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Yasuo Nakazato@yaozat

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2019年02月09日(土)5 tweetssource

2月9日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑤そういう考え方を持てるなら、これまでもやもや見えていたことがスッキリと見えてくる。「その議論ってずれているじゃん」って、ずれもわかってくる。授業もくっきりと見えてくる。一斉授業とか個別とか、そんな議論じゃなく根っこに立ち返って教科を見てみることがいいんじゃないかって思っている。

posted at 15:02:08

2月9日

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Yasuo Nakazato@yaozat

④いずれ「メガネ」を子供達が自在にかけ始める。「既習事項を活用する」ことは算数の本質に根ざすこと。「次を予測する」ことや「結果を疑う」「きまりを探す」ことは、算数科におけるアクティブ・ラーニングのKeyになるもの。そんな算数の本質的なことを頭に入れてから教科書を読む。授業を考える。

posted at 15:02:03

2月9日

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Yasuo Nakazato@yaozat

③そういうことを子供達にも教えておくことって大事って思う。「以前の内容を見るメガネ」「次どうなるのか、未来を見るメガネ」「結果を疑うメガネ」「きまりがないかを調べるメガネ」など、算数の面白さにかかわる「メガネ」を子供が場面場面に応じて選ぶことができるように子供達に投げかけていく。

posted at 15:01:59

2月9日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②そもそも算数ってどんな教科なんだろう。本当の面白さってどこにあるんだろう。そんな根っこを考えることが大事だと思う。そこがずれていたら、全部ずれてしまうと思うから。算数って「以前学習したことを使えば、今解決しようとしている課題を解決できる」、そういうよさがあると思う。そこ本質。

posted at 15:01:54

2月9日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①授業展開の手法を使わなければ、と必死になる。「つかむ、見通す、自力解決…」、そうすれば内容が頭に入り、点数が上がるはず…。そう信じて算数の授業を考える。それもいいのかな?よくわからないけれど、それがだめということでもないのかもしれない。ただ何が足りない?何かが違っているような。

posted at 15:01:49

2019年02月08日(金)6 tweetssource

2月8日

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Yasuo Nakazato@yaozat

iPadとApple pencilを使って練習問題を作る。Note shelf2というアプリ。ほんと便利で、あっという間に仕上がる。ポイントは大事な問題だけにしぼること。問題数を減らすことで算数の苦手な子供達も「できそう」と思えるようになる。パソコンも紙への手書きも作成に時間がかかる。つまり、続かない。 pic.twitter.com/XBjjKkSwNo

posted at 22:27:04

2月8日

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Yasuo Nakazato@yaozat

校内のアンケートが嫌い。「先生はみなさんの話をよく聞いてくれますか」とか。そこに「先生はみなさんが自分達で考えるように伝えていますか」が必要なんじゃ?「先生の授業はわかりやすいですか」も、これでいい?そもそもこんな項目に答えさせるアンケートなんて無意味。ずれまくってる。

posted at 21:34:48

2月8日

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Yasuo Nakazato@yaozat

道徳の研修へ行って、「まずはアイスブレイクから」「声を一切出さずに背の順番をつくりましょう」、作った後に「どんな感じしました?」って。この手の活動が苦手。これ必要?ぼくはいらない。1秒でもはやく本題に入ってほしい。いつからこういうのが流行りになったんだろうな。

posted at 21:34:40

2月8日

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Yasuo Nakazato@yaozat

校則、スタンダードというものは、教師が子供を管理しやすいようにするためにあるんだね。子供が自律・自立的に生活できる支えになるものにはなっていない。だから子供抜きで作られる。それを疑問にも思わない。教師が自身の問題で勝手にされたら「反対コール」上げるのに…。どんだけ自分勝手やねん。

posted at 21:34:21

2月8日

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Yasuo Nakazato@yaozat

組織に属すると、そこの方針に従わないといけなくなる。意見できなくなる。誰かを崇めていくような空気。周りもそれがいいんだと信じ込んで。みんな同じ実践を始めて…。そういう空気になったらもう気持ち悪くなってくる。アンチの血が騒いでくる。だから、そこから離れる。離れて自分の頭で考える。

posted at 21:34:13

2月8日

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Yasuo Nakazato@yaozat

年度末が近づいてきた。「この子がこのクラスにいてくれてよかった」と一人ひとりに対して思えているかと振り返る。ほめる、叱る…。そういうことが重要なんじゃなく、その延長線上に「あなたと出会えてよかった」があるかどうかだ。そこがぶれていないかどうかの確認。そして、現状の分析。

posted at 21:34:05

2019年01月24日(木)8 tweetssource

1月24日

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Yasuo Nakazato@yaozat

研究会に来て、意味のない質問を投げつけて発表者を困らせる。何のためにその質問って必要なわけ?その答えを聞いて、自分自身の何に役立つわけ?そんなことを思った今日。はぁー。自分が「何を学んだのか」を話せばいいのに。どんな実践からも学びはあると思う。そんな会にしていきたいな。

posted at 18:30:00

1月24日

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Yasuo Nakazato@yaozat

いくら良いこと言ったって、いくら良いこと書いたって、そのことが本物であるかは子供達が決める。いくら厚化粧したって子供にはそれを剥がす力があるのだから。嘘っぱちは通用しない。

posted at 18:29:54

1月24日

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Yasuo Nakazato@yaozat

遅刻ばかりする子供。宿題をやってこない子供。授業に集中しない子供。きまりを守らない子供…。そんな子供をどう見るわけ?どんな声をかけるわけ?そんな子供の状態を見て、自分の心の中にどんな言葉が浮かんで聴こえてくるわけ?そんな自分の声をしっかり聴くこと。そこから逃げちゃだめだ。

posted at 18:29:49

1月24日

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Yasuo Nakazato@yaozat

叱るの、もうちょっと待ってもいいじゃん。もうちょっと様子を見てもいいじゃん。…、あー待っててよかったぁ!あのとき叱らなくてよかったぁ!そんなことが頻繁にある。そういう体験をして、そういう体験での驚きを子供に話す。どんどん待ってみたくなる自分。

posted at 18:29:39

1月24日

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Yasuo Nakazato@yaozat

子供に伝えてあること。“ぼくはあなたたちを注意する係じゃない”、子供に伝えてあること。“ぼくの仕事はみなさんを見ること。信じて見守ること。監視することじゃない“、子供に伝えるときは本気で伝える。伝え切る。しょーもないことは適当に聞いていてもね。

posted at 18:29:31

1月24日

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Yasuo Nakazato@yaozat

短期的に見れば、その選んだ道を「損」に思えることがある。しかし、決して損ではないとぼくは思ってる。そして、選んだ道を他人がとやかく言うのは違うって思う。その決断に至るまでにその人がどれほど悩み苦しんだかをその人以外はわからないのだから。悩み、そこから出したその道をぼくは応援する。

posted at 18:29:22

1月24日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②ただ、誰かに出会ってこの子は変わっていく、それを信じたい。その「誰か」が自分かもしれない。自分じゃないかもしれない。「自分」じゃなくっていいんだよ。

posted at 18:29:12

1月24日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①今すぐ子供を変えようなんて思わない。自分が子供を変えられるんだ!って思わない。当たり前のことだけど、人が変わるって難しいんだから。1ミリ変わるのにどれほどの期間が必要かってこと。自分で考えてみたらすぐにわかるよ。そんなこと。自分に置き換える力って大切だな。

posted at 18:29:04

2018年07月18日(水)9 tweetssource

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑤しかし、数年もすると同じ理由を言い出す。こういう学校の文化が熱中症問題、組体操問題…を引き起こしている。シャーペン、ボールペン禁止、トランプ禁止…このようなことがすべてつながっていることに気づかないといけない。「教員の感覚麻痺」「一般感覚からのずれ」を自覚できるか、だ。

posted at 19:26:01

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

④高学年にもなればシャーペン使えばいいじゃん。ボールペンだって使えばいいじゃんって思う。何がだめなのかがわからない。しかし、だめ、らしい。万人が納得する理由がある?ないよ。「筆圧がどうのこうの」、こればかり。それは学校の中の有名な理由なんだから。若い教師はそんなこと知らない。

posted at 19:25:56

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

③このくそ暑いのにプールサイドで何時間も見学させるって恐ろしいことが起きてるんだけど、教職員の感覚が麻痺してるんだからこんなことはこれからどんどん起きてくる。シャーペン禁止って多くの小学校でそうされてると思うけれど、それと熱中症問題がぼくには同じ問題に思える。

posted at 19:25:52

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②エアコンなしでがまんを覚えさせるってわけのわからない意見がある。しかし、大小こういう考えが学校にはかなりある。真冬に薄い制服だけで過ごす。ジャンパーを着て来ようと思えば親の許可がいる、とか。一般の方からすれば、信じられないってことがたくさんある。学校にいると感覚が麻痺するわけ。

posted at 19:25:46

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①「外遊びに行ってもいいけど、暑すぎると思ったらすぐに教室に戻っておいで」「教室で将棋やトランプ使って休憩していいよ」「授業中でものどが乾けばお茶飲んでいいよ」…。子供にはそんなことを言っているが、何も問題はない。教室のエアコンもつけるし、暑ければお茶を飲む。授業中だって飲む。

posted at 19:25:40

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②もう一つは、必ず問いかけるということ。一方的には話さない。問いかけ、子供の考えを聞き、それに共鳴したり、子供の考えを取り入れ、その場で話を再構築したりしながら話す。それをもって「しっかり」と言っている。教師が自分の考えを伝えたり、提案することってとても大事だって思う。

posted at 19:23:31

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①ぼくが自分の考えを伝えるときは、しっかりと伝える。この「しっかり」という意味(ぼくなりの)は、「今、◯◯さんを見ている、今は◯◯くんを見ている」と誰を見て話しているのかを自覚しているということ。それによって、伝わり方が違う。普段、子供を見ているようで見ていないってわかる。

posted at 19:23:25

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②「待つ」って本当は単に「待つ」ではなく、子供の言動を捉えて、彼らが何を考え、何を目的としてそう話し、動いているのか、それがどのような意味をもつのかを分析し、その後ぼくが話すとするならどのようなことを話していけるのかを考えるってこと。だから、待つっていうのは忙しいんだよね。

posted at 19:23:02

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①学期末。振り返ってみて。子供達が「このクラスって居心地がいい」と言ったこと。うれしかったなぁ。「自学っておもしろい」と言えたのもいいなって思った。ゆったりとした気持ちで、子供を信じて待てたこと。待った後に、必要とあらばぼくの意見を言ってきた。そういうあり方がよかったんだろうな。

posted at 19:22:55

2018年07月17日(火)10 tweetssource

7月17日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑤そして、いわゆる「できない子」、学習から逃避する子供の学習外の話ばかりになるのも嫌だ。そのような子供の話になれば「家庭の話」「学級経営への影響の話」…。そうじゃなく、学習から逃避する子供の学習のあり様に興味をもって、それも追い求めたい。そういう話がしたいわけだ。

posted at 20:42:11

7月17日

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Yasuo Nakazato@yaozat

④優秀な子供の理解のあり様に興味をもって語り合う教師がいる。そういう子供の思考を追跡し、驚き、共鳴する。反対に、知識に乏しく思考が長続きしない、学習から逃避する子供達の学習のあり様には興味を示さず…。先生達と話していて、いわゆる「できる子」の学習の話ばかりになるのが嫌だ。

posted at 20:42:06

7月17日

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Yasuo Nakazato@yaozat

③もしかすると、そのイケていない教師のような教師が少なからずいる…。しかし、きっとそのような教師にも物語がある。一部の優秀な教師の物語にばかり興味をもつのではなく。どんな教師にも物語があり、それら一つ一つに興味深く耳を傾ける。それが子供一人ひとりに深く迫らせてくれることになる。

posted at 20:42:00

7月17日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②イケてる教師を真似て、イケてる教師の哲学を学び、そんなイケてる教師に近づいていこう。そんなメッセージを発する教育書が多い。もちろん、それでいいんだけど。日本中のどれほどの教師がそう目指すんだろう。失礼かもしれないんだけど、多くの先生は教育書さえ読んでいないのではないだろうか。

posted at 20:41:55

7月17日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①たとえば、重松清さんの小説に惹かれるのは、そこに出てくる教師がイケてないから。そのイケていない教師がイケてないまま、しかし人間らしさを感じさせるから。イケてない教師をイケてる教師にさせないから。そのイケてない教師にめちゃくちゃ惹かれる。多くの教育書ではイケてる教師に光が当たる。

posted at 20:41:49

7月17日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②それは、教師が手をかけてカレーを作ったことと同じ。おいしいんだけど、本当は自分達で作りたい。自分達であーだこーだと言い合って、自分達でテーマを導いて…。それが少々稚拙でも子供達には満足感がある。それを「すげぇじゃん!」って喜びたい。いっしょに「おいしい!」って味わおう。

posted at 19:30:04

7月17日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①子供達は、宿泊学習へ行き、水の加減を間違ったしゃぶしゃぶのカレーをおいしい、おいしいと言って食べる。この状況を頭に叩き込んでおきたい。授業でも同じだから。明確な問いかけ、いわゆる発問を準備し、横道に逸れないように美しく授業を流す。子供達が納得し、理解している様子に安心して…。

posted at 19:30:00

7月17日

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Yasuo Nakazato@yaozat

灼熱の教室で「お茶は休み時間に飲みなさい!」「氷を入れてきてはいけません!」「氷は食べてはいけません!」…。な、なぜ?。お茶飲めばいいじゃん。氷入れてお茶を冷やせばいいじゃん。氷食べてもいいじゃん。何がだめなのかがわからない。思考停止な人が多い。多すぎ。子供の体最優先でしょ。

posted at 19:29:03

7月17日

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Yasuo Nakazato@yaozat

学力を上げろって命令するなら、実現できる環境を最大限整えることがそれを言う者の責任じゃないのか。エアコンがない。インターネットは教室で10名つなげばフリーズ…。誰がそんな環境でパソコン、タブレットを使おうって思う?「今のこの環境では学力を向上させることはできません」って言うのが筋。

posted at 19:27:57

7月17日

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Yasuo Nakazato@yaozat

こんなに熱中症が続出する天候の中、エアコンのない教室がまだまだある。特に最上階の教室に40名近い子供がいればその中の温度、湿度がどれほどになると思ってるの?そんなこともわからない?それで学力を上げろ?それ正気?予算の問題って?くだらないところに金使わなければいけるに決まってるやん。

posted at 19:18:05

2018年07月15日(日)7 tweetssource

7月15日

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Yasuo Nakazato@yaozat

④学校って楽しいと感じさせた。そんな子供が大人になった。学校と協力して子供を成長させようと考える。世の中は厳しいよ。しかし、ビビらせて子供を強くなんてできない。周りと協力して困難は打開するんだと教えたい。そんな人間になることが、そんな環境を作ることが大切なんだと教えてやりたい。

posted at 21:49:42

7月15日

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Yasuo Nakazato@yaozat

③「世の中は…」って言われ続け、そんな教師を子供は受け入れるか。自分達を成長させもしないでそんな逃げを口にする教師を子供は陰で軽蔑する。そして、学校を嫌いになっていく。そんな子供が大人になった。粘着質なクレームで教師に反撃していく。なぜか。笑顔を奪い、学校を嫌いにさせたからだ。

posted at 21:49:37

7月15日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②それを感じさせないで「世の中は…」って、ムキになって小学生に言っているのは本人が逃げているだけだ。自分は子供をどうにもできない、自分は子供に何も語ってあげられない、何を語っていいのかがわからない。だからそう言うんだ。学校へ行って、そんなこと言われて暗い気持ちになりたいか?

posted at 21:49:33

7月15日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①「世の中は厳しいだ」と子供達に言いたいんだろう。しかし、そんなことを言う前に言わなければいけないことがある。感じさせておかなければならないことがある。「人って素晴らしい。人によって自分は傷つけられることもある。しかし、人によって自分の喜びが何倍にも膨れ上がることがある」って。

posted at 21:49:29

7月15日

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Yasuo Nakazato@yaozat

③授業の改善があって、その改善があれば評価の仕方は自ずと理解できてくると言いたいのだろう。しかし、それこそ順序が逆。先に評価のフォーマットがあり、それが単純で誰もが取り組める内容であってこそ、その先の授業改革に進んでいける。現場はそうなんだとぼくは見ているけど。

posted at 21:48:38

7月15日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②当たり前のことなんだけど、自分に降りかかってくる火の粉を振り払うことが最優先なんだよね。そこが一番大事。だから、道徳の所見の書き方、文例、何文字で書くか…などが興味の対象になる。それを否定はしない。そこに難があれば、その先に進めないんだから。上の人達は順番が逆って思っている。

posted at 21:48:33

7月15日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①主体的・対話的で深い学び、道徳科…って言うけれど、何か学校が変わる気配感じる?一人ひとりの教員に意識的な変化を感じる?それで子供達が変わりそうな予感がする?わからない…。「道徳の所見を書かないと!」という切実な問題だけが動いているような感じがする…。このまま進んでいくのか?

posted at 21:48:27

2018年07月06日(金)4 tweetssource

7月6日

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Yasuo Nakazato@yaozat

③子供といると自分の未熟さを思う。「俺の言うことを聞いていればいいんだ」って支配していればそんなことには気づかないだろう。自分を見つめることが怖いから「揺れない」道を選んでいることに気づきもしないで。いつも子供を見てばかりで、自分を見ることを忘れていないか?自らに問いかけていく。

posted at 19:30:59

7月6日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②「なるほど」、子供はこんな気持ちになるんだって感じることができた。単純なことだけれど、励まされるとうれしいし、感謝したいって気持ちになる。だめなことを指摘するんじゃなく、相手を信じて励ます。応援する。やんちゃな男子4人に救われた気持ちがした。ありがとう。今度はぼくが応援するね。

posted at 19:30:54

7月6日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①男子4人に呼ばれた。「先生、ちょっと廊下に出て」「何?」「先生さ、トラブルがあって気持ちが沈むのはわかるんだけど、気持ち切り替えてほしい。ねぇ、できる?」と。これは、ぼくが子供達にやっていること。子供を静かな場所に呼んで励まし応援する。それを子供が逆に使ったということ。

posted at 19:30:48

7月6日

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Yasuo Nakazato@yaozat

子供は「先生といると安心する」「先生といるとホッとする」を望んでいる。それが土台にあるから友達にもやさしくできる。叱ることも怒ることもある。それを否定しない。ただ、その先のことを考える。このぼくの行動や言葉は何につながっているのかって。つながんないときがある…。乗り越えなきゃな。

posted at 19:30:39

2018年07月02日(月)9 tweetssource

7月2日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②わからないと言えたら、「すげぇな」と周りから、先生から言われる。「あれ?」と思う。「じゃあ、また誰かに聞いてみようかな、先生にも聞いてみようかな」と思う。実行する。風邪で休めば、「さみしかったぞ」と言われる。「あれ?」と思う。そういう体験を積ませたいな。「あれ?体験」ね。

posted at 19:39:59

7月2日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①年度当初、先生を怯えている子供が怯えなくなり、屈託のない笑顔を見せるようになるとうれしい。勉強ができなかったからノートを隠す。わかっているふりをする。先生に「また話を聞いてなかったじゃないか」と指摘されるからいつも怯えて過ごすわけだ。授業時間はまさに地獄だっただろう。

posted at 19:39:55

7月2日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②その会にそぐわない意見だっていい。というか、それがいい。毎回身内ばかりが話して何の進展がある?そんなの単なる自己満足。「こいつ誰?」の「そいつ」を大事にできるならその会は本物だ。ぼくは言ってみる。「こいつ」でいいから言ってみる。「そいつ」を大事にするか、肌で感じてみる。

posted at 19:39:50

7月2日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①研究会や何かの大会に参加してみて、「身内の会」のような空気を出されると困惑してしまう。「この会は一見さんお断りなんだ」と思う。そして、その会から去っていく。そんな先生が多いと思う。しかし、考えようによっては、「一見さん」が意見が言うのも面白い。「えっ?こいつ誰?」って感じで。

posted at 19:39:45

7月2日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑤研究授業をして、時間をかけて協議して、それを何度繰り返そうと、「何を考えて授業に臨むのか」「どのような子供を…」がわからない限り、芽は出ない。教師の哲学と実際の授業がセットなんだから。まずは、それを時間をかけて聞き合うことが大事だって思う。ちょっと波を起こしてみようか。

posted at 19:39:35

7月2日

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Yasuo Nakazato@yaozat

④「なぜつまずいているこの子に声をかけないんだろう?」「きっと周りの子供達がいつその子に関わるのかを待っているなんじゃないか」とわかる。そして、その後その先生の動きを追うようになる。その先生の考え方がわかった後で授業を見れば、全く違った光景として見る側に入ってくる。

posted at 19:39:30

7月2日

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Yasuo Nakazato@yaozat

③大切なことは、「その先生が何を考えて授業に臨んでいるか」であり、「どのような子供を育てようとしているか」だ。それを聞くことが重要。その結果、「じゃあ、○○先生の授業を見に行こう」となればいい。その場で子供がどう動こうと、その先生の考え方が他の先生方にすでにわかっている。

posted at 19:39:22

7月2日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②授業を見て、「ふーん」と思って何か変わるだろう。「おもしろそうなネタですね」と思って、そのネタを教えてもらって何か変わるだろう。子供をいじって笑いをとっている教師の授業を見て「楽しそう」と思うのだろうか。ほとんど何も変わらない。見たら変わるのではない。見られたら変わるのでもな

posted at 19:39:17

7月2日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①たった1時間の研究授業を見て論議して…。それで子供が変わることはない。莫大な授業の中のたった1時間。運、まぐれ…。そんなことだって考えられる。じゃあ、日々授業を見合う関係をつくるっていうのはどうだろう。それもあまり意味がない。それ単体では。おそらく、気軽に教室に向かうだけのこと。

posted at 19:39:12

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