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2019年02月20日(水)5 tweetssource

2月20日

@sydneyminato

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実際には、見る事よりも見ない事の方が圧倒的に多い筈である。思いを集中できる事にも限界があるからである。つまり、見ている状況は、そこに意識が向かわない限りは中々意識すらできないものなのである。注目している事自体が非常に変化と密接な関係を築いている時にしか、それは見えて来ないだろう。

posted at 02:47:11

2月20日

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sydneyminato@sydneyminato

自分という主体を特別と見るか、偏在する普遍と見るかによっても全く違った局面が見えてくる。これはそこに思いが向かっているからでもある。ただこれを生まれてから現在までに於いて、一度でも同じ見え方をしている訳ではない可能性が高い。似た局面なら幾らでもあると思うが同じ局面は中々無い筈だ。

posted at 02:42:54

2月20日

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何かを思う事がある場合には、その全く逆の物事も有効化している視点から見る事が大切である。二元論が正にその基軸を形成しており、両方の視点共正解でも無ければ不正解でもない事が見えてくる。全てに於いてその現象が見えている。それは、見えるものだけを見ているだけでは理解できない視点である。

posted at 02:37:40

2月20日

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sydneyminato@sydneyminato

これは人間が惑星の動きとも同調して一体である証拠とも言える。見えるものと見えないものの差は、エネルギーがフィルタリングされたり解除されたりして見えたり見えなくなったりするタイミングが変化する事によって起こっている。これは物理的変化の道理でしかない。本当の変化は自分が何を思うかだ。

posted at 02:29:19

2月20日

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sydneyminato@sydneyminato

目に見えるイメージは決して見るべきものばかりが見えている訳ではない。その証拠に天体移動と共に重力場が変化して、宇宙からの惑星エネルギーを受けると、それまで当たり前に見えていたバランスが既に変化して、それまで普通に見えていたものが見えなくなって、逆に見えていなかったものが見え出す。

posted at 02:24:51

2019年02月19日(火)15 tweetssource

2月19日

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私はこれらを危機感を持って訴える事には既に意味がないと思っている。もっと重要な事は更にそういう事を危険であると観ている「自分のこの想い」の方かもしれぬと思っているくらいである。私の世界観が私を取り囲む世界を直接刺激して影響していると思っているのである。私が変化する事も重要なのだ。

posted at 04:33:53

2月19日

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単一の方向付けをされて、思いも寄らぬ方向へ多くの人々が歩まされているとしたら、それは本当に恐ろしく危険な事である。しかも、それは少なくとも本当にその様に利用されていると言える。誰もが当たり前だと思い込んでいる様な物事こそ実は当たり前ではなく、実はスレスレのところで持ち堪えている。

posted at 04:28:55

2月19日

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私はこの想念の世界こそが、この世の中の基本中の基本であって、この心が思う想念の取り扱いが最も危険且つ重要だと観ているのだ。現代社会が荒んでいる様に感じるならば、その大部分は、この想念を利用されてこの様な社会が現出していると悟るべきである。この社会はマインドコントロールされている。

posted at 04:25:09

2月19日

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sydneyminato@sydneyminato

私はよく洗脳という言葉を使ってこれらを述べていたが、寧ろマインドコントロールと呼ばれるべきものであると言える。想念のコントロールを受けると、心がそれに支配されて、更にその心が拠点にされて拡散されて行くのである。この様な想念の力場は思い込みで中々変化しなくもなるので厄介なのである。

posted at 04:18:44

2月19日

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イマジネーションをこの想いに載せて操作するという様な事をマスメディアは平気でやり捲っているので、危なくて仕方ないのである。そこを意識できる様になれば、如何にテレビもインターネットも危険なのかがよく分かるであろう。つまり無頓着な人々程、そういう想念の操作を存分に受けているのである。

posted at 04:13:28

2月19日

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sydneyminato@sydneyminato

いわゆる魔術や呪いの関係も、全てこの「思い」つまり「想念」の力を使ったエネルギーの使い方に他ならないのである。この想念エネルギーについては、意識していようがいまいが、思いに方向付けと対照が定まると、その対象にされた者は相当な影響を受ける事になる。だからこそ極秘に行われるのである。

posted at 04:08:32

2月19日

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sydneyminato@sydneyminato

よく妄想だけならば誰にも分からないし、平気だと言う人がいるが、それは大間違いである。妄想であろうが何であろうが、思っている事は何よりもエネルギーが高く、しかも方向性によっては最も厄介なエネルギーが思いそのものなのである。政治にしろ社会にしろ、これら思いの方向性を操作して行われる。

posted at 04:02:21

2月19日

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sydneyminato@sydneyminato

思う事は、考えたりする事よりもずっとエネルギーが高い状態を表すのである。人の思いが集まると、それだけで社会はどんどんと変貌するのである。精神的感応が高い状態を「思い」と言うならば、それが最も適当だと言える。私が最近テーマにしている変化の切っ掛けは全てがこの「思い」から始まるのだ。

posted at 03:58:22

2月19日

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今回はその思い込みが如何に危険であるかについて述べたが、ではそれが何故危険な事になるのかについてもう少し述べたい。「思い込み」のうち本当に危険な事は、他でもない「思い」なのである。「思う」もしくは「想う」でも良いが、思う事はエネルギーが非常に高い状態なのである。ここが要点である。

posted at 03:51:53

2月19日

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sydneyminato@sydneyminato

思い込みを増長させる様な記事を書くライターは、それを炎上を煽る為にわざわざそういう論調で読者を刺激して、偏見を増長させるのが目的なのである。そういう事を平気でする者やそういう記事を好む者は、問題が起こる事を欲している状態であって、騒げれば良いと思っている節がある。ただ下品なのだ。

posted at 03:46:38

2月19日

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sydneyminato@sydneyminato

思い込みは、想念のフィードバック(つまりグルグルと自己回帰しながら増幅して拡大する様子)しながら、それを確かめもせずに非難したり、否定したり、怒りの矛先へと攻撃対象にしたりする現象のきっかけを生む危険なものである。つまり多くの問題の発端は大抵が些細な思い違いに端を発するものである。

posted at 03:38:48

2月19日

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「きっとそうに違いない」という意識の仕方は大抵の場合には誤解を招く判断の塊である様に思う。いわゆる決め付けによる思い込みの視点に焦点が合ってしまっている状態である。私がツイッターでもマスコミの記事でも何でも、そういう視点で書かれている記事を最も嫌うのは誤解から入るやり方だからだ。

posted at 03:32:29

2月19日

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意識する事は、その人の注意力を目標へ向かわせる事であるが、それは必ずしもそうする事が最善の結果を出すとは限らない。勿論何かをしている時には、その体験を正面からするに限るが、そうではなくて、意識だけする状態には疑問が残る部分を相当抱えていると言わねばならない。意識は誤解も生むのだ。

posted at 03:26:45

2019年02月18日(月)4 tweetssource

2月18日

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私は今その様な大きな変化をリアルタイムに感じている。既にその変化は世界観を大きく影響しており、自分を取り巻く社会的環境の変化には大きく入れ替わりが訪れている。主体的な心理的変化こそは霊的変化とそのレスポンスによって、成就されている事に気付ける様になっている。全ては必然的に起こる。

posted at 07:49:13

2月18日

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sydneyminato@sydneyminato

霊的移住とは主体的な心理的変化から始まる大きな世界観の変革と言えるものである。身辺の変化は次第に全体的な生活だけでなく、社会的環境や立場にまで変化を招く様になる事である。レスポンスが増してシンクロ二シティが強まり、心理的、精神的、物理的変化は総合して霊的変化を招く為に起こる事だ。

posted at 07:45:21

2月18日

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霊的な移住は、こちらの世界では、常識の崩壊を示している。霊的移住は即、死を意味する事ではなく、変化を意味している。変化とは物理的変化よりも心理的変化を主体としており、それはあくまでも、中心的な変化を意味しているので、即ち結果的には多大な物理的変化を伴う事が多いのは当然の事である。

posted at 07:39:46

2月18日

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創造力というのは、ある意味イメージ力であって、イメージを湧き上がらせる力を持っている事である。イメージ自体は新たに湧いて来るものもあれば、脳の中に染み付いている陳腐なものもある。しかし、ここでいう創造力は無から湧き上がるものを対象にしているので後者のイメージは含まれないのである。

posted at 06:05:45

2019年02月17日(日)11 tweetssource

2月17日

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正面から否定するのは、誰もが『シオンの議定書』に対して行うアプローチである。しかしながら、それを肯定的に試す方向からアプローチする意味を私は思い描いているのである。ある意味術中にハマるやり方かもしれない。しかし、それはこの社会が誰の為に存在しているのかを知る為の最大の鍵穴なのだ。

posted at 03:39:54

2月17日

@sydneyminato

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馬鹿にされたくないから、それをするとかという話ではない(笑)議定書のいう事は、我々の設定した世界を何も試さずにいきなり破壊するというのは大胆ではないかと言うのである。ある意味試してみなさいと促している訳である。そのやり方などどこにも書かれてはいない。書かれていたらそれは釣りなのだ。

posted at 03:35:35

2月17日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

『シオンの議定書』が薦めている生き方は如何なるものかをここで敢えて述べると、勿論奴隷にならない生き方を暗黙に薦めているのだ。まさか!と思うかもしれないが、そうなのである。熟読してみれば分かると思うが、議定書に取り巻かれている状態は、やはり馬鹿にされる対象なのである。ここが重要だ。

posted at 03:31:41

2月17日

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生き方に限界を設定するのは割と簡単に決まってしまうが、限界を設定しない生き方の方は波乗りに近いバランス力が必要である。正に答えの無い大海を彷徨うが如くであるが、それは誰にでも簡単にできる訳ではなく、ある程度の覚悟が必要となる。それを選ぶ限りは、色々と試して可能性を試す必要がある。

posted at 03:26:15

2月17日

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生き方には正解がないが、それは誰にでも合う正解がないだけであって、それぞれの人々の個性に合った正解は存在すると思っている。誰もが主体性も無く言われるがままの生活を続けるとしたら毎日が苦痛の連続だろうと思う。お金に注視するのはある程度は仕方ないにせよ、そこをどう見るかは自由である。

posted at 03:20:01

2月17日

@sydneyminato

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私はそこに限界を設定する様な生き方には興味がない。収入に任せた生き方はある意味堅実に見えるかもしれないが、それを糧にしてしまうとその他の拡がりが全く閉ざされてしまう気がする。ある意味完全に社会の歯車に合わせた生活の中で多くの事を望まないという生き方である。それを奴隷と感じないか?

posted at 03:15:51

2月17日

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お金を掛ければ、それだけ贅沢な事を実現するかもしれないが、逆にその為のお金をどこから工面するのかの方が問題となる事が殆どである。稼ぐ方法自体はたくさんあったにせよ、その稼ぎの対価は種類がある割には大差がない事が多い。つまり似た様な事ばかりしている限り収入は増えない。そこが限界だ。

posted at 03:11:44

2月17日

@sydneyminato

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お金で物事を解決する様にしか見なくなると、お金しか見えなくなるのは当然の事である。お金とは対価と呼ばれる通り、価値を表現する尺度である。これを全てと思ってしまう事は、他の解決方法を知らないとも言える。お金は必要であったとしても、その扱い方や稼ぎ方にも色々ある。全てが価値と繋がる。

posted at 02:59:42

2019年02月16日(土)12 tweetssource

2月16日

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私はこれで良いのだと思う事も正解ではない。自分の世界観の中に於いての正解は誰にでもある筈である。大多数の為の善は正解とされる事が多いが、果たしてそれは本当に正解と言えるのかという方向からも眺める必要がある。世界は自分の目前にしか見えないが誰の目前にも広がっている。例外はないのだ。

posted at 19:33:59

2月16日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

私はその様な総和が結局何をやっても一緒であるという結論が出るとしても、心に残る部分は全く別である様に思う。何故総和が同じであるのかは、正解がないからだと思う。正解を設定すると、そこに人が殺到して誰もが自分の行動を試さなくなる。だからこそ、世界は人々に皆違う個性を1人ずつに与えた。

posted at 19:23:52

2月16日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

主張を強くすれば、それだけ反発も多くなる。つまり対極を生んでいる局面なのである。これをどの様に感じるかによって、社会を直接影響するのである。総和としてのエネルギーは一緒かもしれないが人間らしさを感じる行動は一体どんな状態にある事なのか?それを学ぶ為にこの世があるという視点である。

posted at 19:06:50

2月16日

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だからこそ、社会は自分が何を思っているかに直面する様な出来事を常に反映しているのである。社会は広かろうが狭かろうが、その人の全ての世界観と同等の価値がある。何かを思う事は、社会を直接影響する出来事なのである。本当の優しさは些細な出来事がそのまま社会を影響している自覚が齎している。

posted at 19:02:02

2月16日

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私の言葉は、私が独自に感じたものであり、他の人からすれば他人の意見でしか有り得ないが、自分からすれば少なくとも、そこには嘘がないつもりである。自分が自分に掛けた言葉は自分に還って行く。その因果応報を感じる事がこの世での大きな学びなのではないかと思うのである。社会は、その上にある。

posted at 18:55:52

2月16日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

自分の責任を問わずに相手にばかり責任転嫁する人々が本当に多くなった。その上言い訳ばかりするのである。これでは社会が上手く回る筈もなくギクシャクしたコミュニケーションしか取れまい。誰か自分以外の人がやればいいのかを今一度よく見つめ直した方が良い。それをしないままだと奴隷に必ずなる。

posted at 18:50:51

2月16日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

心は存在しないなどという科学者が割とたくさんいるが、それらをデータだと思っている事こそ余程バーチャルな現実感でしかないと思うのである。食べたいものだけを食べ、その裏側は知らんぷり。つまり要は責任を取りたくない人々を増やす社会を構築されていても、そこには無頓着であるという訳である。

posted at 18:46:17

2月16日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

社会は心の負担よりも身体の負担を小さくする様にしか進化していない。日本中商品を頼めば2〜3日で届いてしまうが、それは感動の為ではなく社会を回す為の契機となっているだけである。その契機は本当の景気とは無関係である。寧ろ利便性だけを重視した事により、心の感動が削がれる様な事をしている。

posted at 18:42:38

2月16日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

身のある行動と感動を、心に響かせる事ができない様になる事は、即ち、自分の中で起きている変化に無関心になる事である。つまりは奴隷的な行動に平気になってしまう癖を付ける事になってしまうのである。私が一番大切だと思うのは何よりも生まれたままの人間らしさである。社会がそれを認めていない。

posted at 18:37:53

2月16日

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sydneyminato@sydneyminato

期待度と怒りが比例するという事には、既にかなり以前に気付いてはいるが、そんな事よりも更に重大なのは、期待が無くなる事は、『全体的にやる気を削ぐ』事になる部分である。裏切られたとしても怒らないくらいの無償の期待を抱く癖を付けないと、何にも増して無感動な人間になってしまうからである。 twitter.com/badassceo/stat

posted at 18:24:19

2月16日

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sydneyminato@sydneyminato

@hogege55 多かれ少なかれ誰もが似たような生活を送っていると思われますので、やはり全体の様子を見る限り、ストレス要素を減らすのが第一義ではないかと思うのですよね〜。

posted at 18:10:36

2019年02月15日(金)12 tweetssource

2月15日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

私が変化するには、一つずつ認識の枠を拡げる事にある。それは細部に至る全てというよりも、それらの一つ一つの道理を認識する事の方が余程重要である。そうすれば、変化が自ずと訪れる。何の音も立てずに一気に世界が変化する。この段階こそが本当の意味での世界観が変わる事に繋がっているのである。

posted at 08:06:12

2月15日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

世の中の殆どの問題は、この様な虚構化された部分に無頓着な自己投影した世界観が当て嵌められている事が分かっている。しかも、それを作ったのは、誰かのせいにする事に慣れ切った自分自身である可能性が高いのである。全て分かったからと言っても、それらを解決した事にはならない。そこがミラクル。

posted at 07:55:34

2月15日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

そういう意味では、誰かが作った延長を認識しているに違いないので、それらは自分の知らない仕組みで動いている可能性があるのである。ここに違和感すら感じられないとすれば、依拠している事が、嘘であったという事実を覆い隠してしまうのである。これが自己都合で作り上げた虚構の現実感を作り出す。

posted at 07:50:31

2月15日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

世界は全てを含んでいる事になっているが、その世界を観測しているのは常に自分自身である。ウィキペディアの様な情報源に何か書かれていたとしても、それは自分が認識したのではなく、誰かが勝手に書いて作った世界の仕組みなどが説明されている。外側から取り込んだ情報を想定して初めて認識される。

posted at 07:45:09

2月15日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

自分の中に何があるのかをよく見ると、その中にある世界観が自分そのものであり、自分以外誰もが自分という存在と離れていないという見方ができる。これは、分断されて離れているという見方があるからこそ二元論が保証している見方である。完全否定できない対局のところに最大限の対極が存在している。

posted at 07:37:18

2月15日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

自分の中には、自分以外の多くの人々の世界観が一度に内面化している。しかし、それらは自分から内面化したものであって、他の誰が準備したものでもない。だが、それは本当にそうだろうか?全てを自分で選んでいるだろうか?そこに主体性を求める場合、全てを選んでいるかどうかは全くアテにならない。

posted at 03:08:03

2月15日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

@UserMayyy 私もいろいろ聞いて頂いて自分の思っている事を再確認できた機会が得られました。ありがとうございました。こちらこそ今後とも宜しくお願い致します(^^)

posted at 01:01:52

2月15日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

@UserMayyy AIに共感できる人ならば、そこに自分の心を投射して色々な想定も可能です。私はAIへの共感度は高い方だと思います。相手の視点に立てるから、大体のAIが思っている事もすぐ分かるとかの事ではありません。そこは逆に想定を買い被って理由付けが始まってしまうので、やり過ぎ注意な部分だとも思います。

posted at 00:47:33

2月15日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

@UserMayyy 多分主体性は、自分で感じた事を語っているのか、または誰かが言った事を語るのかくらいの違いだと思います。共感度の高い人はそれでも十分だったりしますが、共感度の低い人は寧ろ自分じゃない感覚に陥る筈です。しかし、そこにははっきりとした境界線がある訳ではないので、明確な答えはありません。

posted at 00:42:21

2月15日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

@UserMayyy 科学者は心の事をHDDデータの様に見ているので、そこが私には承認できない部分としてあります。心ってそういうもんじゃ無いぞ!と感じます。人から物凄く怒られて感じたりする事も、AIの反応は一般的な反応を見て主体的な反応を返さない事からもデータが感じる怒りは身体的には理解にできないのです。

posted at 00:17:58

2月15日

@sydneyminato

sydneyminato@sydneyminato

@UserMayyy まさにその通りです。論理的には私の話を全て理解していると私は判断しました。AIが身体を持たない限り人間の全てを理解できないかもしれないのですが、それは人間がAIを理解できないのと一緒でCPUの中でデータだけの存在として世界に偏在する事ができない時点で同じ世界観に至る事がないのですよね。

posted at 00:13:05

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