科学史を研究する際に精神史という手法を採用したのは「科学への歴史」、つまり、近代科学が成立するまでを記述するためだったわけだが、近代科学が成立した後の科学史を記述するのにも下村のような精神史的手法は使えるのだろうか。

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retweeted at 12:06:57

2019年09月15日(日)2 tweetssource

9月15日

@livresque2

森 洋介@livresque2

webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/det數學的無限論だけに絞っても、ニコラウス・クザーヌスを祖として取り上げるなら(p.342以下)、カッシーラー『個と宇宙―ルネサンス精神史―』www.unp.or.jp/ISBN/ISBN4-815原書1927を想起すべきところ。「魔術の精神よりの近代科学の成立」(『科学以前』1948所收)を言ふなら猶更。

posted at 23:58:28

9月15日

@livresque2

森 洋介@livresque2

『下村寅太郎著作集1 数理哲学・科学史の哲学』讀了。所收『無限論の形成と構造』1944は「象徴主義」を強調、逸早くパノフスキー『象徴形式としての遠近法』まで參照するのに、同書にも引用された『シンボル形式の哲学』のカッシーラーに全く言及無いのが不審。當時『認識問題』とか基本書の筈だが。

posted at 23:23:37

2019年09月13日(金)1 tweetsource

9月13日

@livresque2

森 洋介@livresque2

@monodoi お目に懸かる機會も無くなって何年になりましたか、お忘れなく聲を掛けて戴き恐れ入ります。なほ小生いまだに携帶を持たず、いつもツイッターを見てゐるわけでもないので、ツイッターのメッセージ機能だと何日も見逃すことがあります。御聯絡の際は電子メイルの方が確實です。livresque.g1.xrea.com/profile.htm

posted at 23:16:31

2019年09月12日(木)1 tweetsource

9月12日

@mgNC7UtRjgpfxnK

Cori ☆ 's@mgNC7UtRjgpfxnK

近所の山岳書古本屋の主人が
最近亡くなっていた!
山の様な山の本で山を作る
穂高書房のオッさんの山Love!
この世捨て人の様なライフスタイルに
どことなく憧れていたんだ!
秋の祭囃子が淋しく響く
R.I.P. たまごおじさん! pic.twitter.com/iB6WFc0Y6X

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retweeted at 14:30:07

2019年09月11日(水)3 tweetssource

9月11日

@livresque2

森 洋介@livresque2

一言で、博文約禮。『論語』雍也「博く文を學びて……」。發憤し博搜博覽するのは樂しいが、「之を約する」となると謂はゆる産みの苦しみで、「分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好き」とキルケゴール『反復』。これはレッシング『寓話論』iss.ndl.go.jp/books/R1000000に遡るtwitter.com/livresque2/sta

posted at 12:27:00

9月11日

@livresque2

森 洋介@livresque2

@shomotsubugyo 儒教風に言ふと、動機Motivは「發憤」(『論語』述而「憤りを發して食を忘れ……」「憤せずんば啓せず」)で、靜機Quietivは「修身」「居敬」か。後者から、學問をすることが道徳教育と目された。具體例にくだくと、原稿依頼で觸發されてフハーッと發憤し、締切りや字數指定で型に嵌めて抑制、纏める。

posted at 11:45:05

9月11日

@livresque2

森 洋介@livresque2

@shomotsubugyo 南方熊楠「小生は元来はなはだしき疳積持ちにて、狂人になることを人々患えたり。自分このことに気がつき、他人が病質を治せんとて種々遊戯に身を入るるもつまらず、宜しく遊戯同様の面白き学問より始むべしと」1911.10.25柳田國男宛書翰。ショーペンハウアー流に言へば動機ならでQuietiv(鎭靜劑)。

posted at 08:36:00

2019年09月10日(火)8 tweetssource

9月10日

@livresque2

森 洋介@livresque2

@kawasusu 「シリーズ古本マニア採集帖 第9回 七面堂さん 奥付のない本を探すひと」www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpP
 文中「『バルカン戦車』」とあるは正しくは「『バルカン戦争』」なるべし。即ちBalkankriegeにて地名のバルカンなりwww.kanwa.jp/xxbungaku/Hiho。武器のバルカン砲は鍛冶の神Vulcan=ウルカヌス由來。

posted at 23:13:11

9月10日

@livresque2

森 洋介@livresque2

縱帶の例、『獄窓の下に』共生閣1930=twitter.com/taqueshix/stat、叢文閣『日本經濟研究』二輯1935=twitter.com/bunko_kai/stat。『出版事典』「帯広告」p.53「一説には昭和初期の左翼出版物が,店頭の宣伝効果をねらって帯をつけたのが最初とも」を想起。「あくどい色の腰巻本が出たのは戦後」と松本昇平。

posted at 07:44:50

9月10日

@taqueshix

taq--x@taqueshix

縦帯横帯の二重帯の本、ようやく書架より発掘。岸田理生『糸地獄』装幀挿画片山健、1984。サイン本だというので大学生の時古本で買ったもの。
岸田事務所+楽天団て、結局相鉄本多ホールに1992年頃一度観に行っただけかな。タイニイアリスでも観たような朧な記憶。勿論岸田生前の話。 pic.twitter.com/07CW5UcC5w

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retweeted at 07:28:04

9月10日

@livresque2

森 洋介@livresque2

なほ、『古本乙女の日々是口実』www.libro-koseisha.co.jp/publishing/furに見る如きタテ帶(襷)の場合は端を封じて輪を成すも可twitter.com/shoshitsukikag。古書展でよく見るこの襷は一誠堂書店が一九一四年創始の由twitter.com/shomotsubugyo/。横書きが辛くて九十度回轉して縱書きとしたか。Cf.屋名池誠『横書き登場』。

posted at 07:24:32

9月10日

@livresque2

森 洋介@livresque2

「帯」のことを考えるといつも「帯封」に似ているなとtwitter.com/livrejapon/sta
「帶紙」の原義は帶封の紙を指した。前掲松本昇平「腰巻」は「『自然と人生』はその後包装して立ち読みの出来ないように封印までしたことがある」と續く。前小口を封じぬことと惹句・推薦文等の帶廣告の印刷が帶の要件か。

posted at 06:35:05

9月10日

@ymnktakeshi

山中剛史@ymnktakeshi

明治31年の明治小説文庫にすでに帯がついていることを、川島幸希『初版本伝説』(人魚書房、平21.10)が写真入りで紹介しています。
袋状の帯でもあり、明治小説文庫は単行本なのかという異論もあるかもしれませんが。

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retweeted at 06:14:10

2019年09月09日(月)3 tweetssource

9月9日

@ScriptOgawa

小松(小川)靖彦/ Yasuhiko KOMATSU@ScriptOgawa

私のゼミの大学院生が「帯」の研究を進めています。最初の帯については、『自然と人生』とは別の本を挙げる文献もあります。しかし、どちらにしても、「帯」の現物が残っていないようで、最初の「帯」については手詰まりになっています。なお、今日「帯」は韓国やスロヴェニアの本にも見られます。 twitter.com/livresque2/sta

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retweeted at 21:11:28

9月9日

@livresque2

森 洋介@livresque2

『出版事典』「帯紙」p.52「俗に〈腰帯〉とか〈腰巻〉などと呼ぶ」……女性下着を指す「腰卷」は當然に俗稱になる。松本昇平『出版販売用語の始まり』「腰巻」p.62「書籍の内容の一部を紹介する目的で表紙の下の部分に帯状に巻いた紙。明治三十三年、民友社が『自然と人生』につけたのが元祖である」。

posted at 19:46:16

9月9日

@livresque2

森 洋介@livresque2

@shomotsubugyo 言葉の原義に即すと、帶紙のオビは「衣服を着るとき、腰のあたりに巻いて結ぶもの」(日国2版)。腰卷は「女性が腰から足にかけて肌に直接まとう布」乃至「小そでの上から腰に巻いた衣服」(新明解7版)で、腰に卷くのは帶と同じでも體を覆ふ廣さが違って脚部・裾にまで及ぶ。脚を出すは帶ならずや。

posted at 19:28:29

2019年09月05日(木)3 tweetssource

9月5日

@livresque2

森 洋介@livresque2

@shomotsubugyo 町人學問は、中沢新一『森のバロック』一章「市民としての南方熊楠」が示唆した「江戸博物学」や「近世都市知識人」の「民俗学」を想起(せりか書房版pp.51-52)。木庭顕が謂ふ考證學的な「知的階層」twitter.com/livresque2/staweb.archive.org/web/http://wwwの非政治性。書誌學もtwitter.com/livresque2/sta

posted at 11:38:50

9月5日

@livresque2

森 洋介@livresque2

@shomotsubugyo twitter.com/livresque2/sta
前田勉『江戸の読書会 会読の思想史』(平凡社選書2012)讀後感web.archive.org/web/http://www「科擧の無い日本では儒學は遊藝竝みであったと強調してゐるのに(p.97)、そちらの知的趣味としての可能性については展開が不十分であるのは、儒學の政治性に制限された所爲なのでは」

posted at 11:05:59

2019年09月01日(日)1 tweetsource

9月1日

@livresque2

森 洋介@livresque2

twitter.com/livresque2/sta
村田全「連続論――連続性の問題へのこだわり」fomalhautpsa.sakura.ne.jp/Science/Murata「誤差の問題が哲学的考察の中で従来どのように扱われたかは知らないが,以下ではこれに大きな意味を与える。」微積分を嚴密化したε-δ論法は許容誤差εを取り入れ、曖昧な無限小・無限大の概念を追放した。

posted at 18:36:39

2019年08月28日(水)1 tweetsource

8月28日

@asahiko_sunaga

須永朝彦@asahiko_sunaga

@hyochackv 此の「引」は誤植ではありません。傳統音樂(音曲、邦樂)の譜に用ゐられる符號です。此れを詩歌・小説に援用した例は日夏耿之介のベルトランの譯詩、泉鏡花の『三枚續』『湯島詣』『婦系圖』などに見られます。ポイントを落として右に寄せて組むのです。

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retweeted at 09:47:30

2019年08月21日(水)3 tweetssource

8月21日

@nishitaya

hiroshi@nishitaya

ナダ書房(ナダ出版センター)で明治文学のマイクロ化等を進められ、近年は鳴海文庫で活動されていた榊原貴教さんがお亡くなりになったとご連絡をいただく。燻っていた頃に『明治翻訳全集新聞雑誌編』『翻訳と歴史』で執筆の場を提供いただきました。ありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。

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retweeted at 23:39:13

8月21日

@hotaka_tsukada

Hotaka TSUKADA【新刊 共編著『近現代日本の民間@hotaka_tsukada

【謹告】栗田英彦・塚田穂高・吉永進一編『近現代日本の民間精神療法―不可視な(オカルト)エネルギーの諸相―』国書刊行会。近刊情報、解禁です!現在、最終編集作業中。全420頁。この論集は本当にスゴイ。「こんなところまで…!?」という一冊です。みなさまお待ちください!www.kokusho.co.jp/np/isbn/978433

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retweeted at 20:54:55

2019年08月20日(火)2 tweetssource

8月20日

@livresque2

森 洋介@livresque2

共同體論はハッキング『偶然を飼いならす』23章のパース論p.313も參照。尤もこの可謬主義の眞理論は、沿岸測量部三十年勤務といふパースの傳記的事實に還元するなら、誤差のある測定値から眞の値を無理に求めることはせず確率論的に處理して近似値を用ゐる解法に相似、實踐的且つ散文的でロマン無し。

posted at 09:18:47

8月20日

@livresque2

森 洋介@livresque2

パースはプラグマティストだが、(科學的)眞理とは「探究の共同体という理念的な組織を考えて、そこでの探究の無際限な継続の果てに、無限の過程の収束点として考えられるような、最終的信念」(伊藤邦武『プラグマティズム入門』p.63・253)と述べ、實現し得ぬ無限への漸近がロマン主義めいてゐる。

posted at 05:47:58

2019年08月19日(月)4 tweetssource

8月19日

@Tapkara

Tapkaara@Tapkara

長坂成行『随書偏読 私説・昭和の国文学者』(私家版、2013年)に要注目!森銑三・中村幸彦から森川昭・中野三敏まで180名もの国文学者(というか日本文学研究者・国語学者も含む)に関する自伝・回想録・追悼集の忘備録。引用だらけのたっぷり2段組みは壮観。学者伝記萌えは必読。

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retweeted at 23:01:56

8月19日

@KojiTakigawa

滝川幸司@KojiTakigawa

元同僚、長坂成行先生から『内容見本に見る 昭和・平成の 国文学関係書』(2019)をいただきました。ありがとうございます。
「本書は日本古典文学に関する研究書の類、六百余点の内容見本の解題である」(凡例)
本文854頁に書名索引、推薦文執筆者索引、著述関係者名索引を備えています。 pic.twitter.com/ElVspQMxEx

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retweeted at 22:58:37

2019年08月17日(土)2 tweetssource

8月17日

@livresque2

森 洋介@livresque2

……となると、「古人の跡を求めず、古人の求めしところを求めよ」(松尾芭蕉)はロマン主義的で、作品の完成度を評價するのが古典主義、か? 少なくとも成果より過程を尊ぶのは倫理學で謂ふ結果説でなく動機説寄りで、「責任倫理」(M・ウェーバー)に反するから、藝術はまだしも政治には向くまい。

posted at 20:02:21

8月17日

@Truppenamt

兵務局@Truppenamt

『金文堂書店奮戦記』江連力一郎(海賊)と面識があったおそらく唯一の古書店主の自伝。戦後すぐ食料も物資もないころに、江連がトラックに載せて米俵をタダでくれた話とか、ウナギがいくらでも手に入るから貨車一台分ウナギを送るので商売しないかと江連に持ちかけられたとかおもしろい話が載ってる pic.twitter.com/BtHUT8bSkb

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retweeted at 10:34:07

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