情報更新

last update 04/26 20:41

ツイート検索

 

@yasu_kum
サイトメニュー
Twilogユーザー検索

Twilog

 

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

  • 317フォロー
  • 609フォロワー
  • 30リスト
Stats Twitter歴
2,452日(2011/08/11より)
ツイート数
23,997(9.7件/日)

ツイートの並び順 :

表示するツイート :

2018年04月22日(日)1 tweetsource

2018年04月21日(土)1 tweetsource

2018年04月20日(金)1 tweetsource

2018年04月14日(土)1 tweetsource

2018年04月11日(水)1 tweetsource

2018年04月05日(木)1 tweetsource

2018年04月04日(水)4 tweetssource

4月4日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

@atoreides 1984年からそれほどたっておらず、一方でコアラが来たばかりだった多摩動物園にもほど近い(希望する履修生はコアラ舎も見に行ったという…私は参加しそびれました)あのセミナーハウスでユートピアテーマの集中授業がおこなわれたこと…現在を考察する上でも、きちんと考え直したく思います。

posted at 02:12:48

4月4日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

八王子の大学セミナーハウス!80年代半ば「ユートピア」テーマの集中授業で使用しました…私たちは(当時多摩動物園に来たばかりの)コアラのように完璧に監視され快適な生活を貪ってる。こういうユートピアをいかに回避するか?(ハックスリ『素晴らしき新世界』)という前田愛先生の話が鮮烈でした… twitter.com/atoreides/stat

posted at 01:24:03

2018年04月03日(火)2 tweetssource

4月3日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

@kwaidan_yoo 近藤先生、内浦さん、豊田館長にも大活躍いただきましたね。私はひたすら楽しくお話伺わせていただくばかりで…またの機会を楽しみにしております!

posted at 17:28:25

4月3日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

昨年3月に愛知大学豊橋校舎で開催されたシンポジウム「怪談・民話を地域資源として受け継ぐ―小泉八雲、ふるさと怪談に学ぶ―」の記録が愛知大学総合郷土研究所紀要に掲載されました。関係者の皆様、とくに東雅夫、小泉凡両先生、遠路どうもありがとうございました。色々なお話を伺えて楽しかったです。 pic.twitter.com/HWj6LzxL19

posted at 16:38:20

2018年04月02日(月)3 tweetssource

4月2日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

朔太郎1886年生まれ(ただし生前は実際より2歳若く年齢を偽ってたので公称明治21年1888年生まれ)、タルホは1900年生まれですね。ここまでタメ口だったかは気になりますね。ちなみにタルホには実際の乱歩との対談記録をもととした「E氏との一夕」がありますが、乱歩にタルホを紹介したのも朔太郎でした twitter.com/magomecafe/sta

posted at 00:05:37

2018年04月01日(日)3 tweetssource

4月1日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

「吊籠に夢む」でしたか。これ良いですよね。萩原朔太郎をめぐる足穂の回想に書かれていることと一致するし、朔太郎の趣味嗜好などもよく捉えているので、過去に実際に似たような会話等を交わした思い出を基に、稲垣足穂が再構成した架空対談と思って、以前から愛読してます! お薦めです。 twitter.com/magomecafe/sta

posted at 01:34:20

4月1日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

大場正明『サバービアの憂鬱 アメリカン・ファミリーの光と影』(1993)読む。中にフィリップ・k・ディックを論じた章があり、ディックの現実崩壊感覚の根源に、アメリカ50年代郊外型消費社会へのディックの違和感があることを指摘する。その後広く論じられるようになる「郊外」論の先駆的名著。

posted at 01:26:37

2018年03月31日(土)1 tweetsource

2018年03月30日(金)1 tweetsource

2018年03月28日(水)1 tweetsource

3月28日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

「神仏習合の廃止、神体に仏像の使用禁止、神社から仏教的要素の払拭、というコンセプトから、仏像・仏具の破壊、経文を焼く、寺院の廃合、僧侶の神職への転向などを急激に実施したため、お山は大混乱となりました」…これは羽黒山に限らず、日本中で大変なことになったのですよね twitter.com/HaguroKanko/st

posted at 10:57:27

2018年03月26日(月)1 tweetsource

2018年03月23日(金)1 tweetsource

2018年03月20日(火)3 tweetssource

3月20日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

@hashimotoichi23 返信拝読して思わず噴き出しました。まあ、その話はだいぶ「盛られて」いるようにも思います(?)。それと朔太郎の故郷は前橋ですが、若い頃(大正初年代)地元で遊ぶと目立つので高崎まで出かけていた、という話は聞いたことがあり…恩師のお話の高崎は、何かそれと関連あるのでしょうか!?

posted at 00:55:50

3月20日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

確認したら、ポオから朔太郎への“Ula”の引継ぎ説は富士川英郎「萩原朔太郎とポー」(『萩原朔太郎雑志』所収)に先駆的指摘あり、これもオルフェウス的主題をめぐる魅力的な論文でした。私は、朔太郎の「うら」「Ula」音そのものへの偏愛、その他界性との結びつきを強調したいと思っています@atoreides

posted at 00:25:56

2018年03月19日(月)5 tweetssource

3月19日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

@atoreides 『オルフェウス的主題』という、野村さんの着眼点見事ですね! (ごく個人的な思い出で恐縮ですが)この本ではまだ野村さんは「Ula」とポオ「ウラリュウム」(ユウラリュウム)の関連ということは想定しておらず、指摘したら感謝されました…ポオこそ、オルフェウス的主題の一つの極北ですものね

posted at 20:22:02

3月19日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

戦後文学者たちが唱えた「全体小説」の試みを、真に達成して見せたのが『日本沈没』だった。こののち、情報が過剰化し、こういった「全体小説」の試みそのものが不可能になっていく。『日本沈没』第2部が挫折した原因の一つもそこにある。という分析、戦後文学史ともリンクして説得力に満ちてると思う twitter.com/NHK_BS_Premium

posted at 20:11:49

2018年03月17日(土)1 tweetsource

2018年03月13日(火)7 tweetssource

3月13日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

『1973「日本沈没」完全資料集成』www.amazon.co.jp/gp/product/480 この本で、ゴジラの中の人中島春雄さんも出ていた(!)と気付く…見直したら、丹波哲郎の山本首相の運転手として、一緒に映ってるショットが…中島さん俳優引退間際なのによくぞ出てくれましたと感激。ゴジラが運転手ならば心強いよね…

posted at 23:37:23

3月13日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

@atoreides @aidamasujiro007 正確には(いま気になって、見直してしまったのですが…)映画中、橋桁が落ちる瞬間に、小松左京は「ああああ…」と言っています。原作には、地盤が弱いところで高速の橋脚が横倒しになる、ということは書いてあるのですが、のちのロスや神戸のように、橋桁そのものが外れて落ちるシーンはないですね…

posted at 23:24:58

3月13日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

@aidamasujiro007 @atoreides それと映画版の、高速道路が後の神戸のように橋桁から落ちるシーン、原作になく(小松左京のエッセイで取材先で日本ではこういう事は起らないといわれたから、と明記されてますが)小松は映画版にもそういうシーンはないと思い込んでたようで、コメンタリーの際ちょっと息を呑んでる気配を感じます…

posted at 23:01:36

3月13日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

@atoreides ああ!原作版では映画版でカットされた、ラスト近く、死の床の渡老人と田所博士の対話も印象的でしたね…あそこにも小松左京の「母(体)としての日本(列島)」への拘りがよく出ていましたが、一方で、最期の渡老人の、自分は清国人とのハーフという言葉に、相対化の契機を秘めていたようにも思います

posted at 22:47:07

3月13日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

@atoreides リツイート感謝です。あの映画版の「地球のどこかで…」の字幕とともに登場する、原作とは一味違ったラストシーン、私には子供時代に映画館で見た一般向け映画の原体験として、佐藤勝の音楽もマッチして忘れがたく。離散(ディアスポラ)とはこういうことなのだろうか? と思ったのかもしれません…

posted at 22:17:53

2018年03月12日(月)1 tweetsource

2018年03月07日(水)1 tweetsource

2018年02月27日(火)1 tweetsource

2018年02月26日(月)4 tweetssource

2月26日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

前夜(?…大雪になるのは25日から6日にかけてで間違いないのかな?)、大雪のため、世田谷代田の朔太郎の家から帰れなくなった保田与重郎と辻野久憲が、萩原家に泊めてもらうこととなるエピソードは、萩原葉子『父・萩原朔太郎』のもっとも印象に残る部分の一つかもしれませんね。 twitter.com/Sakutaro1917/s

posted at 23:47:50

2018年02月25日(日)1 tweetsource

2018年02月21日(水)5 tweetssource

2月21日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

大杉漣さん、66歳で亡くなられるとは。私が初めて見たのは、周防正行監督の商業デビュー映画『兄貴の嫁さん』での、当時まだ30代前半での、後期小津映画における笠智衆の役どころだけれど、あの作中の設定よりも、まだ若いのではないか…

posted at 23:12:28

2月21日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

押井守の劇場版パトレイバーの先駆ではあるけれど大島渚『東京战争戦後秘話』は風景論としては失敗してた。1971年の『風街ろまん』ジャケットの宮谷一彦の喪われた路面電車風景のイラストなど、(東京の)都市風景が意味の呪縛から逃れたのは70年代初めからなのかな…喪失感の裏がえしだった?

posted at 20:58:00

2月21日

@yasu_kum

yasu_kum@yasu_kum

宮谷一彦『ライク ア ローリング ストーン』が、初出から50年を経て初単行本化されてたwww.amazon.co.jp/gp/product/493気付かなかった。『フリースタイル』の特集では本人と矢作俊彦の対談まであるwww.amazon.co.jp/%E3%83%95%E3%8大島渚『東京战争戦後秘話』と同時代に現れたコミックにおける風景論の先駆者と思う…

posted at 20:30:33

このページの先頭へ