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Yasuo Nakazato@yaozat

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2020年10月02日(金)1 tweetsource

2020年07月18日(土)36 tweetssource

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑱そういう授業が結果的に子どもが楽しむことのできる授業になるからだ。それが子どもを真の意味で成長させ、学校を豊かにするからだ。小手先じゃない。そんなことを今思う。

posted at 19:15:03

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑰何を喜びと感じているのかを授業や子どもへの言葉がけからキャッチし、学んでいくこと。そして、発信していくこと。それはさらに重要だと思う。それは、冒頭に書いたように、「教師が授業を楽しむ」、そういう授業を大切にするからだ。

posted at 19:14:58

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑯研修担当のぼくの仕事はそういうところを見出し、発信していくことなのかもしれない。ぼく自身がスキルを学び、高め、それを周りへ伝えていく。それも大切なことだと感じている。しかし、教職員一人ひとりがどのような心もちで子どもに接しているのか。

posted at 19:14:53

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑮足の引っ張り合いをしてどうして笑顔がつくれるというのか。つくることなどできはしない。子どもたちを心底大切に思うなら、ぼくたちが互いを尊重し合えないといけない。互いを高め合っていかないといけない。それができなければ、いくら「子どものために」と言っても嘘になってしまうということだ。

posted at 19:14:49

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑭「えっ?この子のどこが成長してるの?」とその子どものことを知らない人がそう思うところを、担任が見て、「この子の◯◯が素晴らしいんです」と言えることだ。そういう子どもの捉え方をぼくも学んでいくよ。そして、教職員間の関係。教職員どうしがギスギスしていて誰が笑顔になれるというのか。

posted at 19:14:44

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑬C先生のお話と同じだが、たとえばDくんやEくんの一日が全て模範的になっているのではないはずだ。しかし、そんな状態を自分自身の「感動」につなげている。ほんのちょっとの変化に心揺らすことができるように自己研修しているということだ。子どもの見方・捉え方を磨くというのはそういうことだ。

posted at 19:14:39

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑫そうなれば、教師は笑顔になれない。だからこそ、少しでも研鑽したい。指導の知識や技術を身につけたい。その研鑽が子どもに反映し、それが教師のエネルギーになっていく。笑顔になれる。子どもの見方・捉え方を磨くことも大切だ。

posted at 19:14:33

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑪おそらく、そういう教室でのC先生の姿がDくんの発言につながったのだとぼくは見る。では、「教師自身の笑顔」から全てを逆算してみる。教師が笑顔になるためには、研修が必要だろう。知識をベースにしない自分勝手な方法では子どもはかわいくならない。それは研修とは言えない。

posted at 19:14:28

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑩嘘くさい成長は必要ない。そしてここでも大切なことは、C先生が教室の中で心から楽しんでいるか、だ。しかめっ面をしていないか、だ。先生がそういう表情では子どもは絶対に笑顔にはならないからだ。子どもに要求するのではなく、自分を振り返っていく。

posted at 19:14:21

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑨本当にすてきな話を聞かせていただきぼくも感動させてもらった。ただ、私が思うに彼らが完璧になる必要はない。ときどきハメを外して叱られたり周りから責められたり。そういうことがあっていい。あった方がいい。そういうところを残しつつも数ミリずつ成長していく。それが本当の成長だと思うから。

posted at 19:14:16

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑧そんなことを思っていたところ、6年担任のC先生と更衣室で会った。C先生は、クラスの中で課題が顕著に見えるDくんやEくんの「今」を教えてくださった。二人ともがんばっていると伝えてくださった。Dくんは、「最近、学校が楽しい」と言ったという。それを聞いてC先生は熱くなったと。

posted at 19:14:11

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑦こういう小さなこと。それが合奏の素晴らしさ、練習の姿の愛らしさに加えてぼく自身の「楽しさ」の原動力となった。だから、子どもたちもまた楽しんでいるように見えた。ぼくの楽しみが増せば増すほど、子どもの楽しむ割合も高まっていく。きっとその感覚は正しい。

posted at 19:14:05

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑥3年の授業では、途中Bくんが、見当たらなかったもう1本の大太鼓のバチを見つけてくれた。そのとき、クラスの仲間が「すごいやん!」と言った。何でもないほんのささいなことなのに「すごい」と言ってくれた仲間の温かさに熱くなれた。

posted at 19:13:59

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑤5年のAくんはなかなか目を合わすことができないが、今日の授業の冒頭、まだ周りがおしゃべりしているときに、「あっそうだ、先生の方に体を向けて話を聞こう」と言って体をぼくの方に向けた。それがすげぇ!って思った。あの一言で授業へのワクワク感が加速した。

posted at 19:13:51

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

④それが結果的に子どもが楽しむ授業になっていく。金曜日の5年の音楽でも、3年の音楽でも「ぼく自身」が楽しんだ。ぼく自身が子どもの奏でる音楽にノリノリだったし、子どもの姿に感動していた。

posted at 19:13:45

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

③誤解を恐れずに言うなら、子どもが楽しむ授業を目指さないということ。ぼくがが楽しんでいることを大事にする。もちろん、無理矢理「楽しいんです!」と顔をひきつらせながら言うのではない。お世辞でもなんでもない、心からの声が、心から表出されたその表情が子どもたちに伝わっていく。

posted at 19:13:39

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②ぼくが子どもの演奏に感動していること。ぼくが「みんなすごいじゃん!」と叫んでいること。ぼくが「感動したよ!」と心から伝えていること。ぼくが「次の授業も楽しみにしているよ」と見送っていること。そういう感覚が自分の中にあるということ。

posted at 19:13:33

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①今、一番大切に思っていること。それは、「授業を『ぼく自身が』楽しんでいる
か」ということ。いくら授業力が高くとも、子どもたちを威圧したり、強引に自分自身の計画に引き摺り込んだりしているのは「違う」と思う。ぼくの音楽の授業(ぼくは音楽専科)で言うなら、ぼくが笑顔になれていること。

posted at 19:13:27

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑱自分流GSTで大切な「問い」を生み出した。こういう「使えた感覚」が大切ではないか。子どもではなく大人の方が。だからこそ自信をもって子どもに「使ってみよう」と言える。

posted at 16:12:32

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑰ここが「問い」の場面。この「30°の謎」が解ければ、すべての角の大きさがわかることから、期待感を高める。(ペアやグループワークを活用する)
・ペアやグループワークを活用し、「正三角形」を見出させる。
→これですべての角の大きさが求められることがわかる。その驚きを共有したい。

posted at 16:12:15

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑯・三角形BADは三角定規と同じ形ではないか?との気付きから、角BADは30°になるとの予測を引き出す。
→指導者側から「三角形BADは、三角定規に似てない?」と切り出してもいい。そこから、「角BADが30°になる→どうして30°なんだろう」との思考へつないでいく。

posted at 16:12:09

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑮ここまで、問題の条件を①②③として提示してきた(板書計画参照)。この問題では、解決までの道筋を見つけていこうと提案し、④以降をみんなでつくっていく展開とする。

posted at 16:12:02

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑭・三角形ABCは二等辺三角形(辺AB=AC)、ABは8cmであることを提示する。
→「まだ角の情報がないから求められない」「いや、これで三角形の高さがわかる!」などを引き出す。

posted at 16:11:54

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑬・三角形ABCの面積が16c㎡であることを提示する。
→「この情報じゃないよ!」「いや、これは重要な情報だ!」などのやりとりを引き出す。

posted at 16:11:45

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑫以下、授業の筋をまとめ、板書計画を示す。
【授業の骨子】
・図、問題(一部)を提示し対話。
→ここでは、「二等辺三角形ではないか?」とのつぶやきから、「それなら角B=角Cになる」「1つの角度がわかればすべてがわかる」などを引き出す。 pic.twitter.com/sDeUYgw0Jc

posted at 16:11:34

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑪まず簡単に言えることは、「問いへの説明ができる」ことは「S」ということだ。「問い」というものは、いわば「核心」だからだ。上の問題では、「30°」を見抜き、説明できることこそが「完全に理解した」ことの裏返しになる。そこへの過程を「GST」によって導いている。

posted at 16:11:26

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑩そしてもう一つ、「切実なる問い」を生み出すことが重要だ。たとえば、ルーブリックの設定を考えるとき、めあての達成はあくまで「A」だ。では、「S」はどのように設定すればいいのか?となる。そこに向けて必要となる発想が、「問い」だ。「切実なる問い」だ。

posted at 16:11:17

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑨授業計画は頭にあるが、それをその場の子どもの発言、つぶやきによって即座に変更していく、つまり、授業を再構成していくところに授業の醍醐味がある。本質がある。つまりこの「GST」の中で最も大切な部分は、「T」と言える。ここがスカスカであれば、対話がない授業ということだ。 pic.twitter.com/jxe1DFDXay

posted at 16:11:02

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑧算数だけではないが、授業を組み立てるときに最も重要なことは、「子どもとのやりとりの中で重要な言葉、つぶやきを引き出すこと」だと考えている。それがなければ、教師から子どもへの一方通行の授業になってしまう。いくら挙手→指名をしたとしてもそのような授業は一方的だと感じさせる。

posted at 16:10:52

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑦そこを核として、「じゃあ、どうやって授業化していくのか?」と自分に問いながら展開を組み立てていく。PMIの変形版GSTを作り、授業の組み立てに役立てていくことを考える。

posted at 16:10:33

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑥角度の情報が1つもないではないか!「これでどうして角度が求められるの?」と、そのように思うのが自然だ。つまり、問題を解く過程において、子どもたちに「うわっ!という驚き」(求められないと思っていたものが求められていく驚き)があるのではないかと考えた。

posted at 16:10:16

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

⑤まず、この問題を見たとき、「これはおもしろい!」と思った。そして、この問題なら「授業化」できるのでは?と考えた。授業化というのは、授業としての「おもしろ味」を持たせるということ。まず、ぼくがこの問題を見て「おもしろい!」と思ったところは、面積の情報から角度を求めさせるところ。

posted at 16:09:45

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

④こんな感じ。
・G…Give(指導者から子どもに与える情報)
・S…Stay(あえて子どもに与えない情報)
・T…Take(子どもから引き出したいこと、言葉)
このGSTを活用し、算数の入試問題の授業化を考えようと思う(写真参照) pic.twitter.com/73K6dS12MH

posted at 16:09:34

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

③子どもたちがさまざまなツールを自分で選択できるようになればいいし、それを自分用に改良していければいい。それでこそ本物だ。今回ぼくは、授業構想を練るためにPMIを自分流にアレンジした。
名付けて「GST」。

posted at 16:09:19

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②思考ツールの中に「PMI」というツールがある。P…Plus(いいところ)、M…Minus(だめなところ)、I…Interesting(おもしろいところ)、これを分離させて書くことで、多面的に見る見方を育てることができるという。

posted at 16:09:04

7月18日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①「思考ツール」なるものが注目されている。ただ、ツールに使われてしまってはいけないと思う。大切なことは教師自身がそのよさを実感していること。そうでなければ子どもに勧められないだろう。場面場面で思考ツールは有効に働くとぼくは思う。しかし、本当によいものなら教師が使っているだろう…。

posted at 16:08:53

2020年07月17日(金)3 tweetssource

7月17日

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Yasuo Nakazato@yaozat

③分割すれば、1/5は現実的ではなく1/4であろうことがその作業を通して見えてくる。正八角形なのだから。この「結果に対する見通し」が等積変形への入り口となる。つまり、等積変形へのひらめきに対するハードルを下げる役目を果たす。(いつも板書計画はiPadのNoteshelfを使って作成している。) pic.twitter.com/0uxdCfEeQS

posted at 22:32:29

7月17日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②ではどうするか?その糸口は100という数にあると考える。「なぜ、全体が100というきりのいい数なのか?」と問うてみる。すると、子どもたちから「色の部分は全体の1/5ではないか?」「いや、1/4ではないか?」との予測が出てくる。そこから、実際に正八角形を分割する案が出されてくる。

posted at 22:31:17

7月17日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①図の正八角形を対角線ADで2つに分けました。もとの正八角形の面積が100c㎡のとき、色のついた部分の面積は何c㎡ですか?という問題。(算数オリンピック?ジュニア?確かそうだったと思う。これを授業化することを考える。もちろん、問題を提示して解かせて解説、のようなことはしない。できない。 pic.twitter.com/9A04AZQWmH

posted at 22:30:42

2019年12月23日(月)10 tweetssource

12月23日

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②たとえば算数の授業も同じなわけ。いい授業だなと思う大量の授業を「なぜいい授業になったのか?」との視点で見ていくと、いくつかのカテゴリーが見えてくるはず。「数値を変更したからだ」「素材を『あめ』から『豆腐』にしたからだ」「条件を不足(過多)にしたからだ」…と。それが漫才と同じ。

posted at 19:12:51

12月23日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①授業と漫才は同じ。それは、「笑いがなくてはならない」ってことじゃない。笑いはほしいところだけど、真意はそこじゃない。漫才を何百、何千と「なぜおもしろくなるんだろう?」って視点で見ていくと、おそらくいくつかのカテゴリーにわけられていく。「繰り返しで少しずつ変化させる」型など。

posted at 19:12:41

12月23日

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Yasuo Nakazato@yaozat

②子どもの「言わんとしていることを理解する」ことが重要だ。それ、授業だけの話ではないじゃん。うまく話せない子どもがいたとき、「ちゃんと言いなさい!」「言っていること先生はよくわかりません!」なんて言ってしまう。「何を言いたいか」、それがめちゃくちゃわかる先生になりたいんだよ。

posted at 19:04:53

12月23日

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Yasuo Nakazato@yaozat

①ぼくが他の先生の授業を見ていて思うことは、「否定が多い」ということだ。「えっ?今の意見いいじゃん!絶対に後で使えるよ。後で、『あの発言の意味ってそういうことか!』ってなるよ」と思う意見を切り捨ててしまう。「今は関係がない」ということで。もったいないなって思う。

posted at 19:04:42

12月23日

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Yasuo Nakazato@yaozat

自分が不機嫌な顔をしていて、それによって周りに気遣いを強いて何か変わるか?自分が対している問題は解決されるか?変わるはずがない。それならにこやかにいたい。周りに気遣いさせることは罪だなぁって思う。自分が偉くなったと思えば、そんな態度が表面に出てくる。自分に言い聞かせているよ。

posted at 18:53:51

12月23日

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Yasuo Nakazato@yaozat

今の勤務校に来たときの職員向けの挨拶で、「一人ひとりの教職員の方々に感謝の気持ちをもって仕事をしたい」と話した。今、振り返ってみて、実行できていると思っている。ベテランも初任も、考えの違いも関係ない。大人にできないことは子どもにもできない。人間って一貫しているんだから。

posted at 18:49:30

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