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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

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3,587日(2009/07/01より)
ツイート数
14,524(4.0件/日)

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2019年04月26日(金)1 tweetsource

2019年04月25日(木)1 tweetsource

2019年04月23日(火)3 tweetssource

2019年04月21日(日)4 tweetssource

4月21日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

パブリックアートって、ミュンスター彫刻プロジェクトを参照するまでもなく芸術祭の先駆といえるわけで、六本木アートナイトのお膝元のひとつである東京ミッドタウンがそうした思想のもと成り立っているというのは興味深いわね。

posted at 09:11:40

2019年04月19日(金)4 tweetssource

2019年04月18日(木)4 tweetssource

2019年04月17日(水)1 tweetsource

2019年04月16日(火)1 tweetsource

4月16日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

母校→磐田市立城山中は昨年、県教委の指定でテストを予行した。ミスやトラブルはなかったが、試験に使ったパソコン室のパソコンは円卓に固定して並べられていて、生徒同士の距離が近かった。全国学力テスト、中3英語初実施 「話す」調査、現場に不安|静岡新聞アットエス www.at-s.com/news/article/e

posted at 12:02:39

2019年04月15日(月)1 tweetsource

2019年04月14日(日)11 tweetssource

4月14日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

(DBAEは)美術教育を造形表現を行なう場としてのみ位置づけるのではなく、作品や作者をめぐる歴史を考え、さまざまな角度から作品や制作の意味を語り、なぜアートがあるのか、そもそもアートとは何なのか考えることが美術教育に必要なのだという主張です。山木2003, p318

posted at 22:26:58

4月14日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

もう少し、単刀直入に言えば、チゼックやローウェンフェルドが児童の美術の中に発見した想像力に満ちた表現や内面の感情を直接的に表現する特性は、「表現主義」と呼ばれた特定の近代の美術運動を規範にして、導き出された指導の結果であるということである。山木p171

posted at 17:02:29

4月14日

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DBAEを美術教育思潮の観点から位置づけようとするとき、見逃してならないことがある。それは、DBAEにはチゼックからローウェンフェルドへと受け渡されていく「児童の美術」という考え方に強い不信感があるということだ。山木p170

posted at 17:01:38

4月14日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

これらの考え方に象徴的に現れているように、アメリカの美術教育にとってアルンハイムの視覚に関する分析的な理論は非常に大きな影響力をもたらしている。そして、この種の知覚に基づく主知主義的な鑑賞姿勢は前述のDBAEの理論に強い影響を与えている。山木p168

posted at 16:59:12

4月14日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

「ふつう(作品の)『理解』というとき、鑑賞の認知的な側面について言及することだと思われる。」「美的な経験は、当事者の経験の中にも前もって存在している知識、判断、分類の総体と切り離すことができない。」山木p168

posted at 16:58:24

4月14日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

「芸術家が制作に携わっているとき、彼は自己の中に、鑑賞者の態度をも兼ね具ているのである」。鑑賞は能動的な行為であり、創造的活動であるとするデューイの思想は、孤独な表現者の反省的な作業の中にさえ、もう一人の思慮深い鑑賞者としての認識行為が隠されていることを導き出す。山木p164

posted at 16:57:07

4月14日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

言い換えれば、DBAEは美術教育が責任をもって、子どもを大人の美術の世界に導き入れ、その諸価値を認識させるべきだという使命感に裏打ちされた教育であるということである。山木p161

posted at 16:56:08

4月14日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

[…]線や色彩などに関する批評的な言語を媒介にした系統的な学習によって美術の世界を理解させようと試みるのがDBAEの教育方針である。それは文化財として確定している「美術」の世界を対象にした文化の伝達と継承という側面を強く打ち出した教育観である。山木p161

posted at 16:55:02

4月14日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

DBAEに関する研究を精力的に行っているふじえみつるによれば、1963年に発刊されたブルーナー『教育の過程』が与えた衝撃によって、ディシプリン論争がアメリカの美術教育界に起こり、これを受けて1960年代後半から70年代を通じて、組織的なカリキュラム研究と認知的研究が進んだ。山木p159

posted at 16:53:56

4月14日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

対話型鑑賞「前夜」の美術教育にDBAE (discipline-based art education) という考え方があるのだけど、それについて以下を読んでる→山木朝彦(1993)美術教育と批評ーカオスからの出発.柴田和豊編『メディア時代の美術教育』国文社,155-182

posted at 16:52:52

2019年04月13日(土)5 tweetssource

2019年04月11日(木)5 tweetssource

4月11日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

「総合」や「探究」の時間数も少ないので、教科をつなぐ役割ができる教科は「国語」だという話も聞いた。文章を読んだり、書いたりするそのネタに他教科でやっていることを持ってくると、国語をハブに内容の学習と探究の学習を統合することができるのかも。

posted at 09:44:02

4月11日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

月曜に探究的学習に関する勉強会をやったのだけど、アメリカなどでは「総合」とか「探究」という教科があるのではなく、既存の教科を探究的に変えているらしい。内容そのものと切り離して探究そのものを学ぶ枠があることがいいのか悪いのか。

posted at 09:41:50

4月11日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

図工・美術なんてもともとコマ数が少なくて、既存のコマ数の中で戦っても限界があるし、三ヶ島中学校の朝鑑賞やとがびアートプロジェクトなどのように教科横断的な視点から美術を取り入れることでもしないと美術を中心に据えるのはなかなか難しいと思う。

posted at 09:17:40

2019年04月10日(水)2 tweetssource

2019年04月09日(火)3 tweetssource

4月9日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

僕はもともと教育・学習の研究者なので、「エデュケーションからラーニングへ」という美術界の動向についてきちんと教育・学習の視点からも解説しておきたい(あいちトリエンナーレで「ラーニング」のキュレーターがいることは重要と思う)。次月は愛媛県美術館プロジェクトの話もしようっと。

posted at 18:09:59

4月9日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

あいちトリエンナーレのボランティア研修(選択研修)が今週末からはじまるけど、これまで大学講義や企業研修等で使ってきたスライドを、大筋は変えずに自身の研究ベースで大幅に見直してる。美術検定の話や六本木アートナイトの話など。

posted at 18:06:18

2019年04月07日(日)4 tweetssource

4月7日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

近代までの絵画は発注者たるパトロンがいてパトロンのために描かれるものであって、芸術家が自身の表現したいものを描いているわけではないということはあらためて認識しておくべきよねと

posted at 19:05:05

4月7日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

芸術作品を受け止めるにあたって「作者はなにを表現したかったのか?」と問うことがそもそも表現主義の呪縛であり、効果がない場合があるってこと。それよりも、それを通じて鑑賞者がなにを感じるか?を問うべきということ。

posted at 19:01:31

4月7日

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Tomoki Hirano 平野智紀@tomokihirano

ラジオあんまり聞かないんだけど今日ラジオでいきものがかりの人が「歌を書くのは自己表現だと思われがちだけど実はそうではなくて、聴いてくれる人にどれくらい刺さるかを考えている」と言っていて、そうだろうなあと思うなど。表現活動が自身の経験の切り売りだと、すぐ限界が来るだろう。

posted at 18:59:12

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