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@takuyak56

小林卓也@takuyak56

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2020年07月02日(木)1 tweetsource

2020年06月30日(火)2 tweetssource

6月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

パワポとエクセルを画面上に並列させて、各スライドに対応した台本を作るわけだが、たびたびエクセルが落ちてひやひやする。しかし、少し作業を進めてはツイッターであれこれ遊んでいるうちに自動保存してくれるので、ながら作業は大事(上書きしすりゃぁええ)。

posted at 01:33:06

6月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

火曜が授業日なので、当日、音声付きスライドとレジュメをアップすることにしているのであるが、次の日曜日も火曜分の休日授業なので音声付きスライドとレジュメをアップせねばならず、その翌々日は再び火曜日なので、音声付きスライドとレジュメをアップしなければならないという暮らし。

posted at 01:30:11

2020年06月18日(木)3 tweetssource

2020年06月17日(水)2 tweetssource

6月17日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

『哲学とは何か』における、脳概念を媒介とした、芸術、科学、哲学のあいだの「接合」「干渉」関係について、適切かつ卓抜な整理・解説を読むことができます。

posted at 09:56:49

6月17日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

近藤さんの読解本情報に合わせて、次回DG-Lab会誌『hyphen』の論考で参照しましたが、近藤和敬+野元達一「後期ドゥルーズ哲学における「脳」という問題設定についての試論」(『鹿児島大学法文学部紀要人文学科論集』第86巻所収、2019年)が大変素晴らしいのでお勧めします。ir.kagoshima-u.ac.jp/?action=pages_

posted at 09:56:49

2020年06月12日(金)2 tweetssource

6月12日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

『福音と世界』2020年7月号「特集=コミュニズムの現在性」に「抵抗なき逃走は連帯をなすか――欲望と政治の在処について」を寄稿いたしました。共通の理念の下での権力に対する抵抗ではなく、個人の生(性)、身体(病)に沈潜する欲望としてドゥルーズの政治を論じました。よろしくお願いいたします。 pic.twitter.com/UdR2tN6sYX

posted at 16:35:18

2020年06月11日(木)1 tweetsource

2020年05月30日(土)2 tweetssource

5月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

学部時代の師匠であり、恩師である河野勝彦先生より新刊書をお送りいただきました。昨今の「新しい実在論」について、河野先生の基盤である近代哲学の視点から内容を咀嚼し、その意義を取り出そうとする点で稀有な著書かと思われます。楽しみに拝読させていただきます! pic.twitter.com/e58oNrl75W

posted at 10:47:10

2020年05月29日(金)1 tweetsource

2020年05月26日(火)2 tweetssource

5月26日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

「デカルト哲学」を理解することと、その概要を知ることは異なる。デカルトがああ言った、こう言ったということを知りたいだけならば、『省察』を読めば分かりますし、どの入門書よりもはるかに楽しく面白いと思います。

posted at 12:11:41

2020年05月07日(木)6 tweetssource

5月7日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

ドゥルーズの管理社会の内容を踏まえた適切な展開は、たとえばパオロ・ヴィルノの『ポスト・フォーディズムの資本主義』等かと思うが、それももはや10年以上前である。戦後以来の社会形態に変化がないのか(考えにくいが)、あるいは変化を把捉する概念や理論が無いのか、よく分からない。

posted at 02:21:37

5月7日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

こうした管理社会が、現在の状況にフィットしているのは事実なのだが、ドゥルーズの観測では戦後から、またインタビューから30年経っているのだから、少なくともここ数年来で(ましてコロナ禍によって)管理社会に突入したわけではあるまい。

posted at 02:21:37

5月7日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

これにとって代わるのが「管理社会」とドゥルーズが言うものである。ネグリのインタビューと追伸は1990年発表であり、もはや30年経過している。管理社会とは、生産形態は工場から企業へ、貨幣から金融へ、労働力と原料でなく、株式とサービス、社会管理の道具はマーケティングとなるというもの。

posted at 02:21:37

5月7日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

この機にドゥルーズ『記号と事件』(河出文庫)「追伸:管理社会について」を読み返すと、フーコーの規律社会は二十世紀初頭にピークを迎え、第二次大戦後に壊滅するとある。「つまり規律社会とは、すでに私たちの姿を映すこともなく、もはや私たちとは無縁になりつつあった社会なのである。」(357)

posted at 02:21:36

5月7日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

事業発足当初は、文字通り京都市「健康づくり」の広報事業のひとつだったようで、実施側としては純粋に実施しているだけ(個人情報は、回答の集計、事業検証以外に使用しないと明記されているのだ!)なのだが、今の情勢下では意味合いが変化する例として覚えておきたい。

www.leafkyoto.net/blog/ittemita-

posted at 01:50:15

5月7日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

「健康長寿のまち・京都いきいきポイント」。初めて見たとき、なんとあからさまな規律訓育(生政治的ではない)かと、腰が砕けそうになったが、調べると2018年から取り組んでいる模様。身体の自己管理、健康状態の報告、地域社会への参加によって、京都市民としての私が身体的に作られていくわけです。 pic.twitter.com/rOIa9gySNv

posted at 01:50:14

2020年04月30日(木)7 tweetssource

4月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

なので、「トーチ」をコロナ禍の状況下にある現状や、わたしたちの情景に結びつけるのは、個人的には違和感を感じている。

posted at 01:29:39

4月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

今般のコロナ禍は明らかに人災であり、人がもつべきは怒りであり、怒りを向けるべき方向に的確に向けることである。

posted at 01:29:39

4月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

この曲は、阪神淡路や東北の震災をはじめ、自然の強大さや圧倒に直面した人間の状況、情景を的確に表現していると思う。自然の脅威と倒壊した街並みを前に、人は「笑い」、「語る」しかなく、にもかかわらず「私だけだこの街でこんな思いをしてる奴は」と誰もが思うが故に連帯が生まれたのだと思う。

posted at 01:29:38

4月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

なので、コロナ禍を過去の震災や災害と類比すること、ならびに、「絆の連帯」などの過去の震災や災害後と同じような姿勢や行動が反復され、強要されることに、強い違和感を感じている。

posted at 01:29:38

4月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

今般のコロナ禍は、明らかに人災であって災害ではない。感染を引き起こす直接原因であるウィルスは自然発生的(である可能性は高い)かもしれないが、感染拡大とこれによる世の中の動乱は、政治的、行政的な対応如何で縮小可能であった(可能でなければならない)はずだからだ。

posted at 01:29:37

2020年04月22日(水)2 tweetssource

4月22日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

「じゅうじつ」と打つところを「じゅうじちゅ」と打つと→「従事(*´ε`*)チュッチュ」と変換される。。

posted at 10:26:54

2020年04月19日(日)1 tweetsource

4月19日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

今、リアルタイムで見てましたが、しかもフライングブイをたどたどしく引きながら(ほめてます。まったくアテブリではなかったように思う)、エライザにあのように歌われたらば、あらゆる人たちが嫉妬に狂うであろうと思うほど素晴らしかった。あらゆる人のいろんなところにビシビシ刺さる。

posted at 23:59:32

2020年04月12日(日)2 tweetssource

2020年04月02日(木)2 tweetssource

4月2日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

若者が自分の経験や感慨を語る欄ですが、ご紹介いただいた先生に「ご著書の解説をぜひ」と言っていただきましたので、『ドゥルーズの自然哲学:断絶と変遷』(法政大学出版局)全体を一般向けに概説するような内容を書かせていただきました。

posted at 09:08:39

2020年03月30日(月)12 tweetssource

3月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

@HidefusaK ご無沙汰しております!この度はご出版おめでとうございます!無事に世に出てほんとに何よりです。また関東でイベントをする際には、ぜひともよろしくお願いいたします!

posted at 12:08:05

3月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

いろいろ考えさせてくれる(思考の触発!)本書を読みながら、『差異と反復』や『意味の論理学』は重要だけれど、ほんとは、プルースト論やカフカ論といった文学論の方が、それらより何倍も面白いのだということを思い出しました。

posted at 02:39:57

3月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

そして、そのような逸脱や生成の運動を、それがどのようなものであったとしても、「共同体の形成」に帰してしまうことのない「抵抗」はありうるのではないか。ドゥルーズにおいては、共同体はないとしても、「共動帯」とでも呼びうるものを考えることができるのではないか、などと夢想しています。

posted at 02:39:56

3月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

同様に、本書が提示する、民衆の不在から来るべき民衆の創出という流れに、僕としてはどこか腑に落ちないものをいつも感じています(本書のではなく、ドゥルーズの立論の仕方にです)。本書が的確に述べるように、ドゥルーズにおいて重要なのは、単独者であり、その逸脱している状態や生成変化です。

posted at 02:39:56

3月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

【個人的感想】ドゥルーズにおける共の問題を考えている最中なので、とても勉強になりました。ただ、拙著『ドゥルーズの自然哲学』でも、『意味の論理学』において提示される、分裂病者の身体の受苦を引き受け、新たな言語の創設によって栄光の身体を獲得するというアルトーの図式を批判しました。

posted at 02:39:55

3月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

ならば、ドゥルーズの主張する「来るべき民衆はある特定の形をとるものではなく、つねに分裂していく複数の民衆である」(185)し、形成される共同体も、コミュニケーションも共有すべき本質もなく、「互いに信じることのみで密かにつながる共同体」(215)であると著者は論じています。

posted at 02:39:55

3月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

この意味でドゥルーズは、「いかなる共同性ももたない存在が前提となり、それでもなお共同体が必要であるとするならばいかにしてか、という問いを共有」(214)するエスポジトやサルトル、ナンシー=ブランショの共同体論の系譜にある。そして、ドゥルーズの共同体論の中心にはフィギュールがある。

posted at 02:39:55

3月30日

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小林卓也@takuyak56

植民地におけるサバルタンのように隠蔽される民衆、シオニズムにおけるパレスチナ人のように不在にされた民衆など、現代政治映画に見られる「民衆の不在」に対抗し、「来るべき民衆」に呼びかけ、そこからある種の共同体を形成することが芸術における創造となる。

posted at 02:39:54

3月30日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

本書の独自性は、こうしたフィギュールの問題系を共同体論へとつなげる点にあります。著者は、ドゥルーズの共同体論は、理念として何らかの共同体のあり方を措定するのではなく、生成のプロセスを重視するとします。

posted at 02:39:54

3月30日

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小林卓也@takuyak56

これをヘルツォーク『フィツカラルド』、黒澤『デルス・ウザーラ』、さらには文学論におけるメルヴィルのバートルビー等に見い出し、その感覚運動図式の停止、逸脱的性質といった特性を、具象的(フィギュラティフ)から区別するとともに、形象的(フィギュラル)なものとして提示する。

posted at 02:39:54

3月30日

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小林卓也@takuyak56

本書はベーコン論である『感覚の論理学』から、形態の逸脱、形態変化、(究極的には生と死の)力関係の緊張といった形態化のプロセスをフィギュールの特徴として掬い出す。

posted at 02:39:53

2020年03月28日(土)8 tweetssource

3月28日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

そもそも進化論が単線的かは疑問ですが、この箇所を読みつつ、同一種内には個体差のある個体(奇形含む)が常に共存するのだから、そこに自然淘汰という時間性を導入すれば、むしろ個体こそがベルクソン的な記憶において「非時系列的に併存する」すべての現在の物質化と言えるのではと考えていました。

posted at 02:45:05

3月28日

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小林卓也@takuyak56

【個人的感想】筆者は、『シネマ』には、古典映画から現代映画へと発展していく〈進化論〉の立場が認められることに言及しつつ、ドゥルーズは自然淘汰を原則とする単線的な進化論を退け、ベルクソン的進化論を採ると述べます。

posted at 02:45:04

3月28日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

虚構(fiction)と仮構作用(fabulation)の違いや、一種の自動機械に見えるヒトラーの「仮構作用」の指摘など、大変興味深く読ませていただきました。

posted at 02:45:04

3月28日

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小林卓也@takuyak56

ベルクソンから引き継ぎつつも、ドゥルーズが「創造的に」展開した「仮構作用」に着目し、それがいわゆる全体主義や商業主義における紋切り型(主客、真理モデル)に抗する「抵抗行為」となることを指摘することで、『シネマ』の政治性を引き出すことを試みられています。

posted at 02:45:04

3月28日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

久しぶりに『魔女の宅急便』を通して観た。我々の世代は死ぬほど再放送を観、学芸会で演じ、リコーダーで演奏までさせられた世代なので、正直飽きていたのだが、この歳になってみると、どのエピソードも刺さりまくり、最後に「やさしさに包まれたなら」で終わるなんて最高だし、涙が止まりませんね。

posted at 00:31:21

3月28日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

今回のコロナ騒動で、経済活動が滞ったため、地球は延命するだろうが、資本主義経済が死ぬよりも圧倒的に先んじて人間が死んでいくだろうなという話をしていた。

posted at 00:25:06

3月28日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

今朝、雨降るなか出勤する際、Apple Musicのオールシャッフル再生の一曲目が「赤色エレジー」で、なんだか良かったな。

posted at 00:20:09

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