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@takuyak56

小林卓也@takuyak56

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2019年08月19日(月)1 tweetsource

2019年08月18日(日)8 tweetssource

8月18日

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小林卓也@takuyak56

◎「この予測〔トリクル・ダウン説〕は間違っていることを示す経験的データが何年も前から沢山出ています。生活水準の向上は、ひとつの国の中でも、また世界全体でもきわめて不均衡に配分されています。現在では、貧困地域が、われわれのすぐ目の前にまで広がっているのが実情です。」(163)

posted at 00:26:01

8月18日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

こうした公共財は、金融投資家の配当期待などに合わせるわけにはいかないのです。主権者たる市民(国家公民)の情報に対する欲求は、全国ネットの民間テレビで横行する消費用に作られたつまみ食い文化で満足させられるようなものではないのです。」(160)

posted at 00:26:00

8月18日

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小林卓也@takuyak56

◇「しかし、証券取引のリスクに曝してはいけない傷つきやすい生活分野もあるのです。例えば、老齢年金を株に委ねることなど、してはならないことなのです。それ以外にも、民主主義的な立憲国家にあっては、たとえば政治的コミュニケーションを歪めるわけにはいきません。

posted at 00:26:00

8月18日

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小林卓也@takuyak56

民主主義的な市民から成る社会の規範的要求に敏感な立法者による政治があってはじめて、周辺化された人々、あるいは彼らの代理人が提示する連帯への権利に即して社会権が生じるのだ。」(84)

posted at 00:26:00

8月18日

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小林卓也@takuyak56

〇「若年失業者、長期失業者、不安定雇用者、年金ではとても生きていけない老人、昼食サービス、要するに貧困者用に提供される無料の慈善スープがなくては生きていけない非婚の貧しい母たちの数が増大するのを止めるのは、法治国家ではない。

posted at 00:25:59

8月18日

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小林卓也@takuyak56

しかし、以下抜粋した部分を読むと、この間の日本の政治がいかに悪手を打ち、また今もまだ打ち続けているかと思うと、ぞっとする。

posted at 00:25:59

8月18日

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小林卓也@takuyak56

(これは訳者の三島憲一氏も、リーマンショックから「十年以上経った現在、ハーバーマスの思いが非現実的な幻想であったということはますますはっきりしているが、対案もないのは事実である」(154-155)と述べている。)

posted at 00:25:59

8月18日

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小林卓也@takuyak56

J. ハーバーマス『デモクラシーか資本主義か』(岩波現代文庫)を読む。インタビューやエッセイをまとめたものなので仕方ないが、ネオリベラリズムに依拠した金融政策の暴走を、超国家的(supranational)なヨーロッパ統合を進めることで馴致すべきという、いささかナイーブに思える主張が展開される。

posted at 00:25:58

2019年08月12日(月)2 tweetssource

2019年08月11日(日)4 tweetssource

8月11日

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小林卓也@takuyak56

『AHA』収録「センチメンタル・ジャーニー」が、自殺した知り合いを歌った曲で、「しょうがないよ 彼はもう無重力だから」という部分が「伊代はまだ16だから」に掛けてあると知って腰が砕けるほど感動した。

posted at 11:50:38

2019年08月08日(木)2 tweetssource

8月8日

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小林卓也@takuyak56

江川先生の新著、拝受しました。はじめて帯文を書いております(近藤さんも書かれてますね)。他の方々と被るのではと心配しておりましたが、思いのほかばらけたようです。予想を裏切ることなくすごい本です。

江川隆男『すべてはつねに別のものである』(河出書房新社) www.kawade.co.jp/np/isbn/978430 pic.twitter.com/f4VXScN5KK

posted at 09:41:10

2019年08月06日(火)2 tweetssource

8月6日

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小林卓也@takuyak56

昔、小泉義之が、スポーツ選手の受け答えのクリシェについて批判的に述べていたなぁと思い検索してみると、ツイッターもブログの記事も削除されていた。

posted at 01:04:11

8月6日

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小林卓也@takuyak56

ミュージシャンの政治的発言にがっかりするのは、音楽に政治を持ち込むななどという愚鈍な理由ではなく、彼らの政治的発言(のほとんど)が、また、ミュージシャンに対する政治的解釈(の全部)が、あまりに紋切型にすぎ、クリシェにすぎ、得るものが皆無だからだということに本日気がついた。

posted at 01:00:38

2019年08月01日(木)2 tweetssource

2019年07月28日(日)2 tweetssource

7月28日

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小林卓也@takuyak56

@herume 今日はお疲れ様でした。スピノザ論大変勉強になりました。ありがとうござます。お手すきの際に送り先お知らせくださいー

posted at 01:28:56

2019年07月26日(金)1 tweetsource

2019年07月24日(水)1 tweetsource

2019年07月19日(金)7 tweetssource

7月19日

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小林卓也@takuyak56

いずれにせよ、「宇宙発生論的な文脈それ自体を超越論的なものとしてとらえる」ドゥルーズの「自然主義」(92)にとって主体(ないし主体化)は、はたして問題になるのだろうか(もちろんガタリにとっては問題となる)。ともあれ、他の論考とともに本書を通して考えてみたいと思います。

posted at 19:22:28

7月19日

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小林卓也@takuyak56

ここまで書いて分かった(ような気がする)が、宇宙発生論的な超越論哲学を取れば(つまり、前者を起点に据えるならば)、(構成的に機能する)主体が欠如するということでしょうか。

posted at 19:22:28

7月19日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

自身の関心に引きつけて言うと、自然と人間、感性と思考、何でも良いが、任意の二極の連続(非連)を考えるときに生じる捻じれは、後者を起点に据えれば認識論的な問題となり、フーコーはこれを主体の問題としたけれど、ドゥルーズはこれを「襞」として概念化しているのだと見当をつけている。

posted at 19:22:28

7月19日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

ここでのラカン的な主体が何を指すのか定かではないが、注で『フーコー』「外の力」と「褶曲」としての「捻じれの位置としての主体」の議論に言及されている。

posted at 19:22:27

7月19日

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小林卓也@takuyak56

ドゥルーズがシモンドンから取り出すのは「自然の技術と人間の技術の連続性」、「宇宙発生論的な側面」(冶金術)である。また、ここで最大の問題となるのは、「(ラカン的な意味で)欠如あるいは捻じれの位置としての主体の問題」(93)であると近藤氏は指摘する。

posted at 19:22:27

7月19日

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小林卓也@takuyak56

「4 ドゥルーズはシモンドンの議論をいかに理解し使用したか」を読む。以前、紀要で読んで(そのはず)、おそらく何か呟いた(はず)が、改めて。ドゥルーズは、シモンドンの議論からスケールと階層性、およびそれらの線形性と整列性という条件を取り払い、自らの議論にこれを組み込んでいる。

posted at 19:22:27

2019年07月15日(月)1 tweetsource

7月15日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

まるっとすべて観ました。「Lindy」とか「そのいのち」のあたり、いろんな大人たちが笑いあって嬉しそうにしているのを見ると、他人を否定したり貶めたりするのがなんてくだらないかということを改めて確信させてくれるし、そんなものでは得られない快さを感じさせてくれます。最高でした。 twitter.com/nkaho_staff/st

posted at 01:50:56

2019年07月12日(金)1 tweetsource

7月12日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

KhruangbinをAAAMYYYさんがクルアンビンでなく「クランビン」と発声するのは英語読みがそちらに近いからだろうな。

posted at 16:00:01

2019年07月10日(水)1 tweetsource

2019年07月09日(火)2 tweetssource

2019年07月08日(月)1 tweetsource

2019年07月06日(土)4 tweetssource

7月6日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

あのあたりで熱心に聞いたり聞かされていた、スピッツ『ハチミツ』(1995)、YEN TOWN BAND(1996)、ボニー・ピンク「Forget Me Not」(1998)、スウィング・アウト・シスター(1996)(TBS「真昼の月」だ)などが、われわれ世代の精神を何かしら形成していたのをバタバタと思い出しました。

posted at 02:22:36

7月6日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

ほんとに単なる観念連合なのだが、AAAMYYYを聞いてるとBONNIE PINKを思い出して、高校生の頃の感覚に連れ戻されて、せっかくなんで、よく聞いていた「evil and flowers」を聞いてみたけれど、昔のようには何も感じなかったな。

posted at 02:08:18

2019年07月03日(水)1 tweetsource

2019年06月26日(水)3 tweetssource

6月26日

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小林卓也@takuyak56

大学院では学生同士でレヴィ=ストロースやらフーコーの読書会をしたし、60年代フランス思想は、僕たち世代にとってはある種、基本的な思考の型のようなものなのだが、今の学生たちはこれをどれだけ共有しているのだろうか。彼らにとっても一周(二周くらい?)まわってとても面白いのではないかな。

posted at 23:59:56

6月26日

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小林卓也@takuyak56

僕自身、担当している授業で構造主義やポスト構造主義の話をすることは基本的にないのだが(ドゥルーズについて話すことは皆無である)、学生に一番受けが良いのがレヴィ=ストロースの近親婚の禁忌の話だったりする。

posted at 23:59:56

6月26日

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小林卓也@takuyak56

僕が学部の頃は、構造主義やポスト構造主義に対する風当たりは強く、ニューアカなどと毛嫌いされていた感覚がある。その反面、構造主義に関する本は多く出版されていたし、よく読んでいた。いまやそのような感覚を覚えることはなくなり、反面、構造主義に関する話題を目にすることもほぼなくなった。

posted at 23:59:56

2019年06月21日(金)1 tweetsource

6月21日

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小林卓也@takuyak56

明日はZeppNambaで安藤裕子のライブに行くべしだったが延期になったとのこと。体調優先。お体こそをお大事に。

posted at 22:20:37

2019年06月20日(木)1 tweetsource

6月20日

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小林卓也@takuyak56

朝歩きながら安藤裕子「風雨凄凄」(『ITALAN』収録曲)を聞いていると、ふと小学生の頃の梅雨入り前あたりの漠然とした記憶に引き込まれて、少し締め付けられた。ちょうど去年の今頃、毎週豊中に行くため、山田駅まで万博の外周を汗だくで歩いていた記憶も蘇った。

posted at 19:10:01

2019年06月18日(火)3 tweetssource

6月18日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

今ふと気がついたけれど、DG-Lab(ドゥルーズ・ガタリ・ラボラトリ)フェイスブックのカバーデザインと、今回の自著のデザインがすごく似ている。自著デザインについてはほぼノータッチなので、偶然だとは思うが。編集者の方がそこまで考えて作られたのだろうか...? pic.twitter.com/Efn2tlEGrF

posted at 22:35:28

6月18日

@takuyak56

小林卓也@takuyak56

小泉義之『ドゥルーズの霊性』所収「ドゥルーズの霊性ー恩寵の光としての自然の光」を再(再)読して、かつてトルストイの『光あるうち光の中を歩め』に言及していた論考があったことを思い出し、これが霊性という着想を得たあたりかなぁと確認しようとするものの、書誌情報も自らの記録も見つからず。

posted at 00:18:19

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