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岡島昭浩@okjma

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2018年08月20日(月)4 tweetssource

21時間前

@okjma

岡島昭浩@okjma

@kotobamichiura @tako_ashi 福岡隆『活字にならなかった話』筑摩書房には、"普通、座談会の情景描写としては(笑)しかない。厳密に言えば(笑)には(爆笑)もあれば、(哄笑)もあり(微笑)もあり(苦笑)もある。これらを使い分けたら、単なる(笑)よりもその場の情景が浮かび上がってくるのではないかと考えて"という話も載ってます。

posted at 23:26:36

21時間前

@okjma

岡島昭浩@okjma

@kotobamichiura 水守亀之助が『新潮』に座談会を載せることを考えた際には、菊池寛に相談したのだそうで、"巷説にいう座談会の創始者は菊池寛だというのも、あながち全く架空のものとも言いがたい"と、竹島茂『舞台裏の現代史』三一新書は書いています。p.196あたり。

posted at 23:09:55

22時間前

@okjma

岡島昭浩@okjma

@kotobamichiura 雑誌に座談会が載るようになったのは大正末の『新潮』、菊池寛が『文藝春秋』に座談会を載せるようになったのは昭和2年であるようです。
福岡隆『日本速記事始』岩波新書、115頁あたり。

posted at 23:05:22

2018年08月19日(日)7 tweetssource

8月19日

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岡島昭浩@okjma

@kotobamichiura @tako_ashi 『言語生活』の例は、座談会の中のものではないのでしょうか。
なお、対談での使用は、菊池寛よりも古く、明治時代の『史談会速記録』の初期から、「(失笑)」「(大笑)」など見えます。

posted at 17:31:03

8月19日

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岡島昭浩@okjma

@shomotsubugyo それこそ、公立図書館や学校図書館がみんな購入する、という見通しが立てば、紙の第3版も、現実的なものになるのではないでしょうか。

posted at 13:27:09

8月19日

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岡島昭浩@okjma

デジタル・ネイティブの子らはどのように情報量を感じるのかな。
電子辞書の広告のように背表紙の写真を載せるのは、有効なのか。
高知新聞の『国史大辞典』を押し出した写真は、あの厚みで、「知の蓄積!」みたいなことを見せたかったのかな、と思うけれど、古書店の不良在庫を思う人も居る。

posted at 11:02:25

8月19日

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岡島昭浩@okjma

『国史大辞典』も、古書価格は下落したとはいえ、古書店で買うよりも、県内で移管できればよかった。
国史大辞典、タイトルでの惹きは、河出の『日本歴史大辞典』とか、平凡社の『日本史大事典』とかに負けるだろうけれど、中高の図書館で、17冊を見て、オッと思う生徒も居るのではないか。

posted at 10:51:59

2018年08月18日(土)14 tweetssource

8月18日

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岡島昭浩@okjma

著作権などが切れてて、うわづら文庫として公開できるものは、「一冊の本、死なずば」と思うことが出来るが、そうでないものは、うまく残して行かねばと心掛けています。

posted at 14:58:26

8月18日

@okjma

岡島昭浩@okjma

私もスキャンした後の紙は、殆どを故紙回収に回していて、それを文化破壊だ、と批判する人もあるだろう。
裁断したり破ったりした時点で、製本がどうなっているのかが分からなくなり、捨てたら紙質などの情報が失われる。白黒二値のスキャンで失われる情報もある。カラーでスキャンすることもあるが。

posted at 12:47:18

8月18日

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岡島昭浩@okjma

@usagitan 私が聞いたのは、中国の大学で、日本語を教えているところへ送る、という話ですが、その中から市場へ流出するものもあるでしょうね。重複本の処理だったり、なんと言いますか、抜かれたり。

posted at 10:34:03

8月18日

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岡島昭浩@okjma

古本界に回した上で、だれも引き取り手がありませんでした、ということであれば、ある程度、仕方がないと思います。
でも、図書館員が付きっきりで焼却に当たった、というのは、「流出をさせまい、きっと焼かねば」という意志を感じてしまい、辛くなるのです。

posted at 10:28:01

8月18日

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岡島昭浩@okjma

9年前に日本語学会で行った島根大学で行き会わせた付属図書館のリユース市。段ボール3箱分買った。
珍しいものはなかったけれど、その殆どをHDに納めることが出来た。OCRにかけただけのテキストファイルは常用SSDに入れてて、有効利用してる。

posted at 01:33:28

2018年08月17日(金)4 tweetssource

2018年08月16日(木)8 tweetssource

8月16日

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岡島昭浩@okjma

@okjm は、嘗て私が使っていたのだが、ちょっとIDを変更して潜っているうちに、大阪国際女子マラソンにIDになっていた。
今回のあれで、消えているのではないかと思ったが、まだある。
しかし、消えたからと言って今更戻るつもりもない。

posted at 23:11:03

8月16日

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岡島昭浩@okjma

「山川町附近の方言について」『方言』1巻3号(1931.11)など、
鹿児島の山川町あたりの出身であるようだ。

posted at 19:54:52

8月16日

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岡島昭浩@okjma

八代目・朝寝坊むらくの"春風亭柳昇「生酔」"(オリエント.A七六四)
都家歌六『落語レコード六十年史』下巻 p.105 上段

posted at 11:43:03

2018年08月15日(水)6 tweetssource

8月15日

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岡島昭浩@okjma

『責而者草』(せめてワぐさ)の近世木活の同じ本が二冊あって、これのある一丁を並べてみると、一冊の方の一行目「ヲ」のあたりは、墨が細く広がっている。ここに髪の毛が貼り付いていた。刷るときに貼り付いていた、あるいは貼り付いた物と思われる。
一応,取っているつもりだが、なくしそう。 pic.twitter.com/DvGYD7xyTf

posted at 19:00:35

8月15日

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岡島昭浩@okjma

昭和18年5月初版発行の『明解国語辞典』、昭和20年6月に第八刷が出ているようだ。(武藤康史編『明解物語』による)

posted at 12:58:21

8月15日

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岡島昭浩@okjma

都家歌六『落語レコード六十年史』下巻に、SPレコードからの文字起こしで「すいません」が見えるけれど、「すいません」にも聞こえる「すみません」を、「すいません」と書いて公表した、というのが何時からあるのか、というのを知りたいと思います。

posted at 11:06:09

2018年08月14日(火)9 tweetssource

8月14日

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岡島昭浩@okjma

結城昌治『志ん生一代』朝日文庫(1980)版の下p.10に、
"三語楼門下では、ほかに小三治(先代正蔵)がいた。現・林家三平の父だが、高っ調子の陽気な語り口で「正蔵でございます、すいません」という台詞はそのまま息子に引き継がれている"

posted at 21:41:37

8月14日

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岡島昭浩@okjma

亀井孝「口語の慣用の徴証につき その発掘と評価」(『国語学』76(1969.3))
db3.ninjal.ac.jp/SJL/view.php?h
では、当時十二歳の娘さんが、在外中の氏に「すいません」と書いてよこしたのを「いやはや こんな 書きあやまりを しているわい」と思ったが、帰国すると、それが目についた、という話が書いてある。

posted at 21:03:05

8月14日

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岡島昭浩@okjma

田中章夫「テヨダワ言葉からネサヨ運動まで 近代のコトバ論議」(岩波『図書』1988.1)で、林家三平に触れたのち、
"「スイマセン」が東京で使われ始めたのは、昭和三〇年ごろのようで、当時、東京・麻布にある高校の生徒たちの文章に現われ、注意した記憶がある"
としています。

posted at 20:58:54

8月14日

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岡島昭浩@okjma

「すいません」は、林家三平の「どうもすいません」で、広く知られ、言われるようになった面があるようだが、「すいません」を林家三平が作った、と思っていた人も居たようだ。

posted at 20:56:39

8月14日

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岡島昭浩@okjma

見坊豪紀『現代日本語用例全集』3によれば、見坊が「すいません」という言い方を知ったのは、豊田正子『綴方教室』によってであるとのこと。『綴方教室』は1937年の刊だが、「すいません」は、『続綴方教室』(1939)に見えるもののようだ。

posted at 19:58:36

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