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畦倉充隆@peachful

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2017年03月31日(金)1 tweetsource

3月31日

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畦倉充隆@peachful

『仏教の思想』(梅原猛)、読書中。梅原猛は初めて。めっちゃ怪しいけど、めっちゃ面白い。仏教史の偉人たちのキャラがいきいきと立ち上がり、気づくと親しい友達みたいになってる。このままマンガやNHKの人形劇の原作になるよ。暴走するイマジネーションと感情移入。学問的には批判されるよなあ。

posted at 22:36:06

2017年03月30日(木)11 tweetssource

3月30日

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畦倉充隆@peachful

不思議な感じだ。明るい気持ちはない。前向きな気持ちもない。高揚感はないし、ワクワクもしてない。ちょっとしたブルーのまま、大きな気持ちの変化はない。でもね、途方に暮れてないの。混乱してない。ただこれを続けていればいいというゆるぎのない確信がある。焦らず、じわじわやってればいいだけ。

posted at 11:30:19

3月30日

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畦倉充隆@peachful

今までなんとなくブックオフ等で目にしては買っていた、未読の仏教系の本をただ読んでいる。次々読んでる。不思議なんだけれど、自分の中に道路や電気や水道を引いているような気持ちになる。今まで廃墟のまま放置していた街にやっとインフラを整備してやれてる感じ。これで焼け野原が使える街に戻る。

posted at 11:35:03

3月30日

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畦倉充隆@peachful

アイディアは既にあるものの、新しい組み合わせ。無から有、ゼロから何かを作るいうのは、創造したことのない人の勝手な憧れ、幻想。創造の現場は違う。新しい料理の開発は、新しい野菜を作ることではない。イタリアンと和モノを異種配合し、今まで誰も想像しなかった、和風パスタを作った例が創造だ。

posted at 11:42:51

3月30日

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畦倉充隆@peachful

吉本隆明や仏教の本を読み続けている。一つは脳内を耕し、改めて使用可能な環境づくりをしている感じ。もう一つは、要するに素材を仕込んでいる。アイディアは既成のものの、予想外の異種交配だ。異質なもの同士が惹かれ合い、スパークした瞬間、新しい道ができる。創造。そういう流れが詰まっていた。

posted at 12:15:54

3月30日

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畦倉充隆@peachful

仏教史とロック史を並行して読んでる。特別な意図はない。でも似てる。文化の発展とはそういうものか?最初は新鮮でシンプルなものだった。新しい要素が付け加えられ、色々な文化と混じり合い、原形が見えない程新しい、複雑で高度な、色とりどりのバリエーションが産み出される。時々先祖返りもする。

posted at 12:32:12

3月30日

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畦倉充隆@peachful

最初はロックなんて興味もなかったし、むしろ反発すら覚えた。生意気な少年時代。笑。でも、大人になった今、ロックという精神のあり方が自分たちの精神や文化のあり方、価値観をかなり規定していることがよくわかる。自分たちのあり方の底に、常にロックはある。好き嫌いとは別に。なら、改めて学ぶ。

posted at 12:40:11

3月30日

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畦倉充隆@peachful

テクノはロックの素朴な肉体至上主義に対するアンチだった。パンクはあまりにも「立派な、良識ある大人」になってしまったロックに対する、若い層からの反発だった。アイドルポップス対する小難しい評論が楽しかったのも、ロック評論が偉そうに見え、からかいたかったのだ。では、何に反発してたのか?

posted at 12:44:14

3月30日

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畦倉充隆@peachful

YouTubeでレッド・ツェッペリンのライブを見る。学生時代なら、ぼくが一番苦手だったタイプのロック。でも意外な程面白い。大人になるとは不思議だ。『エロイカより愛をこめて』のキャラのモデルがツェッペリンだったことを再認識。エロイカを読み直したら、キャラが全部ツェッペリンに見えた。

posted at 12:49:16

3月30日

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畦倉充隆@peachful

身動きができなかった。動こうとしても、どうにもダメだった。過去の心の傷やダメージのためだけじゃなかった。それなら、回復させれば再び動けるはずだ。その先が感じられなかった。先が断崖絶壁にしか感じられてなかった。その道こそがおかしいのだ。だから必要なことは、可能な限り戻ることだった。

posted at 13:57:13

3月30日

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畦倉充隆@peachful

それ以上先のない道にいるなら、引き返すしかない。それが一番だ。勇気ある撤退。わかってみれば簡単なことだけど、そんな簡単なことにずっと踏み切れずにいた。怖かったのもある。引き返すという、今までとは別の行動を改めて起こすだけのゆとりもなかった。撤退こそベストという確信も持てずにいた。

posted at 14:05:46

2017年03月29日(水)13 tweetssource

3月29日

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畦倉充隆@peachful

仏教関係の本を片っ端から読んでる。持ってたやつ。いつまで続くかわからないけど、まだ当分は続く。「吉本隆明はどうなった?」「キリスト教はどう?」「資本論は?」。わかるけどさ、流れてるから、流れに任せるしかない。必要なことが起きてるだけ。仏教関係の本を読むと、不思議に落ち着いてくる。

posted at 00:35:54

3月29日

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畦倉充隆@peachful

仏教は「正しく考えろ」という。でも、この「正しい」とは何?脱社会的な仏教が、親や先生に褒められそうな、公式見解的「正しさ」を推奨するはずがない。なら「内なる正しさ」だ。自分を混乱させない、自滅しないための「正しさ」。辻褄の合った考え方。論理療法や認知行動療法に近いのかもしれない。

posted at 00:57:46

3月29日

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畦倉充隆@peachful

割と絶交してきた人生だ。でも、「お前なんかとは絶交だーっ!」と宣言したことはない。「もう無理。絶交」と内心で一人で決める。そして、一生会わない。会話もしない。道でたまたま会ったら、何ごともなかったようにニコニコしゃべり、でも、メールが来てもスルー。その人にはもう乱されたくないの。

posted at 08:19:32

3月29日

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畦倉充隆@peachful

かつて塾で大学儒家英語を教えた、ぼくの教え子の好青年が、結婚し、子供もいて、カレー屋の店長になって、その店でジャズライブまで企画してる。ああ、時の流れ。柏市新柏です。 fb.me/1RLwiTCbg

posted at 08:23:32

3月29日

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畦倉充隆@peachful

とある、血の繋がってない、親族と言えば親族なのかしら、ちょっと違うけど、その人との絶交を決めたことがあった。「まだ怒ってるみたい。いつ許してくれるのかしら」とこぼしてたという話を聞いたけど、怒ってるんじゃないの。勘違い。二度と接触を持ちたくないだけなの。嫌いですらなく、イヤなの。

posted at 08:33:30

3月29日

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畦倉充隆@peachful

ぼくに接触してこないなら、その人にどんな価値観があって、どこで何をやろうが、全く関係ない。ぼくの大っ嫌いな、本当に嫌でたまらないやり方も、ぼくの見えないところでやってる分にはどーでもいい。ぜひ、そちらでお好きに。人には自由がある。ぼくも好き勝手にしてる。こんなのが多かったな。笑。

posted at 08:43:00

3月29日

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畦倉充隆@peachful

ちょっと前までは、理由はわからないし、歯がゆくて仕方なかったけど、とにかく読書が捗らなかった。一冊読み終えるまでにすごくかかった。カバンで持ち歩き、読めず、ボロボロになった。学校は無視し、自分で本を読んで自分を作ってきたタイプだから、きつかった。今は、上手く行けば一日数冊読める。

posted at 08:58:09

3月29日

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畦倉充隆@peachful

普通、人は環境や文脈の中で考える。環境や文脈に応じるように考える。サッカー部にいたら、サッカーのことを考えるし、会社では仕事のことを考える。だが、読書は誰にも強制されない体験だ。心惹かれる本を読む。内側が反応してる本を読む。文脈は自分で作り、自分で作った環境の中で、心を遊ばせる。

posted at 09:02:21

3月29日

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畦倉充隆@peachful

どうにも動かなかった。途方に暮れてた。あれだけの自由時間の全く有効活用できない。料理、部屋の片付け、読書も進まない。引きこもる。寝込む。セルフワーク。吉本隆明本と仏教本読み始めたら、詰まりが取れたように急に動き出した。そうかここが詰まってたびか。着手するまでに足掛け5年かかった。

posted at 10:25:04

3月29日

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畦倉充隆@peachful

何をどうしたらいいか、全くわからないで途方に暮れてた。就職活動で決定的に混乱し、会社は半年、倒れ込み、精神科通い。やがてバイトを始め、教育産業で日銭を稼ぎ、今の仕事。でも、内側の混乱は変わらなかった。手のつけようもなかった。それが今、「これで行ける。なんとかなる」と思えてるもん。

posted at 10:39:42

3月29日

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畦倉充隆@peachful

止まっていた内側がやっと動き出した。まだ微々たる動き。でも、止まっているよりずっといい。内側が動いてないのに外側を動かそうとしていた。だからダメだった。もう内側は動かないと諦めてた。知らぬ間、そこにアプローチなどしなくなってた。まだショックやダメージが残ってる。でも、動き出した。

posted at 10:51:58

3月29日

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畦倉充隆@peachful

なぜ吉本隆明本と仏教本で動き出したのかはわからない。「思想と宗教で救われたんだから、いいんじゃない?」と言われたけど、内容じゃない。救われた一言に出会った訳じゃない。ある種の呼び水だ。読むとぼくの無意識のさらに奥が連動してきて、動きが生まれる。長い間止まっていたものが流れ始める。

posted at 12:20:21

2017年03月28日(火)17 tweetssource

3月28日

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畦倉充隆@peachful

目に見えない、強い力のようなものがやってきては、「それは、そうだ」、「これは、こうだ」と断言し、押し付けていく。ぼくは混乱し、どんな反応もできなくなってしまう。苦しい。困り果てた。だからぼくは、自分の納得できる自分の言葉で、「何がどうなっているのか」を、自分の頭で理解したかった。

posted at 01:37:18

3月28日

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畦倉充隆@peachful

ぼくはただ色々なことが知りたかった。色々なことをわかりたかった。それだけだ。納得できないことだらけだった。理解できない、そのままでは呑み込めないことばかり。困り果てた。だからぼくは、何をどんな風に捉えたらすんなり自分の中に入ってくるのか、延々、一人で考え続けなければならなかった。

posted at 01:42:00

3月28日

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畦倉充隆@peachful

相手のことを「一般的に」理解してはいけない。社会常識や一般論で行き詰まり、苦しみ、何をどうしていいのかわからなくなった人たちが、決して安くはない料金で、わざわざセッションを受けに来るのだ。単独の自分の目で見て、自分の肌で感じ、相手が今までされたことのない新しい形で相手を理解する。

posted at 01:48:37

3月28日

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畦倉充隆@peachful

「あの人もさ、相当ポカスカやられてたらしいよ」「えー!?仲良くやってそうに見えたのに」「うん。最近は周辺から完全に姿を消してるみたい」「あれま」「結局、近くにいると誰でもやられちゃうのね」「うわ。じゃ、結局誰が残ってるの?ほぼ全滅だわ。やらずにはいられないんだな。ほとんど病気だ」

posted at 06:04:23

3月28日

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畦倉充隆@peachful

「自分が『正しい』ことを言ってると思ってる人は怖いね」「くわばら、くわばら。いるんだよ。そーゆータイプ」「あの人もやられたって」「えー!?」「胃潰瘍になったって。二度と近寄らないって」「続々だね」「ナンマンダブ、ナンマンダブ」「なんか、むしろ可哀想になってくるけどね」「まーねー」

posted at 06:14:05

3月28日

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畦倉充隆@peachful

「あの先生もやばかったよね」「わ!いたいた。あったなあ。おれ、ほとんど標的になってたよ」「見てて、いたたまれなくなってたもん」「全員、戦々恐々としてたよ。緊張した。今にして思うと、ほんと怖かった。今、どうしてるのかな?」「まだ、やってるみたいよ。知ってる顔はもう一人もいないけど」

posted at 06:22:10

3月28日

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畦倉充隆@peachful

高校時代に学校の勉強やクラスへの参加をほぼ止め、自分の内が動くことに専念した。ある種の発達障害の傾向だろう。内側が動くことしかやれないし、自分のやり方じゃないと壊れてしまう。外界を遮断し、必死に内側の世界を守っていたとも言える。三年間専念し、やっと自分なりに納得できる達成を得た。

posted at 08:51:17

3月28日

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畦倉充隆@peachful

高校時代に達成したことで、朧気ながらやっと自分に自信が生じた。それまでの社会不適応で、すっかり自分は根本的にダメで、邪険にされるような存在だと思ってた。だが、将来向かいたい方向すらなんとなく見えた気がした。でも、どうしてぼくはこんなに壊れやすいのだろう。大学受験で粉々に崩壊した。

posted at 08:56:02

3月28日

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畦倉充隆@peachful

今、社会での活動は最小限にし、内に導かれるままに惹かれる本を読み、湧いてくる文章を書き殴る。図らずしも高校時代の再現。この流れができるまでに足掛け5年もかかってしまった。でも、やっと届いた気がする。自分が自分だと実感できる。ずっとそれが感じられないままさまよっていた。苦しかった。

posted at 09:01:00

3月28日

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畦倉充隆@peachful

高校時代に達成した自分なりの形を、結局ぼくは全部捨てた。社会で生きていけないと思ったからだ。だがそれは、作りかけの自分自身の本体をゴミとして捨てることだった。ぼくは本体を失ったまま社会生活を営むことになった。いつも、あんなに苦しかった正体はここにある。結局ここに戻るしかなかった。

posted at 09:06:53

3月28日

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畦倉充隆@peachful

一度投げ捨てた、高校時代の自分をやっと取り戻した。ここに戻るしかない。ここからやり直すしかない。そう思うと、限りない安堵感が湧く。やっと繋がった。さて、仏教やキリスト教の解説書を読むと自分の内側が満ち足りてくる。資本論の解説書も読んだ。大学の一般教養の再現に入ったのかもしれない。

posted at 09:13:17

3月28日

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畦倉充隆@peachful

受験でボロボロな飲んだくれになった。壊れた自分は大学の期間では修復できなかった。その状態で就職活動を始めたら、完全崩壊した。本来なら、高校時代につかんだことをベースに自分を伸ばしたかったんだろうな。好奇心に任せて世界の色々なことを知り、理解し、その流れで自分の方向を探りたかった。

posted at 09:20:05

3月28日

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畦倉充隆@peachful

コアは高校時代でつかんだ。だがコンディションがボロボロで十分に育てることができなかった。使えるところまでいけないまま、結局全部捨てる羽目になった。その後、コアを失ったぼくはゾンビとして生きることになり、今に至る。だから、今からでも自分を取り戻し、育て直す。それ以外の選択肢はない。

posted at 09:26:13

3月28日

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畦倉充隆@peachful

投げ捨てた高校時代の自分にやっと繋がった感触が持てたのが今月。やっと血が通った。当時、ぼくは色々なことが知りたかった。好奇心の赴くままに世界の色々なことを知り、理解し、深められる限り深めたかった。展望台みたいなところに登り360度、世界を改めて眺めたかった。そこから始めたかった。

posted at 09:32:45

3月28日

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畦倉充隆@peachful

仏教やキリスト教の解説書を何冊か読んだ。満ち足りる。もっと知りたくなる。深めたくなる。ロック史の本も読んだ。ジャズやクラシックや民族音楽の本も読みたい。資本論の解説書も読んだ。これ、まだすり減らずに将来の夢を持っている、希望に満ちた、大学の文学部の新入生の好奇心みたいじゃないか。

posted at 09:38:55

3月28日

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畦倉充隆@peachful

過去に中断してしまったことを一つ一つ丁寧にやり直す。そこに未遂に終わった、大切なぼく自身の断片が埋もれたままだから。今こそ救出に行かなきゃ。ねじけた部分はまっすぐに直し、のびやかにする。酸欠な部分には酸素を注入、死にかけた細胞を蘇生させる。崩壊したままの夢や可能性を復元していく。

posted at 09:45:18

3月28日

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笑いながら見てられて、最新のカウンセリング理論の一番美味しい部分が自然に身につく、かの向後先生の美味しい講座のDVD。身によく付く。安心して誰にもお勧めできる。しかも内容のみならず、お値段まで良心的。 fb.me/5O4EWllDK

posted at 18:29:09

2017年03月27日(月)8 tweetssource

3月27日

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内側で埋もれたままになっている種を一つずつ発芽させていく。小さな草や木が少しずつ育っていく。そこに苔、菌類、虫たちも集まってくる。温度や湿度があり、香りがあり、風が吹く。そんな風に内なる森を育てていく。この内なる森があって、初めて何かができるのだと思う。何かが動き出すのだと思う。

posted at 09:26:23

3月27日

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畦倉充隆@peachful

「心を遊ばせる」と書いたら、自分の中でヒットした。本当に自分のしたいことで、求めていることだと思った。じゃ、今までの自分の心はどうなのだろうと思い浮かべてみた。ボロ雑巾みたいに黒ずみ、よれたまま地面に放置され、誰にも気づかれないまま通行人に靴で踏まれているようなイメージが湧いた。

posted at 09:36:10

3月27日

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まだ、内側にいる自分がたった一人のまま追い詰められ、潰れそうなままSOSも出せずにいるなあ。一人で切羽詰まっている。一人で苦しくなっている。誰にもわかってもらえる訳がないという前提の中、一人で壊れそうで、一人で耐えている。これが普通だったな。まずは自分が自分に気づいてあげないと。

posted at 09:41:14

3月27日

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畦倉充隆@peachful

死んだまま生きてる、自分が自分である実感が感じられない、その焦燥感はクリアできたみたい。そこは揺らがず、安定してる。ただ馴染みの焦燥感の代わりに、色々な緊張感や疲弊が身体に浮上してきた。どれだけ追い詰められていたか、壊れそうで苦しく、どれだけ一人で耐えていたか、改めて感じられる。

posted at 11:17:19

3月27日

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畦倉充隆@peachful

SNSで観察してて、古くからの友達がいなさそうな人がいる。友達がいない訳じゃない。むしろ活動的な人で新しい友達と積極的に交流会する様子も伝わってきたり。でも、長い付き合いの関係の影が見えない。櫛の歯の欠けるように一人一人消え、残らないのかな?バイトや社員のいつかない職場のようだ。

posted at 11:29:43

3月27日

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畦倉充隆@peachful

積極的に動こうとしなかった訳じゃない。いくら自分をけしかけても、動き出す気配も見せない。だんだん焦燥感も煽られてきて、苦しさも限界で止めた。無理なんだと思い、諦めた。一見わかりにくいんだけど、何か条件が足りないんだよね。そこを放置したまま無理矢理動かそうとしても、壊れるばかりだ。

posted at 11:36:23

3月27日

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畦倉充隆@peachful

できないことはやらない。今、できることをやる。どんなちっぽけなことでも構わない。その時できることを見つけ出し、それをやる。毎日やる。暇を見つけてはやる。十年、二十年続ければ、さすがに何かは、少しだけ動く。その変化をベースに、さらにその時できることを見つけ出してはやる。ただ続ける。

posted at 11:40:44

3月27日

@peachful

畦倉充隆@peachful

ただ続ける。情熱でやったら長くは持たない。結果や成果を期待したら、ガッカリしたり焦ったり、遂には絶望に苦しめられ、何もできなくなる。だから何も期待せず、ただ延々やる。諦めが悪い訳じゃない。全てを諦め終わった後の、次の作業としてこうしている気がする。選択肢はない。好きも嫌いもない。

posted at 11:57:51

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