情報更新

last update 07/30 09:23

ツイート検索

 

@miyokosroom
サイトメニュー
Twilogユーザー検索

Twilog

 

@miyokosroom

木龍美代子@miyokosroom

Stats Twitter歴
4,211日(2010/01/19より)
ツイート数
26,199(6.2件/日)

ツイートの並び順 :

表示するツイート :

2021年07月30日(金)1 tweetsource

2021年07月29日(木)4 tweetssource

7月29日

@miyokosroom

木龍美代子@miyokosroom

国会図書館デジタルコレクションを「小中村清矩 口授」で検索
施薬院・悲田院の話有り。
谷崎は口述筆記のことを頑なに「口授」と言っていた。
小野清之著『あの日、あの人』でも、状況で谷崎が突然大学教授らしき演技をするシーン有り。
dl.ndl.go.jp/search/searchR

posted at 01:54:44

2021年07月28日(水)6 tweetssource

7月28日

@miyokosroom

木龍美代子@miyokosroom

@T_urade1987 なるほど!

“高知城下の浦戸町の医師・今井孝順(孝純、玄泉)の長男として生まれる。母親は長岡郡仁井田村小島氏の娘で、坂本龍馬の継母・伊予の縁者であった[1]。幼少期は河田小龍の下で蘭学に励んだ。その後は嘉永元年(1848年)に大阪にて儒医に入門する[2]などして、”
ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7

posted at 01:52:14

2021年07月27日(火)3 tweetssource

2021年07月26日(月)12 tweetssource

7月26日

@miyokosroom

木龍美代子@miyokosroom

“命終して後、また同じ日月浄明徳如来の国に生じ、浄徳王の子に化生して大王を教化した。(中略)仏入滅後、舎利を供養せんとして自らの肘を燃やし、7万2千歳に渡って供養したという。”
ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%96%AC

posted at 13:42:52

7月26日

@miyokosroom

木龍美代子@miyokosroom

日頃の師匠の流儀を知りたる「者」

“されば彼女も自分は検校に愛せられていたのでかつて己れの肉体に痛棒を喫したことはないが日頃の師匠の流儀を知り師たる者はあのようにするのが本来であると幼心に合点して、遊戯の際に早くも検校の真似をするに至ったのは自然の数であり”

posted at 13:39:49

7月26日

@miyokosroom

木龍美代子@miyokosroom

“春松検校は春琴の姉にも手ほどきをしたことあり家庭的に親しかったので春琴をかく呼んだのであろう”

“ついに三味線を抱えたまま中二階の段梯子を転げ落ちるような騒ぎも起った”

“お師匠さまは十の歳にあのむずかしい「残月」の曲を聞き覚えて独りで三味線にお取りなされたと申します”

posted at 13:37:12

2021年07月25日(日)1 tweetsource

2021年07月24日(土)5 tweetssource

7月24日

@miyokosroom

木龍美代子@miyokosroom

これまた薔薇十字社『大坪砂男全集Ⅱ』の都筑道夫による解説に書かれている。

そういえば、『金箔の港―コレクター池長孟の生涯』に、谷崎が池長を認めたのは南蛮美術の蒐集を始めてからだったのだろうということが書かれている。
amzn.to/2V9eJ1K

posted at 15:18:21

7月24日

@miyokosroom

木龍美代子@miyokosroom

大坪砂男の父、和田維四郎は、切支丹文献の蒐集家でもあったのか。芥川龍之介が『奉教人の死』(この作品は『春琴抄』に埋め込まれていると考えている)その他で言及した架空の書物『れげんだ・おうれあ』を実在すると思い込んで、譲渡を懇望して澄江堂主人を苦笑させたと、

posted at 15:17:55

2021年07月23日(金)3 tweetssource

7月23日

@miyokosroom

木龍美代子@miyokosroom

“「ふん、そうや、これはな、お母ちゃんがお父ちゃんとこい嫁さんに来る前、十六か七の時に撮ったんやて」”
“澤子は、その頃はとき/\高島田に結って来たが、浮世絵式の彼女の顔がその髪形によく映った。” pic.twitter.com/8xApMPYcu0

posted at 02:43:02

2021年07月22日(木)2 tweetssource

2021年07月21日(水)6 tweetssource

7月21日

@miyokosroom

木龍美代子@miyokosroom

谷崎の辞世とされる歌の元は、千代夫人と別れた年の秋に作ったものだったのか。

縁側にひとり淋しくうづくまる
  猫の背中に秋の風ふく

辞世とされる句は
春の日の 草をしとねの夢さめず はや 梧の葉に秋の風吹く

amzn.to/36MdLen

posted at 03:14:55

2021年07月20日(火)3 tweetssource

2021年07月19日(月)4 tweetssource

このページの先頭へ